ブログ記事3,512件
60日に1度巡る「庚申」の日九星気学で紐解く暦の由来と過ごし方2026年8月14日の「庚申(こうしん/かのえさる)」とは八専に含まれる特別な運氣の日。金の氣が重なるため注意が必要ですが、古来より信仰や風習が受け継がれてきました。この記事では、🔸庚申の日の意味と由来🔸庚申待・庚申塔に込められた信仰🔸2026年の庚申日と開運につながる過ごし方について、氣学講師/鑑定士のマルーが丁寧にわかりやすく解説します😊最終更新日:2026年6
≪本殿が怪しげな写りでした!緩やかな高台に有る、日蓮宗・本住寺!≫本住寺にやって来ました。山号:松立山宗派:日蓮宗本尊:一塔両尊円珠院日唱が、文永間(1264-1275)に創建したといいます。住所:市川市下貝塚1丁目11-12日蓮宗本住寺石碑庚申塔!末社でお詣り致しましょう。中を見ましょう!おぉ~凛々しいお坊さん!本殿にお
≪入り口には御手洗不動尊の看板が有る!薬王山・「龍福寺」!≫龍福寺にやって来ました。山号:薬王山院号:東光院宗旨:新義真言宗宗派:真言宗智山派本尊:大日如来室町時代に袋村(現北区岩淵町)の真頂院の僧運珍が隠居寺として創建したといわれており、建長7年(1255)以降の数多くの板稗や、小豆沢地名由来の伝承が残されています。豊島八十八ヶ所霊場86番住所:東京都板橋区小豆沢4丁目16-3真言宗智山派薬王山龍福寺石碑龍福寺平成
仕事が忙しく少し間が空いてしまいましたが、ここまで4回に渡り長野県北部の旅の記録を書いてきました。ここまでの4回はいわば『大仏ゾーン』、ここから先は『大仏じゃないゾーン』になってまいります。ですが大仏好きさんもそれなりに興味ある内容だと思いますので、できればこの先もお付き合いください。さて、今回ご紹介したいのは道祖神(どうそじん)です。道祖神とは端的に言えば、外から来る悪いもの(疫病や悪霊など)の侵入を防ぐため、村の堺などに祀られる民間信仰の神様のこと。ただ道祖神と一
長崎へ行くより近い時津町(とぎつちょう)えー、詠んでみましたランニングマイコースの1つですわたしの自宅は時津町の方が、長崎より近いので、子供の頃から時津も生活圏で自然とふるさとです〈長崎県時津町〉↑こちら、数年前に見てたんですけど、今頃アップです(^^)庚申塔って佐賀県では沢山見かけたのですが、長崎市や時津では、見た記憶が…思い出せないでも走ると良いよね♪色んな細かい道へ入って行けるし、歩くより早く沢山まわれるし↑庚申塔にはなんだかカワイイ三猿が彫られていますこの彫り方・絵柄
≪鐘櫻の赤い囲いと庚申塔の赤い帽子が気に成る!真言宗・「龍光寺」≫龍光寺にやって来ました。山号:泉湧山院号:医王院本尊:薬師如来立像宗派:真言宗室生寺派承安2年(1172)の開創、龍観和尚(名応2年1493年寂)開山とされています。住所:東京都杉並区和泉3丁目8-39真言宗龍光寺鐘櫻赤が目立つね!!門を潜りましょう。龍光寺令和6年3月杉並区教育委
小古曽(おごそ)神社は、四日市あすなろう鉄道内部線:小古曽駅から西へ300m、住宅街に鎮座されます。鎮座地:三重県四日市市小古曽2-28-2左に手水舎。参道の左側が公園になっており、繁みに忠魂碑等がありますので、先に参拝します。平和之塔(左)および忠魂碑(右)が建立されています。おそらくは氏子地域にあった、大量の庚申塔が集められています。こちらはお地蔵さん。参道へ戻ります。大正五年十月に奉納された狛犬。
ゴーリキイナリを参拝した後はすぐ近くにある日枝神社へ。この通りには子供の頃手作りこんにゃくのお店や母が通っていたハル美容院がありました。ハル美容院は店舗兼自宅のとっても家庭的なお店。靴を脱いでお店に入り母がパーマをかけている間弟と私は美容院のお子さんと一緒に待合席で遊んで待っていました。今はどちらも閉店しお店は1軒もありませんがこの道を通ると60年も前の記憶が懐かしく蘇ります。神社の隣にも同級生の家があり遊びに行くといつもサザエさんちのフネさんの
2週間くらい前、東武動物公園駅近くのMojo:Mojaさんに出演した日、「入り時間のずいぶん前に着いたので近隣の神社を参拝した」の「その2」。「その1」はこちら👇。『宝珠花神社(埼玉県春日部市)』埼玉県の宮代町にあるMojo:Mojaさんのイベントに向かう道すがらいつも気になっていた神社。道が空いててすいすい進めて時間ができたので参拝した。鳥居の両…ameblo.jpなんか恐ろしげな「身代」は「このしろ」と読むそう。住宅地にある(と言うか神社があってそのあと住宅地になったっての
三谷八幡神社(品川区小山5-8-7)(主祭神)誉田別命(社格等)旧村社(旧旧小山村字三谷の鎮守)(沿革等)元禄年間(1688-1704)、旧小山村字三谷(又は滝原)の名主石井助太夫が中心となり、信仰上の問題に起因して、小山村の鎮守であった妙見八幡宮(現在の小山八幡神社)から分祀して創建。当初は名主邸内に奉斎したら後に出世稲荷社の境内に遷座。昭和20年4月の戦災により本殿の鉄筋コンクリート宝蔵部を残して全焼(御神体・古文書類は焼失をまぬかれた)。現在は小山八幡神社と合同で例