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【滋賀】令和8年3月20日よりステキな【限定御朱印】がいただけます【近江神宮限定御朱印】桜時期限定箔押し御朱印※無くなり次第終了前回お受けした【近江神宮御朱印帳】近江勧学館限定御朱印帳近江勧学館のために書き下ろされた奉納原画がデザインされたステキな【御朱印帳】※近江勧学館にて入手できます【近江神宮切り絵御朱印】社紋は箔押し【宇佐山城址御城印】【近江神宮御朱印帳】【
2025年6月西国巡礼の2日目…本当は、昨日の行程に入れたかったんだけど、どうしても無理だったので、2日目に再び奈良の地へやって参りました目指すは閻魔大王の御座す白毫寺へ〜この白毫寺も奈良市内だけど、少々アクセスが良くなくて、私はすんなりと行けない場所なので、朝イチで白毫寺に行く事にしましたこの地図みると、中心地から近い様に感じるんだけど〜白毫寺の案内板が有りました😁途中に仲良し地蔵薬師如来像不思議な薬師如来様だそうな…白毫寺の石段が見えて来ました高台に有るので奈良の町並み
はい!奈央です。今回は、奈良市高畑の比賣神社に祀られている飛鳥時代の皇女・十市皇女(とおちのひめみこ)と、彼女へのひたむきな純愛を貫いた高市皇子(たけちのみこ)について紹介したいと思います。高市皇子と十市皇女は、天智天皇から大化の改新事業を引き継ぎ、律令国家としての日本を完成させた天武天皇の異母姉弟でした。JapaaanmagazineHPよりお借りしました。注:この像は、大海人皇子と額田王です。天皇の系図二人が築いた日本の礎天武・持統天皇とその時代HPより
日本書紀によると、独裁政権を行った38代天智天皇は、息子の大友皇子を溺愛していて、当時の正当な後継者である弟の大海人皇子ではなく大友皇子を後継者にしようとしました。身の危険を感じた大海人皇子は、身を引いて出家して吉野宮に逃れました。そのため大友皇子が39代弘文天皇になりました。しかし、豪族たちが反乱を起こしてうまく統治できない様子を知り、大海人皇子が大友皇子に対して戦いを起こしました。これが672年に起こった壬申の乱です。関ヶ原町松尾に流れている藤古川を挟んで東側が大海人軍、西側が大友軍が
新興住宅地の中を登っていきます。飛び出し知ったかぶりカイツブリ。鞍掛神社は、JR湖西線:堅田駅から南西へ1.3㎞、新興住宅地の端っこに鎮座されます。鎮座地滋賀県大津市衣川2-28-1右に手水舎。鳥居をくぐった右に手水鉢。土間拝殿越しに眺める本殿。滋賀県神社庁HPの記事を転載します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー御祭神弘文(こうぶん)天皇御神紋十六