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1986年4月5日・東京、1986年4月6日・名古屋において岡田有希子さんのコンサート『HeartJack』が開催されました。結果的に最後のコンサートとなってしまいましたが、当時参加された方はきっと心に深く刻み込まれていることと思います。HeartJackのコンサートパンフレットです。私が唯一所有しているユッコさんのコンサートパンフになります。ぐんと大人っぽくなったユッコさんの写真がふんだんに掲載されていて、まるで写真集でも見ているような気分になります。ほんの一部ですが載せておきます
2年前にこんなしょうもない投稿をしていました。『こじつけ祭り』その①先日、定期診察のため病院へ。自動受付機に診察カードを入れて、出てきた受付票の番号は…4と8が絡んでおりました。嗚呼・・・その②店舗用資材を発注したところ…ameblo.jpそしてまた、懲りもせず・・・先日、イオン系のスーパーで開催されていた「広島山陰・山陽フェア」。バラになりたい私にうってつけの商品が・・・!白バラ牛乳、白バラフルーツ、白バラコーヒーの白バラトリオ!こちらは、白バラ牛乳を使用したロールケーキとシュ
少し前に、僕の中で約30年封印していた「くちびるネットワーク」を聞いたら涙が出そうになった。確か沢口靖子さんが出ている、カネボウのCMソングでしたね。これはお墓参りに行くしかない・・・と、鈴鹿の帰りに寄ってきました。場所等はネットで公表してる通りです。東名阪自動車道の弥富インターを下りて、約5分の成満寺にあります。(お墓等の写真を載せるので、気分を害される方はココでストップを・・・)この日は、僕の前に少し年上の男性が一人、僕が帰るころには少し年上のご夫婦が有希子さんの墓参
今年も残すところあとわずかとなりました。年の瀬も押し迫り、私にとって大晦日の風物詩といえばレコード大賞でした。(過去形)あと紅白歌合戦も。レコード大賞は平成以降はほとんど観なくなってしまいました。それに今は放送は30日でしたっけ?日にちも変わってしまいましたね。以前は様々な賞レースが盛んで、中高生くらいまでは夢中になって観ていました。そして我らが岡田有希子さんも1984年に各新人賞をたくさん受賞し、レコード大賞最優秀新人賞という栄誉も手にしました。去年もこのこと書いたけど今年もまた書
昨日、4月8日は岡田有希子さんの命日でした。あれから36年も経つんですね。あの日、そのニュースが飛び込んで来た時には本当に驚きましたが、一方で、「やっぱり…」という気持ちもありました。少し前から、テレビ画面に写る彼女に異変を感じていたからです。まだ18歳。若過ぎる死を多くの人が悼みました。岡田有希子さんは明菜と同じ『スター誕生!』出身。決戦大会では「スローモーション」を歌い合格、夢だった歌手デビューを果たします。小説や漫画に出てくる''可憐な少女''のイメージその
あっ、懐かしい!コレです。オリジナル音声で起床出来る時計です。聴いてみました。1と2はつるさんの声で起きろ!起きろ!って入っていました。3はコレです。1と2は20秒で、3は60秒録画可能みたい。Masacoには悪いけど、岡田有希子にするか!
BAYFMで(タイムテーブル表記上)1日25時から「WaveRe:minder−懐かしむより、越えていけ!−」が放送。先週に引き続き今週も岡田有希子さんの音楽ディレクターを務めた國吉美織さんがゲストで登場。ユッコの活動後期について太田秀樹さんと語り合った。オンエア曲は次の通り。前回同様フルコーラスで全7曲。(1)SummerBeach(NightTempoShowaGrooveMix)(2)水色プリンセス−水の精−(3)森のフェアリー(4)LoveFair
1985年5月2日はKBC新人登竜門ビッグコンテストが開催した日です。主催は九州朝日放送。KBC新人登竜門ビッグコンテスト1985.5.2「二人だけのセレモニー」ー岡田有希子作詞:夏目純作曲:尾崎亜美編曲:松任谷正隆二人だけのセレモニー岡田有希子1985年KBC新人登竜門ビッグコンテスト19855・2作詞:夏目純作曲:尾崎亜美編曲:松任谷正隆19851・16youtu.be※1985年5月2日に福岡のKBC九州朝日放送主催のKB
こちらもネットで見かけた1986年4月の週刊誌記事の一部より。右上の写真は岡田有希子ちゃんが大木戸ビルの屋上から飛び降りる際、階段の踊り場にスリッパを脱ぎ捨てたというものだが・・・。この不自然な写真に、これは誰かが意図的にスリッパを並べたものではないかと私は思います。まず、サンミュージックが主張するのは、スタッフが目を離した隙に有希子ちゃんが一気に屋上まで駆け上がったということだが、物凄く切羽詰まった、無我夢中だった、その割にスリッパの脱ぎ方が丁寧である。これはおかしいです。人の目を盗む
ケチなつるさんは漕ぎながら充電する訳です。で、漕いでいたら・・・。元気が出るように岡田有希子を聴くかと!6kmでダウン!それでも8000歩に到達していなくて、スマートフォンを振って初日は何とか達成!5月はパーフェクトで行くか!しかし、韓国の歩数計との差が有り過ぎ!そんなこんなで、歌いながら漕げるようにしました。
一日たってしまいましたが、昨日5月23日はサンミュージックの相澤秀禎会長の祥月命日でした。2013年って事はもう8年ですね。そんなに経ったのかという思いです。ユッコさん亡き後、社長室(のちに会長室)に写真バネルを飾り続け、手帳にはずっとユッコさんの写真を貼っていた…ユッコさんを3年近く自宅に住まわせた相澤氏にとって、もはや娘のような存在であり、日本一のユッコファンであったかななんて思っています。今頃はもうあちらでお会いできているのかな?
この時期になると、髪をバッサリ切ったユッコさんがテレビに映ったのを見て「お〜、岡田有希子ずいぶん思い切ったなあ」とちょっと驚いたのを思い出すangelyuki18、高校2年の春であります。トップテンのこの映像はよく覚えています。当時は特に考えたりしなかったけど、ユッコさん目悪いのに階段の昇り降りきっと怖かったんじゃないかな?って今になって思っちゃうやっぱりいい声ですわ……。LovingLovingyou…今までも、これからも(〃∇〃)
「あけおめことよろ」には時間が経ってしまいましたが今年最初の投稿です。昨年大ヒットしたYOASOBIの「アイドル」の歌詞に、君は完璧で究極のアイドルとありますが、まさにこれこそ岡田有希子ちゃんのことですよね。これにあやかり、新年第1号のブログはYOASOBIのアイドルの曲に合わせて有希子ちゃんのかわいい笑顔を載せていきたいと思います。
1982年5月1日にデビューを迎えた中森明菜さんは今年デビュー42周年を迎える。中森明菜さんデビュー42周年おめでとうございます🎉【中森明菜】…中森明菜(なかもりあきな、1965年(昭和40年)7月13日-)は、日本の歌手、女優。本名同じ。1982年5月1日デビュー。1980年代を代表する女性アイドル歌手であり、数多くのヒットナンバーを世に送った。アイドルの当たり年と言われた1982年のデビューで、82年組の1人である。東京都大田区(大森)生まれ、清瀬市育ち。明治大学
この時期は入学・進学シーズンということで、この春に小・中・高、大学に入進学の新一年生たちは新しい環境に毎日DOKIDOKI、SOWASOWAのことかと思います。そこで今日のユッコレは、今の季節にちなんだ品をご紹介いたしたいと思います。旺文社発行の86年版「中学進学ガイド」です。新中一生に向けて作成され書店等で配布された非売品の小冊子です。超ざっくり言うと、中学生になると授業や生活などがこんな感じに変わりますよーといった内容です。(ざっくり過ぎ)岡田有希子さんが旺文社のイメージキャラクター
岡田有希子ちゃんが後輩の酒井法子さんと一緒に写ったときの写真といえばこの雑誌記事でしょうか。ちょうど有希子ちゃんが下宿先のサンミュージック社長宅からマンションに引っ越すあたり。法子さんと入れ替わるときですね。写真を見ると笑顔とはいえ、有希子ちゃんの表情がかなり疲れきっている、憔悴しきっているのがわかります。隣にいる法子さんに有希子ちゃんは何を思っていたのだろうか。ご存じのとおり、マンションに引っ越して程なくして有希子ちゃんは帰らぬ人となってしまいます。もし有希子ちゃんが、しばらくは社長
セッティング完了!色が揃って良かった!300円のスピーカーがイマイチです。今日、100円ショップで買った訳です。さて、何を聴く?これなら元気になるか?わっ、今気が付いた!こんな所にもスイッチが!何かメルヘンハウスに有るDVとVHSの一体化ビデオデッキと同じデザインだなって思いました。直ぐに終わってしまったので、次はコレ!乙川の人にも合うかも?DENONだし・・・。何か夜に音楽を聴くのは直ちゃんみたい。影響され易い性格かも?あっ、Tラジオで岡田有希子の番組を聴く時間が迫
北海道のパンメーカー、日糧製パンから発売されている商品…私が中学生の頃からある超ロングセラー商品、その名もチョコブリッコ!思いっきり昭和チックなネーミングです(笑)当時の名前のまま、令和の今も販売中です。これ、結構好きなんです。パッケージに「ふんわりスポンジとなめらかクリームを、とろけるチョコでコーティング」と書いてあります。パンというより洋菓子系スイーツ寄りの商品ですかね。そして、このパッケージに描かれている女の子のイラストが…昨日職場のパン売り場で見た時、何だかユッコさんに似てるなと
1980年代半ばは、歌番組やアイドル歌手が出演する番組がたくさんあり、岡田有希子さんとシブがき隊も数多く共演していました。ある番組のコントでのひとコマ。ユッコさん、ちょっぴりムッとした顔。そのワケは?コントの中でシブがき隊のヤッくんが「僕は歌手になってベストテンに出て"あんた肉体美ね"って言われたいです」と言ったのです。あんた肉体美ね!からの土下座(笑)これより前に、ユッコさんはザ・ベストテンの出演時に黒柳徹子さんに「あなたこうやって拝見すると肉体美ね!」と言われているのです。
今日は4月8日。『推しアイドル岡田有希子ちゃんとメンタルケアのお話』今回の記事はちょっと長くなります!「くちびるNetwork」発売記念日なので投稿しました僕の大好きな昭和アイドル・岡田有希子ちゃん(愛称:ユッコ)僕が生まれる…ameblo.jpこちらの記事でお話しした、岡田有希子ちゃんの命日(通称:佳桜忌)です。今日はあまり多くを語らず、ただ有希子ちゃんの冥福を祈ります…ずいぶん出遅れたファンだけど、気持ちをこめました!Yukiko、あなたこそ永遠のアイドルプリンセス!最近始まった
好きな格闘技は?▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようその昔・・・昭和末期になりますが、プリンセス岡田という女子プロレスラーがおりました。それはとても可愛いルックスで「リングに咲く一輪の花」と評判でした。レコードデビューも果たしていた岡田選手は試合前には毎回リング上で歌を披露し、レコードの売り上げも上々でした。※写真はイメージです女子プロレスラーでありながら、賞レースにも参戦し、新人賞を総なめするという異色の存在でした。小柄ながらも強気でいつも真剣勝負のファイト
1984年4月21日、君はついに夢を叶えた。人知れず、強く願った夢。歌手になること。芸能界で美を表現すること。そして君は、デビューからたった2年後の1986年4月8日、所属事務所の屋上からその身を宙に投げ出し、短い人生を終えた。岡田有希子、本名佐藤佳代。1967年8月22日生まれ。筆者は1975年生まれ。ユッコが自殺した時は、小学5年生に進級したばかりだった。30年前の出来事だが、アイドル歌手の自殺というショッキングなニュースは今でも強く印象に残っている。各テレビ局
★デビュー40周年記念日を迎えた岡田有希子さん。デビューおめでとうございます🎉今回は、2024年で40周年を迎える岡田有希子さんは1984年、1stシングル「ファースト・デイト」でデビュー。「ファースト・デイト」の発売日にあたる4月21日に岡田有希子『7インチシングル・コンプリートBOX』が発売されることが発表され、SNSでも話題となっています。岡田有希子『7インチシングル・コンプリートBOX』は2024年8月22日発売。岡田有希子さんの誕生日の日が発売日となります。
数多くのブログのなかから、当ブログをご訪問いただき誠にありがとうございます。太字は過去記事へのリンクです。もしよろしければ、ご覧になってください。前回の話を書いている途中、はたと気付いたのです。ユッコこと岡田有希子さんがグリコセシルチョコレートCMに出演した時期が、当時世間を震撼させた「グリコ・森永事件」と重なっていたことに。2022年2月に創立百年の佳節を迎えた名門企業、江崎グリコ。昨年まで40年間社長を務めた江崎勝久氏が就任2年目だった1984年3月、自宅で入浴中に誘拐され
あれ?岡田有希子の墓に一番近いポイントで停まってしまいました。駅ではなくて、信号所でした。おっと、今度は駅に停車!だったら、乗せてあげたらって感じ。
先日、岡田有希子さんの楽曲『SummerBeach』の12インチアナログ盤が4月20日に発売と発表され、昨日ジャケットデザインが解禁となりました。AI生成により作成されたジャケットですが、それはそれは賛否両論の嵐で…というよりも「否」が圧倒的ですかね。もっと言うと非難轟々?的な感じでしょうか。当然感じ方は人それぞれなので皆さんの意見も尊重しつつ、自分の思いも書かせて頂こうかなと思います。私もジャケットを見て、正直「う〜ん」となりましたが、そこまで怒りは沸かないというか。おそらく皆さんは「
しょっちゅうYouTubeでユッコさんの動画を見させて頂いていますが、本当にどれだけ上がっているのかわからないほど無数にあります。そういった数々の動画を見ていて(聴いていて)ひとつ言える事は、「この時確かにユッコさんは生きていた」。それらの動画はすべてユッコさんが一生懸命生きた証なのです。私はユッコさんの声も大好きです。BelieveInYou(2003StringsVersion)の伴奏を無くし、ボーカルだけの状態の編集にしたものがYouTube上にあります。まるでユッコ
私の場合「実は」ってあらたまって言うまでもないですね(皆さんご存知ですね)。けれども声を大にして、いや、文字を大にして言いましょう。わたし実は…岡田有希子ファンですっ!あらいやだ、文字大きくしすぎてなんだか気恥ずかしくなってしまった(笑)おととしの7月か8月あたりからユッコさんの魅力にハマり込み、早いものでもうすぐ2年が経とうとしています。7月か8月あたり、と言っていますが、自分でもいつ頃だったかはっきりしないのです。気がついたら彼女の姿、歌声、立ち居振る舞いに心を
2013年12月に放送されたサンミュージックの特番の録画を久しぶりに観ました。(ユッコさんの話の部分だけ)当然ながらリアルタイムでユッコさんを録画しているものはないので(カンコー学生服のCMだけはありましたが)、貴重な資料です。永久保存版だなっレコーダーが結構古いので壊れる前にDVDに落としておかないとなりませんこの番組にはユッコさん本人映像も使用されました。ざっくりですがいくつか貼らせて頂きます。スター誕生の予選時です。当時中学3年生。無断で学校を抜け出して出場しました。もちろん先生
1986年4月8日、高校3年になった私はこの日始業式でした。午前中で学校は終わりなので、友人と学校帰り遊びに出かけ、帰宅したのは夕方近くになっていました。帰るなり、母から「岡田有希子が自殺したよ」と聞かされ、一瞬「えっ?」となり固まりました。もちろん岡田有希子さんの事は知っていますが、1980年代当時はアイドル全盛時代。私にとって彼女はそんな数多くのアイドルの中の一人という認識でしかなく、特に興味があったというわけではありませんでした。彼女は当時高校を卒業したばかりの18歳、興味がなか