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ブックマーク:★レトロ系建物22025-12-30カンジャーガマ(鍛冶屋跡)鍛冶を行っていたところとされてますが、城のためか集落のためか定かではない様です。一説によれば護佐丸が阿麻和利に備えるために武具を造っていたとも伝えられています。城壁の外にある施設だった様です。敷地には改修の為か、城壁の石が番号を付けられて並んで居ました。⇒#okinawa#airplane#junglia#airtravel#Japan#Tokyo#in
姫路市文化財調査報告Ⅴ加茂遺跡小寺・太ノ前地区姫路市教育委員会編著昭和50年3月31日発行第1章遺跡の環境英城日記天正8年(1580年)に英賀城が秀吉の軍勢に滅ぼされて間もなく、天正10年(1582年)に薬師入道道定が散失しかけた資料を修成し、英賀城主三木氏歴代の事蹟を中心にまとめたという記録である。現在、英賀神社(姫路市英賀宮町)に『英城日記』上・中・下が所蔵されており、我々はその書写本を利用した。なお、『英城日記』の信憑性については種々言われている。例
城発見!先日、ずっと気になっていた國學院大学博物館へ。土器を目当てに行きましたが、大河ドラマにちなんでかな、こんな企画展も✨様々な書状が展示されていました。無料で本当に良いのですか!?と思うくらいのボリューム。端から端まで楽しみました。博物館に行く途中……金王八幡宮に立ち寄りました。中入ってから知りました。ここが渋谷城!名前だけは知っていたのですが、まさかここで出会うとは。都心にこんな場所があるのですね。よく来ている街でも、行く場所は基本決まっているので、
—宍戸氏館跡のすぐそば。戦国の“悲劇の痕跡”がそのまま残る、思わず足が止まる場所—五日市の住宅街の中に、突然あらわれる古い墓石の群れ。初めて見ると、「なんだこれは!?」と驚く。三十人の墓は、戦国時代の五日市に起きた悲劇を静かに伝える場所。---🏞️①どこにあるの?•所在地:広島県広島市佐伯区五日市•最寄り:JR五日市駅から徒歩圏•宍戸氏館跡のすぐそば•塩屋神社や海老山城跡にも近い、歴史が重なるエリアまさに“宍戸氏の本拠地周辺”に点在する史跡のひとつ。
こんにちは回遊魚です。連日の酷暑で出かける元気がなく、ブログも更新できません。😫なので過去に巡った場所をネタにしました。多少季節感のズレはご勘弁を😅秀吉と家康が直接対決した唯一の戦、小牧長久手の戦いの史跡巡りに行きました。小牧長久手の戦いは近年その重要性が再評価され、これこそが天下分け目の戦!とも言われています。まずは秀吉が本陣を構えた楽田(がくでん)城跡です。今は小学校、図書館近くの住宅街内にひっそりとあります。思うように進まない戦況にせっかちな秀吉はさぞやイラついていたのでしょ
こんにちは、モコたんです岡山県津山市の津山城へ行って来たー酷暑、、城内へ続く石段周辺に立派な桜の木々が植えられているけれど、石段上に陰る日陰が少なくて、ハンディファンで頑張ったーhttps://www.tsuyamakan.jp/rcCEUdxa/9Rqhbi-p↓こちらの公式っぽいサイトが分かりやすい津山城の歴史と魅力|津山まちじゅう博物館博物館にちなんだ形で市内全域を7つのコアエリアとエントランス・テラス空間の合計9のエリアを定めています。tsuyama-machij
お盆にはまだひと足早いですが関西にいる間に東大阪へ墓参あまりに暑いので京都からレンタカーを借りて移動です大阪中環を走ると瓜生堂までの大阪モノレールの延伸工事が少しずつ進んできているのがわかりますね(2033年完成予定)移動途中に丸亀製麺で昼食噂のうどんプリンも涼しげで美味しくいただきました京都への帰路は奈良経由で大和郡山市に立ち寄りました◆豊臣兄弟!大和郡山大河ドラマ館(入館料600円P2時間まで無料)豊臣政権の時代に豊臣秀
ブックマーク:★レトロ系建物22025-12-30なぜ中城に魅せられたかと言うと本土に石垣の城が出現するより約200年前(1300年代)に高度な石造技術によって築かれた城だからです。日本の城壁は一般的に自然石の石積が多いですが、ここでは加工した石造りの城壁です。日本の本土より沖縄の方が石材加工技術が発達していました。南西に向けられて建てられた正門(やぐら門)。門を挟むように両側に石垣がせり出しています。⇒#okinawa#airpl
おはようございます♪くりたまです。富山県高岡市にある射水(いみず)神社へ参拝しました越中国(えっちゅうのくに)の一之宮です加賀藩主の前田利長公が慶長14年(1609年)に築城した高岡城跡にあります。本丸広場ちょうどお馬さんが散歩していましたひまわりの花手水で清めます✨七夕の笹飾りが美しい✨拝殿御祭神二上神(ふたがみのかみ)瓊瓊杵命(ににぎのみこと)神様に感謝を込めて、大祓詞を奏上すると、ブワァーーーっと強風が吹いて大歓迎してくださいました🙏めちゃくちゃ嬉しい今日も一
FinalVersion(AI-revisedtext)WalkingThroughBitchuTakamatsuCastleRuinsBitchuTakamatsuCastleistheruinsofacastlefromtheSengokuperiodinOkayamaPrefecture.AttheendofJuly,IvisiteditaspartofwhatIcallmy"CastleSiegeT
やっぽ~(^O^)/きょ~な☆です今日は残業で帰宅したのが21時前明日も早いので簡単に更新して寝ます。最後は望月城跡です。城の入り口に駒繋ぎ場があったようです。ここで馬を繋いで入城したのかもしれないですね。城光院から登るのが大手道なのでしょうけど、私は車で移動して城の駐車場に留めたので搦め手からの入城かな。でゎ行ってみましょう♪けっこう鬱蒼としてますね。最初の堀が出てきました。ここからが城内かな。更に進むと農
無事に船にのり一時間⛴️の旅🌊通りすぎた台風の影響で揺れがすごい船酔いすると困るので一応トラベルミン飲みました金曜日午前中仕事を終え午後に家を出発したのでこの日は移動のみ⛴️をおりて2時間50分でホテルに着く予定が高速が工場中で迂回路へ一時間ロス疲れた😵💤⤵️延岡のホテルhttps://www.az-hotel.com/nobeoka/HOTELAZ宮崎延岡店【公式】東九州自動車道「北川IC」より車で約8分東九州自動車道「北川IC」より車で約8分。「HOT
安養院(弁財天)板橋区東新町2-30-23北条時頼が持仏の摩利支天を安置し建立したのが始まりとされる、緑に包まれた非常に美しい名刹です。境内には樹齢300年を超えるカヤの巨木があり、お堂では琵琶を奏でる美しい弁財天が迎えてくれます。西光寺(布袋尊)板橋区大谷口2-8-7境内に安置されている「しろかき地蔵」は室町時代の作とされ、苦しむ農民を助けた民話が残る区内最古の石地蔵です。布袋尊は豪快な笑顔と丸々としたお腹が特徴的で、お正月に本尊の前で開帳されます。長命寺(福禄寿)板橋区東山
今日は、孫のSちゃんの夏休み第一回目が終わる日で夕方までに自宅へ送り届けます昨日の川遊びの写真です帰る前に、Sちゃん本人が言うのでお墓参りに連れて行く予定です今日は曇で酷暑は一時休止のようです2026.7.30(木)キツネノカミソリの様子を見に片倉城跡へ草の中に点々と見えますが今年は花が少ないですシギンカラマツウバユリ道から離れた奥をズームウバユリの群生てすシュロソウ園内にたくさんありますが咲いているものは少ない
ブックマーク:★レトロ系建物22025-12-30【中城】は「なかグスク」と読みます。グスクとは御嶽と呼ばれる拝所が集まる信仰の場でいわば寺社仏閣のような場所なのです。グスクの中はそれぞれの郭に分かれて、ひとつひとつの郭に御嶽があり「イべ」があります。イべとは神様が天から降りてくる場所。神様が宿る「御宿(ぐしゅく)」が「グスク」となりました。駐車場近くの事務所からカートで送迎してもらえます。1853年、ペリー提督が沖縄に立ち寄った際、中城
念願の姫路城訪問、その2からの続きです。天守を出てその天守を見上げながら、ド迫力を楽しみます。この広い場所は備前丸。何度もくぐる門の数々がいちいち嬉しい。この門の綺麗な四角の大きな石は近隣の古墳の石棺を転用したものとのことです。バチとか当たらないのか~?独特の雰囲気の石垣と塀の間の通路。ここにもやけに四角い石が使われていますね。やけに曲線を使っているっ!特にここなぜ曲線に、と思う凝ったデザイン。門!上山里曲輪というこの曲輪
いつもお付き合いくださり、ありがとうございます。名古屋や三重県が猛暑になるちょっと前、津に行ってきました。津というのは、三重県の県庁所在地。日本でたった一つしかない、一文字の県庁所在地。三重県では、四日市の方が大都会ですが、津の方が趣がありますねえ。今大河ドラマで小一郎君を支えている藤堂高虎に会う旅でございます。藤堂高虎と言えば、浅井長政の家臣から小一郎君の家臣になり、その後、秀長さんには最期まで仕えたものの、秀吉亡き後は徳川の家臣。城づくりの名手という力を認められて、た
こちら仙台城の上空からの絵図です。ものすごく詳細に書かれているのですが、作者は不明だそうです。1868年に作成とありますが、これだけの技術ならそれなりに名前のある人だとは思うけど、判明しないもんなんですね。本丸跡から城下を眺めるように佇んでいます。日本屈指の有名な武将像ですね。土井晩翠さん。知らなかったんですが、「荒城の月」の作詞された方だそうです。荒城の月は瀧廉太郎が作曲していて、大分県岡城に史跡がありました。土井晩翠さん。本丸跡看板。五色沼、政宗像、博物館
毎日、暑い暑日が続きます。5連休の4日目です。外に出掛ける気にもならないので、涼しくなった頃のために、旅行計画を組み立てよう!主人の置き土産遂行のための旅行です。全国一宮御朱印集めと、続100名城スタンプ集め。福島県攻略です。主人が元気だったら、きっと全部車の可能性もあったな。さすがにそれは無理。飛行機で福島空港へ移動。1泊2日で予定。空港からはレンタカーで動きます。飛行機はマイルで、ホテルは優待券を利用しようと思っています。今回の目的は八槻都々古別神社、馬場都
19時40分福島市飯坂の「旧堀切邸」を出て、飯坂温泉街をさらに探索していきます汚水蓋雨水蓋共同浴場「鯖湖湯」です♨️古くから日本最古の木造建築共同浴場として親しまれてきましたが、老朽化により平成5年(1993年)、当時の姿を再現し改築されました。名前の由来は、西行法師がこの湯を訪れた際、「あかずして別れし人のすむ里は左波子(さわこ)の見ゆる山の彼方か」と詠み、そこから「鯖湖の湯」という名が定着したとも云われています。現在も飯坂温泉共同浴場のシンボルとされている鯖湖湯は地元の利用
めちゃくちゃ暑いのですがどっかに出かけないのももったいないはい!あちらに見えますのが墨俣一夜城でございます!すのまたいちやじょう大垣市墨俣歴史資料館なんですね中は冷房もきいていて快適太閤出世橋から織田信長の命を受けた木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が永禄9年(1566年)に一夜で築いたと伝えられる城跡です敵の馬を防ぐために作られた木の垣根(馬柵)は今も残ってました出世の神様こんな所にも豊国神社が天守閣よりのちの豊臣秀吉次〜大垣城でございます!大垣城は美濃守護・土岐
7/31㈮17:06~臼井城跡から印旛沼を臨む。【昨日の歩数】の続きです。っていうか💧…先月の歩数😅これで今日から【昨日の歩数】リアルタイムで記録出来そう?まあ、出来る範囲で頑張ります。こんな記事にお付き合いしてくれるあなたはどんな人?きっとお優しい人なのでしょう。改めて心より感謝申し上げます。【昨日の歩数】7/01㈬~7/31㈮
7月30日、朝から、雨に祟られて、大宮坊で、石動山ユリを堪能して・・・・・雨も止んだので、登りましょう・・・・・冷たい力水を頂いて・・・・・前回壊れていた鳥居もしっかり直って・・・・・石やコケで滑りそう・・・・・・・いつもは、大回りコ-スを歩いて、登るけど、今日は近い道へ・・・・・セミはここで羽化した模様・・・・・いつもは右に行きますが、今日は左へ山頂に向かいます・・・・・
いつもブログをお読みいただきありがとうございます。平良ゆりこです。沖縄北部の聖地・アスムイハイクスからの眺めYouTube更新しましたご案内が遅くなってしまいましたが、、YouTube更新しました。最近、琉球の歴史に触れる流れになり、城跡へ行ったり、御嶽へ行ったりしていて、その流れを話しています。【過去世の封印を解く時】夏至を過ぎて色々動き出してる方、今の現状の違和感をやはり強く感じている方、一人一人感じることがあると
宮古島への訪問を思い立ったのは一つのキッカケであった。沖縄のエメラルドブルーの海に聳え立つドイツの城(風)建物。こんな凄い光景が見れるのは宮古島しかない。ドイツは行ったことあるのであれですが、それでもこの光景はなかなか見れるものではありません。宮古島の南部の海岸沿いにはドイツをテーマにしたテーマパークがあります。うえのドイツ文化村キッカケは明治時代に起きたある遭難事件です。1876年、宮古島の上野沖で座礁したドイツ商船ロベルトソン号の乗組員は宮古島の住民による献身的救助活動を
昨日、旧吉田家に行きましたが、道々いろいろ見学しました。千葉県柏市。うなぎを運んだ諏訪道の北の高台へ行く道は、開発中。坂を上ると正面に見えるのは高田台牧野馬土手(高田)。後で行くことにして、高田城跡へ。辛うじて、ちょこっと残っている高田城跡の緑地。そこにしんみりした面持ちでたたずむ男一人。あいさつをしても返してくれませんでしたが、私が高田城や、向こうに見える野馬土手を語ると、口を開いてくれました。この写真の右側を清流が流れていて、下流でうなぎを休ませたこと
余命二年を宣告された友人が、一週間ほどの短いクルージングの旅を終えて帰ってきた。早速、もう一人の友人と三人で会食しながらみやげをもらい、みやげ話を聞いた。余命二年を言われてすでに半年だから、あと1年半ということになる。会食場所は、彼の家の近く。彼は、杖の力を借りる。昨今言われる外国人居留者が多くなっている話題になった際に彼が言った。電車に乗ると、席を譲ってくれるのは外国人が8割以上。彼ら彼女たちは、それなりに気を使いながら日本で生活しているのでは
真野地区吉岡にあった吉岡城跡を探訪しました。中世吉岡城は吉岡本間氏が居城した一の城と、防備用の二の城に分かれました。妙宣寺・国分寺線の入口であるこの場所から撮った左側の郭がどうやら吉岡一の城跡のようです。郭や空堀の跡など残っているようですが、人の土地っぽいし鬱蒼としていてマムシでも踏んだりスズメバチに襲われたりしたら元も子もないので郭全体像を撮るに止めておきますちなみに上杉軍による第二次佐渡征伐において藤田能登守がこの城を攻めた時は、非道な手段を使って吉岡城を落として
いつもありがとうございます、趣味を活かした起業・副業の専門家「趣味起業コンサルタント」の戸田です。これまでに関わってきたいろんな趣味起業の話を書いていきたい!と言い出してから2本目の記事です。一人でも多くの人の「私にもできるかも!」の勇気の源泉になるといいなぁと思っています。いろんな趣味起業の話#2〜城跡が好き〜今回は「城好き」ではなく「城跡好き」、そう「跡」が好きな人の趣味起業の話です。今ではその「城跡好き」で副業ながらも月10万円程度稼いでおられるのですが、それこそ最
日本100名城No.56・竹田城(兵庫県朝来市和田山町竹田)噂はよく耳にしていたお城ですが、近年訪問者の増加で車での登城は出来なくなっています。時間的な制限と暑さのため城跡への訪問は断念してお城の情報が見られる竹田駅の横にある情報館「天空の城」を訪問しました。名城印もこちらで押させていただきました。また季節のいい時期に再訪問したいと思っています。