ブログ記事112件
★★★3-5「君、今夜の舞踏会のパートナーになってくれない?」懲りないダニエルはキャンディを誘った。タイミングでも計っているのか、話しかけてくるのはいつもクッキーがいなくなってからだ。「あいにくですが、出席しませんので」朝食を済ませたキャンディはそっけなく答え、席から立ち上がる。女の子なら舞踏会と聞いて、ときめかないはずがない。しかし、ドレスもなければパートナーもいないのだ。伯爵が人前に出ることはありえない。「あら?アードレー家のお嬢様じゃございませんこと?」突然見しらぬ貴婦
★★★8-8グランチェスター家の封印が押された手紙が届いたのは、それから間もなくだった。父さんの直筆で書かれたその手紙には、たった一言『帰国せよ』。外国在住でしかも外国人との結婚は異議が多く、議会の承認が下りないと書かれた弁護士の書簡も同封されていた。グランチェスターの名を捨てることは絶対に認めないとも。不肖の息子とはいえ公爵家の長男であることはゆるぎない事実。どこか納得している自分もいた。実家と縁を切り結婚話を進めることも出来たが、もうそんな必要もなかった。マーロウ夫人を諦めさせる
★★★4-2「なんて素敵な人・・!ジャスティンさんとは真逆のタイプ。恋人いるのかしら?」アメリカから来たハムレットを見て、研修生のオリビアの目がキラキラと輝いた。指を組んで祈っているようなオリビアのしぐさを見て、ミセス・ターナーは冷ややかな目を向けながら忠告した。「―・・テリュースは結婚しているよ」「あ、そうなんですか・・・」オリビアの淡い期待はあっという間に砕け散る。「なーんだ」側にいたオフィーリア役のカレンも、殆ど同時に声を上げた。するとその会話を聞いていた研修生の少年が
★★★2-18「おいしい!!空腹は最高のスパイスね!」テリィの作ったスープは、意外にもとても美味しかった。「それ、褒めているつもり?けなしてないか?」「褒めているのよ!このクロワッサンもおいしいわ!久しぶりに食べたわ」朝食というよりは既に昼食に近い時間だ。「パン屋ぐらいシカゴや町にだってあるだろ?」「分かってないわね。毎日二十人分手作りしているのよ?クロワッサンなんて手の掛るパンを作るわけがないじゃない。バターと小麦粉を何層にも重ねるなんて、ストレス以外の何者でもないわ」テリィは
★★★4-7「行ってらっしゃいっ」キャンディは期待を込めた目でテリィを見ると、自分の唇をちょんちょんと指でつついた。「・・仕方ないな、・・いい子にしてるんだぞ?」テリィはおまじないでもするようにキスをし、出掛けて行った。「本当だ、慣れてくるものね。ふふ・・」鼻歌交じりで居間に戻ると、カウチにハムレットの脚本が残されていた。慣れと油断は紙一重のようだ。キャンディの額から、じわっと汗が染み出てくる。「・・どうしよう、これがないと稽古が出来ないわよね・・」(気付いて戻ってくるかしら・
★★★4-17「そろそろ劇場に行く準備を始めないと―・・」時間の経つのも忘れておしゃべりに花を咲かせていた二人は、ようやくアフタヌーンティの守備範囲を超えていることに気が付いた。「今夜のドレスはもう決まっていて?」エレノアの問いかけに「いえ・・まだ、、ドレスはたくさんあるんですけど・・」キャンディは眉を八の字にした。キャンディはこのジャンルが苦手だ。シカゴではいつもこの役はアニーが担当してくれた。「それなら一緒に選びましょうか?コーディネイトは得意なの。お手伝いさせて」キャンデ
★★★4-16公演最終日の昼過ぎ、キャンディの待ちかねた人物が屋敷にやってきた。「お母様!!」キャンディは嬉しさのあまり、跳ぶ様に抱きついた。「キャンディ、おめでとう。『ママ』で構わないわ。あの時みたいに」全米で名を馳せている女優エレノア・ベーカーのオーラは隠しきれていないが、その整った顔立ちから漂う表情は普通の母親そのものだった。「テリュースはどう?優しくしてくれる?」早速母の気苦労が顔を出す。「はい、私にはもったいないくらい素敵な人です。さあ、どうぞ中へ」照れながら答え、招
★★★2―22マンハッタン区。路地裏の隠れ家的なレストラン。テリィの馴染みの店のようだ。窓際のテーブルに向かい合って座った時、キャンディは気が付いた。「あら、変装してなかったのね。もういいの?」「変装なんかする気は無いって言っただろ。事実を撮られたところで痛くもかゆくもないね」今日一日散々変装していた人のセリフかと、キャンディは半笑い。「それに帽子やサングラスをしたままで食事なんかできるか?マナーに反する」テリィはすました顔で答えた。「マナー?」学院の礼拝堂の机を土足で踏ん
★★★3-7「今晩ティナ達が劇をするんですって。ここで出会った役者の卵たちと旅の記念に。あなたも観に来てほしいって言われたの!いいでしょ?」朝食から戻ったキャンディは嬉しそうに伝える。「わかった、いいよ」暇ではなかったが、特段忙しいというわけでもない。少しの時間なら気分転換にもなるかと思い、テリィは承諾した。「たった六人でやるんですって。そんな人数で出来ちゃうものなのね」「台本を直して登場人物の数を絞れば、どうにでもなるよ」「照明係に一人でしょう?主役の男女でしょ?他に男優が二人
💛前回までのあらすじ披露宴の為、シカゴにやってきた二人。そこでキャンディはテリィにある疑問を抱いた。スザナと婚約し結婚秒読み状態にあったテリィは、父親の承諾など無くても結婚できたのに、何故突然やめたのか。時同じくして開かれたアードレー一族の集まる夕食会で、スザナとの婚約記事は全てデマだとテリィは言ってのけた。それはアルバートが描いた台本だったが、アルバートは事実に基づくと言ってキャンディを諭した。テリィに何も訊けず悩むキャンディ。一方テリィも、事実を話したらキャンディを傷つけると躊躇していた。
★★★1-11草木も眠る真夜中、けだるいエンジン音がこの家の門前で止まった。暗闇で目の自由がきかない。冷たいポストに手を伸ばす。小ぶりだが厚めの封筒が一通だけ入っている感触に突き当たる。無理して帰ってきた甲斐があったと思ったのはその時だ。そこからは、先ほどと同一人物とは思えないほど俊敏な行動を見せた。勢いよくエンジンを再点火させると、深くクラッチとアクセルを踏み込んで敷地内に侵入し、急いで部屋の灯りをつける。差出人の名を確認するとようやく夢ではないことを実感し、笑みがこぼれた。
★★★3-14キッチンには、先刻ジェイが届けてくれた食材がにぎやかに並んでいた。「すぐ作るわね。待ってて」キャンディは慣れた手つきでエプロンをつけ、髪をリボンで結い上げて夕食の準備に取り掛かる。エプロンはジェイが結婚祝いにとプレゼントしてくれた、と言えば聞こえがいいが、お店に陳列してあった品をジェイが横領したと言った方が近いだろう。鼻歌を歌いながら野菜を切り始めたキャンディの肩に、背後からテリィが顔を乗せた。「何を作るの?」キャンディはハッとした。(この体勢・
とにかく「あのひとが誰か」を知りたい人は、このページをとばしこちら★をお読みください。ココでは、2003年に復刻した旧小説版と、『書き直した』と原作者自ら語るファイナルとの違いを検証します。両方に登場する「手紙」の内容を比較し、相違点を浮き彫りにしたいと思います。旧小説の登場順位で紹介します。※時系列とは限りません。エレノアへの手紙旧小説エレノアからハムレットの招待状が送られてきますが、キャンディはそれを送り返しました。キャンディの返事「テリィの
★★★4-11代役テリュース・グレアム!彗星のごとく現る!二種類のハムレットを演じ分ける確かな演技力公演は順調に日程をこなして行った。雑誌の劇評は新生RSCと称し、代役テリュース・グレアムを『イングランドの新星』とほめたたえた。月がかわり、主演俳優を生活面で支える妻としての緊張感にも次第に慣れ始めたある日のことだ。その夜テリィは、いつもの時間になっても帰ってこなかった。ブロロロロ・・キャンディがウトウトしかけた時、エンジン音が聞こえた。玄関に迎えに出ると、おぼつかな
★★★4-5ペテロ病院の特別室に、ふてくされたような若者の声が響いた。「そういうわけで、合流二日目にしてさっそく通し稽古も佳境さ。午後からは衣装を着けての本番さながらのリハーサル。凄い速さで仕上がってる。全く気に入らないね、あのアメリカ野郎!」「どんな奴だ?」「寡夫(かふ)らしいぜ。その悲哀を感じる背景がまた女心をくすぐるらしい。カレンとオリビアはアタックするって意気込んでいやがる。ハムレットを演じていたお前の事なんか、すっかり忘却の彼方だ。怪我が治っても、お前の居場所はもうないぜ、ジャ
★★★2-20猛スピードで家に戻る車内でキャンディは気が付いた。「・・ねえ、このガタガタ聞こえる音は何・・?」「ああ・・、鉢だよ。後ろの座席にあるんだ。倒れてないかな」「鉢・・?」家に着いた途端、テリィは階段を駆け上がった。部屋の机の上には今朝書いたキャンディ宛の手紙と共に、小さな小包が揃えるように置かれている。「手紙はもう用済みだな・・」テリィは手紙を破くと、小包を手に取った。後部座席を覗いていたキャンディは、鉢の苗を見て目をゴシゴシとこすった。「これ・・、スウィート・キャ
★★★4-18劇場の係員にチケットを渡した時、エレノアはキャンディに訊いた。「テリュースに会わなくていいの?」「はい、開演前はもう役に魂が入っているから、終わってから楽屋に来てくれって。フフ・・役者って皆そうなんですか?あ、でも私たちが到着したことは耳に届いていると思います。さっきの案内係に伝言を頼んでおいたので」妻らしい配慮を見せるキャンディに、エレノアは目を細めた。「あの子がそうなだけよ。私は開演直前までおしゃべりをしているわ」予約したバルコニー席に入るとアルバートの姿はなかった
あのひとは誰か?名木田恵子著FinalStoryを論理的に読解した場合、あのひとはテリィであることに向けて書かれていると思います。時系列を並び替え、追加されたエピを精査し、変更点の細部に着眼し、全体的な潮流、原作者の発言を加味すると、疑いの余地はありません。ただしこの著書は読者に結末を委ねるリドルストーリーです。曖昧な文章表現から想像力を広げ、あのひとはAともTとも読むことができます。原作者はそのように執筆されています。イマジネーションの世界において、あのひとはA
💛前回までのあらすじイギリスの劇団からハムレットの代役の依頼を受けたテリィは、急遽渡英することが決まった。紆余曲折の上やっとキャンディと再会したテリィは、イギリスへ一緒に来て欲しいと迫る。故郷の人を残してはいけないと一度は断ったキャンディだったが、アルバートの手紙に後押しされ決意する。スザナの墓前で過去について語り出したテリィ。スザナに対して特別な感情はなく、自立を支援していたと説明したが、多くの事は今は話したくないと、マーロウ家での生活や婚約の真相については明言を避けた。旅立ちの朝、港にテリ
このページは考察の上での補足資料です。ご興味ある方は、ご覧ください資料に興味が無い方は次の考察へどうぞ7つのエピソード正確な文章1シェークスピア全集隣室の書斎の壁は革表紙の書籍で埋まっている。シェークスピア全集、イギリス、フランスの文学書、そして、医学に関する書籍――。下巻1972幸せになり器を修理その後も、つらいことがある度に繰り返し、この”幸せになり器”を鳴らし続けたので、ある日、とうとう壊れてしまった。ステアとのつながりが切れたような気がして、打ちひしがれて
★★★8-6気が付くと俺はアパートの部屋にいて、一番古い消印の手紙を手にしていた。――最初にキャンディが書いた手紙・・。消印はシカゴでつかの間の再会を果たすより一か月以上も前のものだった。「こんなに前に・・君は俺の事を知ってくれていたのか・・」薄ピンク色の封筒を見詰めたまま、どのくらいの時間そうしていたのか分からない。―・・今更、読んだところで何になる。惨めになるだけだ。そう思う自分と、もう一度キャンディに触れたいという自分が葛藤した。頭がキャンディの事で一杯になった時・・・君の
★★★3-13川岸にいたキャンディの耳に、どこからともなくピアノの音色が聞こえてきた。「・・・テリィ?」グランドピアノから流れ出るその旋律は、水面にうつった光の様に、キラキラと空を舞う。初めて耳にする曲・・。美しく、どこか切ないメロディ。音に導かれるように戻ると、テリィが鍵盤に長い指を走らせていた。上着とタイを外したラフなシャツ姿。弾きなれた曲なのだろう。目を閉じている。その姿にしばし言葉を忘れて見惚れていると、フッと音が途切れた。「―あ、ごめん。邪魔しちゃった?・・相変わら
★★★2-5黒い車に先導され赤い車が後に続く。大きな正面玄関のすぐ脇に車を停めると、玄関を入って少し進んだ所にある部屋に通された。大きなガラス越しに手入れの行き届いたトピアリー、色鮮やかな花壇や噴水が見える。部屋の奥にある大きなデスクと革張りの椅子が、いかにも大富豪の執務室といった趣で、中央には大きなソファがローテーブルを挟んで向かい合っていた。「こちらでお持ち下さい。お口に合うか分かりませんが、そちらのドリンクと食べ物をご自由に」ジョルジュは退室し、一人残された
これは「11年目のSONNET・エピローグ」の中の一文をピックアップしたスピンオフです。ネタバレには絡まないお話です。おめでとう―11年目のSONNET―★★★アメリカからの帰りの便、キャンディは船酔いが酷かった。赤い愛車をニューヨークの家に置いてきたテリィが、イギリス本土へ足を踏み入れた瞬間、馬車で向かった先は車の展示場だ。「これにしようと決めていたんだ」今日もテリィの決断は早かった。明らかに以前とは車種が違うことにキャンディは驚いた。箱型
★★★2-2劇場の外は、朝から降り続く雨が一層激しさを増していた。まるで先ほどの出来事を象徴しているかのような荒れた空模様。本番前のリハーサルが終わり、衣装に着替えるまでのしばらくの間、建物の窓越しに通りを行き来する車や人をぼんやり眺めながら、テリュースは腹の底から深いため息をついた。「・・計画は全て白紙か、、クソっ!」キャンディと過ごせるのはわずか一日、いや、おそらくほんの数時間。家族への挨拶など出来るはずもない。イギリスへ旅立つ時は一緒に、と決めていただけに、簡単には心が切り替
★★★2-3「そろそろ本宅のばらは咲き始めたかしら」同じ頃キャンディはシカゴへ向かう列車の中にいた。アルバートが出張で長期不在になると聞き、仕事帰りにそのまま列車に乗り込み、シカゴの本宅へ向かったのだ。近況報告はもちろんだが、町の病院から交代要員の看護婦を手配してくれたお礼も言いたかった。町の病院はアードレー家の資本が入っていた。これにはキャンディが看護婦であることと、アルバートの過去の経験が深く関係している。アフリカという辺境地で行った医療活動、記憶喪失という病との戦い。医療の
★★★3-15二階には三部屋あった。ニューヨークの家と同じだ。使われた形跡のある階段に近い部屋は、おそらく前のイギリス公演の時にテリィが使ったのだろう。きれいに整頓された残りの二部屋にも、一通りの家具が揃い、ベッドメイキングも施されていた。中央の部屋は他の二部屋に比べて比較的大きく、テリィの部屋とは内側のドアでつながっている。自然の流れで、キャンディの部屋は独立した端の部屋になった。遅い夕食を終えたテリィは、大量の書類が入った封筒を抱えて立ち上がった。「この書類、明日提出しなくちゃ
★★★1-12山の中腹にあるその家のテラスからは、遠くにニューヨークの港が望める。朝陽を浴びた海がキラキラと光り、その中をいつものように船舶が行き来している。つい昨日まで感じられなかった南からの風が心地よく髪を揺らす。「・・もう春か」広い空を自由に飛び回る鳥たちを見ながら、テリュースはくわえた煙草に火をつけた。「今すぐ・・、飛んでいければな・・―」イギリス本土を縦断できるほど離れているキャンディとの距離。今の公演が終るまでまとまった休暇はない。その休暇も一ヶ月以上先。もどか
★★★5-8「ねえ、あれ何?たのしそうっ!」ロンドン市街を走り抜ける車の窓から、キャンディは人が集まっている広場を指さした。「マーケットだよ。週末はあっちこっちで開かれてる。ロンドンの蚤の市は有名なんだぜ?」「テリィ、行ったことあるの?」「この先に劇場が立ち並ぶウエストエンドがあるんだ。あの広場を回避してたどり着くのは難しいな。ま、ぶらぶらするだけでも結構楽しいぜ。掘り出し物だけじゃなく、チーズやパンの出店もあるし、路上パフォーマンスなんかもやってる」「わあ・・!帰りに寄
★★★7-14人もまばらなピッツバーグ行の夜行列車。出発時間が遅いためか、乗客達は席に着くなり次々と眠りについていく。「やっぱり君が窓側に座ってくれ。どうも落ち着かない」キャンディはなぜこの期に及んでテリィがそんなことを言うのか見当がついた。「あなたって意外と単純なのね。さっきの若い夫婦を見てそう思ったんでしょ?」キャンディがにたりと笑うとテリィはぐっと口をつぐんだので、図星だったようだ。(・・この列車なら大丈夫そうね・・熟年の男性ばっかりだわ)「君も寝ていいよ。俺はこれを読みた