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5月14日木曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物片桐且元(長友郁真)片桐且元(かたぎりかつもと)安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、大名。賤ヶ岳の七本槍の一人。大和国竜田藩初代藩主。且元系片桐家初代に数えられ、弟には同国小泉藩主となった片桐貞隆がいる。弘治2年(1556年)、近江国浅井郡須賀谷(滋賀県長浜市須賀谷)の浅井氏配下の国人領主・片桐直貞の長男として生まれた。母は不詳。信濃源氏の名族である片切氏は、伊那在郷の鎌倉御家人だったが、本流が
比叡山延暦寺の2026年(令和8年)の結縁灌頂の申込書来た〜!さっそく記入して、手続き_φ( ̄ー ̄)比叡山延暦寺〒520-0116滋賀県大津市坂本本町4220所属宗派:天台宗行事名称:結縁潅頂申込方法:申込用紙を郵送申込開始:4月1日申込締切:5月25日入壇料:2万円(入山料・拝観料・昼食費込み)納め方:郵便振込開催規模:1部120人で6部開催=720人授与品:御血脈,樒の葉,証明書類,その他下記参照。授与品への記名:あり結縁対象:大日如来,阿弥陀
今できることをやればいい酒井雄哉大阿闍梨「人生とはなにか?」と聞かれたら、それは自分を知ることだとか、自分を知ることが悟りだ、なんてよく言われる。人生を生きていくうえでは、自分をよく知ることがとても大事なことなんだよ。どんなときでも、最終的には自分が頼りだからね。物事の善し悪しを判断するのは、自分以外にいないし、自分の人生を、他の人が代わりに生きることもできない。行動するのは自分だから、どんな問題でも、答えは自分で見つけなければならないんだ。そうは言っても、道に迷っている人や、自
酒井雄哉大阿闍梨の世界六十五回峰行最大の難関の堂入り千日回峰行の最大の難関は「堂入り」という荒行である。七百目の回峰行が終わって、その日から九日間、不眠、不臥、断食、断水で不動明王に祈りを捧げ、十万遍の不動真言と『法華経』全巻を唱える。文字通り、死を賭した行である。酒井阿闍梨はこの荒行を二度行なっている。昭和五十三年十月と昭和五十九年の二回である。酒井阿闍梨は最初の堂入りに先立って、「ここに愚鈍の行者雄哉、日畢生の悲願を凝らし、九日間断穀、断水、心身を清めて不動明王の心地に到達せんことを期
下館駅界隈で祈りの巡礼をした続きですそろそろチェックアウトの時間が迫って来たので、あと1ヶ所だけ寄る事にしました板谷波山記念館だって!妙西寺に墓所があった著名な陶芸家さんだ記念館持つほど有名なのね〜無知でスミマセン🙏そして最後の場所に着きました天台宗寺院の極楽寺ですこちらの石標には下館成田山となってますお不動様いるのかしら…山門鐘楼堂本堂天台宗寺院の極楽寺は、無量寿山往生院極楽寺と号します應仁元年(1467年)運應和尚によって開山創建しました元は下館の西町に有り
本文にPRが含まれています。急に必要になることも多い「数珠」。それなりの質のものをと考えると、「どこで売ってるの?」と悩む人も多いはず。そこで、数珠がどこで売ってるのか調べてみました。販売場所販売状況・特徴コンビニ一部地域では取扱いありダイソー・セリア(100均)簡易タイプの数珠が販売ホームセンター仏具コーナーで販売ありイオンなど大型スーパー礼装コーナーに常設あり楽天市場素材・色・価格帯が豊富レビューで比較しやすいAmazon即日配送あり種類
こんばんは。ご訪問くださり、ありがとうございます。今日は、比叡山延暦寺の阿弥陀堂で、父の永代供養の位牌の開眼法要をしてきましたので、どんな雰囲気で、どんなシステムなのか、具体的にご報告します。料金などにつきましては、まずこちらの過去記事をご覧ください。↓延暦寺阿弥陀堂の永代供養について『永代供養の意味と由緒あるお寺の永代供養』こんばんは。ご訪問くださり、ありがとうございます。少子高齢化、と言われておりますが、うちも子なし夫婦ですし、姉のところは女の子しかいません。趣味のアニメ関係
【京都】久しぶりに参拝させていただきました。『そうだ京都、行こう。』拝観と御朱印がセットでステキな【コラボ御朱印】がいただけます※要事前予約【設定期間】令和7年10月1日~12月21日詳細などはEX旅先予約まで【毘沙門堂門跡コラボ御朱印】【毘沙門堂門跡御朱印】駐車場はスペースに限りがあり紅葉・桜のシーズンは特に混雑するため紅葉シ
4月28日春の大祭に向けて護摩木奉納して奉納証のだるま不動書いて頂きました。(2回目)5色のだるま不動になりました。
お寺の娘だから、というわけではないのだろうが(だって宗派が違うから)、比叡山の千日回峰行というものの存在は小学生の頃から知っていた。ただ、その当時は千日ずっと比叡山を歩き続けるのだとばかり思っていたが。そうではないと知ったのは高校生だったか、大学生だったか。七百日の回峰行を終えた行者が行う堂入り。九日間の断食、断水、不眠、不仰臥とは、過酷過ぎる。「死臭がするのだって」と父が言っていたのを覚えている。住田祐氏の『白鷺立つ』は新人とは思えない作品だった。まずは千日回峰行をこのような形
6月15日定例写経会に行きました☺️6月の6のつく日の厄除け、魔除けの意味のある紫陽花を和紙に包んで紅白の水引で結ぶという御朱印山家会の特別御朱印6月4日天台宗を開いた伝教大師の命日。こちらは、この日仲良くしてもらってる方に頂きました☺️同じく天台宗の深大寺の特別御朱印です。ありがとうございます。クリアファイルの中身の御朱印水無月沙羅半夏生しかも1枚だけ☺️
◆繖山安楽寺◆繖山の一部、伊庭山の中腹にある天台宗寺院。繖山無量寿院と号し、聖徳太子が近江に建てた48寺院の第1番目という(與地志略)。本尊は千手十一面観音。当寺と末寺閣魔堂(現十応寺)は八王子法橋五人衆・十六人衆によって維持運営された。八王子法橋伝釆文書によれば、諸事評定は東座・西座の両座で行い、本堂造営のため両座から4人の僧が中国へ渡海したが、帰朝の際難破したという(年欠伊庭安楽寺先規置文案)。貞和5年(1392)11月に衆徒方と行人方が礼法と田畠下作職のこ
4月27日月曜日大河ドラマ「豊臣兄弟」主要登場人物天台座主覚恕(春風亭小朝)覚恕(かくじょ)日本の皇族。戦国時代の天台宗の僧。天台座主。父は後奈良天皇。母は壬生雅久の娘伊予局(三位局)、もしくは刑部卿和気親就の娘。後柏原天皇の皇子知仁親王(後奈良天皇)の皇子として生まれる。大永5年(1525年)延暦寺の子院曼殊院門跡慈運を師として得度し、天文6年(1537年)慈運の死に伴い門跡と北野天満宮別当を相続。天文22年(1553年)常陸千妙寺から住持亮珎
酒井雄哉大阿闍梨の世界六十四決まりを破ったら回峰行者ではない②回峰行の決まりの基本が書かれているのは、回峰手文である。この回峰手文は師資相承、すなわち師から弟子へと道(回峰の決まりやルート)を次第に伝えるのである。当然行者以外に門外不出で、それを行者自らが書き写すのである。そして、師匠から行者が守らなければならない決まりを申し渡される。それを「制誡(せいかい)」というが、その内容は以下のようである。一、回峰行の間は絶対に浄衣と袈裟を身からはなしてはならない。一、回峰の間はみだりに立ち寄
参拝日2026年4月15日(水)那智大社参拝後に青岸渡寺(せいがんとじ)に参拝しました。といっても那智大社のブログにも書きましたが、那智大社と青岸渡寺は境界が不明瞭で、雨の中、両者を行ったり来たりしました。それもそのはずで神仏習合の熊野権現としてひとつであったものを、明治初期の神仏分離令で那智大社と天台宗青岸渡寺に分かれています。さて、広い敷地をうろうろして、仁王門から入りなおします。仁王門は明治の廃仏毀釈で破却し、昭和8年に復興されています。赤い色がく
令和7年11月23日日輪寺は八溝山の中腹にあります八溝山山頂には八溝嶺神社があるというのでまずはそちらを参拝しました福島県側から八溝山に登ったのですがグーグルナビでちょっと失敗377号がなかなかの酷道で細くてすれ違えないところが多いです紅葉がきれいだったのでまだ良かったですが294号から行った方が良かったかもしれません日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征した際に、『この先は闇ぞ』と言ったことからこの名がついたとか八
本物と上質を求める大人のためのアロマテラピーサロン「アロマテラピー&リラクセーションShinoa」のブログにお越しいただきありがとうございます。かねてよりブログでご案内している藤袴植え付けと匂い袋作り体験(2025年7月6日実施)の会場は、当サロン(京都御所南サロン)にほど近い革堂さんです。1000年の歴史を持つ、革堂さんの正式名称は、行願寺。天台宗の寺院で、西国三十三所観音霊場の第十九番札所です。ちょうどいま、境内では蓮の花が咲き始めています。雨に濡れて優しく香り立つ蓮の花。
今回のブログは、水戸市中心街の南部にある関東で唯一の青蓮院直末の天台宗の寺院『薬王院』をご紹介します。桓武天皇の勅願により、大同2年(807年)に伝教大師(最澄)が創建したと伝えられています。かつては、常陸国第三宮である吉田神社の神宮寺で、天台宗の名刹として長い歴史を持っています。真っ直ぐに延びる参道を歩くと寄棟造り茅葺屋根の立派な仁王門が建っています。正面に連子窓を設け仁王像が安置されています。足固貫の周囲に長押を周らしているのが特徴です。◆仁王門◆吉田山神宮寺薬王院茨城県水戸
雙林寺(そうりんじ)は、京都市東山区にある天台宗のお寺、御本尊は東山薬師と呼ばれている薬師如来と歓喜天を祀り、薬師如来は京都十二薬師霊場第7番札所になっています。京都十二薬師霊場は平安時代に始まったとされ、2012(平成24)年に再興されました。雙林寺の御朱印
【4月18日】京都市中京区にある天台宗行願寺(革堂)さんへ。
栃木県足利市助戸にある福聚山心性教院龍泉寺に参拝する。山門観音堂本堂本尊は釈迦如来。通称足利厄除大師。ぼけ封じ関東三十三観音霊場二十四番札所、関東百八地蔵尊霊場四十番札所。元久二年(1205)の開創とされる古刹。お正月には元三大師を本尊として護摩が修され、参拝者が多い。こちらのお寺には美術館が併設されている。足利厄除大師の御朱印(御布施:500円)を頂いた。御朱印を揮毫押印している間に美術館を拝観できた。伊藤若冲や棟方志功、横山大観などの絵が展示されていた。寺院名:福
おはようございます(´・ω・`)先週水曜にぷち散策をしてきました最寄りの場所から辿ります岸和田市の牛滝温泉四季まつりから大阪府道40号を南へ行くと一番奥に大威徳寺の参道があります現在は地域で管理されていますが、御住職が健在であった頃は向かって右側に駐車場があったようです。現在は閉鎖されています所々に道案内が設置されているので、迷うことなく大威徳寺に行けます参道入口私道も兼ねているようなので、車両等の通行に注意してください⚠️途中分岐があり、右側を行くと山門が見えてきます大威徳寺
神社仏閣巡りのまとめのブログです(*'▽')過去から順番に書いていきたいと思ってます♪2018年9月13日に千葉県東金市に有る縁結び大社こと天台宗のお寺!関叡山妙泉寺…通称…千葉厄除け不動尊へ良いご縁を!!と願う下の娘とお参りに行ってきました(^^)/凄く広ーい境内!!ナビが馬鹿で縁結び大社にナビをセットしたのに裏の方…森の中に連れていかれたのよ\(◎o◎)/!それでGooglemapで場所の再確認して正面入り口前の駐車場へ辿り着きました(;^_^Aはとバス
関西花の寺25霊場・4番もみじの名所・高源寺(撮影日2026・4・16)高源寺(こうげんじ)兵庫県丹波市にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は瑞巌山。本尊は釈迦如来。もみじ(天目かえで)の寺。知られています。ネットよりこの時期は、青もみじが奇麗です・・周辺の山々も・・若葉燃ゆ・・ほんとに気持ちの良い風景です!\(^o^)/境内案内図こちらの道は、安心して登れる道のようですね!参道の石段の積み方は不規則でちょっと危ない・・・足に不安のある方は、お勧めできません・・寺標・・
あの未曽有のコロナ禍を抜けてから、一年の総まとめは行きたかった寺社仏閣を訪ねることにして今年で4年目。2022(令和4)年は出雲大社(島根県出雲市)へ、2023(令和5)年は京都・奈良へ、昨年(2024)は熊野三社(和歌山県田辺市・新宮市・那智勝浦町)を詣でたので、今年(2025)はどこにしようかと夫と相談して決めたのが琵琶湖のほとりにある比叡山(ひえいざん)です。比叡山は滋賀県大津市と京都府京都市の境に聳える山で、伝教大師(でんぎょうだいし)最澄(さいちょう)が開いた天台宗の寺院“延
中尊寺中尊寺(ちゅうそんじ)は、岩手県平泉町にある天台宗の寺院で、平安時代後期に奥州藤原氏の初代・藤原清衡(ふじわらのきよひら)が、みちのく(東北地方)の戦乱で亡くなった多くの人々の供養と、平和な理想郷「仏国土(浄土)」を建設する願いを込めて建立しました。創建者と背景:12世紀初頭、奥州藤原氏の初代・藤原清衡が、東北の戦乱(前九年・後三年合戦)で犠牲になった人々を弔うため、そして平和な社会を築くために創建しました。世界遺産:「平泉―仏国土(浄土)の精神とその関連遺産群」の一つと
白山信仰とは…白山信仰は加賀国、越前国、美濃国にまたがる霊峰白山に関わる山岳信仰である。山深い自然から生じる磐座信仰ともなる。(出典:『臼杵史談110』、著:竹内義昭)白山信仰は、謎に包まれた宗教である。「何が謎なのか、実はそれさえ、はっきりと解らない」(出典:『白山信仰と芸能』、著:藤本四八)白山信仰がその成立の由縁や歴史が謎なのには理由があって、加賀の一向一揆により神社の史料を焼失したからである。それでも、日本全国に2716社(大正3年の内務省神社局調べ)、未
西国三十三所第33番札所谷汲山華厳寺参拝『中京地区ローカル私鉄訪問㉓旧名鉄谷汲線谷汲駅を訪問』旧名鉄谷汲線谷汲駅に展示されているモ750形755号車『中京地区ローカル私鉄訪問㉔旧名鉄谷汲線谷汲駅モ750形見学』旧名鉄谷汲線谷汲駅に展示されている…ameblo.jp『中京地区ローカル私鉄訪問(ダイジェスト)』念願の西濃鉄道を見ることが出来ました先週末、名古屋方面に所用があったのですが、その前後に三重・岐阜のローカル私鉄訪問を行ってまいりました。個別の事象は今後少…ameblo
不動明王の霊地、「葛川明王院」北嶺回峰行の祖相応和尚開創1日本海側から都に物資を運ぶ道として多くの人々が行き交ったという鯖街道。その鯖街道沿いに位置する坊村町に不動明王の霊地の一つとして知られる葛川息障明王院が伽藍を構えています。貞観元年(859)、相応和尚により開かれる「今回訪れていただいた明王院は正式には「葛川息障明王院」(かつらがわそくしょうみょうおういん)といいまして、第3代天台座主をつとめた慈覚大師円仁の弟子である相応和尚により開かれました。相応和尚は千日回峰行に代
酒井雄哉大阿闍梨の世界四十三千日回峰行とは、どんな行なのか④六年目の百日(八百日)は、比叡山を巡拝するほかに、京都修学院にある赤山禅院にお参りする。住復約二十数キロの行程が加わるから、これを「赤山苦行」という。九百日は、「京都大廻り」といい、比叡山を巡拝した後、京都に下り、京都市内の神社仏閣を巡拝して宿泊。翌日は京都を同様に一巡して山に帰り、比叡山を巡拝して自坊にもどる。これを百日間繰り返すことになる。この間の行程は一日九十五キロ(飯室回峰の場合)にも及び、特に京都市内では信者にお加持も