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毎年『燕子花図屏風』を見たいと思いつつコロナで行けなかったり気付いたら終わっていたりで今年やっと初めて鑑賞することができました。根津美術館自体、9年ぶりでしたよ開館85周年記念特別展光琳派国宝「燕子花図」と尾形光琳のフォロワーたち|根津美術館-NezuMuseum-根津美術館の展覧会情報をご案内します。現在開催中の展覧会情報を掲載しています。www.nezu-muse.or.jpさて、いつの間にか予約制になっており困りました。ネットで買い物もせず予約も嫌いな私です
南青山の根津美術館に行ってきた。地下鉄表参道駅から歩く。神社があったので、参拝する。大松稲荷神社根津美術館に到着。それでは、入ってみる。弥勒菩薩立像(クシャーン時代)解説によれば、「紀元1世紀半ば頃から3世紀前半にかけて、現在のパキスタン西北部に繁栄したガンダーラ美術は、それまで造形化されることのなかった仏の姿を表す先駆けとなったことで知られる。本像はその典型的な作品。体部に胸飾や護符紐(ごふひも)などの装飾品を身につける像容
青漆爪紅台子は、元伯宗旦が東福門院のために好んだ、華やかさと風格を感じさせる棚ですが、東福門院とはどのような人物だったのでしょうか。東福門院像光雲寺蔵東福門院(諱は和子まさこ)は、1607年に徳川家康の内孫として、江戸城大奥で徳川秀忠と江との間に誕生しました。1612年に後水尾天皇が即位すると、家康は和子の入内を申し入れ、1620年に女御として宮中に入りました。家康は徳川家が天皇の外戚になることを期待して和子の入内を申し入れましたが
今日はカキツバタのお話でも。令和8年5月5日のこどもの日の東京。この日は気持ちの良い晴天でした🎏そんな昨日のこと、東京・表参道にある「根津美術館」庭園のカキツバタが見頃を迎えたと聞いて、私は一眼レフカメラを携え、午前中から根津美術館まで出かけることに🚶(東京・表参道にある根津美術館、エントランス)私は特に事前の入館予約はせずに、当日券販売の列に並んで、入館料を納めて入館です😃根津美術館では、尾形光琳の特別展が開催されていますが、「燕子花図屏風」はあとでじっくり拝見するとして、混雑する前
おはようございます。熱海住まい(正確には、住んでいませんので熱海と関係を持って程度のレベル)をしてから約半世紀!今住んでいるところ次に縁がある場所は埼玉県の祖父母の実家だと思っていましたが、自分の記憶に残っておりのは熱海の方が多いです。そんな熱海、熱海を基盤に周辺を含め色々なところに連れて行ってもらいましたが、いつも見ていながら行ったことがない場所が「MOA美術館」でした。過去に目の前まで行ったことがあるのですが、中には入らず。そのMOA美術館に今回は行ってみました。入館料
「燕子花図屏風」の開陳で初夏を知る根津美術館庭園の燕子花今年の「燕子花図」はすこし趣向が違うようだ光悦、宗達から光琳、乾山、抱一、其一の琳派の流れ、琳派と円山四条派の比較などのテーマが多かったが、今回は「尾形光琳のフォロワー」にフォーカスしている渡辺始興(1683―1755)は、名前は知っているが、これと言った作品は思い浮かばない岡倉天心の「日本美術史」によると、渡辺始興は蕭白、若冲、と並んで「復古派」に括られているまた、円山応挙の解説に『(応挙は)若年の時より好みし渡辺始興の写生
諸星大二郎の太公望伝、続きです。司馬遷の史記は、斉の太公(始祖)となった呂尚から、斉の家系を説いています。「東海」は、斉の東の海、つまり呂尚は、山東省あたりの海浜出身、としています。また姓は姜氏なのですが、先祖が呂に封ぜられた姜氏なので、呂尚と名乗ったということです。同じ苗字の場合、地名て区別するのは、日本でも一族の間ではよくあることですよね。目白の田中さんとか、河内の叔父さんとか。魚釣りにかこつけて、とはかなりひどい言われようですが、西伯(後の、周の文王)に見出されたようです。筑摩
みんな同じに見えて、違いが分からないけど…⁉2025年も6月に入りました。もう梅雨入りです。「梅雨寒」という言葉がありますが、雨が降った日は20℃を割ることもあり、とても寒く感じます。5月中には日中30℃近くまで気温が上がる日もありました。そのために、衣替えの目安の6月1日前に、厚手の洋服や寝具類を洗ってしまい込んだとたんに、雨降りで天気がぐずつき、寒くなったりしました。慌てて、しまい込んだ厚手の物を引っ張り出したりしました。困ったものです。こう言う季節はランニングなどの服装にも困ります