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撮影日2014/05/03東横INN富士山沼津駅北口2出発沼津4:55発の東海道本線上り電車に乗る函南5:06着下車丹那隧道工事殉職者慰霊碑『丹那トンネル工事用軌道』探索日2014/05/03丹那トンネル西口と伊豆箱根鉄道駿豆線大場駅の間に敷設された工事用の軽便軌道大竹発電所へ至る支線が分岐していたむこうに見えるの…ameblo.jp東海道本線桑原川橋梁三連石積みアーチ橋富士山伊豆箱根鉄道駿豆線大場駅7
こんばんは🌆朝、早起きして遅刻しないように新幹線に乗り大阪にやってきました😀普段、車生活の私は電車の乗り継ぎが苦手です。しかも、福岡より複雑やし、大阪、ホームの真ん中を人が歩くらしい。どこもかしこも関西弁や〜みえは、神戸から福岡に来て40年以上が過ぎ、博多っ子になってしまい、もう関西弁は使えない。さ、この駅で待ち合わせをしてるんだよね、いた‼️しかも現地の人みたいに、ふかしてるヤン!韓国からキャプテンユー‼️登場怪しい韓国人と、博多っ子で大阪のdeep地区西成を歩き
宮島へ渡って厳島神社を参拝し、宮島口へと戻って来ました。まだ時刻は14時15分。このまま広島に戻って、ホテルに入るのは早すぎるしなぁ・・・。松山・広島割引きっぷの自由周遊区間の西端が山陽本線の岩国まであるので、とりあえず14時49分発の岩国行普通列車に乗ります。お天気は一旦回復しましたが、まだ雪は降る予報。山陽本線の左手には厳島(宮島)と本土の間の大野瀬戸が見えます。大竹を出ると左手にレールが撤去された路盤があります。これは三井石油化学工業
食後の撮り鉄また城端線どうしても暗くなる一旦停止標車の通ってる場所が踏切跡一旦停止は列車側線路跡中越パルプ貨物線平成27年休止平成29年廃止たった10年前までは現役だった貨物線線路を除雪する必要もなくなりました踏切部分678910DB機関車が長大コンテナを牽いていました貨物線は二塚駅につながりますここから過去写真踏切付近貨物列車通過時は道路信号機を赤にして横断していました写真右上に
田代隧道後編探索日2024.11.03公開日2025.10.01所在地青森県青森市人の気配2024/11/0314:43《現在地》二本目の分岐を右に曲がり、険道242号線から離れていく。隧道まではこの道を700メートルほどの道なりなのだが今でも人の出入りがあるのか、路盤は良く締まっており落ち葉にも轍が形成されていた。正直砂利道の県道242号線よりも走りやすそうだ。急に右側が開けたと思ったらそこには八甲田の山々が神々しくそびえ立っていた。田代平の平
こんにちは。歩きすぎて腰を痛めながらこの記事を書いているC751Bです。今回は、群馬県安中市にある「アプトの道」で高校生が体力の限界に挑戦する記事です。詳しくはタイトルにもある通りです。歩くときは参考にしてください(?)アプトの道とはアプトの道とは、信越本線の横川駅から旧信越本線の廃線区間、めがね橋などを経由し、旧熊ノ平信号場までの全長6.3kmの歩道です。この区間は昔から勾配がきつく、鉄道の難所として知られており、廃線後もその遺構が残っていて、鉄道ファン的には昔から歩きたい
旧松代駅長野電鉄屋代線の中間駅で海津城(松代城)の最寄り駅10年位前に一度来ていましたがそれ以来の訪問です。松代自体は去年来ていましたが駅には行っていません。駅舎内屋代方面を望む海津城跡(松代城)こちら側にもホームがあったが10年前の時点で解体されてなくなっていた。須坂駅方面乗り場屋代方面乗り場4月末に解体計画が発表されましたがそれ以降新しい発表はなく張り紙等は自分が見た限りでは発見できませんでした。今年度中に…と言われているので興味がある人は早め
探索日2018/10/07鹿児島本線鳥栖駅を所管駅としていた専用線日本合成ゴム専用線が接続していた実際の分岐点は、長崎本線肥前麓駅付近自衛隊線の廃止は1987年とのこと日本合成ゴム線の廃止も同時期かここが廃線跡手前に自衛隊線折り返し線、奥に日本合成ゴム線が走っていた合成ゴム線の貨物ホームが残っている奥に合成ゴム線、手前に自衛隊線肥前麓駅ホーム裏に続く自衛隊線折り返し線跡コンクリート擁壁が残る自衛隊線西端西端か
海無し県の岐阜県(西濃)生まれの自分にとって、海といえば敦賀か知多。たぶん初めて行った海水浴も敦賀だったと思う。そういう精神的距離の近さもあって、駅前や「日本海さかな街」など、市内では幾度と食事をしたことがあるが、敦賀港方面に立ち寄ったことがなかった。そこで今年のゴールデンウィークの帰省時に、両親を連れて行く候補の筆頭に考えていたところ帰って父に「どこか行きたいところある?」と聞くと、間髪を入れずに「敦賀」との返事で、見事にシンクロ。2025年5月3日、朝7時過ぎに家を出て
先ほど「⑧空知エリア廃線跡巡りの旅」から無事帰ってきました。しかしその報告は後回しにして、先日6/26に実行した「⑤石狩エリア廃線跡巡りの旅」の報告を続けます。消滅待ち路線今回の報告は「⑤石狩エリア廃線跡巡りの旅」の第3弾「JR留萌本線」の石狩沼田駅~留萌駅間です。本来「留萌本線」は起点「深川駅」から終点「増毛駅」を結ぶ66.8kmの路線だったのですが、途中の「石狩沼田駅」から先は廃線となっていて、今回はそこを走破します。ちなみに残された「深川駅~石狩沼田駅」間も2
明日から「⑧空知エリア廃線跡巡りの旅」ですが、準備は万端ですので、昨日実行した「⑤石狩エリア廃線跡巡りの旅」の続きを実況します。急に時代が変わったような・・・今日の実況は1972年6月19日(妹の生年月日と同じだ…)に廃止された国鉄札沼線。昨日の最後に報告した「新十津川駅」を出発するところから始めます。10:35に新十津川駅に到着した後、探訪兼休憩で30分ほど滞在。11:00に新十津川駅を出発して、11:05石狩橋本駅到着。【石狩橋本駅】もともと札沼
姪浜~筑前前原~唐津間、山本~伊万里間を結びます筑肥線と言いますと、これまでも当ブログでもご紹介しておりますように、姪浜~唐津間を「東線」、山本~伊万里間を「西線」とも称されている事はご覧の皆様もご存知の事と思います。現在「東線」では、上の画像にもあります303系電車(画像1)・305系電車(画像2)が姪浜駅より先の福岡市交通局(福岡市地下鉄)空港線に乗り入れておりまして、直通運転を行っておりますし、平成27年までは画像3の103系電車が6両編成で乗り入れてもいましたが、現在は3両
12月7日(日)のお散歩の続き。岡崎駅から岡崎駅南の区画整理地区を歩きました。新しい町を通り抜けたところで見つけたのが・・・名鉄廃線跡(旧名鉄バス専用線)上を走るのが県道43号線地理的には、こんな感じ。廃線跡の横にあった歩行者用の道路廃線跡に戻ります。沿革1911年(明治44年)西三軌道が岡崎新~西尾間開業1912年(明治45年)西尾鉄道に名称変更1926年(大正15年)合併して愛知電気鉄道西尾線に
間に合わなかった…旧姫路中央卸売市場策の向こう側に播但線(飾磨港線)さらにその向こう側に姫路市場駅がありました。大本の姫路中央卸売市場がありましたが移転し解体中です。線路撤去後も貨物ホームがほんの一部残っていたのですがもう跡形もないですね。手柄駅(山陽電鉄)駅前の地図には中央卸売市場の文字が残る。2023年まで稼働していたのであちこちの地図では表記が残ります。市場入り口にあった看板ちょうど看板あたりに播但線が通っていました。案内播但線は姫路まで
隧道レポ田代隧道前編探索日2024.11.03公開日2025.09.24所在地青森県上北郡七戸町“神風”鉱山の隧道青森にはかつて”神風鉱山”と呼ばれた鉱山が存在した。上北鉱山は第二次世界大戦のさなか、まさに戦況に神風をもたらすように発掘され、もともとは硫化鉄鉱を産出するために開発された。硫化鉄鉱は窒素肥料の原料になるため食糧増産の達しが出ていた当時、とても重宝された。そのかいもあってか上北鉱山は急ピッチで開発がすすめられ、発見から2年程で豊富な銅鉱脈にたどり着き、月
ご訪問ありがとうございます。記事は憶測で書いてますので内容に誤りがありましたらコメント等でご指摘頂けると助かります。全国のJR駅が見たい時はこちら→☆第三セクター・私鉄駅が見たい時はこちら→☆皆さま、こんにちは!職員配置駅が人員削減で無人化されるケースは多々ありますが、一旦、無人化された駅が再び職員配置駅に変わった駅があるのです。しかも地元の宮城県内で。これは自分の目で確かめねば!…ってことで先週末にお邪魔してきました。本日は陸羽東線・西古川(にしふるかわ)駅の
長かった池北線廃線跡巡りの旅を終え、昨日帰ってきました。この北海道廃線跡巡りシリーズ最後の報告は、この旅3日目の報告で池北線最後の報告となります。最後は無理せず安全運転2泊3日の旅の最終日のスケジュールはこれこの日は時間に余裕がありますので、ホテルで豪華な朝食をいただきました。ホテルを8:00にチェックアウト後、出発の準備を整え、8:15出発。昨日「本別駅」まで走破しましたので、次の「岡女堂駅」に向かいます。8:20、「岡女堂駅」到着。【岡
国鉄飾磨港線廃線跡2/2の休み。少し前から風邪をひいたのかセキが止まらず…休みの日は何もせず寝ていたんやけど流石に飽きて来たセキはまだ時々ひどくなるがちょっと歩きに行こうかなぁと思って…この前に引き続き"廃線跡歩き"に行って来た。今回は国鉄飾磨港線です姫路駅から飾磨港までの区間に1985年まで飾磨港線という貨物線がありました。姫路駅からだいたい6キロくらい。廃線跡は一部遊歩道として整備されています。まずは路線図。1895(明治28)に播但線の一部として播但鉄道が建設…後に国鉄。途中駅は手
探索日2018/08/13花巻駅と仙人峠駅を結んでいた私鉄路線釜石線西側部分の前身にあたる足ヶ瀬~仙人峠間は同線に編入されず放棄された釜石線足ヶ瀬~陸中大橋は1950年10月10日開業足ヶ瀬~仙人峠の廃止は、このタイミングか※早瀬川足ヶ瀬砂防堰堤によるダム湖に沈んだ部分を調査するダム湖に沈む線路の跡橋台とそれにつながる築堤渇水期には水面上に現れるはず橋台仙人峠駅方の橋台水面上に出ている築堤左にむかって上り勾配になってたんやと思う
青森県下北半島にある大畑駅と大間町を結ぼうとした鉄道の未成線・戸井線一昨年GW北東北を旅した時に廃線跡散策してきました【焼山沢橋梁を発見】治山工事のためか橋梁が国道から見えますしかも完全な形で~【下北交通桑畑バス停】バス停から集落に通じる通路通路の出口は鳥居が八幡宮の参道トンネルです上の国道が鉄道路盤だったそうで大間線の遺構はここまでこの先は国道279号に転用されましたこの付近は路駐できないので桑畑台むつはまなすライン駐車場を利用右下の画像は桑畑駅予定地
この辺かなーと思いつつ歩いていると突如現れる廃線跡奥には東武伊勢崎線かつてはこの先で合流していた。奥が北千住ですね。痕跡があるのか不明ですが千住駅(中千住駅)がありそこが分岐だったようで1945年に廃止となり分岐点だけ残るも1987年に千住貨物駅が廃止となるとその機能も終えた…という感じだそうです。線路は奥まで続いている。この先、分岐した線路も残存している。横からだとわかりにくいですが京成本線から見るとわかりやすいかも(自分が撮った画像だとわかりにくいですが)
使用機材紹介NikonCoolpixP950撮影日2025年9月24日群馬県安中市松井田町坂本先週までとは打って変わってめっきり涼しくなって朝晩は長袖のトレーナーを着て丁度いい感じだ。せっかく涼しくなったのでちょっと歩ける場所で撮影したいなと思って今週は旧碓氷峠に有る碓氷湖(坂本ダム)から旧熊ノ平駅までの遊歩道を歩いてみた。この道はJR信越線の線路跡でアプトの道として遊歩道として整備され碓氷峠の森公園から旧熊ノ平駅まで繋がっている。今回は碓氷湖の駐車場に車を止めてめが
5月2日金曜日関西ツーリング3日目前回のつづきです日置川ICで紀勢自動車道に乗り、終点のすさみ南ICまで、ほぼトンネルだった印象…本州一南端の町、串本町で熊野古道に行ってみます現国道42号の逸れ山道は旧道なのだろう細い旧道に案内看板飛渡谷道細い山道を降りて行くと~石畳道ですホンの30mも無い距離だと思いますが自分の目で初めて熊野古道の石畳道を見ました!森の小道の横に沢が流れ、和製の妖精が出て来そうな雰囲気バイクに戻って先に進む
本日は、26日以降中断していたブログを再開しました。私事ですが、26日に8歳年上の兄が亡くなり昨日葬儀を執り行い、家族親戚一同で無事見送ることが出来ました。兄との思い出は尽きませんが、何しろ8歳も年長だったので、まさに兄貴分そのもので、良いことも悪いこと?も自分はその背中を見て成長出来たと言っても過言ではありません。たくさんの思い出を振り返りつつ、今日からまた前を向いて進もうかと。そんな訳で、本日は天気も体調も宜しいようなので、4日振りのロードバイクライドで能美
3月23日四国ツーリング2日目前回のつづきです室戸市吉良川まちなみ館のあと先に進み奈半利駅四国の太平洋側の海側の施設は、やがて来る大津波を想定している様で駅は避難所として高い場所に作られている駅前の案内看板によると、奈半利町は昔森林鉄道で、今は日本一のゆずの町だそうですちょうど奈半利駅に列車が入って来ました駅も高いですが、線路も高い位置に設置されています津波が有っても被害が出ないようにかな~?奈半利駅は、土佐くろしお鉄道(TKT)の終着駅で国鉄時
▲相生線旧北見相生駅冬に寄るの初めてかなぁ3月13日訪問皆様のところと比べてどうでしょう?雪の景色▲旧北見相生駅舎今はカフェが入ってます(水・木営業)▲当時のものではないと思いますが駅標あります相生線は大正13年開通昭和60年(1985年)廃線美幌駅からこの北見相生駅までの36.8キロ石北本線美幌駅から根室本線釧路駅を結ぶ釧美線の計画もあったんです▲キハ22とスハフ42▲白樺も素敵です夏はルピナスが咲き乱れ綺麗です▲周辺案内▲道の駅あいおい北海
撮影日2014/05/01、02はりま勝原23:01発の上り電車に乗る姫路23:08着23:35発特急サンライズ瀬戸に乗り換えノビノビ座席に乗る熱海5:43着185系電車6:04発の電車に乗り換え真鶴6:14着下車『東海道本線旧線(真鶴~根府川)』探索日2014/05/02切り替えは1972年6月12日新線は山側を1,710mの真鶴トンネルで通過この先が真鶴駅方新旧線分岐点旧線はここへのびてく…ameblo.jp
久しぶりのカンジャンケジャンを満喫し、再び地下鉄2号線へと乗り込んだ。次の目的地は釜山一のビーチリゾートとして有名な海雲台である。☆地下鉄2号線水営駅→海雲台駅*前回の釜山滞在記はこちらからどうぞ!『釜山滞在記2025.3.14②韓国で大好きなもの、2連発!』次の目的地へと向かうため、地下鉄2号線田浦駅を目指して歩いていると…↑この「JeonpoCafeStreet」と描かれた案内板がある大通りには実はあまりそ…ameblo.jp海雲台にはビーチリゾートホテルや、近年誕生した新観光
2025年10月5日(日)。天気晴れ。秋らしい晴れだったのですが、お昼からは湿気がかなり感じられました。二子玉川へ。昨日は、二子玉川で花火大会があり、大きな衝撃が四方に拡がっていました。「二子玉川ライズガレリア」。私は、ここでクリスタル・ケイが歌っていたことを、思い出しました。現在は、東急田園都市線と大井町線が乗り入れています。そんな二子玉川で、私はかつての玉電砧線の跡をたどってみることにしました。「二子玉川駅」を出発した田園都市線の電車(実際には東武鉄道50050型電車ですね)は、かつて
廃線跡歩き2/18今日は昼からJR網干駅から南に伸びている廃線跡歩きに行ってきた。昭和18年(1943)に沿線にあった東京芝浦電気の姫路工場・網干工場に物資を輸送するため建設された専用線。昭和25年(1950)に北沢産業に譲渡され地方鉄道となる。貨物量減少により平成元年(1989)に全面廃止路線図網干駅前の駐車場に保存してある当時のディーゼル機関車駅から西に伸びている廃線跡。駅付近は開発中で跡地はわからなくなっている住宅地を西に進むと空き地があり線路が見えてくる。ここから廃線歩き