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使っていないのに、なぜか捨てられないクローゼットを開けると、何年も着ていない服がある。本棚には、もう読み返さない本が並んでいる。いつか使うかもしれない小物や、思い出の品も残っている。「もう必要ないかもしれない」そう思っても、なかなか手放せません。高かったから苦労して手に入れたからまだ使えるからいつか必要になる気がするからこうした気持ちは、多くの人にあるものです。手放しにくいのは、物だけではありません同じことは、仕事や人間関係、生き方にも起こります。
私は今年、55歳になります。今年、2026年という年は、私の人生にとって、非常に大きな学びが起きている一年です。まだまだこれから何が起こるのか、何を学ぶのかわかりませんが、ここまでの日々で考えてきたことをまとめてみます。※私の周りで、突然起きてきたいくつかの出来事。これまで当たり前のように続くと思っていた人間関係や環境が、いくつか大きく変わったこと。そこにはある共通項があって。それが50代を迎えるということなのだな、と今は考えています。私の場合、それ
夏至の頃に掛けている禅語は「休休休/やみねやみねやみね」です。何億年も繰り返されてきた地球の営みは、夏至に至って陽の気は飽和してゆき、やがて極まり、ここから少しずつ陰へと転じていきます。☯どちらも極まれば逆転してゆく、自然エネルギーの原理です。古来、多くの文化が節目を大切にしてきたのも、この自然の理に従っているからなのかもしれません。「休=休める、断ち切る、手放す」ここから、冬至に向かって、放してゆくと、それがまた還って巡るのだと思い
「その方と前世は夫婦でした」そう言われて、片思いをやめられなくなる人がいます。魂の記憶。過去世からの縁。今世で再会した意味。もちろん、そういう縁から現実が動き、本当に結ばれる方もいます。私は前世の縁を否定していません。でも、何でもかんでも前世にするのは違います。連絡が返ってこない。会うことを避けられている。距離を取られている。相手が明らかに困っている。それでも、「前世で夫婦だったから大丈夫」と言うなら、それは鑑定ではありません。依存を作る言葉です。前世で夫