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さて今回からは2023年2月の大規模遠征の記録を基に城巡り紀行を始めます。静岡県西部の旧遠江国の地域は戦国期には今川→徳川→武田と東海の諸大名の係争地。その為に数多くの城が築城され、あるいは古くからあった城館をより実戦向けに強化改修して戦国の歴史に名を残す多くの城が生まれました。幸いこの地域は東海道沿いは交通の大動脈ではありますが、それでも多くの城跡の遺構が残されています。今回は浜名湖の北の山々から遠州灘の海沿いに至る広範囲を1日かけて城巡りしていく紀行。当然、鉄道・バス乗り継ぎでは
念願の姫路城訪問、その2からの続きです。天守を出てその天守を見上げながら、ド迫力を楽しみます。この広い場所は備前丸。何度もくぐる門の数々がいちいち嬉しい。この門の綺麗な四角の大きな石は近隣の古墳の石棺を転用したものとのことです。バチとか当たらないのか~?独特の雰囲気の石垣と塀の間の通路。ここにもやけに四角い石が使われていますね。やけに曲線を使っているっ!特にここなぜ曲線に、と思う凝ったデザイン。門!上山里曲輪というこの曲輪
カレー探偵、やみちゃんです。第4章ジョードプル編#2(全6回)#034ShriMishrilalHotel/青い街の朝ごはん【1月4日(日曜日)8:15】翌朝、宿舎を8時過ぎに出発し、まず向かったのは朝ごはんのお店です。旧市街の中心部、マーケットのあるエリア。咲いた、咲いた、ゴビの花が咲いた。街のシンボル、クロックタワーが見える風景。
・(日テレ)埼玉・秩父市で山火事…約2400㎡を焼く関東全域に乾燥注意報|またか~、いい加減にしろ!・(Kangnamtimes)「やればやるほど体に毒」運動に励むほど知らぬ間に壊れていく“体の部位”とは何事もほどほどに・・・昨日は以前から山友の案内があった、岩尾城跡に登山してきました(山仲間は4名)。久し振りの登山に、足腰はガクガクでした~。
〇讃岐の名家・十河十河…というと読めますかね。読みは実はかつての実家の近くにあった百貨店が「そごう」だったので、結構親しみがありますが、勿論両者には関係ありません。十河氏は元は讃岐の名族であり、今も香川県では結構多い姓であったりします。四国から出た「天下人」の三好家とはかなり深い関係にあり、戦国期に活躍した十河在保は三好長慶の実弟であったりします。さてその十河氏の城名のが十河城。もっとも香川県は城の残りが余り良くなく、特に平地の城跡は余り期待薄。琴電長尾線農池戸駅から徒歩40分ほどのところ
お城大好きなぱんだ(´Д`)。かねてより行きたいと切望していた静岡県三島市の山中城跡に行って来ました。本日は山中城跡の紹介十回目です。史跡山中城は、小田原に本城を置いた北条氏が永禄年間(1560年代)に小田原防備のために創築した山城です。天正十七年(1589)の豊臣秀吉の小田原征伐に備えて急ぎ西の丸や出丸などの増築が始まり、翌年三月に豊臣軍に包囲され、約十七倍の人数にわずか半日で落城したと伝えられています。ではそんな山中城を見ていきましょう。山中城跡広いですね(´Д`)。御馬
静岡県袋井市にある岡崎城跡。説明文によると、小笠山丘陵の南西山麓端にあった二つの曲輪からなる小さな城。城主は地元の武将、四ノ宮右近と伝わっており、横須賀城や馬伏塚城(まむしづかじょう)とともに高天神城攻略のための補給基地だったとされる。天正9年(1581年)高天神城が落城した後は廃城になった。土塁の横を進んでいくと二の曲輪。二の曲輪にある北八雲神社本曲輪には、土塁や空堀が残っている。
由佐城は香川県高松市南部にある平城です。実はこの城を訪問したのは「これから山城登るし、ちょっと手頃に訪問できて城跡の遺構が残っている城ねーかな…」と城巡りアプリで検索してみたところ、ヒットしたのがこの城でした。何しろこの後、香川・徳島の山城を4つほど巡るので、あと一つの城にはそれほど時間がかからない…できれば平地の城なら時間もかからないし…といった理由でした。何しろこの城、散策にかかった時間は15分で城巡り完了しちゃったという最短時間となりました。それでは最短訪問時間の城巡り模様を短
山梨県の甲府、他には、そんなに観光らしいことはしていないのですが、ホテルのすぐ前に城の石垣がありました。ここは、甲府城があったところで、武田氏が滅亡した後に、豊臣秀吉の命令によって築城された城なのだそう。現在は、城跡の一部が「舞鶴城公園」「甲府市歴史公園」として開放されているそうです。甲府城www.city.kofu.yamanashi.jp駅からホテルまでの間、城跡の前辺りに古い町並みっぽい雰囲気の通りがありました。花小路という場所で、小江戸甲府の町並みを再現した新しい観光名所らしい。
前回の続きです金華山の上にある岐阜城に行った後リス村へ行きましたこちらがリス村ですロープウエーに一番早く登ることは出来ましたがリス村は9時半からの営業でしたその前に岐阜城界隈を廻ってリス村に行くと9時半を過ぎていたので丁度良く行くことが出来ましたリス村へは私ととで入場しましたリスと言っても仲里依紗さんと中尾明慶さんご夫妻のあのCMに登場するリス達とは違う種類のリスでしたリス村に入るときは説明を受け☝のようなグローブ
3月14日(土)の鹿沼市・二股山ブログの続きです。南峰では休憩せずに先に進みます。南峰から北峰までは、V字に下って登る「二股山キレット」。「キレット」とは漢字で「切戸」と書き、山と山をつなぐ尾根が深く切り落ちている場所のことを言います。長野県の方言からきた言葉と言われており、富山県では「窓」と呼ばれることもあるようです。プチ高所恐怖症なので、慎重に下ります。だんだん残雪が増えてきたぞ…😨。激下りで、所々凍っていたり、根っこが濡れていたり…😱。大した積雪じゃないのですが、プチ高所恐怖
「明石市立天文科学館」の後は、同じ明石市内にある国指定史跡「明石城」(兵庫県立明石公園)を目指します🚙🏯日本100名城🏯No.58「明石城」11時50分100名城スタンプ設置場所がこちらに変更になったみたいです🕵️♂️兵庫県立明石公園にある「明石公園サービスセンター」に来ました🚶♂️ありました👀「日本100名城スタンプ」です🏯「日本100名城スタンプ」No.58「明石城」御城印もこちらで販売されていました🏯「明石城」御城印300円明石城入城記念証御城印御城印の
静岡県藤枝市の潮山へ行って来ました。左の山が潮山(山頂は鉄塔が立っているところ)。大きな山に見えるけれど標高204mの超低山です。麓の朝日山城跡駐車場から2時間ぐらいで周回できてガッくんにも程よいコースです。朝日山城跡は中世、岡部氏の山城だといわれています。急な階段を15分ほど登ると牛伏山ピークの一ノ曲輪に到着。周辺に土塁が築かれていることがわかりました。ここから潮山へ向かいます。静岡らしい茶畑の間を抜けて植林帯に続く急坂を登ります。転がり落ちそうなほど急なと
先日、滋賀県大津市で発見された明智光秀の居城・坂本城の石垣遺構が保存の形で元々土地所有者で開発予定だった不動産会社が持っていく形であることがニュースになりました。この手の史跡遺構が発見された場合は十中八九調査の後に消えゆく運命であったことを考えると本当にこの不動産会社は歴史に残る大英断を下したと賞賛されてしかるべきでしょう。今後、この貴重な史跡が国指定史跡として整備され、後世にきちんと残るものであってほしい。さて、京都府と大阪府の県境にある八幡市には橋本陣屋という陣屋がありました。これは前
以前から行きたかったお隣の兵庫県竹田城、天空のお城で大人気でお城のある山上には直接の訪問は出来なくなっています。時間の都合で城跡にはまたの機会に訪問することにして、お城の全体が見られるこの立雲峡の展望所へやってきました。雲海が出る季節にはこの展望所からの眺めが良くニュースなどで見られます。そちらもまた機会を見つけて訪問したいと思います。ここからはスマホ画像になります。
前日のマイナスを取り返すべく早起きしてフル稼働しました\(´∀`)/やっとここからはしばらく平和が続きます+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚:.。+゚前日到着しましたが、先のブログにも書いていた通り散々な状態でしたので実質ここからをDay1とします昨日はさすがにスーパー行ってサンドイッチ作って食べたらベッドに転がってそのまま2人共疲れて爆睡朝5時から目覚めてゴロゴロ朝食オープンから乗り込みました(^◇^;)
伯耆市場城に関しては、ある城郭ウォッチャーのHPのおかげで訪問することが出来ました。余湖図コレクションyogokun.my.coocan.jp数十年にわたる城巡りでの知見をご紹介してくれた余湖さんのHP。特にマイナーな城まで丁寧に「行き方」を紹介してくれていたので、私も自分が訪問する城についてのアクセス情報を検索する時に大いに助かりました。そんな多くの城郭ウォッチャーへの「辞書」と言ってもいい存在でした。「あの城、どれくらいの遺構が残っているかな・・・」「この城とかはどん