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新刊『倭の五王たちの真実』のなかで、付論として『古事記』序文とは何かについて考え、「『古事記』序文は『原日本紀』の序文が転用されたのではないか」という結論に至りました。その後も『古事記』序文について考えていましたが、さらなる論拠といえる新発見がありました。まず、序文の全文訳を以下に記します。※カッコ付き数字は私が便宜上段落分けしたものです臣安万侶が申し上げます。(1)固まり始めたとはいえ、気の形はまだ現れない原初の混沌では、名もなく何かが為されることもなかったので、誰もそ
TOLANDVLOGより【閲覧注意】覚悟のある人だけが見てください。日本の歴史で一番〝闇の話〟を暴露します。ウーム天智天皇か天武天皇のどちらか次回も楽しみにしています。ありがとうございました。(o__)o))
【要旨】倭国と日本国の関係、倭国から日本国への移行過程の解明は、古代史研究の最大テーマの一つに違いない。日本国が倭国の支配下のあったのか、並立して存在していたのか。倭国は日本国に併合されたのか、禅譲だったのか、あるいは・・・。以上のようなことを考えている時に、満田正賢氏の「七〇一年の王朝交代と朝鮮半島方式から中国方式への転換」(古田史学会報No.192)にめぐりあった。倭国的な要素と日本国的な要素の違いを考えようとしていた時だったので、「評」から「郡」への変更を、倭国(満田
天武天皇四年(675年)一月五日、初めて占星台が建てられ、天体の観測・吉凶の占いが行われました。本日は旧暦では一月五日ですから、1351年前の今頃の時期だったでしょうか。※改暦がなんどもありますので単純に旧暦にあてはめています。新月から五日目ですから夜空はまだまだ暗く、また冬の空は空気が澄んでいますから天体観測にちょうど良い時期だったでしょう。晴れていれば夜空の星がスッキリ見えたのではないでしょうか。現代の都会の空は明るすぎて、星があまり見えませんが、この時代の冬の夜空はきっと星が