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高校2年の6月大腸全摘手術が行われました。手術前の説明↓👨⚕「1回目の手術で大腸を全部取って、小腸の一部をお腹から出して人工肛門を作るよ〜。小腸と肛門を縫い付けた部分が安定したら2回目の手術で人工肛門を取っ払うよ〜。」みたいな説明だったと思います。(手術の3日前から入院でしたが、手術前日まで帰っていいよ〜👨⚕とのことで、入院してすぐ外泊許可をもらい帰りました。)手術当日午前に手術室に入って、戻ってきたのが夕方。手術は7時間くらいかかったらしいです。手術した日の夜は高熱が出て
1泊2日の入院で拡張をしてきました。今回は点滴量を増やしぐっすりと眠って少し強引に行ったようです。その甲斐があってかしっかりと小腸のJの部分まで大腸カメラを通すことが出来たそう。それが終わったあとはおしりから血!!!しかし心配は無いそう。30分くらいして食事開始OKの連絡が来て息子はコンビニでお菓子を買い食べまくったそう。次の日帰り際先生とお話した時にストマの周りの傷をお話したらちょうどストマの看護師さんがいるらしく見てもらえることに。息子からは余計なこと言うな!と怒られま
栄養失調の後遺症として、更に頭髪脱毛があった。ベリーショートの髪型で元々毛量は少な目だが、髪質は細く柔らかくクセがある為、フワフワに見える。そんな髪の毛が、朝起きると枕に大量に刺さってる。抜け落ちてるのでは無い。マジで枕から生えてるように刺さってる。ブラシで梳かすと、ワサワサと抜ける。洗髪すると、排水口がガッツリ塞がる程の抜け毛。円形脱毛等は無いのだが、頭頂部を中心に明らかに全体的に薄くなってきた。頭の形が透けて判る。前に、脱毛サロンで生え変わりの周期は約3ヶ月だから、3ヶ月毎
2022年6月頃。血便が出る。血は💩に少しまとわりついている感じ。痛みも無い。が、母が大腸癌で手術した直後だったので、念の為消化器内科医院へ受診。大腸内視鏡検査の予約が取れず、8月に検査予約。血は治まらず、増えもせずといったところ。2022年8月検査日に下剤を飲むが、💩全く出ない…便秘症ではあるが、そんなことあるか?!?ついに気持ち悪くなる…医院へ行くと、医者も驚いてた今までそんな人いないと…内視鏡検査の予約を再度とり、それまでは便秘治療することに。(血便は相変わらず。)
術後3日後から流動食が始まった。想像している味と、実際に食べた味の隔たりが大きくて、三分の一位で残してしまう。この1ヶ月間まともに食事は取れてなかったし、味覚が変わってきても仕方無かろう。術後4日目の朝食後、異変が起きる。嘔吐が始まった鼻から胃へ管を通して、胃の内容物を吸い出してみても歩行するたびに嘔吐してしまう。麻痺性腸閉塞。イレウスだ。透視室という、レントゲンで患部を見ながら処置する部屋でその作業は行われた。その作業とは、長い長い管を鼻から入れ、腸閉塞の箇所まで管を通し、溜ま
朝になり、主治医が来てくれた。レントゲンの結果、やはりイレウスだった。癒着箇所があるらしい。原因としては、「食べ過ぎ」食べ過ぎて、癒着箇所に詰まったらしい。買い食いしてた事を注意された…(やっぱりね…)点滴と絶飲食生活に戻った。また更に痩せてしまう…アルブミンの数値も低くて、脚が浮腫んでる。数日前には浮腫みが酷く尿量も少なかったので、利尿剤を使用した。30分で2回程トイレに駆け込み、800ml以上排出した。体重測ったら1キロ減っていた!利尿剤すごい!だけど、浮腫は完全
220240428先日、息子が帰ってきてからの重大発表。一つは、まだ安定期ではないので安心は出来ないけれど、10月が予定日....で、だからこそ家族の為に、大腸全摘の決断をした、との、報告。ふたりで決めたことなので、何口を挟む事はない。一生、癌の子どもであるポリープを取り続けていくより、そもそもの元(大腸)を、綺麗さっぱり摘出手術する事で、その先へと、進む選択をしたのだから。病気が分かった時から、この日が来ると腹は括っていた。心痛いとこは、月で
今日も兵庫医大疲れました〜2時に採血して、院内のタリーズでお茶して〜、待って待って〜待って〜診察終わって〜薬もらって〜18時半てクタクタですさて、CRP(炎症の値)は...1.43横ばいやなぁ新薬のシンポニーをスタートして、今日で一ヶ月。確かに効いている感覚はありますが、右肩上がりではない状態です。シンポニーを打ってからの状況を、あくまでも私の症状ですがまとめますね打って2〜3日、躁(そう)状態になる。プ
退院後の通院は、内科(直腸が残ってたから)と外科を隔週ずつ行くことになった。つまり、週1回の診察。退院後、初めての診察は外科の日。退院後初めてのまとまった時間の外出だった。(いつもは、30分〜1時間程の散歩。体力が老人レベルなので、休みながら散歩。)早めに病院について、先に採血を終える。診察前にトイレへ行ったら、残っていた直腸の炎症で下血。これはいつものことなのだが、今回は血液の量が多かった。直腸に不快感と鈍痛を覚えたが、いつものことなのでそのまま待合室で待機。が、どんどん鈍痛
診察→入院という、急な展開に浮つきつつ、翌日からステロイドと鉄分投薬開始!別の病気でステロイドの世話になった事があるので、ステロイドには信頼感がある。確かに楽になってきた!これならいける!ステロイドyha!…が、翌日また痛みが出てくる。出血も止まらん。入院4日目からは、レミケードも開始。心電図取りながらの投薬。キツイ薬だと聞いていたけど、それらしき感じは何にもない。そして、レミケードの効果を感じる。投薬当日は食欲も出てきて、体が楽になってきた!よし!これだ!レミケード万歳
手術当日の朝。主治医が同意書持参で手術の説明に来てくれた。起き上がるのも辛いので、寝転んだまま説明を聞き、署名をした。車椅子で手術室へ移動する。本人確認や、看護師同士の引き継ぎ事項など、淡々と進む。感慨深くなることも無く、感傷的になることも無く、ふわっと手術台に横になり、硬膜外麻酔をさして、その後直ぐに全身麻酔でストンと記憶が飛んだ。家族の声で目が覚めた。うすらぼんやりしていたが、後から聞いた話ではしっかりと会話していたらしい。何を話したのかは覚えていない。ICUにて一
五分粥の昼食を完食、おやつにサラダ煎餅と蒸しパンも食べる。早く体重を増やしたいのと、元来食道楽なので甘味や塩気のあるものが食べられることが嬉しかった。買い食いは怒られるかな…と思っていたが、食べてるところを見つかっても「サラダ煎餅、美味しいよね~」と、看護師さんや回診の先生にも咎められなかった。退院日が明後日に決まり、やっと帰れる〜という安堵と高揚感でいっぱいだった。すぐに家族や友人に連絡。水分補給の点滴も取れて、腕も楽になった。しかし、その日は間食が多かったのか、夕飯はあまり食べら
大腸吻合部狭窄を拡げる為の入院をしてきました。今回は眠る点滴と鎮痛剤を使ったようです。入院日に処置が行われ結果的には数ミリが少しだけ広がったようです。もう一度入院をして処置を行い、指が入るようになれば外来で処置して行くとのこと。ただ次の入院までにまた少し閉じてしまっている可能性もあるので様子を見ながら行うそう。リスクがあるので慎重にやっていくみたいです。処置後は熱もなく体調に変化もありませんでしたが翌日に祝日を挟んでしまった為2泊の入院でした。次からは1泊入院の予定。当の本人
帰宅にはタクシーを使っても良かったが、何となく入院前の状態と比較したくて電車で帰った。いつもの、普通の生活に近づけたかった。痩せて筋力も無いので、少しの段差や電車の揺れ等に気を付けて、エスカレーターもエレベーターも一番最後に乗った。「エレベーターが閉まる!」と、とっさに走ろうとしても走れないのだ。席が空くまで立っていたが、電車では踏ん張りが効かないので、転びそうでヒヤヒヤした。ヘルプマークの必要性を初めて感じた。病院を出たら、またいつもの食事に戻れると思ってたが、やっぱり無理だった。
急な退院だったので、慌てて荷物整理。家族も友人も都合がつかず、お迎えは無しになった。できるだけコンパクトにしなければ!出張直後に緊急入院したので、出張後のスーツケースを中身そのまま持ってきてもらっていた。なので、「あー、先に持って帰ってもらえばよかった…」と思う物も入ってた。(着替えのTシャツ👕とか)帰りの荷物で特に重かったのは、治療に関する同意書や説明書の写し等、書類系。どれが保管に必要かわからなかったので、とりあえず全部持って帰ることに…。退院当日、朝ご飯を食べてから洋服に
実録だから悩んだけど日記にしよう。なにしろ家族性大腸ポリポーシスは遺伝性疾患だからうちの子にも将来的には孫にも関わってくるし生活全般記録しとかないと忘れちゃうすでにストーマケアとか忘れかけとる術後のつらさも記憶なし大腸全摘は2012年2月⇨ストーマ造設術前マーキング👆術後まだ浮腫ってるときのストーマ👆そしてストーマ閉鎖は2021年7月クレーターも、1ヶ月しないうちに塞がった👆あれから3年目に入ろうとしている早いなぁいまだにナプキンは使っていて、爆睡して肛門括約筋が緩
鼻から出ている方のイレウス管は、機械に繋げて数秒毎に吸引される。24時間ずーっと。点滴棒に機械が取り付けられ、急激に重くなった輸液ポンプが2台に、吸引機1台。これを携えて、病棟を歩く。トイレ🚻に行く為にももちろん、腸の活動を促すため、医師からたくさん歩けとの指示がある為だ。(1日1kmが目標)重すぎて点滴棒を引き摺るのも大変。ましてや、体重は10kg以上落ちて筋力も低下しており、全ての行動がキツイ絶飲食なので日毎に体重は減っていき、小学生の時以来の数値を叩き出した。イレウス管
2019年2月6日(水)。夫が大腸癌と診断されました。潰瘍性大腸炎からの大腸癌。このあと電話がかかってきて、動揺してるかと思ったけど案外普通。私も癌と聞いて、えっ?とは思ったけど、案外普通。そして、このあと、ふたりでランチへ行きました。ふたりとも、もちろん完食。3月の旅行、行けるかな?卒業式出れるかな?卒業式出れても入学式出れないんじゃない?まじかー。癌だけど、なんでしょう。実感ないから?どうせとっとゃうから?余命とかそういう話は一切ないから?いつもと何ら変わらない
最近は、ほとんど変わりなく絶好調の体調だったので、ブログサボってました😓💦夜中のトイレは1回‼️起きてる間に3〜5回‼️これが自分の中では通常の排便回数で、下痢もなくなりました😁✨もしかして、全摘しなくてもいいのかも、、って考えちゃいます笑【誠和/SEIWA】コバスーパー30g全14色レザークラフトコバ着色仕上げ剤染料ハンドメイド手芸楽天市場${EVENT_LABEL_01_TEXT}最近のFXは…4/15+24,544円4/16−27,078円4/17
2022年6月頃病状がでてくる2022年12月潰瘍性大腸炎と診断、内科的治療開始2023年8月病状悪化、緊急入院→内科的治療が全て効かず重症化の為、大腸全摘出(3期分割手術)→手術後、入院中腸閉塞2回→9月退院2024年1月2期目手術直前に腸閉塞入院→手術延期現在、2期目手術を控え、自宅療養中。肛門吻合(IAA)の予定。発病後一度も寛解せず、急激に重症化。現在までの事や、術後の容態を記していきます。カバー写真は、重症化直前のご飯。コロッケ、アジフライ、ハン
韓国では誕生日にワカメスープをお祝いに飲むそうで、確かにドラマでは見た大量のワカメスープを食卓に出していた記憶。今月は彼のバースデー月。とラインがきた………ハードルが。わかめ買わなきゃ⁉️ダシダで味付け?調べとく。さて私の必要摂取カロリーは日によって活動レベルが違うけど2030〜2320Kcalです。たぶん、こんなに食べてない。にも関わらず最近、夜勤生活が長引くに連れて「あれ、最近また胸のボリュームがでてきてる」と感じた。加齢に伴い満遍なく脂肪が蓄積されてきていて白衣が
↑デリケートゾーンはこれを使ってる疲れ果て爆睡した結果、一度も夜中起きなかったため朝方寝返りを打ったら「あれ?なんか股が濡れてる」と感じた。ふだんはちょい漏れがたまにあるから万年ナプキン当てて生活中。あたしオシッコはもらさないひとだし、こんなふとももまで濡れるほど便失禁したこともないから生理が狂うわけはないし、排卵出血かなー血だったらすぐ洗わないとなーなんて思いながら寝ぼけつつ便器に座ろうとパンツを下ろしたら「💩漏れてる❗️」しかも、過去ここまでの量はもれたことないくらい
2021.2月、大腸全摘、一時的回腸ストーマ造ったの『入院10日目[オペ後7日目]まさかの嘔吐、絶食(゚∀゚)』夜中22時に、300グラムのまったく消化されてない夕飯を嘔吐嘔吐の時の腹痛は忘れられない。お腹は胃も、腸も、触っただけで痛い。夜勤看護師に嘔吐した件を伝えるが…ameblo.jp2021.6月、フードブロッケージ→イレウスで入院したり『緊急入院』定期受診予定の木曜日夜中はたんまりでていたうんちが朝5時からまったくでなくなり、だんだん腹痛が。電車で大体1時間弱、着替えようにも歩けず
眠れなかった事もあり、朝から準備万端。予約時間は午後からなので、横になりながら時間を待つ。実は病気の事は同居家族には伝えてなかった。軽症とのことだったので、薬で寛解してから報告しようと思ってたのだ。なので、地元の医院には便秘治療で通っている事になっている。(ウソはついてないよな~)この日も「病院に行ってくる」とだけ伝えて外出。病院では手続きを済ませ、時間になってもなかなか呼ばれず、呼ばれても診察前の問診や血液検査やらいろいろあり、先生と面会できたのは予約時間から1時間以上経ってから。
1泊2日での吻合部拡張でした。3週間ぶりでしたが前回拡張したサイズからあまり変わらずでした。とりあえずよかった(*^_^*)入院中はやはり暇だそうで窓際なのに圏外になってしまったりと大変だったよう💦次の長期入院はポケットWiFiレンタルかな...どこがいいのか全くの無知なので調べよう。資格の本も持っていったが見たんだか見てないんだが。。。次回はもう一度外来ではなく1泊の入院で。少し記憶がなくなってしまう点滴らしく痛がってたけど終わる頃には忘れてしまうという症状がでたよ
一般病棟へ移ったが、もちろんまだまだ満身創痍。輸血を受ける。術前、術中、術後と3回目の輸血だ。献血は何度もしてるけど、輸血はだいぶ感じが違う。輸血の方が、血管が重く感じるというか、ゾワゾワするというか、異形なものが入ってくるんだな…という感じがした。これで、もう献血が出来なくなったのが残念だ。受ける側になって献血のありがたみをひしひしと感じた。更にアルブミン製剤も保険適用内で受ける。アルブミン製剤は、ガラス容器でカッコいい。今回は緊急手術だったので回腸嚢造設はせず、直腸のみ残し
栄養失調の影響は、浮腫だけではなかった。入院中に皮膚がカサカサになったのが気になっていた。ナイロンタオルで洗ってたから荒れてカサカサなのかと思っていた。(自宅では綿タオルで洗ってる)更に、腕や脚の表面にちりめんジワ(縮緬皺)ができていた。これは、急激に痩せたからかと思っていた。ボディクリームを塗ってみたが、退院後もカサカサシワシワは続いていた。ガリガリの腕と、カサカサの肌が恥ずかしくて、まだ暑い時期なのにできるだけ長袖を着ていた。退院後2週間位で、日焼け後のように皮膚が剥けてきた。
退院後2週間で仕事に復帰した。次の手術までの約3ヶ月間の仮復帰。在宅勤務🏠でもいいのだが、体力つけるために週の半分位は出社した。金銭的💴には厳しいが、時短勤務での就労。無理なく、体力つけて、社会復帰。長時間座っているとお尻がいたくなるので、会社にはドーナツクッションを持参した。動くようになったら、脚が浮腫みが酷くなった。歩きづらい位よく浮腫む。靴も窮屈だ。暫く座って、立ち上がると足首が曲がりづらい。何かに掴まって、支えながら数十秒直立すると歩けるようになるのだが、周囲から心配さ
イレウス管がとれて、食事も再開。流動食→五分粥→全粥というレベルアップを経ていく流れ。まずは、流動食から。ほぼ1ヶ月、食事が取れてないので相変わらず食は進まない。イレウス管が取れたおかげで、シャワーを浴びれるようになった!顔もザバザバ洗える!(イレウス管があった時は、洗髪と清拭のみ。看護助手さんの洗髪が美容師並に凄く上手だった。)風呂場の鏡で全身を見てみたら、ほぼ骨と皮。骨格標本を見ているような、銭湯で見かける痩せた高齢者の様な、そんな姿になっていた。臀部の筋肉も脂肪もないので
こんにちは☀️今日は、越前松島水族館に行ってきました🚗💨見た目小さいからすぐ見終わるかなーと思ったら、イルカショーやシアターも有り意外と長い時間居れました😊海も行く予定だったけど、風が強いから中止‼️お魚市場で、鯖焼き食べて帰宅🚗💦誰でも簡単メッキの修理・補修【銀(シルバー)めっき専用-18mlセット】修理・補修(めっき工房)Amazon(アマゾン)バイキングで、刺激物以外で結構食べたけど腹痛も排便回数もそこまで変わらず、こんなんで本当に全摘しなかんのか?って思い始めてます笑帰り