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“酒毎”をご覧の皆さん、こんばんは。前回より2026年ゴールデンウィークを楽しんだ模様をアップしておりますが、楽しんだ割にネタが少ないので小出しにしていたきたいと思います。大阪食い倒れの旅2026年春の2回目は来阪して最初に向かった先、それは大阪城。私が旅に出るとき、その地に城、城跡がある場合はかなりの確率で城巡りを旅程に入れております。そんな中でも楽しみの上位にあったのがここ大阪城。実は約42年前、中学校の修学旅行で一度訪れており、その雄大
今回は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人を、肖像画をもとにAIを使って再現してみました。まずは織田信長です。素材としたのは宣教師が描いたといわれているこちらの肖像画です。こちら。冷徹そうな視線がいかにもという感じです。ただ、結構優しそうでもあるような。もう一枚作ってみました。大河ドラマ『太閤記』で信長を演じた高橋幸治さんにかなり似ていると思いますが、どうでしょう。続いては豊臣秀吉です。元に
いつも『しげるお兄さんのブログ』をご覧いただき本当にありがとうございます♪✨皆さまは『孤独のグルメ』という番組をご存知ですか❓✨漫画でも連載されていたものを『実写化』したテレビ番組ですが、そこに主人公でもある『井ノ頭吾郎さん(松重豊さん)』が、『飲食店(※実在する飲食店なんです❗️✨)』へ行き、大好きな『食事』を一人孤独に堪能しまくって、一口ごとに心の声(ナレーション)で伝えながらとにかく食べるのがこの番組なのでありまーす‼️✨この番組のオープンでのナレーションで、『時間や社会に
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
やっときました💙💜❤️💛💚待つ潤してましたよ〜ファミクラストアからメールきた〜この嵐が潤くんが届きます!めちゃくちゃ楽しみですこの前◯オンで見つけた和菓子です🍡駿府の文字を見て気になって見たら…[家康と安倍川もち]その昔、安倍川上流の金山を訪れた徳川家康に土地の者がきな粉をまぶした餅を金粉餅と称して献上したところ、家康公がその機知を誉めて安倍川餅と命名したのが由来といわれています。と書いてあったので買いました餅が柔らかくてめちゃくちゃ美味しかったですよ!もっと買っておけば良か
小早川秀秋は最初から東軍です。「最初から」というのは、美濃関ヶ原での合戦の開戦前からすでに東軍、という意味です。戦闘が始まってもまだ迷っていたとかは「ウソ」です。小早川は、松尾山に他の部隊がすでにいたのを追い払って、強引に布陣しています。この時点で、石田三成が「アイツは敵に回った」と認識できなかったのならば、それは悪いけど馬鹿、といって悪ければ、情報収集・分析能力が圧倒的に欠如してます。小早川秀秋は、寧々さんの甥であり、秀吉とも淀殿とも秀頼とも、血縁関係はありません。そのせいでか、秀吉
皆様お元気でいらっしゃいますか?私は元気です毎日書いていたブログを1週間に1回程度の更新にしてしまっても読んでくださる皆様ありがとうございますしかも今改めてフォローして下さる方もいてありがたやありがたやでございます!只今頭の中は新規事業立ち上げのことでいっぱいと言いますか…考える事が多すぎてどうしたものか?という日々を過ごしている次第でございますが…中川大志を思わない日はございませんという事だけは言いたい!なんせ露出がないからツライしかも周りの俳優仲間の嬉しいお知らせ
親中対反中、反高市対親高市、結果、国民の3分の2がイエス、高市自民の単独3分の2確保彌榮日本の夜明けが始まったー中道は”中国への道”中国支持主導で高市打倒の旗のもとに創価と立憲が合体国民民主も、れいわも、石破・岸田連合まで巻き込んでの、反高市総結集を図りたかったが、事前に察知され、突然?解散総選挙の先手を打たれ、岡田克也に代表される媚中も発覚し、政策もないただの親中+『反高市』連合だと見透かされ、国民に総スカンをくらい、シナ謹製の泥舟に相乗りで、
このご時世に、熊の話を気楽にするのは憚られますが。歴史の話題ということで、お許し下さい。熊本には、熊はいないそうですが。では、なぜ熊本という地名なのか?「隈」というのは、川が湾曲している地形のことを指します。川が湾曲した内側の土地だから「隈本」、三方を川に囲まれているのだから、これを天然の堀にすれば、築城に有利な土地ですよね。それを加藤清正が、熊本という文字に改めたというのは、記録があって確かな話です。なんで熊なんてケダモノの名前が、戦国武将の城の名前に相応しいんだ、とか思います
豊臣秀頼は、どうすれば滅亡せずに済んだか?まず微視的に言えば、生き残れる方法なんて、いくらでもあったでしょう。なにしろ千姫の婿なのだから、やりようによっては加賀前田家と同じく、御三家並みの待遇で生き残れたはずです。もちろん、「やりようによっては」です。加賀前田は、たびたび幕府の挑発を受けながら、プライドを捨ててひたすらへりくだって服従の態度を示しました。まつさん偉かった。利常がんばった。これが秀頼にできるかどうか、てゆうか、まわりの取り巻きたちが許すかどうか、です。「ほんまはワイは主
今回の関西旅行では、初めて配車アプリを使ってみました。海外ではUberが主流のようですが、日本ではGoとDiDiが便利だとタクシーの運転手さんから教えてもらい、我が家はDiDiを使ってみました。今回は初めて配車アプリを使ってみた感想と、関西旅行の続きです。配車アプリの使い方はとても簡単でした。アプリを開いて現在地と目的地を入力すると、目的地までのおおよその時間と料金が表示されます。あとは注文ボタンひとつで現在地周辺にいるタクシーに配車依頼がされ、それにOKしたタクシーが迎えに来てくれます
こんにちは。アレテーを求めて~今日もトコトコ(・ω・)弁護士の岡本卓大です。5月3日放送の大河ドラマ『豊臣兄弟!』。えっ?武田信玄…そんな死に方…?浅井長政をお市が介錯するというのも、なかなか斬新でしたね…大河ドラマを見てない人は、再放送か、NHKプラスで視聴してみてください。(※大河ドラマ『豊臣兄弟!』の著作権は、NHKに属します。また浜松市の公式キャラクター「出世大名家康くん」と本作の家康くんは、縁もゆかりもありません。なお、本作の著作権は、作者に属します
源氏が祭った神々八十八社都内の神社めぐりをしていると、源義家や源頼朝が創建した神社、太田道灌や徳川家康によって創建したという由来を持つ神社をよく見かけます。調べていくと、おおよそ征伐の途次で神明明神に一拝し凱旋の折に一祠を築いたとか、奇瑞や加護によって勝機を得て戦捷後に勧請したといったものが多いようです。武家の棟梁や戦国武将たる彼らが何を思い、この江戸に神を祀ったのか。南は六郷、西は大宮、東は浅草、北は六月と広域にわたって確認でき、また祭神も様々で源氏の氏神に限らないようです。
司馬遼太郎という人は、もともとスーパー忍者が荒唐無稽な活躍をする伝奇小説「梟の城」で直木賞を取った、山田風太郎とたいして違わない作風のエンタメ作家だった人です。ですから、初期の作品は(特に短編は)忍術だか魔術だか催眠術だか超能力だかを駆使する主人公が、怪しげな活躍をしたり失敗して墓穴を掘ったりする娯楽時代劇が多く、しかも大抵、出てくる謎な女性とナニな関係になるというサービスがついてます。えっ、これがあの国民作家の司馬遼太郎なの?って感じです。そういう「胡散臭さ」が好きか嫌いか、で好み
ハワイ旅行記の途中ですがちょっと休憩して今日は別の話です。ブログに書きたい話が渋滞しているので今日は朝晩2回の投稿です。品川神社まだちょっと街が寒々しい風景だった3月のこと、久しぶりに品川神社を訪問しました。品川神社は文治3年(1187)創建の祈願成就の神様です。阿那稲荷神社本殿の右側に鳥居が並んでいます。境内社の阿那稲荷神社です。品川神社には何度か参拝に訪れていますが、いつも本殿をお参りするだけだ
「もし関ヶ原の戦いで、石田三成率いる西軍が勝利したら、どうなっていただろうか?」歴史にたらればやもしは禁物だ、という人もいますが。たらればや、もしがいけないなのではありません。「もし、石田三成が勝ったら」というならば、現実世界では何故石田三成は勝てなかったのか、その原因は何か、を分析することからしか始まりません。それ無しに「もし、は、もしだよ」とか言っても、それは単なるオアソビで、歴史語りとしては意味がないのですよ。もし関ヶ原で、互角の兵力同士がぶつかって、ほんのちょっとした時の運
只今、城郭建造物の一つであります「城門」(『全国「城門」を巡る』シリーズ)をお届け中です。「日本100名城」に指定されています。「城門」については、『全国「城門」を巡る”はじめに”』において、簡単に説明していますので、どうぞご覧ください。はじめに↓『全国「城門」を巡る”はじめに”』「城郭建造物」の「御殿(居館)」シリーズを終えました。「御殿」には殿さまやその家族が居住したり政務を執る為の所謂「御殿」や、城主・家族の憩いの場や来客対応の…ameblo.jp「はじめに」でも記載しました
あけましておめでとうございます。令和八年になりました。新年のブログ記事は、日米近現代史研究家/作家の渡辺惣樹さんと参政党の神谷宗幣代表との対談(歴史探訪)をご案内します。神谷宗幣代表は吉田松陰から始まって西郷隆盛、そして徳川家康というロールモデルがあり、そのことを踏まえて渡辺惣樹さんが歴史を語ります。歴史探訪編の動画3本の後、ロケ1本があります。《用語解説》Wikipediaポピュリズム(英:populism)は、政治変革を目指す勢力が、既成の
5月5日火曜日端午の節句こどもの日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物山県昌景(石井一影)山県昌景/山縣昌景(やまがたまさかげ)戦国時代から安土桃山時代にかけての日本の武将。甲斐武田氏の家臣で、譜代家老衆。後代には武田四天王の一人に数えられる。武田家の譜代家老の飯富虎昌の弟とされているが、甥であるとも言われている。戦国時代の飯富氏の一族では武田信虎家臣の飯富道悦の息子とみられる「源四郎」が永正12年(1515年)10月17日に西郡の国人の大井
■ストーリー「万丸(よろずまる)は、お腹が弱いです。これを着せてやって下さい。それから、寝付けない時には、子守歌を歌ってやって下さい。それから...」万丸の母は、涙を流しながら宮部城主に申し上げていた。「もうやめよう」父は遮った。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」に於いて。宮部氏に御目通りに参じた万丸の父母は、共に涙を流していた。織田信長と宮部城主の間の取り決めに際し、木下藤吉郎は、宮部氏から我が子を差し出す様に言われた。「養子」すなわち体の良い「人質」であった。しかし、兄・藤吉郎にも、
2026年5月7日こんばんはいや…暑い1日でしたね長野県内は各地で今年一番の暑さとなり上田市では真夏日になったのだとかただでさえテンションの上がらない1日がこのお天気ではさらにテンションが下がりますあと1日、頑張っていきましょうかねさて、4月の昭和の日なのにもう初夏のような陽気の静岡市を訪ねた初夏の風薫る静岡の旅から今回もお送りしていきたいと思います前回から旅の舞台が清水から静岡市街地へあまり歩いたことのない静岡市街地散策がいよいよ今回から始まっていきますよ大トロ丼
大河ドラマをここ数年見始めているのですが、主演俳優の年齢と歴史上の人物の年齢との差を調べてみました。22歳;『義経』(2005)滝沢秀明,『篤姫』(2008)宮﨑あおい,23歳;『源義経』(1966)尾上菊之助,24歳;『竜馬がゆく』(1968)北大路欣也,『信長』(1992)緒形直人,『葵徳川三代』(2000)尾上辰之助,『江』(2011)上野樹里,25歳;『武蔵』(2003)市川新之助,26歳;『武田信玄』(1988)中井貴一,『琉球の風』(1993)東山紀之,『北条時宗』(
吉川晃司さんの家系図を調べると、戦国時代まで遡る壮大な歴史が見えてきます。先祖は毛利元就の次男・吉川元春とされ、「76戦0敗」の不敗伝説を誇る名将の末裔かもしれないというから、驚きですよね。今回は吉川晃司さんの家系図はもちろん、実家の吉川旅館の歴史や父親・正俊さんの数奇な人生、姉との有名なエピソードまでたっぷりとお届けします。この記事を読むとわかること・吉川晃司さんの先祖とされる吉川元春(毛利元就の次男)の家系図・実家・吉川旅館の歴史と被爆二世としての生い立ち・父
前回からの続き(1月11日のこと)です竹屋町橋から下って(南下して)行くと、すぐ交差点があり、二条城に沿って道が走ってますその道も竹屋町通りその交差点の角にGoogleマップでは史跡を示しているのですが、どうもない?🤔右手にある幼稚園をよくよく見ると園内にありました🤣板倉勝重・重宗屋敷跡住所・上京区堀川通竹屋町西北角(ひまわり幼稚園内)板倉勝重(1545〜1624)徳川氏家臣幼少期に出家するも、家康の命により還俗して遺跡を相続天正14(1586)年、家康が駿府に移ると町奉行
「風水」と聞くと、中国のもの?占い?意外かもしれませんが日本という国そのものが“風水の塊”とも言えるほど古くからこの思想に包まれてきています。日本は海に守られた風水上の理想地という一面もまずは基本。日本は四方を海に囲まれた島国。風水では「山は守り、川や海は流れと繁栄を運ぶ」とされます。つまり、日本は“山も海もある”バランス最強の地形。山(陰)=安定、蓄え、守り海(陽)=変化、交流、発展陰陽が調和していて“氣のめぐり”が良い。しかも季節がはっきりしてお
大河ドラマでも戦国時代と幕末は繰り返し題材になっていますが。そのたびに「同じこと」をやっていては、視聴者から「またか」と飽きられてしまいます。だから、つねに「新解釈」を盛り込んで、今年の大河はなんか違うぞ、新鮮だぞ、と思わせなければなりません。特に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は、大河では何度も何度も取り上げられ、いわばコスり倒されているので、毎回、演出を変えて「おお、今年の家康はなんか違うぞ」と思って貰わねばなりません。だから「白信長と黒信長」「白秀吉と黒秀吉」が交互に出てきたりします。
今年の大河ドラマでは、登場人物がみんな、表向きやってることと、心の奥に考えてることが違う。今年の「豊臣兄弟」が、三年前の「どうする家康」と大きく違うのは、徳川家康の性格が笑えるほど真反対だ、ってことです。超ヘタレキャラが徐々に成長していく、という松潤家康に対し、松下洸平さんの家康は、初登場から一貫して、一見サワヤカ、外ヅラは極めていいのに、実は太々しく、ずる賢く、織田には反抗的で、いつか信長の脚をすくってやろうと虎視眈々としている曲者です。浅井長政や松永久秀より、よほど裏切りそうです。ま
やたら作品化される“新撰組”これはどう生まれたか?最近ちるらんが人気でまた新撰組がチヤホヤされている。ちなみにこれもまた原作は漫画だ!新撰組はまた作品にされた。これを期に新撰組ってなんなん?あの時代で何が行われていたのか?などを解説。新撰組結成に至るまでから芹沢鴨の暗殺その後の新撰組の末路まで。まず芹沢鴨は新撰組結成の半年後にもう暗殺される。新撰組のバックは会津藩。松潤は会津藩の藩主で、佐幕派・公武合体派の象徴。つまりは会津藩や新撰組の魅力はなにかと言うと、”最
嫁をとることになった小一郎。しかし、寧々ちゃんはこの嫁さんについて、良からぬ噂を聞いていて。しかし、主命での嫁取り&小一郎が割とその気なので、秀吉は阻むこともできず。そして、嫁入り当日。小一郎のもとに現れた慶は、出迎えた家族全員の名前を覚えており、まずは、一同(特に男衆)によい印象(ねねちゃんは『女狐⋯』とボソリ)。が、小一郎と慶が部屋に下がった時、あとから訪ねて(?)きた利家から慶の身の上を聞かされた秀吉夫婦は血相を変えて、新婚さんが酒を酌み交わしている部屋に乗り込んでしまいます(と
4月21日火曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物滝川一益(猪塚健太)滝川一益(たきがわかずます/いちます、旧字体:瀧川一益󠄁)戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、大名。織田氏の宿老であり、主君・織田信長に従い、天下統一に貢献した。没年から逆算すると、大永5年(1525年)生まれ。出生地は近江国甲賀郡大原(滋賀県甲賀市甲賀町)とされる(『勢州軍記』)。尾張国の織田信長に仕えるまでの半生は不確かである。甲賀流の忍者であったという見解も