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談山(たんざん)神社飛鳥を越えて、ぐるぐるとカーブの多い道を登り、多武峰の山に建つ談山(たんざん)神社へ向かいました途中、素晴らしい棚田が広がっていました棚田は、芸術的な曲線を描いていますもっとゆっくり見たかったけれど、車を止めるスペースがなく、やむを得ず通過しました(写真はphotoAC無料素材集明日香村の棚田より)談山(たんざん)神社の社名は「大化の改新談合の地」から来ていると言われていますここに来たかったのは、学生時代に見て感動した、あの十三重塔をもう一度見たかっ
【奈良】大化の改新1380年記念【談山神社切り絵御朱印】※無くなり次第終了前回お受けした【談山神社御朱印帳】表面(ファイルポケット式)【談山神社御朱印帳】裏面【談山神社限定御朱印】秋詣【談山神社限定御朱印】御祭神藤原鎌足公とその正妻鏡王女様長子の定慧和尚と次男不比等様が描かれた家庭円満・子孫繁栄の祈りを込めたステキな【限定御朱印】季節の特別御朱印【談山神社特別御朱印】【談山神社
大阪天王寺区坐禅の寺天正寺です5月2日は大阪難波宮跡公園にて野外坐禅会を行いました。大化の改新の頃天皇が住んでいた宮殿跡です。柱と台座が復元されています。まるで坐禅の座布の様な柱です。台座から脚を投げだすと全身を投げ出す感覚が少し分かるような気がします。経行をしている所です記念撮影天気が良くて、とても気持ちいい一日でした。また企画します‼️参加者の方からこの台座の上で四天王寺に向かって大事な神事をしたと教えて頂きました。そこに天正寺もあったかと思うとな
『逆日本史-3』-樋口清之●大化の改新の失敗を計算していた中臣鎌足✪役人は六時出勤、正午退出-①✪階級を越えた恋の歌といえば、聞こえはいいが、このころから身分的な貴賎がはっきりしてきた証拠である。貴と卑、良民と賎民の別は、以前からなかったわけではないが、それが目立つようになってきたのである。その原因は、聖徳太子の冠位十二階、十七条憲法の制定以来、大和朝廷の中央集権化が進み、豪族の官僚化が進行しはじめたからである。官吏が朝六時に出勤し、正午に退出するなどという、いかにも官僚的な規則が