前回の考察では、大和の在来王家における「間人」と「徳」の暗号を紐解き、残忍な侵入者である天武天皇(漢皇子)の追撃から逃れた古人大兄皇子(豊樟皇子)と天智天皇(葛木皇子)の壮大な生存隠避ルートを検証しました。同時に、この2人の皇子の決死の逃亡劇が、雄略天皇の時代に配置された「ヲケ・オケ(顕宗・仁賢)二皇子の物語」へと精緻に反転・投影(プロジェクション)されている事実も、お伝えしました。何度も繰り返す通り、記紀における応神天皇崩御後から仁徳・履中・雄略期に至る5世紀の王統譜には、すべて7世紀に実際に