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現在、絶賛展開中のDeAGOSTINI前面展望DVD。ワシは、嗜好の路線だけピックしており、創刊号の根室本線キハ40快速狩勝、『デアゴスティーニ隔週刊鉄道前面展望DVDコレクション創刊号』デアゴスティーニ隔週刊鉄道前面展望DVDコレクション創刊号8月5日(火)発売快速で辿る狩勝峠の大パノラマキハ40形快速「狩勝」帯広→滝川「狩勝」はか…ameblo.jp9号の伯備線紅芋タルトやくも、『デアゴスティーニ隔週刊鉄道前面展望DVDコレクション9号381系スーパー
さぁ、良識試される1年先の“その節目”へ。『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りに苦悶かつ大満足!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念①』本当は今日は、満を持して真岡鐵道のSLもおか号に乗りに行く計画だった。昨年12月の東武ファンフェスタでの邂逅の際、3月から全般検査のため1年間運休すると聞いて…ameblo.jp『2.1417年ぶり訪問!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念②』さて、デカ盛りチャレンジから、改めて久留里線へ。『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りと乗り鉄は相乗り困難!久留
撮影日:2026/2/8撮影機材:α7CII/SEL24105G,OsmoAction4さっぽろ雪まつりを見に行くのと合わせて、2026年3月末をもって廃線となる留萌本線を往復乗車しました。経路は次の通りです。札幌→深川(特急ライラック)深川→石狩沼田石狩沼田→深川→旭川2026年の1~2月上旬は北海道で大雪となっており鉄道は札幌周辺の路線で一部運休ととなっていました。そのため上記の経路をすべて乗車できるか不安でしたが、予定通り乗車できました。深川駅か
木古内を出た気動車がこの駅に着くあたり、周囲はだいぶ山がちに、そして夜のベールはその色をより濃く深めていた。景色はもうほとんど見えないが、集落がまとまっている様子はなんとなくわかる。どこかに温泉が湧いているのだろう。歓迎とかようこそ、といった文字が構内に掲げられている。こういうローカル線の途中駅にふらりと降りて無造作に一泊することを投宿というのだろうか…いずれそんな時間に追われない旅をしてみたいものだ。このあたりから気動車独特の唸るようなエンジン音を響かせながら暗がりの奥へと進
昭和62年廃線の羽幌線初山別駅で使われていた乗車券箱。駅跡はバスターミナルに。乗車券箱は産業遺産です。nostalgiaNO65は特別編で北海道の残るトーチカを紹介します。第1回目は胆振地方です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
下北交通大畑線第4回探索日2024.11.03公開日2026.02.18所在地青森県むつ市車の墓2024/11/0308:00《現在地》田名部駅を出ると軌道はそのまま緩いカーブを描きながら街の郊外へと抜ける。ここもこれまで通り軌道跡がくっきりと残されており、いたるところに木製の柱が立ったまま放置されていた。なかでもこの柱は信号か何かをつけていたのか、電気設備が取り付けられたままになっていた。電柱など早急に撤去されそうなものだが、これまでの
夕張支線は夕張市側から廃線を持ちかけ、市域の基幹交通をJR北側にしてもらった。君津市は…一部廃線予定のJR久留里線、代替バスの運行20億円、JRが全額拠出で千葉県君津市と合意(産経新聞)-Yahoo!ニュース千葉県の房総半島を走るJR久留里線の一部区間「久留里-上総亀山」(9・6キロ、いずれも君津市)の来春の廃線予定を巡り、JR東日本千葉支社は17日、廃線後の代替交通となる路線バスの運行費について、18news.yahoo.co.jp
違和感の正体は、やがて消えるレールのそばに。『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りと乗り鉄は相乗り困難!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念①』本当は今日は、満を持して真岡鐵道のSLもおか号に乗りに行く計画だった。昨年12月の東武ファンフェスタでの邂逅の際、3月から全般検査のため1年間運休すると聞いて…ameblo.jp『2.1417年ぶり訪問!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念②』さて、デカ盛りチャレンジから、改めて久留里線へ。『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りと乗り鉄は相乗り困難
う〜〜ん‼️🐶しょつぱなからなにやってんの!ブログには写真載せられないのかなぁ🐶昔はメカに強いって自負してたのにかわいそうだな残念だけど写メ無しで!今日は母の面会に!限界集落に近い状態の場所に介護施設がある実家の近くだが😂バスの便が悪くて困っていたがとうとう廃線になった😭最寄りのバス停から山沿いの道を(近道なので)徒歩30分行きは時間を気にしながら少々早足で帰りは季節を感じながらゆっくり歩く見上げると頭上は快晴‼️☀️おもわず深呼
木古内を出た頃はまだ外の景色が望める時刻だった。左手には津軽海峡の海原が見えかくれしている。列車は海岸線よりも幾分内陸の低い位置を走っているようで、間には防波堤や国道が介在するのでいつも海が現れているわけではない。最初の駅森越まで、木古内からは5.2kmとやや距離があって海沿いの区間ながら7分程かけて到達する。森越は昭和46年まで駅員が配置されていたが以後無人駅となって、訪れたこの年1983年(昭和58年)の冬の時点では簡易委託駅として駅で切符を発売していた。木古内から断続的に
満腹感、抜けきるのは果てしない旅?『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りと乗り鉄は相乗り困難!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念①』本当は今日は、満を持して真岡鐵道のSLもおか号に乗りに行く計画だった。昨年12月の東武ファンフェスタでの邂逅の際、3月から全般検査のため1年間運休すると聞いて…ameblo.jp『2.1417年ぶり訪問!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念②』さて、デカ盛りチャレンジから、改めて久留里線へ。『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りと乗り鉄は相乗り困難!久留里線
JR留萌線(深川ー石狩沼田)が2026年3月31日で廃止されますが、かつては深川ー留萌ー増毛(ましけ)で運行されていました。石狩沼田ー留萌は2023年3月に、留萌ー増毛が2016年12月に廃止されています。先に廃止された留萌ー増毛は廃止前から沿岸バスがJRに並走し留萌別苅(べつかり)線を運行。JR廃止後は主な代替交通としての役割を担っています。JR留萌線の2026年3月廃止区間に注目されがちですが、既に廃止された所にも注意を払おうと
こんにちは。では早速。今回は、名鉄三河線の廃止区間猿投駅~西中金駅間の探索の最終回です。最後は、山ではなく市街地の廃線が多く、今回も見どころが多いので、是非見てください。名鉄三河線廃止区間の他の探索や、廃止区間の解説↓『名鉄三河線猿投駅~西中金駅間探索』こんにちは。では早速。名鉄三河線は現在でも存続している路線ですが、実は大浜口支線新川口支線そして碧南駅~吉良吉田駅間猿投駅~西中金駅間が廃止されており、…ameblo.jp『名鉄三河線猿投駅~西中金駅間探索②』こんに
こんばんは。三好鉄道です。2日ぶりのブログ更新となりましたが、「三好鉄道」は3日前に「レールウェイマップル全国鉄道地図帳」(昭文社:税込3,960円)という鉄道関連の書籍をアマゾンで購入しました。この地図帳はただの日本全国の地図帳ではなく、貨物線、ロープウェイ、旅客船も含めた「日本全国の鉄道路線と駅」が全て掲載されているのは勿論ですが、それ以外にも、明治から令和まで、全ての年代を対象とした「廃線」も掲載されており、廃線となった路
飯室地区の狛犬をウォーキングマップを参考に巡り終えて今日は、勝手な独り言。(あさきたウォーキングマップ飯室地区版の上部2/3使用)「布地区が、なぜマップに入らないのか」など、書きました。理由は分かっているのです。(マップの下に隠れた地区です)公民館を起点に布へ歩くには、国道191号線を通るしかなく、狭い国道に歩道は分離されてない白線だけで、大型が通ると危険で、とてもウォーキングの道ではありません。(私も車移動)ただ、布地区は廃線三段峡線が数百m、舗装工事が済んでいて
篠山口駅から福住までの17.6キロ廃線は1972年3月丹波日置と村雲間に残るコンクリート構造物戦時中に建設されたため、コンクリート製の橋梁線路は後で再現されたものだそうこのあたりはなんとなく道床跡が見て取れます日置から篠山口は国道や農道になってますもっとも篠山線が営業していた頃の記憶はありませんが篠山ネタは、もとをたどると父方は日置の南の曽地、母方は福住の北の大芋が出所のようですので
さて、デカ盛りチャレンジから、改めて久留里線へ。『2.14バレン“豚”Day?!デカ盛りと乗り鉄は相乗り困難!久留里線部分廃線1年前の喧騒の懸念①』本当は今日は、満を持して真岡鐵道のSLもおか号に乗りに行く計画だった。昨年12月の東武ファンフェスタでの邂逅の際、3月から全般検査のため1年間運休すると聞いて…ameblo.jpお店の開店時間の遅延に気を揉み…バスの遅延に気を揉み…木更津駅帰還12:59。ギリギリ間に合った!!階段を駆けて上り下り。駅員氏に「そろそろ発車しますよ
冬の青函連絡船は津軽海峡冬景色の歌の通りであった。強い風は氷点下の威力なので、鴎さえも凍える勢いでよくそのままフリーズドライされないものだと感心しているうちに、船はたちまち波の荒い外海へ抜け出していてこちらの心配をしなくてはならないくらいだ。その25便十和田丸に揺られて2度目の渡道を果たした。桟橋から走って5分接続に成功して桔梗駅に赴き入場券を集めた後に五稜郭まで折り返して江差線に揺られて木古内までやってきた。当時は併結してきた列車がここ木古内で、江差へ向かう江差線と松前を目指す松前線
廃線にならず残る名松線。災害不通にも耐え、頑張っている。三重県松阪市から名張市を結ぶ矢庭近鉄山田線、大阪線でこの地域がつながり建設理由を喪失したのだが。赤字路線で廃止にならず生き残る。
朝6時過ぎに家を出て、常陸太田到着は11:50。今日は乗りつぶし日和!頭端部の車止め。2両編成、忍たま乱太郎ラッピング列車。改札で忍たま乱太郎ヴァージョンのうまい棒を配っていたので、2個ゲット!水郡線と忍たま乱太郎のコラボは地域、路線振興、などがターゲットの様だ。作者がこの辺の出身とかでは無いとの事。キハE132、何故キハなのに、”E”が付くのだ?と思ったが、JR”E”ASTの”E”らしい。この路線は、付近に住宅も多いので、廃
本当は今日は、満を持して真岡鐵道のSLもおか号に乗りに行く計画だった。昨年12月の東武ファンフェスタでの邂逅の際、3月から全般検査のため1年間運休すると聞いていて俄然というかようやく気持ちが乗り始め、しっかり1ヶ月前にネット申し込みを敢行。ルート・ダイヤ設定も完璧に、準備万端整えていたはずだった。しかし、補機および回送牽引のDE10の重大な故障により今年度の全面運休が決定!敢えなく計画は幻、早くて来年春以降に先延ばしが決まってしまった。さて困ったなとリカバリープランの作成に着手したも
引き続いて8月9日~17日かけて行ってきた、夏の下北半島ブルートレイン旅についてですコンバン波動砲!!(。・ェ・)ノノ^\/\/\/\/\☆)゚д゚||)グハ石越駅構内の様子、2面3線で当駅始発折り返しの列車も設定されています。石越駅の駅名看板。急行いわての乗車位置案内は薄くなっていましたがまだ健在。観光マップにはくりはら田園鉄道の文字が…。くりはら田園鉄道石越駅跡の石碑、今回はこの石碑を巡ります。このあたりにくりはら田園鉄道が発着していたみたい。廃線から20年弱が経過してい
鹿嶋神社2026.2.5参拝鳥居と私鳥居を潜った途端いい雰囲気気持ちいい拝殿膨らんでるって感じレトロチャリ本殿3軒長屋風拝殿からの振り返り稲荷神社?石祠には龍の彫り物うぇ~い🙌神社脇の道路にトトロに出てきそうなレトロバス停いいなぁこの感じ一日一本!?しかも平日のみ2026.3.31でこの区間は廃線になるようです来ないバスを待つ女
函館本線上砂川支線に初乗車したその日に歌志内線にもやはり初乗車した記録がある。この2線は近いところを走っているので、やろうと思えば一方の路線のどこかの駅から他方の路線のそこから近い駅へ乗り継げそうな気がする。前者はペンケウタシナイ川に沿って敷設された路線で、後者はそれより北を流れるパンケウタシナイ川に沿って同様に延伸しているのだが、砂川に近い西側の区間はほぼ平行している。しかしこの時は雪に覆われた真冬であったので実行するにはかなりの辛い経験が伴っただろう。なので歌志内線は夕刻の
昭和60年廃線の万字線「万字炭山駅」の跡碑。以前は別の場所にありましたが破損。昨年森林公園に移設されて復活。うれしい限りです。nostalgiaNO65は特別編で北海道に残るトーチカを紹介します。第1回目は胆振地方です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
ドナルドの甥っ子のお店でお買い上げポテトとハートのリングシューミッキーパンズに挟まれた照り焼きチキンパオみんなでわけっこトゥーンタウン内の見どころといえばジョリートロリー廃線跡ですね中間駅、列車交換時停車することもありました中間駅の駅名なんだったっけ…トゥーンパーク?日本では車が増えすぎた為、路面電車を廃止していきましたがトゥーンタウンでは、人が増えすぎた為、路面電車は廃止となりましたここからはひと昔前の撮り鉄
こちらの記事に対して補足します。実はブログ記事執筆時点で既に昭和30年6月の釧路鉄道管理局発行の運転時刻表を所持していたのですが、そちらの確認を失念しておりました。正駅化が昭和31(1956)年11月1日ですので、昭和30年は仮乗降場時代の末期ということになります。この運転時刻表を見れば仮乗降場時代のダイヤが把握できるということになるのですが、記事中ではこれについての記載がなかったので、本稿にて追記致します。以下は昭和30(1955)年6月1日改正の広尾線の運転時刻表です。画像1枚目は
まだ先の話ですがJRから千葉県を走る久留里線の末端の久留里~上総亀山間を来年3月を以って廃止するとの発表がありました。同区間の一日の乗降客数がバス一台分くらいというのでは部外の鉄道ファンがいくら反対しても致し方がないでしょう。2012年末までは国鉄型のキハ30と37・38が走っていたので、小生は昭和の郷愁を求めて結構通いました。終点の上総亀山駅は無人駅で、列車は直ぐ折り返してしまうためじっくり周りを見物することができません。一旦見送ってしまうと半日近く待つことになるというとんでもない
東鶉駅を出たキハ22の単機のディーゼルカーは最後の1.5kmをうなりを上げて雪だまりを進んでゆく。鶉のあたりまではだだっぴろい開けた雪原だけが視界に入っていたが、いつの間にかその雪の層は畝をつくり次第にそれが高く聳えるようになっていた。線形のほうも最後のひと区間は小刻みにカーブを描いて山に分け入るような兆しが見て取れる。やがて車窓に古い木造の家屋の立ち並ぶ景色が現れはじめると、数回ポイントを渡りながら徐行して吸い寄せられるように広い構内の側線へ辿り着く。年季の入ったホームと青い屋根