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津の中心部から少し離れた住宅地の中にある、三重大学付属病院で路線バスを降りると、横なぐりの雨でびっしょり濡れてしまった。土曜日の休診日のため、白亜の建物はひっそりと静まり返り、時折、救急車がサイレンを鳴らして飛び込んで来る他は、アスファルトを叩く激しい雨音が耳を打つだけである。ここが紀伊半島東岸地域を網羅する「南紀特急バス」のターミナルになっているとは信じ難いが、病院の正面玄関前に立つ停留所のポールには、幾つかの市内路線とともに、勝浦温泉行き1本、新宮駅前行き2本の時刻がちゃんと掲載され
昭和36年7月に、上野駅から国道17号線と18号線を走り、軽井沢・長野・須坂・中野・湯田中と、北信の主要都市を結んだ長野電鉄の「東京直通特急バス」(別名「志賀高原-東京特急バス」)が開業した。一般道のみを走って営業距離260.35kmという路線は、当時驚きをもって迎えられたという。渋谷駅から長野市の善光寺大門に至る東急バスの「信濃路」号(営業距離231.7km)も、同時に開業している。いずれの路線も1日2往復で、専用のデラックス車両が投入されていた。所要時間は、当時の上野-長野間の普通列
令和5年の春に、あるネット記事を目にした。『春は始まるものもあれば終わるものも……広島の交通を長年支えてきたバス路線がまた1つ廃止になりました。3月31日のラストランに密着しました。広島駅から北広島町大朝までを繋ぐ路線バス、通称「広浜(こうひん)線」。最終便出発前から広島駅には利用客の姿がありました。利用客「本当にありがとうございましたですね。でもなくなると本当に不自由になるなぁって思いますね」「春休みだしね、最後のあれ(運行)に来ました。思い出に残る2時間がいいですね」そして最後の
「パシフィック・ストーリー」という商品がある。別名を「東京・札幌連絡切符」と言う。高速バスとフェリーを乗り継いで東京と北海道を結ぶ割引切符である。その内訳は、東京駅14時00分発・水戸駅15時53分着高速バス「みと」号水戸駅16時14分発・大洗FT(フェリーターミナル)16時40分着路線バス「50系統」大洗FT経由アクアワールド大洗行き大洗FT18時30分発・苫小牧FT翌朝13時30分着商船三井フェリー大洗-苫小牧航路苫小牧FT13時56分発・札幌駅15時45分着高速バ
かつて「ミルキーウェイ」を名乗った夜行高速バスがあった。東急バスが、自社の高速バスに共通のネーミングを施したのである。天の川とは、満天の星空の下を走る夜行高速バスに、なんと相応しい愛称だろうか。シルバーにブルーの濃淡のストライプが入ったボディカラーも、星が散りばめられた銀河を彷彿とさせ、なかなかシックな雰囲気だった。決して派手でなく、僕が大好きなカラーリングだった。「ミルキーウェイ」が登場したのは、昭和63年10月、渋谷と和歌山、渋谷と鶴岡・酒田を結ぶ2つの夜行高速路線である。「
【主な乗り物:高速バス「プレミアム昼特急」号、夜行高速バス「おひさま」号、特急「にちりん」、特急「ソニック」、東海道・山陽新幹線「のぞみ」】旅をしていても、興味の対象が乗り物ばかりに偏っているから、旅先の名産などを食べた記憶はあまりない。夜行で着けば、駅の食堂や立ち食い蕎麦、はたまた駅前のハンバーガーショップなどで慌ただしく朝食をしたため、次の目的地に向けて出発することが多かった。僕がよく一人旅をしていた昭和の終わりから平成の初頭にかけては、24時間営業の飲食店が少なかったので、1日中開い
新宿駅西口地下街にあるカレー専門店「イマサ」は、馴染みの店である。僕が通った大学の教養学部が富士吉田市にあり、新宿西口高速バスターミナルを発着する中央高速バス富士五湖線を使って行き来したものだった。バスターミナルへの入口に近い「イマサ」のカレーは、休日を東京で過ごしてから、高速バスで富士吉田に帰る前の、格好の夕食であった。あらかじめ食券を買う方式なのだが、入口の食券売り場のおじさんが、「チキンです!」「ジャーマンです!」「ポークです!」と、店中に響き渡る野太い声で、客の選んだカレー
【主な乗り物:高速バス「ホエールエクスプレス」号、特急「いしづち」、夜行高速バス「ハローブリッジ」号、特急「南風」、普通列車「サンポート南風リレー」】仕事を終えて、空を見上げていたら、帰りたくなくなった。平成29年6月の日曜日の蒸し暑い昼下がりのこと、僕は、高松にいる。朝1番のJAL羽田-高松線475便で、雨の東京から一気に四国まで飛んできて、所用を済ませたばかりである。東京は本降りで、高松空港もまだ雨の中だったが、リムジンバスで高松市内に入る頃には、どんよりとしているものの曇り空に変わ
皆さんは夜行の高速バスに乗られたことはありますか?通常はカーテンが閉められていて、発車してから一定時間が経過すると消灯するので車内はまっ暗になりますよね。しかしながら京成バスでは既に10年前の2014年から、天井をブラックライトで照らすと車内がプラネタリウムのような幻想的な空間になる「K★スター・ライナー」を運行しているのですよ!毎年秋に開催されている京成バスグループ「お客様感謝フェスティバル」では試乗体験もやっているので、ちょっと乗りに行ってきますね♪1台だけ?そ
日本の高速バスで、片道の営業距離が1000kmを初めて超えたのは、平成2年10月に走り始めた、新宿と福岡を結ぶ「はかた」号である。当初の営業距離が片道1173.4km、片道の所要時間が15時間10分にも及ぶため、2人の運転手がおよそ2時間おきに交替しながら夜通し運転するという、夜行高速バスの標準的な運行方法で果たして安全性が守られるのかが危ぶまれたが、医学的な研究も重ねた上で、開業に至ったと聞く。それほど、1000kmを超える長距離バスの開業は大ごとだったのだが、続いて、平成3年3月には
【主な乗り物:夜行高速バス「LionsExpress」号】東京と福岡は遠いようでも、この2つの都市を結ぶ高速バスの歴史は古い。平成2年10月に、新宿と福岡を直結する「はかた」号が開業し、僕もその直後に乗車したことがある。当時の「はかた」号は、新宿から中央道・名神高速・中国道・九州道を経由して、走行距離1161.1km、所要15時間10分であった。東京と福岡の間に定期高速バスが走り始めたことには、心底、驚いたものだった。「はかた」号を超える長距離高速バスはなかなか登場しなかったが、平成
僕が、生まれて初めて九州へ渡ったのは、昭和61年の師走だった。昭和58年に開業した大阪と福岡を結ぶ夜行高速バス「ムーンライト」号に乗ったのである。片道の走行距離658.2㎞は、それまで最長だった東京と大阪を結ぶ国鉄「ドリーム」号の566.3kmを抜いて、当時の日本最長路線となっていた。「ドリーム」号は、全国規模のネットワークを持つ国鉄だからこそ運行できた路線だった。当時、長距離を走るバス路線としては、他に、東京と仙台・山形を結ぶ東北急行バスがあったが、こちらは沿線のバス会社が出資して新会