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約2年前に行った『中山連山(山本~中山観音)』今日はソロで中山連山へ阪急山本駅からスタート(8:17)まずは最明寺滝を目指しますしばらく住宅街を歩いて10分程したら山道に入ります沢沿いの道を進んで…ameblo.jpこちらと『福知山線廃線跡と大峰山』今日は福知山線廃線跡へ国鉄時代の廃線跡で立入禁止だったところですが立ち入る人が後を絶たなかったので2016年に整備した上で自己責任のハイキングコースとして開…ameblo.jpこちらを途中で繋いでいってみましょう
久しぶりのカンジャンケジャンを満喫し、再び地下鉄2号線へと乗り込んだ。次の目的地は釜山一のビーチリゾートとして有名な海雲台である。☆地下鉄2号線水営駅→海雲台駅*前回の釜山滞在記はこちらからどうぞ!『釜山滞在記2025.3.14②韓国で大好きなもの、2連発!』次の目的地へと向かうため、地下鉄2号線田浦駅を目指して歩いていると…↑この「JeonpoCafeStreet」と描かれた案内板がある大通りには実はあまりそ…ameblo.jp海雲台にはビーチリゾートホテルや、近年誕生した新観光
撮影日2013/12/31ビジネスホテルサンシティ1号館6:16チェックアウト佐賀駅6:42発の唐津線行き列車に乗る岩屋7:27着下車『日満鉱業新屋敷鉱業所専用線』探索日2013/12/31唐津線岩屋駅を所管駅としていた専用線岩屋~厳木間で途中分岐していたよう炭鉱は1961年に閉山されたらしいので、引き込み線の廃止も…ameblo.jp『日満鉱業新屋敷鉱業所跡』撮影日2013/12/31林の中に炭鉱の遺構が眠っている場所は佐賀県唐津市厳木町岩
こん前の年末に東京都杉並区環状八号線横にある立正佼成会さんの大聖堂に行ってきましたが・・・『立正佼成会大聖堂を見学する・・・の巻25/12/31』一昨日の12月31日は・・・東京都杉並区和田にある立正佼成会大聖堂の見学に出かけました。年末なのにオレ何やってるんだろう地下鉄丸ノ内線方南町支線の終点、方…ameblo.jpなっかなか凄い建造物で驚きましたこんなエラい「名所」がどんな東京のガイドブックにも掲載されずに存在していたなんて。入場ロハで規則さえ守れば誰でもウエルカム
シリーズ「旧千歳線廃線跡巡り」もいよいよ最終回です。今回は5回目「(旧)上野幌駅⇒北広島駅」です。日暮れが早い!!旧千歳線も半分を超え、最後の区間「(旧)上野幌駅⇒北広島駅」です。「(旧)上野幌駅」跡地である「厚別南公園」を15:05に出発。ここから先の「陽だまりロード」は急に道幅が狭くなり、林道のようになりました。やっと12.0km地点。途中、赤頭の杭を発見。廃線跡らしさを醸し出します。北広島駅まであと「8.8km」。早く行かないと日が沈みま
本日は、26日以降中断していたブログを再開しました。私事ですが、26日に8歳年上の兄が亡くなり昨日葬儀を執り行い、家族親戚一同で無事見送ることが出来ました。兄との思い出は尽きませんが、何しろ8歳も年長だったので、まさに兄貴分そのもので、良いことも悪いこと?も自分はその背中を見て成長出来たと言っても過言ではありません。たくさんの思い出を振り返りつつ、今日からまた前を向いて進もうかと。そんな訳で、本日は天気も体調も宜しいようなので、4日振りのロードバイクライドで能美
(会津塩川駅に入線する磐越西線普通列車)会津若松と喜多方の間にあるのが会津塩川。磐越西線の塩川駅からほど近くにあるのが「ここのえ」の製造・販売を手掛ける「奈良屋」さんです。とは言え、なかなか思いつく土地ではないかもしれません。(会津塩川駅)そもそも、「ここのえ」とは?最初は会津塩川そのものを知らず、喜多方の日中線跡の枝垂れ桜、喜多方ラーメンの発祥店といわれる「源来軒」、保存された日中線熱塩駅を訪ねるのが当初の旅の目
西武鉄道多摩湖線は東京都国分寺市にある国分寺駅から、西武拝島線との接続駅である萩山駅(東京都東村山市)を経て、東京都東村山市にある多摩湖駅までを結ぶ路線です。現在、同線には以下の駅、信号場が存在します。・国分寺(こくぶんじ)・本町信号場(ほんちょう)・一橋学園(ひとつばしがくえん)・青梅街道(おうめかいどう)・萩山(はぎやま)・八坂(やさか)・回田信号場(めぐりた)・武蔵大和(むさしやまと)・多摩湖(たまこ)このほか、その歴史において、・東国分寺(ひがしこくぶんじ
国鉄終焉前、1980年代に加速した、地方ローカル線の廃止。国鉄の処理を早くしたいが余り、百年の計でみた精査をせず、先人の汗と先見性で築き上げ、国民の財産であった鉄道を、その時点の採算と旅客数だけで切り捨てていった時期でした当別荘で度々訪ねる兵庫県でも、そんな路線が多数姿を消しました。今作で取上げる旧高砂線もその一つです。夏恒例の"帰省がてら作"、今年は高砂線の廃線跡を歩き、その痕跡を辿るとともに、なぜこんな重要な経路の路線をバッサリ無くしたのか?当地の現状はどうなっているのか?を
ご訪問ありがとうございます。記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。全国のJR駅が見たい時はこちら→☆第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→☆皆さま、こんにちは!まずは毎度のご報告から。先日UPしたブログが昨日のアメトピに掲載されました。運営さん、今回もありがとうございます!こちらの記事でした。一度と言わず二度三度とチェックくださいね。『出雲大社は高知にもあった!とさでん交通伊野線・枡形停留場に行ってきました【まっ
使用機材紹介NikonCoolpixP950撮影日2025年9月24日群馬県安中市松井田町坂本先週までとは打って変わってめっきり涼しくなって朝晩は長袖のトレーナーを着て丁度いい感じだ。せっかく涼しくなったのでちょっと歩ける場所で撮影したいなと思って今週は旧碓氷峠に有る碓氷湖(坂本ダム)から旧熊ノ平駅までの遊歩道を歩いてみた。この道はJR信越線の線路跡でアプトの道として遊歩道として整備され碓氷峠の森公園から旧熊ノ平駅まで繋がっている。今回は碓氷湖の駐車場に車を止めてめが
🎍新年、明けましておめでとうございます🐎今年も本ブログを宜しくおねがいいたします🙇🏻❗初富士山ビュー,青いソニック,甘木鉄(1))5.(2)甘木鉄道の営業施策と車窓(一部Pt1再掲)営業改善経緯甘木鉄道は1987年旧国鉄甘木鉄道を継承した三セクですが、様々な施策を講じて近年まで黒字経営(コロナ以降赤字転落)で、「三セクの優等生」🧑🎓と言われています。国鉄末期は650人/日だった輸送人員は、2026人/日(コロナ前2019年)まで増加させているのです施策1:新駅設置人
わたしの大好きな、2大廃線跡の深名線(しんめいせん)道北に来て時間があると遠回りになっても訪れたくなる路線幌加内町にあります旧国鉄、深名線跡へ幌加内町は〇の辺りになります。路線は、雑ですがこんな感じです。深名線は、深川市の深川駅~幌加内を通り日本最大の人造湖の朱鞠内湖を経由して名寄市の名寄駅まで、つないでいた路線で途中朱鞠内駅(しゅまりない)から日本海の羽幌町まで延伸する予定もありました。超絶赤字路線でしたが、あまりにも僻地すぎて長い年月廃止が保留されていましたが道路環境が整い1
探索日2018/05/04奥羽本線米沢駅を所管駅としていた専用線廃止は、1976年から1983年の間のどこか帝国石油LPG米沢充填所専用線が接続していた奥羽本線手前を東北ホモボード線が並走していた奥が米沢駅奥羽本線沿いの草むらが廃線跡奥羽本線手前沿いが廃線跡草の生えてるとこに専用線があった歩行者用道路になった廃線跡奥羽本線と並走踏切跡帝国石油線が左へ分岐歩道幅も広くなっている左に帝国石油線、右に東北ホモボード線があった
探索日2018/09/23地下化に伴う線路移設切り替えは1969年12月9日現在この駅間にある新大宮駅は、線路移設と同時に開業近畿日本奈良駅は、現近鉄奈良駅※油坂~近畿日本奈良間は併用軌道カーブしてるとこが大和西大寺駅方新旧線分岐点旧線は直進し、写真右へ続く柵の左沿いが旧線跡ベージュ色の建物の位置が廃線跡ここから関西本線をオーバークロスするため築堤で高度を上げていく駐車スペースの右に築堤があった吉野家駐車場が築堤跡ピュアオアシススク
本記事は、令和元年(平成31年)に公開された美祢線大嶺駅跡の訪問記を、令和5年7月の豪雨災害と、その後の美祢線全体の大きな変化を踏まえて更新したものです。大嶺支線がたどった「廃止」という歴史が、皮肉にも今、美祢線本線全体にも「鉄道からの転換」という形で迫っている状況を交え、6年前の記事を振り返ります。目次1.旧記事の振り返り:南大嶺から大嶺へ、廃線となった支線の痕跡を追う1-1.南大嶺駅に残る過去の記憶1-2.大嶺駅跡で見つけた歴史の証2.美祢線の現況:「鉄道」と
3月26日四国ツーリング5日目前回のつづきです昼飯を終え、本日の目的地、って言うか今回のツーリングの目玉(私的には~)別子銅山別子銅山記念館前々からネットで検索すると臨時休業になっていたのは、なんか…工事中で入れませんでした…県道47、別子山線を進み、何となく廃校した学校らしい施設石垣を登るとその上は、別子鉱山鉄道下部線の廃線跡国領川の川沿いは別子銅山時代は栄えていたのだろう先を進むと、物言嶽(ものいわだけ)トンネル子供が川に落ち行方不明にな
探索日2018/08/13釜石線の西側部分の前身は、岩手軽便鉄道という私鉄国有化後の改軌時に一部区間でルート変更が行われた切り替えは1950年10月10日草むらのむこうを現在線が走っているこのへんが東側新旧分岐点旧線は写真右下付近へのびていた左右に走る砂利道が旧線(岩手軽便鉄道)跡この道が廃線跡舗装道路になる道路が廃線跡このへんが旧足ヶ瀬駅跡になる手前が旧駅跡奥へのびる道路の突き当りが現行足ヶ瀬駅道路が岩手軽便鉄道跡脇に
加茂郡七宗町室兼にある室兼林道にいきました。この林道はかって七宗御料林から木材を運び出すために、室兼から本谷を結ぶ森林鉄道が施設されていた。又ここは昭和10年(1935)に開通し、昭和32年(1957)に廃止されたが、そこ廃線跡の一部を林道になっている。今回はこの林道の入口になる室兼から本谷を目指しました。林道を歩き出すと右側を流れる本谷川は葛屋川の支流で、林道を入口から約2,5㎞の間を主に本谷川沿いを歩くことになります。この林道は狭い道で左側は主に杉林が続きますが、時々顔を出す本谷川は
前回のブログはこちら💁♀️『【北海道旅行3日目】小樽で地元で人気のお寿司屋さんへ』北海道札幌3日目の朝前回のブログはこちら💁♀️『【北海道旅行】札幌で飲み直しをした居酒屋さんがチェーン店!』富良野から、3時間ぐらいかけて札幌に戻ってき…ameblo.jp小樽のお寿司屋さんで、美味しい海鮮丼を食べたあとは、小樽観光へ旦那氏が小樽鉄道博物館に行きたいというので、まぁまぁの距離を歩いていくことに。廃線になった線路が残っているので、その線路を辿ると鉄道博物館に行き着くのです🚃バランス感覚ゼ
5月4日夜中に雨が降った様だが、朝には青空が見えていた。もう何年も雨天走行してないと考えながらパッキング。そりゃそうだ。普段なら雨が降ったら自転車に乗らないし、旅サイクリング中でも、雨ならさっさと輪行での移動をチョイスするからね。岡山のイバさんと同級生のかもめ君との旅サイクリング2日目。『富山湾岸サイクリングコース』の終点を見に行く。立派な看板には全線で102kmの表記。私たちはその内の約50kmは走破したかな。今日は日本海に沿って直江津を目指す。国道8
新たなトロッコ列車の車両デザイン等の決定について嵯峨野観光鉄道株式会社では、1991年の営業開始以降、30年以上にわたり運行していた初代トロッコ車両が、2027年春に新たな車両へ置き換わるようで、その車両デザイン等が公開されました。※デザインはイメージ車両エクステリアデザイン1.新たに導入する車両5両(牽引車1両+客車4両)×1編成車両インテリアデザイン景色が主役として映えるよう、柱や窓枠を黒で仕上げ、保津峡の景色への没入感を高めるデザイン縁台型の座席に座りながら景色を楽
探索日2018/08/18この旧線の成り立ちは不明1948年の空中写真では路盤跡のみがかろうじて確認できる状況なのに、1961年では線路が敷かれ復活そのうえ前後が複線化されている(正式な複線化は1967年)しかし、1963年にはふたたび廃線にもどり付近も単線化1887年に日本鉄道が開業させた線が付け替えで廃止、何らかの理由でその路盤を利用し仮設線が敷設されたと推測する旧線はこの付近を通過、現行線と交差するここは1967年の複線化時に付け替えられているので、当時
田代隧道後編探索日2024.11.03公開日2025.10.01所在地青森県青森市人の気配2024/11/0314:43《現在地》二本目の分岐を右に曲がり、険道242号線から離れていく。隧道まではこの道を700メートルほどの道なりなのだが今でも人の出入りがあるのか、路盤は良く締まっており落ち葉にも轍が形成されていた。正直砂利道の県道242号線よりも走りやすそうだ。急に右側が開けたと思ったらそこには八甲田の山々が神々しくそびえ立っていた。田代平の平
大間線〈未成線〉最終回探索日2024.11.02公開日2025.11.19所在地青森県風間浦村続く路盤と釜ノ沢2024/11/0215:05《現在地》焼山隧道から帰還し、目の前には焼山沢橋梁が伸びている。路盤はこのまま橋を渡り国道へと接近していく。今回は橋は渡らずに国道からの接近を行う。国道に躍り出てしばらく走ると線路敷きの石垣が国道に向かってせり出してくる。その後は桑原まで並走することなる。道中地図にもならないような小さな沢を跨ぐ暗渠が現れた。
神奈川散歩で田浦駅周辺をテクテク。田浦駅のホーム(横須賀・久里浜方面)に接してトンネルが並んでます。右は明らかに古そう。旧軍時代の横須賀線、を想像してしまったりします。こんな感じ。いかにも古そう。田浦、横須賀の駅前は、かつては横須賀軍港、横須賀鎮守府エリアという軍港地帯だった歴史がありますからからねー。駅の屋根も戦前のものかも、と思える古びかた。田浦駅の周辺は、線路跡があちこちに残っています。駅の周辺は旧海軍の水雷学校や軍需部などが所在していた地区。戦後も倉庫関係の
探索日2018/08/18切り替えは、①区間と同様1967年8月12日の複線化時E721系電車付近で新旧線は交差旧線はこちらへのびてくる旧線跡は宮城県道50号になった右が現在線旧線跡は県道と分かれ、右へ曲がってく旧線はここを走っていたその証がこれレンガアーチ橋が残っているアーチ橋上に線路があった水路沿いに続く旧線の築堤田んぼ沿い林のラインが廃線跡雑草のラインが旧線跡草がなければ路盤が見えるは
<何のために生まれて、何をして生きるのか>前回に続いてエンディング・ノート筆記事項。中でも最重要事項は、自分は世の中に貢献することをどれ位行ったのか、ということ。これはやなせたかし氏の言う「何のために生まれて、何をして生きるのか」に通じることでもある。結論から言うと、不甲斐ない。以前、崖から3回転落したのに助かった旨の記事を書いたが、運命の神からすれば、「おまえなんか助けるんじゃなかった。」と思っていることであろう。そのせいか2010年代末以降、トラブルに見舞われることが多い。そんな運
探索日2018/08/16石巻港線石巻港駅と石巻埠頭駅を結んでいた貨物線1968年10月11日開業/1999年11月1日廃止同線には多くの専用線が接続していた※石巻埠頭駅の正確な位置は不明石巻埠頭線はこのへんで道路をななめに横断していた踏切の痕跡はないむこうに見える日本製紙石巻工場の手前が石巻港駅『石巻港駅』撮影日2018/08/16仙石線貨物支線石巻港駅駅北にある踏切踏切から陸前山下駅方面を見る拡大投影盛り上がっているとこで国道398号線をオーバーク
日豊本線佐土原駅と杉安駅を結んでいた鉄道路線が1984(昭和59)年に廃止となった国鉄妻線一昨年GWに出かけてきた九州の旅廃線跡散策してきました【西都市の玄関口・妻駅】1914(大正3)年に開業島式ホーム1面片側1線の有人駅妻の入場券で有名でしたね駅のモニュメント的施設が~駅跡近くにある西都市児童館当時をしのぶ駅名標や駅舎を模した建物が【杉安駅へ向かう線路跡は】妻線跡駐車場になっています線路跡駐車場はしばらく続きますその先はほぼ道路に転用されました次回は西