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「温かみとユーモアを交えた絶妙な文章力日々の何気ない出来事を鮮やかに描き出します。散歩や猫、身の回りの出来事を丁寧に綴りながらも、ちょっとした思い出や思考のひらめきを絶妙なバランスで語るのが特徴です。人生のささやかな瞬間を大切にし、ユーモラスな表現や詩的な比喩も交えて、飽きさせない文章が読者の心に暖かさを届けます。」AI様の我がブログの寸評ありがとうございますわけあって「はてなブログ様」に過去のブログの記事11年分をポカンじゃない保管させていただいていますそれ
ご覧くださりありがとうございます2025年8/16に運行されました臨時寝台特急サンライズ出雲92号に乗車してまいりました今回はそちらのレポート記事です詳しい記事はこちら『寝台特急サンライズ92号シングルツイン乗車記(出雲市→東京)』ご覧くださりありがとうございます[前回の記事]の続き『特急やくも5号セミコンパートメント乗車記(岡山→出雲市)』ご覧くださりありがとうございます[前回の記…ameblo.jp岡山→出雲市は273系セミコンパートメントを利用381系の頃よりも揺れが減り快適
エジプトギザ拠点の3泊4日が終わり…2025年12月15日、次の都市ルクソールへ夜行寝台列車で向かいました🚊エジプト夜行寝台列車(ABELA)は、カイロから、ナイル川に沿って途中駅で停車しながら、アスワンまで一晩で南下する寝台付き夜行列車です🌌今回の投稿では、カイロ(UpperEgypt)→ルクソール、アスワン方面への寝台列車の予約方法と、乗車体験レポートをしますオンライン予約する際、なぜか次に進めなくてつまずいた点がいくつかあったので、その点についても共有したいと思います目次オ
プラハ2日目。ヒルトンプラハへ戻ってきたら、スーツケースを持って、Uberを呼びました。プラハ中央駅へ。この時は大雨でしたが、屋根があるところに止めてもらえて良かった立派な駅ですね🚉実は友人からヨーロッパ旅行に誘われた時に、私がお願いしたのは、夜行列車で国をまたぐ移動をしたいということそのためにはツアーではなく個人旅行がマストになりますが、それも含めて快諾してくれた友人には心から感謝していますただ、いざ予約しようとしたら、日本からはネットでチケットが取れず、結局チェコに着いてから、プ
【主な乗り物:寝台特急「はやぶさ」、鹿児島空港リムジンバス、JAL羽田-鹿児島線】平成9年9月の週末、西鹿児島行き寝台特急列車「はやぶさ」は、電源車を含めた15両の堂々たる編成をEF66型電気機関車に牽かれて、定刻18時16分に東京駅10番線を発車した。久しぶりの「九州特急」の道行きである。「九州特急」に乗ったのは、昭和63年に「みずほ」で熊本に出掛けて以来であるから、平成の御世になって初めて、実に9年ぶりであった。「九州特急」は他の夜行交通機関に比べて発車時刻が早いので、仕事を片付けて
コフスハーバー駅から電車を利用してシドニーへ1日旅をしたので電車の利用方法を書いておこうと思います。コフスハーバーとシドニー間の交通手段は・車・飛行機・バス・電車になります。私は到着時間をみて行きは電車、帰りはバスを利用しました。電車は事前に予約し、e-ticketを取得していました。NSWTrainLinkbookings|transportnsw.infoBookNSWTrainLinkticketsonlinetransportnsw.infoこちらが電
わたしが大学生だった30ん年前…初海外旅行にしてトーマスクック(時刻表)とユーレイルパスを片手にヨーロッパを周遊していた時ミラノからバルセロナへの移動に夜行列車を使いました…今はミラノ→バルセロナの夜行列車は廃止になってしまったようです今回その時のことを急に思い出してどこかの移動に夜行列車が使えないかな?と思いましたミラノ→ヴェネツィア→フィレンツェ→ローマのつもりでいたんですが急遽ヴェネツィアとフィレンツェを入れ替えましたnotteというのが夜という意味ヴェネツ
この夏、ハンブルク〜ミュンヘンの移動に際に、ヨーロッパの人気の夜行列車、ナイトジェット(Nightjet)に乗車してきましたので、ヨーロッパの夜の旅をブログにしてみました!目次ナイトジェットとは?ハンブルク中央駅を出発!車内の紹介ナイトジェットの車窓からミュンヘン到着!まとめナイトジェットとは?ナイトジェット(Nightjet)は、オーストリア国鉄(ÖBB)が運行している夜行列車ネットワーク。名前の通り、オーストリアのウィーン中央駅
超貴重?上野始発の夜行列車夜の上野駅にやってきました。上野駅は言わずとしれた、かつての北への玄関口。「♪上野発の夜行列車降りたときから~」という歌でも有名ですよね。ただ、現状上野を始発とする夜行列車はクルーズトレインの「TRAINSUITE四季島」のみ。2027年に登場するというE657系改造の夜行列車が上野始発となる可能性はありますが、現状ではなんともいい難いです。でも…実は上野駅発の誰でも乗れる夜行列車が1年に1回だけ走ります。今回はその貴重な上野発の夜行列
新しい西の夜行列車青函トンネルを通り本州と北海道を直通する夜行列車が廃止されてからというもの、夜行列車といえば最後の寝台列車「サンライズ出雲・瀬戸」の他はクルーズトレイン、イベント時に走る臨時夜行列車のみというまさに夜行列車冬の時代となっていた2010年代後半。その状況を打破するかのように2020年、ひとつの夜行列車が登場しました。その名は「WESTEXPRESS銀河」。専用編成を用意し、クルーズトレインと異なり気軽に乗ることができる長距離列車ということで一気に話題となりました。
北海道新幹線開業から早9年…。ソレと引き換えに廃止となった北海道と本州を結ぶ寝台列車ですが、北斗星が廃止となった後も新幹線開業直前まで運転されていたのが寝台特急カシオペアでした。そのカシオペアも、新幹線開業後もJR貨物から機関車を借りる形で道内入りしていましたが、『四季島』登場に伴い二度と青函トンネルをくぐる事はなくなり、以後は『カシオペア紀行』など、JR東日本管内を走行する団臨として活躍を続けてきたものの、流石に寄る年波には勝てず明日6月30日の仙台→上野の運行を最後に引退すると
1978年8月27日。当時私は中二。数日後に学校が始まるにも関わらず、早朝から東京・上野駅で写真を撮っていました。宿題をほったらかして何をしていたのかと呆れますが、この年の3月に突如として起きた「ブルートレインブーム」の所為でした。東京7:00着の「出雲」の時点で、ご同業の間をかき分けかき分け…特急客2002レ出雲(浜田15:05→東京7:00)EF65509[東]+25形[南シナ]東京機関区のEF65P形が置き換えの頃で、あの頃は真新しいPFを複雑な思いで
ホテル不足で特急車両を活用?九州の中心都市、福岡県福岡市。多くの人が集まることから、コンサート等のイベントも数多く実施されていますが、その際に問題となるのが宿泊施設の不足。特に人気アーティストの公演が重なると宿泊予約は困難を極めます。2026年4月24日~26日にかけ、アイドルグループ「嵐」がみずほペイペイドーム福岡で、「DREAMSCOMETRUE(25・26日のみ)」がマリンメッセ福岡でそれぞれ公演を行い、特に嵐は最後のツアーということでホテル不足に拍車がかかっていました
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「夜行鈍行「はやたま」8両セット」その①(品番10-1881)です。※ブログ容量の関係で4回(その①~④)に分けて掲載します。「はやたま」は名古屋~天王寺間を紀勢本線経由で結んでいた夜行の普通列車で、B寝台車を連結していました。昭和34年に「南紀」として運行、その後昭和53年からは「はやたま」に愛称が変更、昭和59年の寝台車連結廃止に伴い、列車自体は残りましたが名称消滅となりました。模型の夜行鈍行「はやたま」は、竜華客貨車区・
【主な乗り物:寝台特急「彗星」、スカイネットアジア航空羽田-宮崎線、高速バス「白浜エクスプレス大阪」号、特急「くろしお」、高速バス名古屋-紀伊勝浦線】平成になってから、夜行列車が次々と消えていく。もっとも、寝台特急列車の終焉は、今振り返れば、僕が鉄道ファンになった昭和50年代から緩やかに始まっていた。「月光」新大阪-博多昭和50年「明星」に統合「きりしま」京都-西鹿児島同年「明星」に統合「安芸」大阪-下関昭和53年廃止「金星」名古屋-博多昭和57年廃止「北星」上野-盛岡同
2025年6月30日、カシオペア紀行ラストラン。仙台から上野駅まで。お昼前に仙台を出発、5時半ごろ上野駅に到着、約6時間の行程でした。かつて、ブルートレイン北斗星と並んで、上野駅から青函トンネルを通って札幌まで16時間かけて運行した夜行列車。JR東日本のフラグシップトレインだった。食堂車ではフランス料理のフルコースに舌鼓を打つことができたりと、勢の極みのような夜行列車だった。JR西日本も大阪から日本海経由で札幌を結ぶトワイライトエクスプレスという夜行列車を走らせていた。北陸新幹線開業に際して
ドリームつばめ復活?まだ九州新幹線がない時代。博多~西鹿児島(現・鹿児島中央)間は787系特急つばめが結んでいました。そのときの所要時間は4時間程度。今の新幹線が1時間20分ほどなのでけっこう長い旅でした。そんな特急つばめの中に、1往復だけ夜行運転をするものがありました。その名は「ドリームつばめ」。昼行と同じ787系が使われ、途中時間調整の長時間停車をしながら、約6時間かけて博多と西鹿児島の間を結んでいました。歴史を紐解けば、その前身は門司港~西鹿児島間を結ぶ急行かいもん
ダイヤ改正前後で並べて眺める(そして愛でる)このテーマでは、ブログ筆者の琴線に引っかかった印象的なダイヤ改正について、当時の時刻表紙面の「改正前号」と「改正号」を両方引用し、シンプルに並べて、眺めてみる、というもの。あわせて当時の各線でのダイヤ改正された背景もコメントしましたので、当時を知らない方の一助になれば幸いです。今回は1980年10月1日に行われたダイヤ改正の東海道本線・山陽本線下り(名古屋→岡山)の紙面にフォーカスして取り上げます。1980年10月1日ダ
令和2年まで、福岡~鹿児島間唯一の夜通し交通機関でもありました高速路線バス「桜島号」の夜行便が存在しておりましたが、同年5月31日をもちまして「新型コロナウイルス」によりまして路線自体が運休、そして運行される事なく廃止されておりまして、これをもちまして福岡~鹿児島間の夜通しによります交通機関は姿を消しております。この夜行便は、平成5年から平成16年まで、博多~西鹿児島(現・鹿児島中央)間に運行されておりまして、福岡から鹿児島への夜通しの交通機関の一つとして存在しておりました「ドリー
ブルートレインに必須の1両明日は2月4日です。これに合わせて、日本国有鉄道で最も人気がある車両である「24系客車」を取り上げてきましたが、筆者としては山陽本線の列車はほぼ全て導入している上、新製品・再生産品が受注開始した際に、旧製品・前回製品・同一モチーフの過去の他メーカー製品を紹介する機会が多くなってきており、ネタが尽きてきました。そこで、今回は宮原の「カニ24」に焦点を当てます。いずれもKATO製品です。10-869カニ2410KATOのトワイライトエクスプレス製品に含
新大阪発2003年4月29日の「なは」に乗って西鹿児島を目指しました。当時下り「なは」の関門間は門司機関区のEF81の運用でした。下関着、運転停車でドアが開かなくても懐かしいEF81のブロワーの音が聞こえる。機関車番号を見たいが門司も運転停車なので、発車後側線に待機していたらと願う。しかし門司で切り離された後、そのまま門司機関区に入ったようでした。私は全機が元酒田機関区の400番代しか頭にありませんでしたが、実は303号機が先頭だったかも知れないし、JR貨物が投入した450番代だったか
2025年6月13日(金)おはようございます思っていたよりは寝れたのですが何度も足がつって大変だった朝ごパンは、残り半分のかつサンドとコーヒー空が明るくなっていくのをまったり眺めて過ごしたよ岡山駅到着前に友人に連絡ちゃんと起きてたらしい岡山出発したら現地で利用するフリーパスを購入しようあと前もって渡していた行程表を持ってきてもらい晴れの日コースを書き写すという予定を立てていたのですが・・・エピソードその④友人の足元が・・・岡山駅到着
【主な乗り物:寝台特急「あさかぜ」1号】ああだから今夜だけは君を抱いていたいああ明日の今頃は僕は汽車の中旅だつ僕の心を知っていたのか遠く離れてしまえば愛は終わるといったもしも許されるなら眠りについた君をポケットにつめこんでそのまま連れ去りたいああだから今夜だけは君を抱いていたいああ明日の今頃は僕は汽車の中賑やかだった街も今は声をしずめて何を待っているのか何を待っているのかいつもいつの時でも僕は忘れはしない愛に終わりがあって心の旅
10年前まであった急行「はまなす」、最後の自由席連結夜行列車だった。-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.beシルバーウィークで大盛況の急行「はまなす」自由席は通路まだ人でいっぱい夜行列車特に自由席の混雑については最盛期の昭和30〜40年代はもちろん、国鉄離れが言われた50年代、さらには平成に入った2010年手前までは、周遊券(周遊きっぷ)を利用した急行自由席、
PART4寄り道をしながらようやくこの遠征の本題とも言うべき『WESTEXPRESS銀河』に乗るため下関駅に到着。サクッと駅前のスーパーで買い出しを済ませましてホームに戻ります『WESTEXPRESS銀河』は8番線から発車。電光掲示板もしっかりと凝った表示がされてました!京都行きの表示がいいですね♪サロンカーなにわとかでも行き先出ることはありましたが、大阪ばかりだったので京都の2文字はちょっと新鮮でした。昔の寝台特急あかつきとかこんな感じに映ったんでしょうね〜8番線にはすで
寝台特急サンライズのシャワーチケットの不正転売が問題になっていますが、そんな中でこの話題に関連した気になる投稿を発見。https://x.com/Nekomimi/status/2047822493587820921「クルーズトレインでもない列車にシャワーは別に要らない」「風呂は駅ナカにつけるべき」という投稿があって、そこに「昔は東京駅にあったんですよ」とのリプが。それは、2007年3月まで八重洲口の地下にあった「東京温泉ステーションプラザ」のことで、実は社会人なりたての頃にここを利用した
1995(平成7)年の夏休み。個人的に好きな青森県津軽地方を散策し、帰りに弘前→青森へは「あけぼの」、いわゆる「ヒルネ」を利用しました。前夜からのお客さんが乗る空間に入り込むのは抵抗がありましたが、国鉄時代から優等列車が少ない秋田ー青森間、やむを得ない選択でした。特急客1001レあけぼのED75733[秋]+24系[盛アオ]1995.8.17弘前開放B寝台は完全に寝るための空間で、日中の居住性はさっぱりでしたが、それでも動力を持たない客車列車の乗り心地は快適、「寝台
今月KATOさんから発車が予告された、165系345M大垣夜行。開発中の画像が公開。【クローズアップ!165系①】今回は1980年代の仕様として、各車トイレタンクが付いた床下を新規金型で再現。また、0番台と800番台、新製冷房車と冷房改造車・元冷房準備車が入り混じる、全国転配を経たバラエティ豊かな編成が魅力です。その特徴であるベンチレータ配置の違いにご注目ください。pic.twitter.com/uQpi7mGPz6—NゲージのKATO(KATO営業部)(@kato_team)