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本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『人体に懸られる霊は何処へ憑依するか、此の事を記述するのが前後したが、長沢翁は左の様に述べて居られる。「霊の憑依は大脳へ憑り中脳及延髄より脳神経の作用にて全身に及ぶものなれば、心臓に感じ此の感を起す。手より憑ると思う者あれども非なり。大脳へ憑る故に強き時は自己の意識を失うなり」。』(「顕神本田霊学法典」)帰神術で転霊を行う場合、複数の方法がある。それをここで明らかにする
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『霊的無感覚と痺れの無感覚の對照は至らぬ比較であったが、霊的の場合の−境地−は「霊肉分離」の状態である。鎮魂に於いても霊肉分離の境地を会得しなければ完全な鎮魂は出来得ないとの事を前に述べて置いたが、帰神に於いても又然りと云える。併し鎮魂と帰神の場合の霊肉分離は、同じ分離でも本質的に境地が異るものである。鎮魂法に於いての霊肉分離は自己の力に依って会得するものであるが、帰神術に
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************『第二章日本書紀に見ゆる実例一日本書紀巻第一(神代上)(巻末G参照)又猿女君の遠祖天鈿女命は即ち手に芽纏の矟を持ち、天石窟戸の前に立たして、巧に俳優す。亦天香山の真坂樹を以て鬘と為し、蘿を以て手すきに為して、火処燒き、覆槽置せ、顕神明之憑談す。』(「顕神本田霊学法典」)『また猨女君の遠祖天鈿女命は手に茅を巻いた矛を持ち、天石窟戸の前に立って、巧みに俳優をした。
本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。************************本田霊学の鎮魂法について、前述の考え方(祭事鎮魂の項を参照されたい)を参考に解釈すると、まず「鎮魂の器械」(「本田親徳全集」)として御神霊の鎮まる鎮魂石を必要とする。これは天皇の鎮魂が三種の神器を介して神界に通ずるのと同じ意味合いである。友清歓真氏のように御神霊の鎮斎されていない石をただ清めるだけでは、鎮魂の用をなさない。友清氏は以下のように書いている。『鎮魂は先づ鎮魂の