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岸伸一は今回の余市町長選挙は立候補しません。前日に余市町長とフォーラムをした時に、話す機会があったので風力発電の事を聞きました。事案事に判断すると言ってましたが、ここは風力発電に向いていないとも言われいました。そして、町が関西電力の風力発電に対して、ここまで言ってるんだから、しないでしょう。とも言われてたので立候補しない事を決意しました。まあ、斉藤町長はふるさと納税などで実績がある方なので良いと思います。一つの懸念は鉄道が無くなった後はどうするのか?が気になりました。攻めの廃線で有名な鈴
千葉シーサイドバスは千葉県千葉市花見川区の、JR幕張駅近くに本社のあるバス会社で、東洋バスの子会社である。地元のバス会社として今まで何度となく利用してきたバスだ。その千葉シーサイドバスが公式ホームページで、「運転士不足による今後の方向性について」というお知らせをした。深刻な運転士不足により、一部廃止を伴う方向性が決まりましたのこと。運行の変更お知らせいつも千葉シーサイドバスをご利用いただきましてありがとうございます。先日より、告知させていただいております、
ついに来ました!長年の夢だった『鉄道員(ぽっぽや)』の舞台、幌舞駅(旧・幾寅駅)です。かつて根室本線の一部だったこの駅は、高倉健さん演じる不器用な鉄道員・乙松の人生が詰まった、映画ファンと鉄道ファンにとっての聖地。本日は、廃線となった今だからこそ感じられる、静かで深い駅の魅力をご紹介します。車窓から眺めて終わりにしたのが悔やまれる、その場所に降り立ちました。**********ふらの旅、前回は、美瑛町の青い池・白ひげの滝などを観光しましたが、本日は……かつての根室本線
数年前に知人から古い鎌倉市の明細地図をいただきました。気まぐれに棚から引っ張りだして現在と昔を比べて楽しむことがあります。1973年ですから52年前で、私はまだ5歳にはなりますが1975年から1981年までは大船はよく通りましたので懐かしい商店街などが蘇ります。(当日の湘南モノレールの絵はがきセットより)↓現在の様に駅ビルは無く商店街が並びます。京急バスは湘南モノレールの駅の下のターンテーブルで折返え運転をしていました。↓湘南モノレールの改札を降りて右にはひょうどう玩具店と、仲見世にはグリ
何年か前、凄く暇を持て余していた時Googleマップで「行ってみたい」場所にチェックを入れまくっていたことがあり草津からの帰り道、そのうちの一つが目に付いたので寄ってみたのです群馬県吾妻郡中之条町大字太子251番地4旧太子駅(旧おおし駅)切符をイメージしたらしき入場券と周辺案内も書かれているパンフレットをいただきました↑ブログを書きながら今、初めて中身を見てるよ旧太子駅は、日本鋼管(株)群馬鉄山の鉄鉱石を運ぶ専用線「太子線」の始発
北海道廃線跡巡りの最後の旅「湧網線・池北線廃線跡巡りの旅」から先ほど帰宅しました。季節的にも道東エリアへバイクで行くのは、今回のタイミングが限界だと思われますので、無事帰ってこれて何よりです。長い池北線今日はこの旅3日目でしたが、このブログでは2日目の続きです。予定していたスケジュールはこれ10:40に置戸駅を出発し、次の「小利別駅」に向かいます。池北線で最も長い駅間です。道中、オホーツク管内と十勝管内の境界である「池北峠」を超えます。駅間が長
【26年3月22日探索・8月17日公開】本日からの連載は2010年に探索した区間の、16年ぶりの再訪になる。現在地はこの辺栃木県芳賀郡茂木町大字茂木県道109号茂木停車場線だ。正面に見えるのが真岡鐡道の終点、茂木駅だ。蒸気機関車の運転もあるためか、駅構内には転車台があった。そのへ、ちょうど下館行の気動車がやって来た。駅から先には150mほどレールが延びている。これはレール終端位置から駅方向を見たものだ。同じ場所で進行方向を見
こんにちは、翔渓丸です写真を撮り忘れちゃったですけど、北海道に来て、1,3,4日目にお世話になった上砂川シェアハウスをあとに足寄に向かいました上砂川シェアハウスは宿泊、食事、洗濯、シャワーなど、短期〜長期滞在に必要なものがそろっていて、それでいて、信じられないくらい安く泊まれました黒岳登山口のある層雲峡で一休み大雪ダムここにもアメマスやニジマスがいるという事ですが、釣りはパス廃線になった士幌線の幌加駅跡帯広から70kmあまり上ってきたあたりにあります廃線になった旧国鉄士幌線の
(写真と本文とは関係ありません。またこの写真は以前の記事からの転載です)名鉄広見線末端区間(新可児-御嵩)の存廃問題、以前の記事でも取り上げておりますが(下記関連記事参照)、やはり廃止が本決まりになりましたか…。名鉄大本営から正式発表が出ました。広見線新可児駅~御嵩駅間の廃止について(PDFファイル注意)沿線自治体である岐阜県御嵩町の発表はこちら↓名鉄広見線(新可児駅~御嵩駅間)の今後について|御嵩町岐阜県御嵩町の公式ホームページ。御嵩町のくらしの情報や町政情報、
北陸旅の中でも、地味ながら検索で読まれ続けているのが、上市駅のスイッチバック構造について書いたこの記事です。北陸新幹線延伸を経た今、あらためて地方ローカル線の歴史を振り返りたくなり、情報を補足して再掲することにしました。**********前回は、上市駅に到着したところまでのお話でした。地鉄本線の途中駅なのに、なぜかスイッチバック構造の構内になっている上市駅、なので駅名標も…………こんな感じで、頭端仕様となっています。その謎を探るべく駅訪問をしてみましょう
最近、このブログも不定期UPになってしまいました。現役路線がゴールが見えはじめ、残りが少ない分頻度も下がったためです。また「JR東日本エリア廃線跡巡りの旅」。も始めましたが、これからの季節、雪も降りだすため、積極的な計画が立てれてないのです。「ネタ切れ」と言われても仕方ないですね。しかし昨日「仙台出張」でしたので、今日飛行機の時間まで常磐線旧線跡を走破してきました。路盤が・・・準備編でも記載しましたが、「常磐線旧線」という表現は勝手に私が付けた路線名ですので、
◆今夏のJAMコンベンションに向けてモジュールレイアウトを鋭意製作中ですが(製作記を連載中)バラスト固着の乾燥待機時間を使って長野県にかつてあったローカル鉄道の廃線跡へ行ってみました。長野県は木材運び出し地ということもあって日本の発展を支えた軽便鉄道がいくつもありましたがみな時代の流れに押し流されて消えていきました。しかし、歴史を紐解くと、貨物輸送だけではなく観光目的など、地元の振興のための人の輸送これも盛んに計画され、建設されそしてバスの普及と共に消えていきまし
昔、岡山県の片上(現在の備前市片上)から柵原町までを南北に結んでいた片上鉄道という鉱山鉄道がありました。片上鉄道は、同和鉱業柵原鉱業所で掘られた硫化鉄鉱などの輸送のために、片上-柵原間の33.8kmを吉井川に沿ってゆっくり走り、長い間、通勤通学の足としても利用される交通の主役でした。私もよく利用しました。往時には、TVドラマ「キーハンター」の千葉真一のアクションシーンに滑走する汽車が登場しました。しかし、鉱石輸送廃止後、片上鉄道は路線廃止への一路をたどり、平成3年鉄道の歴史に幕を
訪問ありがとうございます♪適当母ちゃんです我が家はよく群馬県に行くのですが今日は6月に訪れた線路の上を自転車で走れる【アガッタン】のお話です🚲目次アガッタンってどんな場所?実際に体験してみた感想家族で楽しむポイントまとめ今年6月に家族で群馬・吾妻郡の『アガッタン』に行って来ました。爽やかな初夏の空気の中で、なんと線路の上を自転車で走る体験が楽しめるスポットです。この記事はでは6月に家族で体験したアガッタンの楽しさや見どころ、注意点をレポートします
2012(平成24)年1月に、JR東日本久留里線上総亀山駅で発行された、久留里駅ゆきの片道乗車券です。若草色JRE地紋の特別補充券で発行されたものになります。発行駅名欄を見ますと久留里駅と捺印された箇所を訂正していますので、同駅の券が無くなったため、緊急避難的に久留里駅のものを流用したものと推測されます。同駅は久留里線の終点駅で、御紹介の券が発売された当時には直営の駅員配置駅でしたが、御紹介の券が発行された年の3月の久留里線特殊自動閉塞化に伴い、同駅で行われていた運転業務が終
さばんさです。今日は朝からなんだか体調がいまいちだったのですが、うなぎのぼりに元気になりました。気のせいだったのが気持ちから来るものだったのか、分かりませんが、なんだか自分の体なんて分からないものです。さて、今日は鉄道の日、こちら↓1985年4月1日に廃線になった、蒲原鉄道「東加茂駅」です。写真は廃線3年後の1988年の夏に撮影したものでした。廃止前年の8月に私は蒲鉄加茂線に往復乗車をしていました。その時は途中下車はしなかったので、車中から駅名表示板
昭和61年廃線の富内線の廃線記念品。富内線の遺構はどんどん少なくなっています。
名鉄広見線の末端区間が廃線になるようです。名鉄広見線は犬山駅から新可児駅を通り御嵩駅までを結ぶ路線です。広見線の名前の由来は可児市の合併前の旧称みたいですね。元々は東濃鉄道という会社が現在の新可児~御嵩を開通させ、後に名鉄が犬山から新可児を開通させ、戦時合併で東濃鉄道の後進の東美鉄道を合併し現在に至る、という事らしいです。今回はその最初に開通した新可児~御嵩が廃線になるようです。と言っても寝耳に水の話ではなく、既に約20年前から廃止の可能性は名鉄から言われており地元自治体で赤字補填をし
JR留萌駅△落日がきれいな黄金岬の駅購入済み:2025/09/10駅スタンプ見聞録JR留萌駅は、北海道留萌市にある、JR留萌本線の駅です。この駅は、留萌市の中心駅であり、かつては国鉄羽幌線もこの駅から分岐していました。廃駅となるまでは、石炭輸送やニシン輸送で大きく賑わい、昭和38年には一日平均2500人もの輸送人員を誇る北海道屈指のターミナル駅でした。しかし、石炭の需要の低下やニシンの乱獲により個体数が減ると、しだいにかつてのターミナル駅としての威厳を失い、各駅停車ばかりが停車
前回の小川駅を出発すると、列車は八代平野の田園地帯へと進みます。今回訪れたのは、八代市鏡町にある有佐駅。駅前には商店や住宅が広がり、周辺自治体の玄関口としての役割も担う重要な駅です。有佐駅|駅舎と駅前有佐駅は明治29年11月21日に九州鉄道の駅として開業しました。明治40年に国有化され国鉄の駅となり、昭和62年の国鉄分割民営化でJR九州の駅となりました。駅舎片流れ屋根の新しい駅舎があります。この駅舎は平成26年に改築された比較的新しいもので、非常にコンパクトな建物
今回は北海道の国鉄に存在したことのある仮乗降場を、50音順に列挙していく、物置き的な記事です。以前に上げた記事から少し加筆しましたので、再度掲載致します。ここに挙げるものの扱いとして、・仮乗降場の状態で廃止になったものは最後に名乗った名称で記す・駅に昇格し現存するものは、現在の駅名で記す・駅に昇格したものの現存しないものは、廃止時の駅名で記す・改称を伴う移転があったものは、書類上の扱いに準ずるものとし、廃止と同時の新設という扱いならば両者は別の仮乗降場として扱い、移転と同時に改称と