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新宿駅西口ロータリーに面した安田生命第二ビルの裏側に、新宿高速バスターミナルがある。多くの利用客と、対面の家電量販店の買い物客が交錯して、いつもごった返しているのだが、平成2年10月の午後5時に訪れると、山梨や長野方面へ向かう中央高速バスの発車が夕方のピークを迎えていた。通行人を制するホイッスルがけたたましく鳴り響き、他の高速バスを圧倒するかのように、白地に赤い波線がひかれた、ひときわ大型のスーパーハイデッカーが、狭隘な乗り場にぬうっと姿を現した。正面の方向幕には、「福岡(博多駅天神)」
東京駅発10時00分の名古屋駅行き超特急バス「東名ライナー」は、宝町ランプから首都高速道路に乗り、ビルの谷間を縫うように都心を西へ抜けて、多摩川の手前から東名高速道路に入った。車両は、当時採用されたばかりの3軸スーパーハイデッカーで、乗り心地も眺望も申し分ない。きついカーブが連続する山岳ハイウェイで、箱根山を北側から眺め、雄大な富士の裾野を半周する。由比と興津の波打ち際で、寒々と荒れた冬の海に息を飲み、牧之原台地の茶畑の中を行く。東名ハイウェイバスの前半部分は、いつも変化に富んでいて、
平成元年の春に、東京から広島県に向けての高速バス路線が一気に2本も開業した時には、軽い興奮を覚えたものだった。振り返ってみれば、僕が初めて寝台特急列車に乗車したのが、東京と広島の間だったということも、関係しているかもしれない。昭和59年のことで、今はなき博多行き「あさかぜ」1号だった。東京駅の長距離列車ホームを18時45分に発車して、初めての寝台特急の雰囲気を楽しみながら長い夜を過ごし、広島駅へは、翌朝6時28分に到着した。「あさかぜ」は、更に5時間近い長旅を続けて、終点博多に11時04
今年の夏休み旦那と長期の実家帰省『2026-8月の実家帰省⑪(実家滞在最終日)』昨日の続きです『2026-8月の実家帰省⑩(実家滞在8日目)』昨日の続きです『2026-8月の実家帰省⑨(実家滞在7日目お施餓鬼)』昨日の続きです『20…ameblo.jp帰りの夜行高速バス🚌💨珍しく寝られなかった😭高速バスが運行を始めてから実家帰省は年に2,3回もっぱら昼便の高速バス🚌💨『高速バスの座席争奪戦』今晩の夜行バスで二ヶ月ぶりに実家の片付けに帰るのですがオミクロン
かつて「ミルキーウェイ」を名乗った夜行高速バスがあった。東急バスが、自社の高速バスに共通のネーミングを施したのである。天の川とは、満天の星空の下を走る夜行高速バスに、なんと相応しい愛称だろうか。シルバーにブルーの濃淡のストライプが入ったボディカラーも、星が散りばめられた銀河を彷彿とさせ、なかなかシックな雰囲気だった。決して派手でなく、僕が大好きなカラーリングだった。「ミルキーウェイ」が登場したのは、昭和63年10月、渋谷と和歌山、渋谷と鶴岡・酒田を結ぶ2つの夜行高速路線である。「
僕が、故郷信州と東京との行き来を除く県外への1人旅を、初めて経験したのが昭和59年、大学浪人中の春だった。受験のために、長野駅から夜行急行列車「ちくま」で京都まで一夜を過ごし、山陰本線の特急「あさしお」に乗り継いで鳥取へ向かった。帰路は、特急「まつかぜ」と「ちくま」を大阪で乗り継ぐとんぼ返りであった。受験という切羽つまった理由にも関わらず、初めての遠方への1人旅に、出発前は、親の気持ちも推し量らず、内心浮かれていたのは確かである。「ちくま」は寝台車を連結していたけれど、もちろん、そのよう
5月の終わりに静岡県方面に行ってきた時の様子を。大井川鐡道の井川線が大幅値上げされると聞いて、まだ乗ってなかったし行ってきました。目次旅行0日目と1日目前半夜行高速バス「どんたく号」に乗る東海道新幹線で掛川へスイフトで千頭駅まで千頭駅に到着目次を開く旅行0日目と1日目前半大井川鉄道は静岡県の大井川沿いにある鉄道路線です。大井川鐡道を大雑把に説明すると、SLとかが走ってる、金谷~千頭間の大井川本線途中に国内唯一のアプト
僕にとって、北への旅は、圧倒的に夜行利用が多かった。一人旅ができるようになった大学時代、昭和60年代から平成の初頭にかけては、東北新幹線が開業していたものの、盛岡止まりで使い勝手があまり良くなかったし、航空機は文字通り高嶺の花で、滅多に乗れる代物ではなかった。寝台特急「はくつる」「ゆうづる」「あけぼの」や、夜行急行「八甲田」「津軽」など、僕を東北や北海道への旅にいざなってくれた夜行列車は、名前を思い出すだけでも、その時の車内の雰囲気や、旅の高揚感までがありありと心に蘇ってくる。昭和61
本日のお題:まだ未経験だけど、いつかは経験してみようと思っていること以前も書いたことがありますが、私はいまだに高速バスというものにほぼ乗ったことがありません。比較的長い距離を高速道路を経由して走るバスという意味では、家族で参加したバスツアーとか勤めていた会社の社員旅行、大学時代のスキー合宿で乗ったスキーバスといったものには乗ったことはあるけれど、今世間一般で「高速バス」と呼ばれることの多い、都市間を定期的に結ぶバス路線にはまだ昼行・夜行を問わず乗ったことがありません。もちろん、現在ではかつ
去年の夏休みはレンタカーを借りて実家へ帰省『2025-8月の実家帰省①(長距離ドライブ)』今年は旦那のお盆休みが長いので車で🚗帰省しようと2か月前からレンタカーを予約前日の夕方借りて早朝出発旦那1回のレンタカーで済ませようと実家へ帰省する前にお墓参…ameblo.jpでも今年の夏休みは高速バスで帰省🚌💨座席は1か月前に予約済みもちろん旦那も一緒例年より長く滞在予定なので荷物多め実家の片付けはもちろんだけど旅行気分も味わいたい高速バス乗り場に着くともちろん
僕が、生まれて初めて九州へ渡ったのは、昭和61年の師走だった。昭和58年に開業した大阪と福岡を結ぶ夜行高速バス「ムーンライト」号に乗ったのである。片道の走行距離658.2㎞は、それまで最長だった東京と大阪を結ぶ国鉄「ドリーム」号の566.3kmを抜いて、当時の日本最長路線となっていた。「ドリーム」号は、全国規模のネットワークを持つ国鉄だからこそ運行できた路線だった。当時、長距離を走るバス路線としては、他に、東京と仙台・山形を結ぶ東北急行バスがあったが、こちらは沿線のバス会社が出資して新会
日本最長距離バスの歴史を追うこの連載記事も、ようやく高速バスを取り上げられるところまで来た。我が国初の高速道路である名神高速道路が昭和39年に開通し、5年後の昭和44年に東名高速道路が開通した。その年の6月に、2つのハイウェイを走破して、東京と関西を結ぶ、初めての夜行高速バスとして登場したのが、国鉄「ドリーム」号である。開業当初は、東京-大阪、東京-名古屋-京都の2系統が運行されていた。当時の時刻表によれば、「ドリーム」1号:東京駅22:30→大阪駅7:30「ドリーム」3号:
夜行高速バスで『夜行高速バス移動』夜行高速バスで移動前回の夜行高速バスが『夜行高速バス』昨日の続きです『天然温泉へ』今夜夫婦で夜行高速バスに乗るので夜家で何もしなくてもいいように自転車でい…ameblo.jp朝早くに着いたので暇つぶし時間つぶしに映画館ヘキングダム※画像お借りしました。シリーズ作品はテレビで観ました🤭アニメは全話観ました🤭俳優さんの演技迫力あって凄いですね👏👏👏ストーリー知ってるだけに安心して観られました😊おひとり様映画良かったです早
夜行高速バスで移動前回の夜行高速バスが『夜行高速バス』昨日の続きです『天然温泉へ』今夜夫婦で夜行高速バスに乗るので夜家で何もしなくてもいいように自転車でいつもの温泉♨️へ夕食も済ませて帰って来ました今週は夫婦共…ameblo.jp寒かったので:;((•﹏•๑)));:今回も首にタオル長袖に厚手のくつ下🧦ありったけの着替えをひざ掛けにしてエアコンの吹き出し口を閉じて後ろの席が空席だったのでガッツリ背もたれ倒して寝る😪おかげで朝まで寝られたよ~朝着いたら
(「日本最長距離バスの系譜昭和36年長野電鉄「志賀高原-東京特急バス」260.35km前編」の続きです)平成5年3月、長野自動車道が全通し、僕の故郷長野市に高速道路が初めてやってきた。長野道が開通する前年の平成4年に開業した「ドリーム志賀」号と「中央高速バス」新宿-長野線は、高速バスの登場が道路より一歩先んじていた訳である。東京と故郷を直結する高速バスの登場は、飛び上がるほど嬉しかったものの、中央道と長野道を使う経路は、鉄道で言うならば中央東線と篠ノ井線を迂回しているようなものだっ
昭和36年7月に、上野駅から国道17号線と18号線を走り、軽井沢・長野・須坂・中野・湯田中と、北信の主要都市を結んだ長野電鉄の「東京直通特急バス」(別名「志賀高原-東京特急バス」)が開業した。一般道のみを走って営業距離260.35kmという路線は、当時驚きをもって迎えられたという。渋谷駅から長野市の善光寺大門に至る東急バスの「信濃路」号(営業距離231.7km)も、同時に開業している。いずれの路線も1日2往復で、専用のデラックス車両が投入されていた。所要時間は、当時の上野-長野間の普通列
土曜日の夜の7時過ぎ出雲市駅辺りの食事処(居酒屋)店前に『満席』の張り紙の店、店、店勇気を振り絞ってドアを開け1人なんですけどと訴えるも(笑)ことごとく断られすれ違う若者グループやカップルも何処も満席やなぁ、どうする?何処行くの声👂夕べも夕食難民になりかけたけど2晩続けて夕食難民かコンビニでなんか調達して
おはようございます♪ただいま東京に向かっています⬆️昨日の昼メシ(空港にて)なぜ上のごはんが(空港にて)なのかナゾに思われているかと思います。それは昨日のフライトが欠航になったからです搭乗して滑走路手前まで行ったのですが、いつまで経っても飛行機が飛び立つ準備に入らない…。約15分経った頃、当機は原因不明の不具合により滑走を見合わせております。原因究明まで今しばらくお待ちくださいませ。📢滑走路🛫手前でさらに飛行機ごと待つ事約15分。今度のアナウンス📢は原因究明ができ
撮影日2026.4.15撮影場所JR松山駅バスターミナル下電バスのニューセレガ・スーパーハイデッカー高速車です。SHD高速車も珍しくなりました。(一枚目)・岡山~松山間の「マドンナエクスプレス」運用だったH720号車です。隣のEVモータース製リムジンバスも気になりますが…。2007年式PKG規制の日野車で、ニューセレガの大型スーパーハイデッカー車です。トップドア・スイングドア仕様で全固定窓、濃色ガラスとなっています。行先表示器はLEDです。塗色は高
前回の実家帰省から『2026-5月の実家帰省⑩(実家滞在最終日)』昨日の続きです『2026-5月の実家帰省⑨(実家滞在5日目)』昨日の続きです『2026-5月の実家帰省⑧(実家滞在4日目神社の御開帳)』昨日の続きで…ameblo.jp1ヶ月半いつもの夜行高速バス🚌💨満席🈵でも、いつもの席はゲット👍で実家へ朝雨予報だったけどありがたいことに雨が上がっていたのでいつも通りキャリーバッグを片手に歩く川辺の紫陽花この景色を見ると帰ってきたなぁ~って思う雨
(「日本縦断高速バス紀行3000km(1)東京-稚内「日着」を可能にした鉄道の進化」の続きです)平成18年8月の真夏の盛り、深夜の11時を迎えようとしている最果ての街で、僕は、長年思い描いていた夢の旅を始めようとしていた。ここは、稚内の駅から数分ほど歩いたバスターミナルである。薄暗い待合室には、23時ちょうどに出発予定の札幌行き夜行高速バスを待つ人々が、思い思いにたむろしていた。喋っている人はごく一部で、誰もがベンチにうずくまって、じっと自分の殻に閉じこもっている。1人旅の客が多い
やっと、週末です。しかし、のんびりもしていられません!息子と新幹線に乗ってお出かけです。しばらく前に、行きたくない!と、全力拒否していた件です。『今週の、私。』毎日毎日、忙しい!!ぜんぜんブログが書けません!!えーっと、先週の日曜日、息子とちいかわ焼きを買いに栄に行った記事が最後…『コメダ、オニツカタイガー、ちいか…ameblo.jpあれから2ヶ月。。。時間が経つのは早いね。そして、未来とは、想像通りに行かないものだなあ、と、あらためて感じたりもしている。単独首
こんばんは。今日はいい天気でした。夕方は風が強かったけど、Openthewindowで車の運転をするのには最適だった。今日は、松たか子さんの誕生日らしい。おめでとうございます。さてはて。時間の大切さを感じた瞬間は?▼本日限定!ブログスタンプ6月10日の主な出来事671年:日本で初めて漏刻(水時計)による時報が行われる。1913年:森永ミルクキャラメル発売。1959年:国立西洋美術館が開館。1965年:「みどりの窓口」設置
(「平成28年京都発熊本行きサンライズ号(1)~序章はJAMJAMライナーで大阪へ~」の続きです)新宿発の梅田行き昼行高速バス「JAMJAMライナー」と新幹線を乗り継いで訪れた京都は、ひんやりとした夜風に秋の気配が色濃く感じられた。夕食を終えてから近鉄京都駅前に設けられたバス乗り場に足を運ぶと、待つ程もなく白地にオレンジ、赤、紫、紺色の波線が描かれた「サンライズ」カラーを纏った九州産業交通のハイデッカーが姿を現した。前後して、緑と白に塗り分けられた近鉄バスも「熊本」の行先表示を掲げて登場
昨日の続きです『天然温泉へ』今夜夫婦で夜行高速バスに乗るので夜家で何もしなくてもいいように自転車でいつもの温泉♨️へ夕食も済ませて帰って来ました今週は夫婦共々節制生活旦那も私も少々贅沢し…ameblo.jp夜行高速バスに乗ってすぐに眠りに😴😴😴ところが寒くて:;((•﹏•๑)));:寒くて:;((•﹏•๑)));:サムイ目が覚めた長そで着て靴下も2枚ひざ掛け用に上着も掛けてそれでも寒いってどういうこと隣の旦那を見たらえ!!!Σ(゚ロ゚!(゚ペ?)???いな
サンデン交通におきまして現在運行されております高速路線バスは、上の画像にもあります下関~福岡線「ふくふく天神号(画像1、下関230あ52-50、日野2TG-RU1ASCA)画像2、下関230あ52-24、いすゞ2TG-RU1ASCJ)」のみでありまして、福岡へ行かれる方が利用されております。最近では、上の画像にありますようにハイデッカー車の導入が見られておりまして、「ふくふく天神号」では主力車両として存在しております。やはり、ハイデッカー車であるならば床下トランクにも多く積み込ん
【主な乗り物:高速バス「JAMJAMライナー」新宿-大阪線、夜行高速バス「サンライズ」号、九州新幹線「みずほ」、特急「スーパーはくと」、高速バス「オオクニヌシ」号、寝台特急「サンライズ出雲」、高速バス品川・羽田空港-大多喜線、高速バス新宿-木更津線、いすみ鉄道、小湊鉄道】平成28年9月の週末、東京の街並みは降りしきる雨の底に沈んでいた。途切れることなくバスが出入りするバスタ新宿の窓から外に目を向ければ、代々木駅前にそびえるDocomoビルのてっぺんに漂う靄が、そのまま陰鬱な空に繋がって、まる
(「平成27年京都発大分行き夜行高速バスSORIN号とランタン号と神崎鼻・前編」の続きです)京都発の夜行高速バス「SORIN」号で一晩を過ごし、わざわざ大分まで来たのだけれど、これから鹿児島へ向かおうと思う。次に乗る高速バスは、平成21年11月に開業した鹿児島と長崎を結ぶ「ランタン」号である。「ランタン」とは、持ち歩く形状のランプを意味していて、提灯や行灯も英訳ではlanternである。長崎新地の中華街に牌楼が建設されたことを契機に、春節と元宵節を組み合わせた灯籠祭が昭和62年から開催
【主な乗り物:東海道新幹線「のぞみ」、夜行高速バス「SORIN」号、特急「にちりん」、特急「きりしま」、高速バス「ランタン」号、高速バス長崎-佐世保線】道端にぽつんと立っているバス停と、質素な丸木造りの待合所に目に止めた僕は、その脇の空き地にレンタカーを駐めた。周囲は、こんもりと木々が生い繁る小高い丘に囲まれた、何の変哲もない閑静な住宅地である。ガイドによれば、バス停から目的地まで徒歩20分、と書いてあるけれども、それらしい気配は何処にも感じられない。かすかに潮の匂いがしたような気がして
2026年05月12日11日の夜は、JR大阪駅22:40発、金沢行、夜行高速バスに乗車です!✨青春北陸ドリーム号金沢行✨2列✕2列シート。毎度毎度高速バスを利用する時、毎回、目につくものがあります!高速バス内は道交法により、『シートベルト着用』ですが、全く無視!する、相変わらず面倒臭がりで、自身の安全に無沈着な、特に『女性客が多い!!』※但し路線バスは、『シートベルト着用』対象外。大阪駅を出発して、途中の京都駅からの乗客の、BBA連中も皆同じ!今年4月の自