ブログ記事1,096件
出雲大社で目立つ、印象的な像。ムスビの御神像座って両手を両手を挙げているのが、出雲大社の主祭神である大国主。一体どういうシーンなのか。幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)時に、海を照らして依り来る神あり。「吾在るに由りての故に汝その國造の大業を建つるを得たり。吾は、汝が幸魂奇魂なり」大国主神、「これ吾が幸魂奇魂なりけり」と知りぬ。現地案内板読んでも、いまいち分からないよ💦『日本書紀』の一書に出て来るから、そちらを簡単に現代語訳で要約するわね。
―大国主の国造りに学ぶ―大国主の国は、戦いも恨みもなく安心安全。けれど民の顔は生き生きしていなかった。これは一体なにを意味するのだろうか?これは神話が示す重要な所です。安心は必要条件、だけど十分条件ではないということ。いのちは「守られる」だけでは輝かない。安心は根っこ、だけど根だけでは花は咲かない。そこへ外からスクナヒコ神が来るスクナヒコは医薬・技術・政策など外から整える力の象徴。制度や技術は、国を安定させます。しかし彼は国造りの途中で常世へ帰る。神話はここで教えます。外
神武の東遷に関連して纏向遺跡や三輪山(大神神社)ついて生野先生の著書を読み直しているうちに、ふと閃いた!卑弥呼率いるヤマト王家は出雲奴国の大国主を倒して、奴国王家の帝都(宮殿)のあった糸島平野の葦原中国を奪った代わりに、糸島から遠く離れた島根県の出雲に壮大な大社を作り大国主の鎮魂(怨霊封じかも・・)をしている。でも、神武東遷の時のヤマト王家は最後の奴国王「大物主命」の宮殿があった纏向を破壊しその近くに新たに大和王朝の宮殿を作ったので、神武は大物主の墳墓を作らせず代わりに三輪山をご神体と