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御井神社大和国宇陀郡奈良県宇陀市榛原桧牧字高取964(P有、一の鳥居の北側から進入、入口がやや狭いので注意)■延喜式神名帳御井神社の比定社■旧社格郷社■祭神御井神天照皇大神天児屋根命水分神「内牧川」沿い、霊峰「伊那佐山」系の北東に鎮座する社。鎮座地「檜牧」については社頭案内を写した下部写真にて。◎ご祭神は御井神(木俣神)、「伊那佐山」に鎮まる神を麓で祀ったのでしょうか。当地を拠点とした御井氏が斎祀る神社であるとされています。◎遷座された歴史があるようで、旧社地は菟田
【住吉三神/禊の際に生まれた航海守護の神】@art.mochida.daisuke『古事記』によると黄泉から帰ったイザナキが、清流の中で禊(みそぎ)をした際に生まれた三つ子の神様が「住吉三神」。神功皇后(じんぐうこうごう)の三韓征伐(さんかんせいばつ)にも尽力したとされ、この神様を祀る神社は「住吉神社」という社名で、日本全国に約600社あります。前述の通り神功皇后と深い関係があるので、八幡宮に合祀されていることも多い神様です。『古事記』では主にソコツツノオ
千葉県に来ています姉埼延期式内社になります立派な拝殿です参拝者も来ています境内も整備されて美しい鬼滅の刃柱稽古編が始まったところで実弥の風の呼吸弐ノ型爪々・科戸風(そうそうしなとかぜ)を思い出すのは私だけだろうか・・・金の龍がおわす拝殿横から見る大きい
【アメノミナカヌシ/天地創造の神】@art.mochida.daisuke『古事記』において天地開闢の時に一番最初に現れた神様がアメノミナカヌシ。続いてタカミムスビ、カミムスビが現れ、すぐに身をお隠しになりました。この三つ柱の神々を総称して「造化三神(ぞうかさんしん)」と呼び、造化三神は男性女性の区別がない独神(ひとりがみ)であり、最初に生まれたアメノミナカヌシはこの三柱の創造神の中でも中心的存在。なので中心に引き寄せる力を現して描いています。
前回からの続き(7月23日のこと)です月の輪田を後にして、市道らしき道を東へ向かいます次の神社への脇道の入り口には神社の大きな案内板がありました👍まさに村の中の道という所の奥にその神社がありました比沼麻奈為神社(ひぬまないじんじゃ)住所・京都府京丹後市峰山町久次510旧社格村社延喜式神名帳の丹後国丹波郡の式内社・比沼麻奈為神社に比定される神社御祭神豊受大神配祀瓊々杵命・天児屋根命・太玉命駐車場あり御朱印を頂かれているのもネットで見ましたが、僕が行ったときは誰も
小宮(おみや)神社は、近鉄伊賀線:伊賀上野駅から南東へ3㎞、大和街道に面して鎮座されます。鎮座地:三重県伊賀市服部町1158昭和六年八月に奉納された狛犬。参道の左の境内社が鎮座されます。御社名不明。参道の右に、橿原神宮遥拝所。左に手水舎、正面に拝殿、右に社務所。式内社小宮神社伊賀国阿拝郡鎮座式内社穴石神社伊賀国阿拝郡鎮座現社名小宮神社旧社格村社
6月18日(木)、東京都多摩地域の神社へ行って来ました1日だけフライングして、県をまたいでの移動をしてしまいました。ごめんなさい今回ご紹介するのは、阿伎留神社(あきるじんじゃ)ですJR五日市線・武蔵五日市駅より徒歩12分。元は五日市町でしたが、平成7年に秋川市と合併してあきる野市になっています。毎月5と10の日に市が立ったことから、「五日市」です。山村から運ばれる薪炭と、日用品とを交換することが目的の市でした駅を出て33号線檜原街道をまっすぐ進み、「五日市出張所入口」の信号🚥を
飯道神社里宮(湖南市)(いいみちじんじゃ)近江国甲賀郡滋賀県湖南市針1009(南50m余りに公園があり当社参拝用と兼ねていると思われます)■延喜式神名帳飯道神社の論社■旧社格村社■祭神素盞鳴尊[配祀]菅原道真近江国南東端、「野洲川」を遡り南岸を山手へ向かって上った「針」に鎮座する社。麓すぐには「野洲川」沿いに東海道があり、かつては大いに賑わった地。◎創建は大同二年(807年)と伝わります。由緒は不明。かつての旧社地は北北東200mほどの、現在の「湖南市役所東庁舎」
2023年4月4日&5日。1泊2日で茨城県の神社を5社ほど巡ってきました。巡拝のメイン・テーマは《国津神VS天津神》。すなわち、「(政権に)まつろわない」星神=カガセオ。そして、それを討ったタケハヅチ。この両者を祀る神社にお参りすることが目的でした。今回は、タケハヅチを祀る神社です。式内社静神社(しず神社)『延喜式』神名帳に記された社号久慈郡7座(大1座・小6座)→名神大社「静神社」しつのかみのやしろ当社は、常陸國の二之宮でもあります。◇鎮座
2021年3月1日参拝。大麻止乃豆乃天神社~占いの神・櫛真智命を祀る式内社~読みは「おおまとのつのてんじんじゃ」または「おおまとのつのあまつかみのやしろ」。JR南武線・南多摩駅南口より徒歩5分。川崎街道を横断して住宅街を進むと、赤い常夜灯が目に入りました。参道入口。社号碑。「延喜式内」は控えめに細い文字です。石段は何段階にも分けて続きます。最初は5段。2対めの常夜灯があり、次は20段ほど。そして、鳥居です。創建年代は不詳。所在地は、稲城市大丸。大丸村の鎮守で、江戸時
2022年9月9日、武蔵国の式内社である、標記神社を訪ねました。式内社物部天神社(もののべてんじんしゃ)当社、いまは『北野天神社』という社号です。歴史的には、当地に勧請された北野天満宮や周辺神社などの合祀を重ねました。宗教法人としては、『物部天神社国渭地祇神社天満天神社』として登録。これを総称して『北野天神社』としています。◇鎮座地:埼玉県所沢市小手指元町3-28-44◇最寄駅:西武池袋線・小手指駅から1.7km◇バス停:北野天神前~156m(西武バ
【ヤシマジヌミノカミ/スサノオの御子神】@art.mochida.daisukeヤシマジヌミノカミ(八島士奴美神)は、『古事記』において、ヤシマジヌミノカミからトオツヤマサキタラシノカミ(遠津山岬多良斯神)まで十五柱を指す十七世神(とおまりななよのかみ)の初代とされる神様で、スサノオとクシナダヒメとの間の御子神です。スサノオとカムオオイチヒメとの間に生まれたとされるオオトシノカミ(大年神)やウカノミタマ(宇迦之御魂神)の異母兄にあたります。イザナギ
依那古(えなこ)神社は、近鉄伊賀線:猪田道疫から南東へ200m、田んぼの中に鎮座されます。赤マーク依那古神社青マーク依那古(いなこ)駅鎮座地:三重県伊賀市依那具1141依那古駅は依那古神社から離れています。依那古神社には駐車場はありません。前を通る道は幅が狭いので、駐車は危険です。伊賀線が一番ですけど、本数は少ないです。左に手水舎。式内社依那古神社伊賀国伊賀郡鎮座現社名依那古神社旧社格村社
日尾池姫神社丹後国加佐郡京都府舞鶴市与保呂(詳細住所不明、府道487号線沿い「与保呂」集落の最奥)(社前に駐車可)■延喜式神名帳笶原神社の論社■旧社格村社■祭神天日尾神国日尾神天月尾神国月尾神「与保呂川」沿い、「与保呂」集落の最奥に鎮座する社。「蛇切岩」伝説(「前編」・「後編」)にまつわる社でも。さらに上流には「蛇切岩」が座しておいます。「東舞鶴」市街地からわずか4~5km隔てただけではあるものの、巨樹が林立した境内周辺は隔絶した霊地と呼ぶに相応しい雰囲気を醸していま
2023年5月10日&11日、館山市と南房総市に行ってきました。前回記事から《安房国の式内社&忌部の神々》を巡る旅を始めましたが、実質的には今回が第1回となります。式内社(大社)論社洲崎神社(すのさき)『延喜式』に記された社名后神天比理刀咩命神社きさきがみあめのひりとめのみこと※『延喜式』の「神名帳」では、社号の下に小さな文字で「元名洲神」という注記があります。「元の名はスサキノカミ」という意味です。さて、安房国は房総半島のおおよそ南半分にあたります
葦神社(伊賀市上阿波)伊賀国山田郡三重県伊賀市上阿波2665(P有)■延喜式神名帳葦神社の比定社■旧社格村社■祭神大国主神事代主神市杵島姫命田心姫神湍津姫命天日方命奇日方命天手力男命少名毘古那命布津御魂神神功皇后[合祀]日本武尊火産霊神伊古那姫命猿田毘古神伊邪那岐神健速須佐之男神菅原道真地主神帯中日子神品陀和気命高良玉垂命大雀命宇迦能御魂命大日霊貴尊奥津日古神天穂日命伊賀市南東部、「木津川」支流の「服部川」北岸畔、「上阿
続きです。『美奈宜(みなぎ)神社1*荷原*喰那尾山1~荷原*神功皇后の伝承地~』前回の記事にあった、荷原(いないばる)の美奈宜神社。『饒速日命と神功皇后2~大国主神の正体~』続きです。『饒速日命と神功皇后1~神功古道~』神功古…ameblo.jp荷原の美奈宜神社には、神功皇后の伝承があった。そこから約9キロ。林田にも美奈宜神社がある。林田の美奈宜神社。扁額ではこのような字。当たり前ですが、社や、神の名が書かれている。拝殿。ご祭神
2022年9月1日参拝。やっと9月まで来ました。なかなか記事が追い付きません筑波山神社つくばエクスプレス・つくば駅A3出口よりバス「つくばセンター」から筑波山シャトルバス「筑波山神社入口」下車5分。「筑波山切符」を購入するのがお得ですつくばエクスプレス線内の発売駅〜つくば駅までの1往復が有効。筑波山シャトルバス(沼田〜つつじヶ丘間)と、筑波山ケーブルカー&筑波山ロープウェイの乗り降り自由です。筑波山神社入口🚏でバスを降りると、すぐに赤い大鳥居が見えます。そのまま神社へは向
ことのままはちまんぐう遠江國一ノ宮★事任八幡宮おはようございますm(__)mご訪問ありがとうございます。【鎮座地】静岡県掛川市八坂642【御祭神】己等乃麻知媛命【配祀神】息長帯姫命.誉田別命.玉依比売命【社格等】式内社(小).遠江国一宮.旧県社【創建年】成務天皇年間ゼロ磁場というパワースポットのようです。ゼロ磁場って何?ちょいと調べたら、目に見えないエネルギーが充満してる所って書いてあったけど、、、。そうなの???あっ、ゼロ
こんにちは、ロイヤル麦茶です。今回紹介する神社は静岡県浜松市中央区呉松町にあります曽許乃御立神社です。御祭神は武甕槌命。神護景雲元年(767年)常陸国(現在の茨城県)の鹿島神宮の大神様が大和国の御蓋山(現在の奈良県の春日大社)に向かう際、当地の根本山で休憩した際、近郷住民がその御神徳を慕って社殿を建立し、御分霊を頂いて祀ったのが始まりです。東海道新幹線で浜松駅までやってきました。2015年のゆるキャラグランプリでグランプリになった出世大名家康くんが出迎えてくれました。曽許
香良州神社伊勢国壹志郡三重県津市香良洲町3675-1(P有)■延喜式神名帳稲葉神社二座の論社(境内社小香良洲神社と合わせて二座とする)■旧社格県社■祭神稚日女尊[配祀]御歳大神「雲出川(くもずがわ)」が伊勢湾河口寸前で二股に分かれる三角洲に鎮座する社。天照大神の妹神を祀るとすることから、皇大神宮と合わせて参ることが江戸時代から慣習に。以降大いに栄え、旧社格は県社に列格しています。◎創建由緒等については古記録等を有しておらず詳細は不明。まったく異なる3つの創建伝
【ワタツミ三神/禊で生まれた三つ子の海神】@art.mochida.daisukeワタツミ三神(綿津見三神)を描いてみました。「ワタ」は海の古語で、「ツ」は「の」を表し、「ミ」は神霊の意であすので、「ワタツミ」は「海の神霊」という意味になります。黄泉から帰ってきたイザナギが禊をした時に以下の神々が生まれました。ソコツワタツミ(底津綿津見神、底津少童命)ナカツワタツミ(中津綿津見神、中津少童命)ウワツワタツミ(上津綿津見神、表津少童命)この三神を総称してワタツミ三神
【アワシマ/ヒルコの次に生まれた女神】@art.mochida.daisukeアワシマ(淡島神)は、『古事記』においてイザナギとイザナミの国生みの段に登場する神様で、最初の御子神ヒルコの次に生まれました。しかし、ヒルコ同様に未完成な不具の子であったために、イザナギとイザナミの子には数えないとされます。子のうちには数えないとされますが、生まれた時は国土の神としては未熟だっただけで、その後に神様として昇格して存在していたとも考えられ、最初の国
【オオゲツヒメ/スサノオに斬られた穀物の女神】@art.mochida.daisukeオオゲツヒメ(大気都比売神)という名は「大いなる食物の女神」という意味で、『古事記』において最初の夫婦神であるイザナキとイザナミによる「国産み」で生まれた、伊予之二名島(いよのふたなのしま/四国)の中の粟国(あわこく)の別名としてオオゲツヒメの神名が初めて登場します。しかし、その後の「神産み」においてイザナキとイザナミの間に生まれた神名にもオオゲツヒメの記載があり、同一
【オオカムヅミ/黄泉の軍勢を退けた桃神】@art.mochida.daisukeオオカムヅミ(意富加牟豆美命)は『古事記』によると、黄泉の国でイザナギを黄泉の軍勢から助け出した「桃の木の神霊」として登場しています。「大いなる神のミ(霊)」という意味の神名で、他にも大いなる神の実と解釈し「大神実命」と表記する場合もあり、桃太郎神社(愛知県犬山市)ではオオカムヅミが生まれ変わり桃太郎として鬼を退治したとされます。『日本書紀』にも登場しますが、神名は明
糸井神社(いといじんじゃ)の創建年代は不詳であるが、延長五年(927年)の延喜式神名帳にに記載されている式内社である。社伝によると御祭神は、「本殿豊鍬入姫命、同二ノ宮猿田彦命、同三ノ宮綾羽明神、同四ノ宮呉羽明神」と記されており、応神天皇の御代に、呉国から来た綾羽・呉羽(あやは・くれは)の織女が天皇の勅により大和で綾織を織ったとされ、その時に創建されたとも伝えられている。御祭神:豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)所在地:奈良県磯城郡川西町結崎68
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【水や海の神とされる龍神】@art.mochida.daisuke今日は龍神様です。昔より水や川の神様として龍の伝承が伝わり、海の守護神ともされ、日本において龍神は、西洋のドラゴンに代表されるような怪物ではなく、神様として広く信仰されています。もちろん『記紀神話』にあるように、ヤマタノオロチのような恐ろしい側面を持った龍神伝承も残り、日本各地で多種多様な龍神がいると考えられてきました。『古事記』には水の神様としてミヅハノメやオカミノカミやミクマ
建嶋女祖命神社建嶋神社所在地徳島県小松島市中田町広見42祖祭神は、「タツシマメオヤノミコト」で氏子は「タツシマハン」と呼んでいる。また、諸誌によると883年従5位上の「埴生女屋神」とあり、「建島女祖命下照姫」を祭るとある。また、下照姫は「建御名方神の妹」諏訪の神であると言われ、これから「建島」と呼ばれると言われる。建島神社の歴史は古くからあり、諸説の中で伝えられ今日に至っている。諸誌の伝えるところによると、建島女祖命神社はこの地の開拓神として祭られたのであろ
式内鴨神社岡山県玉野市岡山県玉野市にある式内社の鴨神社の紹介です。コチラの神社には良く参拝させて頂いているのですが、恐らく明確にご利益を頂いている感覚があります。はじめて参拝してから1週間以内に神社の近くに住んでいた数年連絡をとっていない同級生から連絡があり、仕事が決まったことがあります。その日は他にも数社参詣させて頂いたのですが、何となくコチラの神社の影響が大きい感じがして、それからも足繁く通わせていた頂いております。鳥居もともとは奈良の高鴨神社から勧請されているみたいですね。まだ