ブログ記事5,328件
もう少しで一年半になります娘と会えなくなってほんとうに辛かった今でも辛い絶望という言葉がしっくりくる絶望という言葉は知っていたが、使ったこともあるがこれが絶望なんだと知った望みが失くなる生きる気力が失くなる今までよく生きてた毎日死にたい、終わりにしたらどんなに楽になるのかと思ったが死ぬのも怖くないなぜ死ななかったのだろう逆に不思議に思うなぜかたくさん調べたとにかく沢山の本を読み、YouTubeをみたとにかく調べたある程度調べ尽くした感じもする朝目覚める
杏は今、8年ぶりに「執着を手放す」という試練が訪れたようで、毎日のように執着について考えながら生活しています。執着。手放すのって、難しいですよね。モノでも、人でも、過去でも。「高かったから捨てられない」「思い出が詰まっているから捨てられない」「これを持っていることが、過去の自分の証明だから捨てられない」「人にもらったものだから捨てられない」いろんな理由があります。でも、モノを減らしてきた今の杏が思うことがあります。これ、執着が強いから手放せないだけ
夏至の頃に掛けている禅語は「休休休/やみねやみねやみね」です。何億年も繰り返されてきた地球の営みは、夏至に至って陽の気は飽和してゆき、やがて極まり、ここから少しずつ陰へと転じていきます。☯どちらも極まれば逆転してゆく、自然エネルギーの原理です。古来、多くの文化が節目を大切にしてきたのも、この自然の理に従っているからなのかもしれません。「休=休める、断ち切る、手放す」ここから、冬至に向かって、放してゆくと、それがまた還って巡るのだと思い
☘️執着という静かな結び目〜愛着と依存のあいだで生まれる“心の動き”について〜人は誰しも、大切にしたいものがあるとき、そっと“つかもうとする力”が働きます。なくしたくない。もっと寄り添いたい。わかってほしい。その願いはとても自然で、やさしい動きです。けれど、ふとその力が強くなりすぎると、心は知らぬ間に、ほんの少し硬さを帯びていきます。その硬さが——私たちが“執着”と呼んでいるもの。執着は、心の弱さでも、未熟さでもありません。ただ、愛が
とここに書くと、LINEをやめる人が増えるだろうか。実験。うんざりしている人は多いんじゃないかと思う。利便性よりもストレスの方が遥かに多い。私は徐々に徐々に。
私は今年、55歳になります。今年、2026年という年は、私の人生にとって、非常に大きな学びが起きている一年です。まだまだこれから何が起こるのか、何を学ぶのかわかりませんが、ここまでの日々で考えてきたことをまとめてみます。※私の周りで、突然起きてきたいくつかの出来事。これまで当たり前のように続くと思っていた人間関係や環境が、いくつか大きく変わったこと。そこにはある共通項があって。それが50代を迎えるということなのだな、と今は考えています。私の場合、それ