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当ブログに来てくださったあなたへお会いできて嬉しいです太字は過去記事へのリンクですよろしければお立ち寄りください薫風そよぐ午前九時駅から職場の道すがらばさり足元に落ちてきた小枝にひとつさくらんぼ花も散って時を経た河津桜を見上げれば澄まし顔したさくらんぼ目も合わさずに揺れている早咲き桜は散り果ててされどその実をのこしてた実はわたし、さくらんぼが桜の実であるのをその時まで全く認識してなかったのでした数年前に、ユッコこと岡
岡田有希子さんの都市伝説の発生メカニズムと問題点について。前回の記事では岡田有希子さんの都市伝説の一つである「神田正輝本命説(峰岸徹ダミー説)」について、その根拠を覆す内容の新資料が見つかった事をお知らせしました。前回の記事『【スクープ!!】岡田有希子と神田正輝の交際説は「捏造」だった!!』岡田有希子さんをめぐる「都市伝説」について岡田有希子さんが他界された時の話題については様々な「噂」があり、あれから40年が経つ今でも憶測に基づいた根拠の無い…ameblo.jp今回は
岡田有希子さんをめぐる「都市伝説」について岡田有希子さんが他界された時の話題については様々な「噂」があり、あれから40年が経つ今でも憶測に基づいた根拠の無い噂話が「都市伝説」として世間に根強く残っています。そうした都市伝説の一つに、「有希子さんが神田正輝さんと交際していたのではないか?」という説があります。このたびこの説について新たな事が判明しました。この噂話が意図的な「捏造」である可能性が急浮上してきました。有希子さんの最期をめぐっては様々な「都市伝説」があります。
1985年5月3日国民の祝日である憲法記念日の日に日本テレビ番組「おしゃれ」は、平日の午後1時15分から15分間放映されている。昭和60年5月3日放映の「おしゃれ」のゲストはデビュー2年目を迎えたばかりの岡田有希子だった。この日、彼女は、司会者に問われるままに、ここ何回か取り上げて来た、「スター誕生!」決戦大会を前に母が課した「佳代にとても出来ないだろうと思われる三つの条件」について語っている。日本テレビ番組「おしゃれ」:1985年5月3日ゲスト:岡田有希子ちなみに、「
1985年5月2日はKBC新人登竜門ビッグコンテストが開催した日です。主催は九州朝日放送。KBC新人登竜門ビッグコンテスト1985.5.2「二人だけのセレモニー」ー岡田有希子作詞:夏目純作曲:尾崎亜美編曲:松任谷正隆二人だけのセレモニー岡田有希子1985年KBC新人登竜門ビッグコンテスト
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。小泉今日子さんが先日、音楽賞の授賞式にプレゼンターとして登場し、こんなスピーチをしました。〝昔々、仕事が忙しくて心が折れそうになった時、自分の職業、アイドルという言葉を辞書で調べたことがあります。「偶像」と書いてありました〟〝アイドルというのはその存在、その輝きこそがジャンルなんだと、その時妙に納得した思い出があります〟トップアイドルだった小泉さんは、
明星1985年5月号/岡田有希子明星(集英社)1985年5月号/表紙:チェッカーズ、小泉今日子中森明菜、岡田有希子、堀ちえみ、河合奈保子、小泉今日子ほかU・30にご執心の有希子さん。「君がテレビに夢中だから、僕はコンセントになってしまった。」少し嫉妬した彼は、あろう事かコンセントを抜いてしまう。有希子に台詞はないが、「あー!やったなぁー」って感じで彼を指さす。ナレーション:「ハートのアンテナがちょっぴりお洒落な、東芝U・30新発売」有希子:「あまくておいしい
1985年Dunk(ダンク)5月号。実際の販売は4月9日で、Dunk(ダンク)の発売日は毎月9日、語呂合わせにちなんで一ヶ月先の発売日となる。★毎月9日はダン9の日1985年Dunk(ダンク)5月号は、表紙に石川ひでみ。岡田有希子中山美穂松本典子セイントフォー斉藤由貴山下達郎長渕剛石野陽子森田まゆみ本田美奈子ほかいまいちばん欲しいものは大切な秘密。ココロの写真館岡田有希子撮影/ファンキー高橋女の子ならみんなそうであるように、ユッコの心にも"背
堀川まゆみ(MAYUMI)さん堀川まゆみ(ほりかわまゆみ)別名義:MAYUMI1958年5月2日生まれ、68歳。沖縄県宜野湾市出身の元モデル、元女優、元歌手、作曲家。妹:麗美(シンガーソングライターのREMEDIOS)1978年、4代目クラリオンガールに選ばれる。1978年、資生堂のモデルに抜擢。ksoikさんが2009/04/10に公開1979エメロンシャンプー&リンスhttp://youtu.be/C3dA_4odbwU1978年11月、松任谷正隆
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。週末の晩酌を心ゆくまで楽しんだ夜。22時からのドラマを見終えたわたしは、ふと歩きたくなって玄関を出た。高台から川沿いへ、普段通らない脇道を進む。一日続いた雨が上がって、緩い夜風が心地良い。大通りに面した、いつもシャッターが閉まってる怪しい佇まいの店。裏手の開け放たれた窓越しに、肩を並べて飲む若者たちが見える。すれ違った女性の、街灯に照らされた一瞬の横顔
先日、ヒトカラに行った時にテーマにしたのは尾崎亜美サン作詞作曲の作品なんで突然そうなったかというと1週間くらい前にメルカリで商品を検索していたらオススメに《尾崎亜美CD》が現れ開いて観覧していたら昔、持っていたCDが目についてしかも安価だったので少し考えてい購入それが提供曲を集めてセルフ・カバーしたシリーズのアルバム『POINTS-2』あまり部屋で音楽なんか聴かないのですが届いて聴き始めたらそればっかで1週間くらい毎日流していますなぜに40年も前の作品に再び触れて虜になってしまった
第33回代表曲と売れた曲は一致するのか岡田有希子同い年のアイドルとして、どんどん昇り詰めていくのを楽しみにしていた矢先、あの日…上京したてだった私が、大学のオリエンテーションから帰って、独り暮らしを始めたばかりのアパートに届いた夕刊を見た時の衝撃…忘れません。セールス推移も昇っている途中でしたので、もしもこれに続きがあったならということをついつい想像したくなります。【竹内まりや三部作】1984年「ファースト・デイト」「リトルプリンセス」「-DreamingGirl-恋
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。通っている赤い店の券売機が更新され、モバイルSuicaで支払えるようになってからチャージ金額がめっきり増えた。決済手段をビューカードに変えようと思ったのは、優待割引券目当てに作ったJREバンク口座でチャージ分を引き落とせば、1.5%のポイントがつくから。JREポイントはきっぷ代に使えば1ポイント1円以上になるから、これからはせっせとポイ活に励もうと思ったのだ。
渡辺プロダクションタレント友の会会報「YOUNGヤング」1984年11月号に掲載された小柳ルミ子さんと吉川晃司さんの音楽祭の賞レースでの活躍を伝えるグラビア記事です。小柳ルミ子さんは横浜音楽祭で横浜音楽祭賞、全日本歌謡音楽祭で最優秀タレント賞を受賞、吉川晃司さんは新宿音楽祭と銀座音楽祭で金賞、全日本歌謡音楽祭で銀賞を受賞された事が紹介されています。新宿音楽祭の受賞者を紹介する写真には金賞を受賞された吉川晃司さんと岡田有希子さん、審査員特別奨励賞を受賞された長山洋子さん、銀賞を受賞され
堀越高校卒業40周年!本日3月3日は岡田有希子さんが私立堀越高校を卒業してちょうど40年の記念日です。今日は有希子さんが2年半わたって通っていた堀越高校3年D組の話題について掘り下げる事にします。ユッコの高校卒業40周年を記念して黒板画風画像を作成しました。卒業記念日おめでとう!(^_^*)「堀越高校3年D組」について岡田有希子さんは芸能活動を始めるために1983年(昭和58年)8月25日に名古屋から上京。この年の9月に都内の私立堀越高等学校に編入学をしまし
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。俳優・富田靖子さんのデビュー作、映画「アイコ十六歳」。公開時に同時上映されたメイキングフィルム「グッドバイ夏のうさぎ」は、出演者を選抜するオーディションの描写から始まる。12万7000人もの応募者のひとりに、名古屋市立向陽高校の一年生だった佐藤佳代さんがいた。岡田有希子という芸名が決まる、少し前の話だ。いまから42年前、彼女は5月12日の1次審査から7
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。数字を合わせて、右にぐるぐる2回転。さらに数字を合わせ、左にぐるりと1回転。それで郵便受けのダイヤル錠は当然開く、はずなのに。いきなり開かなくなったのは、昼に届いた年賀状を取り出そうとしたときだった。なんで?ついさっき朝刊を取ったときは、フツーに開いたのに!築18年になるわが家。あちこち出てきた経年劣化が、とうとう郵便受けにまで?そんな時どうするか。
【ユッコ(堀越学園)の修学旅行】1985年(昭和60年)6月5日㈭は岡田有希子さんが通っている堀越学園の修学旅行の日です。堀越高校芸能活動コース北海道修学旅行。当初修学旅行の予定は1週間の予定でしたが人気絶頂期であった岡田有希子さんはスイスでのビデオ撮影のお仕事があり北海道旅行を最後まで参加できませんでした。学園の仲間と一緒に入れたのも束の間の時間でした。行き先は摩周湖。名古屋育ちの岡田有希子さんには6月の北海道はさすがにちょっと寒かったのではないかと思います。<堀越高校3年
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。日曜の昼、十数回目の車検でバイクをディーラーに預けたあと。5km以上離れた自宅まで歩いて帰ったのは、ほんの気まぐれだった。夏空の下、普段通ることのない路地を、GoogleMapを頼りにジグザグ進む。閑静な住宅地の坂道を下っていくと、周囲から取り残され、緑に埋もれた一軒の邸宅があった。長らく誰も住んでなさそうな屋敷のくさむらに、一台の単車が時を止めて佇んでい
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。荻野目洋子さんが最近「大切な人のお墓参り」をしたと、Xに綴っていました。長文のポストは、溢れる想いの表れでしょう。お互いを「ユッコ」「オギ」と呼び合った、荻野目さんと岡田有希子さんが関わった時間は2年。そして止まったままの時間は、あと半年ほどで40年…オギはユッコを、ずっと憶えていました。(以下引用・一部略)あの時、お互いの純粋な仕事への想いに共鳴し合
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。少年時代を過ごした北関東の街へ行った。いつもの高速バスじゃなく電車にしたのは、JREバンク特典で貰ったSuicaグリーン券が有効期限を迎えるから。特典は一枚なので、同行のツレさんにSuicaグリーン券を買う。乗車当日の午前4時以降かつ乗車前に購入が必要、支払いにSuicaのチャージ分が使えず戸惑う。乗車駅と下車駅を登録すると、料金は101km以上で1550円になっ
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。これまでの人生で、歩道に張り付いた壱万円札を拾ったことが二度あった。壱万円札を落としたのも二度あって、人生差し引き零だと思うけど。だからなのか、歩くとつい視線が地面に向いてしまう。坂本九のあの名曲に逆らい、嬉しい時も悲しい時も下を向いて歩くわたし。泣きながら歩く夜は、にじんだ星をかぞえるのではなく、にじんだ足元のタイルをかぞえつつ。そんなわたしが気
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。数年来、ランニング時に愛用しているUNIQLOサングラス。いかにもスポーツ用という無骨なデザインが気に入っていた。最近掛けるとグラグラするようになり、よく見たら左のツルが真ん中でポッキリと千切れかけてて。なんてこったい!手元の瞬間接着剤で補修を試みたが、強度が足りずツルが完全に捥げてしまって。残念だけど仕方ない、同じのを買い直すべく店に向かった。サン
【デイメモヒストリー】1986(昭和61)年4月8日(今から40年前)アイドル・岡田有希子事務所屋上から飛び降り自殺(享年18)岡田有希子(おかだ・ゆきこ)は、1980年代にテレビなどで活躍したアイドル歌手だった。当時、テレビなどでも大人気なアイドルだった。現代の若い世代で、彼女のことをご存じの方は、どれくらいいるのだろう。そんな彼女が、1986年4月8日、(今から40年前のきょう)、東京都内の事務所のあったビルから、突然身を投げ、自らの命を
★1984年(昭和59年)9月6日は『第10回日本テレビ音楽祭』が開催され岡田有希子さんは曲目「リトルプリンセス」を予選で通過し、本選で「最優秀新人賞」を受賞しました。第10回日本テレビ音楽祭新人賞(1984年9月6日)この中から本選に選ばれたのは9名の新人歌手の方が進みます。田中久美、辻沢杏子、長山洋子、岡田有希子、吉川晃司、山本ゆかり、渡辺桂子、君津旭、青木美保◉岡田有希子さんはもちろんの事堀越学園のクラスメイトである田中久美さん
1984年4月30日は岡田有希子さんのNHK総合テレビ初の収録番組となるレッツゴーヤングの収録の日。この頃のNHK総合テレビレッツゴーヤングでは春ごろにデビューを飾るアイドル歌手に焦点を当てて普段はA面曲しか聴けないデビュー曲ですがレッツゴーヤングではデビュー曲のB面曲を披露することが多かった。デビュー曲が1984年4月21日に『ファースト・デイト』でリリースされる。シングル曲『ファースト・デイト』のB面曲『そよ風はペパーミント』。『そよ風はペパーミント』ーレッツゴーヤング
昭和と聞いて思い浮かぶのは?▼本日限定!ブログスタンプ【エントリーナンバー①】昭和が生んだ永遠のアイドル、岡田有希子さん!涼しげなツインテールが可愛らしく決まっていて最高でございます!!【エントリーナンバー②】昭和が生んだウルトラ怪獣、その名もツインテール!(@帰ってきたウルトラマン)※借画像尻尾が2本でツインテール。そのまんまひっぱたかれたら痛そうだ。【エントリーナンバー③】昭和が生んだゴッドマザー、ウルトラの母!光の国М78星雲からエントリーです。※こちらは自前画像(笑
先日の8月22日に岡田有希子さんの誕生日を無事に迎える事ができました。Xのタイムラインには有希子さんの誕生日を祝福するファンのコメントが並びトレンド入りもするなどの賑わいを見せ、ユッコへの愛情や感謝を伝えるファンの熱意にとても感心をしました。その一方で誕生日の当日に有希子さんのお墓参りに訪れたファンも多かったとも聞いています。墓参者の方々は墓前で心静かに彼女への想いを馳せた事でしょう。ユッコのお墓にはこの夏も多くのファンがお墓参りに訪れた…しかし残念な事に一
本日4月21日は岡田有希子さんが『ファースト・デイト』でデビューしてから42年になります。ここ毎年、この日はユッコさんへの熱い想いをつらつらと綴らせていただいておりました。もちろん今年も想いは変わっていません。ユッコさんに出逢えた事はただただ感謝です。まあ、これは運命だったんだな〜、とまたまた勝手に思っております。嗚呼、でもやっぱり現役バリバリの彼女を見てみたかった!(←未練たらたら)今日はおめでたい日なので、デビュー前のユッコさんが載った雑誌切り抜きをご紹介します。(雑誌名は不明)
当ブログに来てくださったあなたへ、お会いできて嬉しいです。太字は過去記事へのリンクです、よろしければお立ち寄りください。1984年の春。バラエティー番組の観覧席に、ユッコこと岡田有希子さんが膝を抱えて座っていた。束ねた髪からは、大きな耳がのぞいている。ステージ衣装じゃない彼女は、番組を観に来た高校生みたいだ。ほどなく溢れた笑顔がとても可愛い。そこに突然現れた、なぜかパンツ一丁のマッチョマン二人。ユッコさんは男たちにガバッと担がれると、あっという間にその場から連れ去られてしまった!