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3月27日金曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物細川藤孝(亀田佳朗)細川藤孝(ほそかわふじたか)戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名、歌人。細川幽斎(ほそかわゆうさい)、長岡藤孝(ながおかふじたか)、長岡幽斎(ながおかゆうさい)としても知られる。天文3年(1534年)4月22日、三淵晴員の次男として、京都東山にて誕生。のちに、晴員と共に12代将軍・足利義晴の近臣であった細川晴広の養子となる。天文15年(1546年)、
東照宮と宇都宮餃子鬼怒川グランドホテルの朝食もバイキングではなく、個別出しで、とても豪勢だった。集合時間までに温泉♨️にも入ることができた。そして、いざ出発となった。まずは、観光地化しているお土産屋に寄り、東照宮に向かった。何とか耐え続けていたのだが、この旅行初めての☔️だった。観光客で混雑していたが、小学校の移動教室以来だったので、短い時間で要所を回った。陽明門見ざる言わざる聞かざるの三猿鳴龍ここまでは、集団行動。眠猫徳川家康の墓奥宮叶杉207段の石段
このご時世に、熊の話を気楽にするのは憚られますが。歴史の話題ということで、お許し下さい。熊本には、熊はいないそうですが。では、なぜ熊本という地名なのか?「隈」というのは、川が湾曲している地形のことを指します。川が湾曲した内側の土地だから「隈本」、三方を川に囲まれているのだから、これを天然の堀にすれば、築城に有利な土地ですよね。それを加藤清正が、熊本という文字に改めたというのは、記録があって確かな話です。なんで熊なんてケダモノの名前が、戦国武将の城の名前に相応しいんだ、とか思います
こんにちは。今回もこのところ続けてます関ケ原ウォーランドからです。前回は笹尾山~天満山~松尾山といった西軍中心でいきましたが、今回は関ケ原フィナーレの場=床几場・島津の退き口・南宮山をいきたいと思います。よろしくお願いします。【徳川家康(関ケ原ウォーランド)】関ケ原のクライマックス=首実検がなされた床几場に家康さんはおられます。カラーリングの自由さがウォーランドの良さですが、家康さんにイエロー、、、斬新です。床几場には、主戦場で活躍していた武将たちがたくさん集まってます。
今回は金ヶ崎撤退戦。各人、見どころがありすぎて、今回はストーリーはなぞらず(私のブログ読まれる方は、既に見終わっているだろうし)、登場人物ごとに感想を書こうと思います。まずはノッブ(信長)勝家から『浅井長政謀反の報せ入った』と聞かされても、信用しない。お市から両端を縛った『小豆袋』が届けられても、半兵衛が小豆袋の意味を教えても、長政が裏切るわけがない!と、頑なに信じようとはせず。いや、信じたいのか。小一郎が、小豆袋を開いて『これは何も伝えることができないお市様が、小豆袋を白紙の文
オープニングテーマ無しで始まった今回。みっちり詰まった物語で胸が一杯になりました。どの人物も、余りに可哀想で。信澄。『歯車に挟まった小石』。その存在が、全ての人物の運命を狂わせていく。幼い頃から、『父の恨みを晴らせ』と実の母に呪いをかけられてしまった。父を殺した信長を、恨んで恨んでここまで来てしまった。あんな幼い頃から母親に言い聞かせられていたら、それ以外の生きる意味を、見出せなくなっちゃうよね。戦国と、今の世の考えは違うけれど、御母上、ここまで我が子を追い詰めなくてもよかった
5月15日金曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物平野長泰(西山潤)平野長泰(ひらのながやす)安土桃山時代の武将、江戸時代前期の旗本。賤ヶ岳の七本槍の1人。平野氏は桓武平氏直方流を称した鎌倉幕府の執権北条氏の子孫、北条氏庶流横井氏のさらに分家であるとされる。尾張国海東郡津島の住人となり、中島郡平野村を領したことから村名を姓とした。ただし、長泰の父・平野長治は元は船橋右京進枝賢と名乗り、清原業賢(船橋業賢)または清原宣賢(船橋宣賢)の子といい、長
いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。豊臣兄弟的「本能寺の変」戦国時代のターニングポイントの最大の出来事。今回の大河ドラマは、一味違ってましたねえ。良いのか、悪いのか、、、本能寺の変をくどくど語る必要はありませんね。信長が悪人として描かれるのか、光秀が悪人として描かれるのか、あれやこれやと想像していたのですが、全く違う感覚でした。光秀をそそのかした男が「真犯人」の登場が目立ちすぎて、違和感ありすぎです。。先週の最後にぬんと出てきた真犯人。光秀の謀反
今日は、東京駅方面へ。八重洲口で(いつものように)道に迷ったのですが、そのおかげで、八重洲の由来となったヤンヨーステンの像を、偶然、見ることができました。ヤンヨーステンの本名はヤンヨーステンファンローデンステインで、16世紀のオランダ人。ウィリアムアダムス(三浦按針ですね)と共に、1600年に大分県に漂着した人です。徳川家康の信任を得て江戸に住んでいましたが、最後に帰国しようとしたときに、船の遭難でそれがかなわなかったとのことです。航空機でどこへでも行ける私たちと違い、当
池田公三英傑に奉公せり鳥取藩主だった池田光仲が江戸時代に建てた日光東照宮の分社江戸時代初期の神社建築として国の重要文化財に指定されています本殿の柱等に施されている鷹の彫刻は日光東照宮の「眠り猫」と同じく江戸時代の伝説的な彫刻職人・左甚五郎による作品とされ、当時の装飾技術の高さが伺えます石碑も随所に見られましたが読み取れません光仲の祖父池田輝政は、信長の重臣池田恒興の次男として尾張で誕生神社参道は樗谿公園となっており市民の憩いの場となっている。鳥居前には鳥取市歴史博物館「やまびこ館
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
「女帝春日局」「女帝春日局」プレビュー1990年1月20日公開。将軍家光は春日局が産んだ家康の子だったという驚きの物語。脚本:高田宏治監督:中島貞夫キャスト:おふく(春日局):十朱幸代民部卿の局:名取裕子おつめ:鳥越マリ大姥局:草笛光子徳川秀忠:金田賢一お江与:吉川十和子雲井:高瀬春奈浮舟:長谷直美狭衣:片山由香葛城:山本咲子秋野:松川裕美香川:松村康世芦川:藤奈津子小早川秀秋:大木聡稲葉正成:原田大二郎大久保忠隣:本田博太郎
我が家の旅の宿はいつも主人がしています今回は一泊目はあまり予算を取らずに・・・ゆったりと温泉に入れる宿ということで選んだとのこといきなり非日常感たっぷりの赤い橋!!そして町屋風のお店がありました。土曜だったのですが到着は3時なのに人はまばら・・・日帰り温泉も対応していますが混み合ってはいませんうれしいような・・・心配なような・・・混んでいるのではと心配していたので拍子抜けといっ
香取神宮参拝の後は、鹿島神宮へ。式内社(名神大社)、常陸国一宮、旧社格制度の元では、官幣大社。神社本庁の別表神社であり、香取神宮と同様な社格を有している。楼門「日本三大楼門」の1つに数えられる。寛永11年(1634)、初代水戸藩主・徳川頼房の命により、造営された。入母屋造の2階建てで、現在は銅板葺であるが元は檜皮葺であった。扁額「鹿島鳥居」は東郷平八郎の書になる。国の重要文化財に指定され、回廊は鹿嶋市指定文化財に指定されている。拝殿・本殿主要社殿は、本殿・石の間・幣殿・拝殿からなる。い
賢・達・士(32)士は以って弘毅ならざるべからず曽子曰わく、士は以って弘毅ならざるべからず。任重くして道遠し。仁以って己が任と為す、亦重からざるや。死して後已む、亦遠からずや。泰伯第八102頁4行目です。伊與田覺先生の解釈です。曽先生が言われた。「士は度量がひろく意思が強固でなければならない。それは任務が重く。道は遠いからである。仁を実践していくのを自分の任務とする。なんと重いではないか。全力を尽くして死ぬまで事に当たる、なんと遠いではないか」この章では、士は「
今回の関西旅行では、初めて配車アプリを使ってみました。海外ではUberが主流のようですが、日本ではGoとDiDiが便利だとタクシーの運転手さんから教えてもらい、我が家はDiDiを使ってみました。今回は初めて配車アプリを使ってみた感想と、関西旅行の続きです。配車アプリの使い方はとても簡単でした。アプリを開いて現在地と目的地を入力すると、目的地までのおおよその時間と料金が表示されます。あとは注文ボタンひとつで現在地周辺にいるタクシーに配車依頼がされ、それにOKしたタクシーが迎えに来てくれます
エミー賞18部門制覇、RottenTomatoes99%、海外で大絶賛された『SHOGUN将軍』。真田広之主演ということで、めちゃくちゃ期待してDisney+で全10話一気見しました。結果……正直、面白くなかった。最初の2〜3話までは「これはすごい!」と思ったのに、後半になるにつれてイライラが募り、最終話では「え、どういうこと?」という気持ちになりました。同じように感じた人は意外といるんじゃないでしょうか。ここでは、私が特に面白くなかったと感じた理由を、ネタバレありでグダグダ本音で書い
最近、新券を手にする機会が多いのよね~という方、そうでない方、ポチッと、応援お願いいたします。スピリチュアルブログランキングへにほんブログ村有難うございます。新券を手にする機会が多いということは、エネルギーが整っているからです。今のエネルギーを保つ為にも、何かしらの浄化をなさってみては如何でしょうか。ささっ、本文を読んでくださいませ。道を歩いている時、ぶすーっと、つまらなさそうに歩いている人を見かけることはありませんでしょうか。その時、大概の人は『この人、楽しいことが無いんだろ
(前回の続き)随分と時間が経った。そろそろお楽しみの時間だろう。ひっそりと「仰向け」の指示を待つ。我、徳川家康なり。本日の関ヶ原、東軍西軍の激突はまだか。その時、お姉さんがタオル越しに私の背中をバシバシと叩いた。この業界特有の、法螺貝が吹かれる前の合戦合図だ。来るぞ……!「ハイ、シューリョー」……え?今、なんつった?「あれ?……サービスは?」「ン?」「(手で上下にシコシコする仕草をしながら)これは……?」「ナイナイ!、ナイヨ!」顔の前で激しく手を振りな
初めての関ヶ原へ。「関ヶ原」(著・司馬遼太郎)、「島津奔る」(著・池宮彰一郎)などで手に汗握った天下分け目の合戦・関ヶ原の戦いの舞台である。慶長5年9月15日(新暦:1600年10月21日)に徳川家康率いる東軍・石田三成率いる西軍合わせて15万人が激突した場所である。ちなみにこちらは初めてきちんと認識したのだが、西暦672年の壬申の乱で大海人皇子と大友皇子が雌雄を決したのもここ関ヶ原。戦いがあった不破の関から西を関西、東を関東と呼ぶ。日清のどん兵衛の出汁もここ関ヶ原を基点に東西
皆様、お久しぶりで御座います如何お過ごしでしょうか?東京はすっかりと秋めいてまいりましたついこの間までの残暑が嘘のように快適な気候へと様変わりし、夜もグッスリ、食欲は旺盛、旬な味覚に舌鼓を打つ毎日で御座います。特別な事をするわけでも無くSimpleisalwaysbest「普通が一番」日々、幸せを感じて生きれてる事に感謝してますまぁ、、、、そうは言ってもそれはそれこれはこれ基本がアドレナリンジャンキーな私「毎日普通は飽きるんだよな〜」「やっぱ、刺激も大切なのよ
まるで新築マンションのような城(←イメージ)「日本どまんなかお城スタンプラリー」というのを年末までやっているので。制覇のためにちょいちょい城巡りをしております。しっかし。真夏の小牧山城制覇はクレイジー。上まで車で上がることができないので。ほぼ登山!写真を撮る余裕などなく。汗だくで天守閣へ。あ〜しんど。手すりが高く頑丈なので、高所恐怖症でも全然大丈夫。さすが新築マンション←名古屋の高層ビル群がよ〜く見えます。岐阜方面もよく見えるので
大河ドラマをここ数年見始めているのですが、主演俳優の年齢と歴史上の人物の年齢との差を調べてみました。22歳;『義経』(2005)滝沢秀明,『篤姫』(2008)宮﨑あおい,23歳;『源義経』(1966)尾上菊之助,24歳;『竜馬がゆく』(1968)北大路欣也,『信長』(1992)緒形直人,『葵徳川三代』(2000)尾上辰之助,『江』(2011)上野樹里,25歳;『武蔵』(2003)市川新之助,26歳;『武田信玄』(1988)中井貴一,『琉球の風』(1993)東山紀之,『北条時宗』(
『忍びの者・霧隠才蔵』(1964年・大映/監督:田中徳三)は、石川五右衛門を主人公にした前3作から、主人公を霧隠才蔵にした新シリーズ。大阪冬の陣の結果、徳川家康(中村鴈治郎)は豊臣家を追いつめる策を次々に打ち出す。九度山にひきこもり情勢をみていた真田幸村(若山富三郎)は、霧隠才蔵(市川雷蔵)たち配下の忍者に家康暗殺を命じるんですな。家康も配下の忍者・与藤次(須賀不二男)を使って幸村の動向を調べています。この辺の情報合戦は面白いですね。町人に変装して駿府の城下に忍び込んだ才蔵ですが、歩き方で与
大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、強い絆で天下統一という偉業を成し遂げた豊臣兄弟の奇跡。夢と希望の下剋上(げこくじょう)サクセスストーリーです!私は、大河ドラマが大好きです。特に戦国時代を描いたものが好きです。大河ドラマの作品によって、歴史上の人物の描かれ方が違いますが、今作の描かれ方は興味深いです。私は、仲野太賀さん演じる小一郎と、池松壮亮さん演じる秀吉との掛け合いが好きです。ホッコリしますね。小栗旬さん演じる織田信長迫力があって怖いですね。徳川家康演じる松下洸平さんのすっとぼけた腹黒い
SNSで話題!徳川家康&織田信長ポチ袋がかわいい♡どこで買える?【徳川埋蔵金・マイぞうきん】最近SNSで話題になっている、歴史人物デザインのポチ袋シリーズ。「徳川家康」デザインのポチ袋や、ユニークなネーミングで人気の「徳川埋蔵金」「徳川マイぞうきん」など、思わずクスッとする可愛さが注目されています♪ちょっとしたお礼やお年玉袋としても使えると人気で、売り切れになることもあるほど話題になっています。■どこで買える?販売場所まとめ現在の販売状況を整理すると、主な購入先、販売店は以下の通り
「幕末には、将軍職を巡って、家茂派と慶喜派が対立したんですか?」まあ、大づかみに言えば、そうですが。その言い方だと「幕府のリーダーには、家茂が相応しいか、慶喜が相応しいかの争い」みたいな話に聞こえますけど、全然、そんなことではありません。幕末の「将軍継嗣問題」は、「南紀派対一橋派」と呼ばれます。当時、将軍家定に跡継ぎの男子がないため、従兄弟から紀伊徳川家の養子となっていた紀州藩主徳川慶福(よしとみ)と、水戸藩主の息子で一橋家の養子になっていた一橋慶喜(よしのぶ)、どっちを将軍の跡継ぎにする
今日はオタク全開です。許してください(笑)「なんで善光寺に何度も行きたくなるの?」調べたら歴史がすごかったおはようございます。突然だけど、上越市民なら善光寺は親しみのあるお寺じゃないかな。私も善光寺が大好きだ。幼い頃から両親に連れて行ってもらい、鳩に追いかけられて半泣きになったこともある。あの明るくて開放的な空気が好き。宗派を問わず受け入れてくれるところも好き。近いこともあって、「年に一度は行きたいな」と思う場所だ。でも、秋田県出身の夫と結婚して
大河ドラマでも戦国時代と幕末は繰り返し題材になっていますが。そのたびに「同じこと」をやっていては、視聴者から「またか」と飽きられてしまいます。だから、つねに「新解釈」を盛り込んで、今年の大河はなんか違うぞ、新鮮だぞ、と思わせなければなりません。特に、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康は、大河では何度も何度も取り上げられ、いわばコスり倒されているので、毎回、演出を変えて「おお、今年の家康はなんか違うぞ」と思って貰わねばなりません。だから「白信長と黒信長」「白秀吉と黒秀吉」が交互に出てきたりします。
戦国時代の武士は仕える主君によって死ぬか生きるかがかかっている。その奥方や娘たちの運命は、自分の才能や意志にかかわらず夫や父親の手のうちにあってあっちへやられこっちにやられ、所有物のごとく扱われる。豊臣秀吉の盟友でもあり徳川時代になっても大大名として生き残った加賀前田。初代藩主前田利家の二人の娘の麻阿と豪。まだ権勢を誇る豊臣秀吉の、麻阿は4番目の妻となって豊臣の宝を預かり、豪は養女となって蝶よ花よと育てられる。やがて秀吉は亡くなり、徳川家康の世となって行く中で二人の立場は不安定な