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※ようやく冷静になったことと(←)前後を見れたので書きます!!!❤️ついに...ついに...!!!まおなのがカプになったぁヾ(≧∀≦*)ノ〃❤️❤️❤️キャァ(/▽\)♪❤️❤️(※言うまでもないけどこの日は朝から大変だった🤣今から会社に出社するんやなくて満喫に行ってまおなのカプ爆誕をいーわーうーって思ってました。えぇ。大人しく出社しましたよ。笑)まおなのカプ爆誕前は個人的に由羅子が出たからいや、もうええて✋激重やねん。大五さまも絡んでるし、ややこしや~ややこし
さて、おリヨさんの髪型は、とてもモダンですね。その髪型は、明治中期から大正時代に流行しました。では、その髪型を何と呼べばよいのでしょう。県知事の娘、おリヨさん。いつも綺麗な和服姿と髪型、裕福な才女のお嬢さまですね。【マガレイトについて】この髪型はマガレイトといいます。マガレイトは、明治時代に日本の女性の髪型として定着していた伝統的な日本髪(結髪)に代わって考案され、流行した束髪(そくはつ)の一種です。名前の由来:マガレイトという名前は、花のマーガレットに由来するとされていま
AIを使って古写真の女性を現代風(ただし昭和含むw)に再現する第二弾です。今回は一人だけで林きむ子です。林きむ子(はやしきむこ、明治17年(1884年)12月1日-昭和42年(1967年)2月2日)は、舞踏家、作家、社会運動家、実業家。大正三美人の1人として数えられる場合もある。戸籍名は「きん」。日本女子美術学校(同校は後に公立学校化され現在の東京都立忍岡高等学校)卒業。日本舞踊協会監事。以上ウィキペディア丸写しです(笑)。で再現してみた結果はこうです。
作品の基本情報2023年公開、行定勲監督・綾瀬はるか主演の"純愛ピストル・オペラ"。舞台は1924(大正13)年の帝都・東京——第一次世界大戦と関東大震災の爪痕が残る時代だ。(C)2023「リボルバー・リリー」フィルムパートナーズなぜ「着物で読み解く」ことが重要なのか大正時代はまさに着物から洋服へと移行する過渡期。この作品はその"和洋ミックス"を衣装の核心に据えている。着物好きにとっては、単なるアクション映画を超えた"時代衣装のドキュメント"とも言える作品だ。(
明治時代にはどんな戦争が起きたか?大正時代はどんな政治的な動きがあったか?中学受験によく出る問題を一問一答にまとめました。テスト前の確認にチャレンジしてみてください。Q1894年、朝鮮の甲午農民戦争がきっかけで日本と清が争った戦争をなんという?A日清戦争Q日清戦争に勝利した日本が1895年に締結した条約とは?A下関条約Q日清戦争の賠償金で軍備増強のために建設した施設は?A八幡製鉄所(やはたせいてつじょ)福岡県北九州市にあった官営八幡製鉄所。現在は明治日本の産業革命遺産とし
大雪に見舞われている地方の方々の難儀さに心が痛みますそんななかで助け合いながら生きてみえる方々の姿は何よりも暖かいです以前に書いたエッセイの大雪は38豪雪の時のことでしたよく家が潰れなかったと今更ながら祖父や父の努力に感謝するばかりですさて今日は立春こちらはありがたいことに晴天です立春の光走りし屋根瓦❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄❄嶋津輝・著東京創元社227頁第174回直木賞受賞作です初めての作家さんですが読み終わって幾度も溜め息が出
蚊取り線香・蚊の駆除器②人々は、夏になると「蚊」への対策に、色々と悩み工夫してきた経緯があります。前回は、蚊遣り豚や蚊帳などを紹介しましたが、続いて「蚊」と「人間」に関わる文化を取り上げてみようと思います。先だって,今回取り上げるレトロ製品の多くについては、インターネット上で画像検索やメーカー名、商品名などで調べてみても、ネット上にも紹介されていない(私が見つけられないのか?)物が多い現状です。多くの物が、ほんの100年ほど前の物だったとはいえ、戦前戦後の日常品における消耗品だった事か
ファイアーエムブレムヒーローズの周年記念の総選挙キャラクター。今年は我が三男ユーくんがランクインしたのだが、この格好って誰がどう見ても葛葉ライドウだ。一目見た時、「あれ?ユーくんじゃなくてライドウだよね?」と思った。版権は大丈夫なのだろうか?そうか、葛葉ライドウはユーくんが演じていたのね。と逆に分かった。それがタイトルのことになる。最大限の悪意を込めたタイトルにしている。「池上彰孫」で検索するとこの記事が出てきて、検索者が誤認するように。さてこのゲーム、時代考証が丁寧にされ
昨年3月の名古屋旅行の記事、今頃・・。名古屋に行くなら、二葉館(旧川上貞奴邸)!宇野澤辰雄のステンドグラスを観なくては!!というわけで、二葉館へ!おお~これが二葉館!川上貞奴というと、大河ドラマの「春の波濤」。貞奴を松坂慶子、音二郎を中村雅俊、福沢桃介を風間杜夫、桃介の妻ふみを檀ふみが✨懐かしくて探してみたら皆様若くて!音二郎亡き後、桃介と貞奴が共に暮らしたのがこの二葉館なのですな!大正9年頃、2000坪を超える敷地に建てられた和洋折衷の建物で、斬新さと
しばらくコミックが続いたので、今回は久しぶりに小説をご紹介します。「骨を喰む真珠」北沢陶:著(KADOKAWA2025年1月刊)物語の舞台は大正14年の大阪。新聞社に勤める婦人記者、新波苑子が担当する人生相談コーナーに、奇妙な手紙が届きます。私は溺れております青い家の中で朽ちていきますいずれ私は筆文字で書かれた詩のような文章の意図はわからないものの、気になり差出人を調べると大手製薬会社・丹邨(にむら)製薬の社長の息子らしいことを知ります。続いて同じ人物から届いた第二、第三
2025年11月22日創業130年を迎える老舗菓子店。和洋菓子200種類以上を販売。大正時代から販売している「ふれんどるぱん」は今年で105歳。りんごジャム入りで品のある風味。栗蒸し羊羹とくぢら餅も美味しい。羊羹の切れ端を発見3種類の羊羹の切れ端がたっぷり
この夏は暑さのせいもあって、炭酸水にレモンを絞って飲むことが習慣になりました。それはどうやら以前に読んだ梶井基次郎の小説『檸檬』から影響を受けているようです。私は丸善丸の内本店で過ごす時間が好きです。ある日のこと丸善オリジナル文具のデザインにレモンが描かれていることに気がつきました。なぜレモンなんだろう・・・。オリジナル商品を見かけるたびに思いつつ、年月が経ちました。あるとき些細なきっかけで読んだ『檸檬』でその理由がわかりました。
うるま市の石川を通りかかったら嘉手苅観音堂がありました。紀伊の国の日秀上人が金武へ漂着後に建てられたそうなので、約500年位前のことでしょうか。3回程火災にあい、建て替えられたそうで今の観音堂は大正時代の創建のようです。手を合わせたあと周辺を見てみました。沖縄はテッポウユリの季節です。元は平地に建っていたそうですが、大正の建て替え時に石積の上に観音堂を建てました。奥の方にも拝所がありました。
常陸山・梅ヶ谷や太刀山の時代、大相撲の本場所には、仕切りの制限時間がなく、仕切り線もありませんでした。また、土俵の内径は今より狭い十三尺(約3.9㍍)でした。※昭和3年(1928年)1月から大相撲のラジオ中継が始まったことに伴い仕切りに制限時間が定められ、同時に仕切り線が設けられた。また、昭和6年(1931年)5月場所から土俵の内径が十五尺(約4.5㍍)になった(二重土俵の内側の土俵を撤廃)。大正10年5月場所の仕切り風景<日本相撲協会webサイトより>当時は仕切り線がないので、