ブログ記事1,128件
【8/144日目②】ちょうど一年前くらいに初めて来た秋田城。前回は一人だったし、城跡だけ見て次に行っちゃったんだよね。で、今回はかみさんも一緒だから、少しはゆっくり資料館でも見てみましょうかね。早速のお出迎えは「東日本の古代城柵」。そうそう、前日に気持ち良かった払田柵もあるじゃ~ん。とういか、何か所もあるじゃん。こりゃ~この後がまた楽しみな感じだな。造営年表があったけっど、645年の大化の改新直後から造り始めてるんだね。東北といえば、歴史で習った坂上田
【片埜神社(かたのじんじゃ)】大阪府枚方市牧野阪2丁目21-15【社務所】では、物語などで語られる阿弖流為(アテルイ)と坂上田村麻呂の友情・ライバル関係といった話から、友情・良縁の御守りとして、阿弖流為の御守を授与されている神職の方に阿弖流為の事についてお伺いすると……『阿弖流為の墓については、信憑性では世間では色々言われてますがこの地域の人々は小さい頃から、舞台などで見聞きし、阿弖流為に対する愛着がすごくあるんです……。』さてさて、ココロはいよいよ【東門/大阪府指定文化財】から
安倍首相の第二次内閣はアテルイの復活だった?!安倍元首相の2002年7月の事件の、その時その時間、近くを車で走っていたえしまなおこさんが、車窓から見た光景とは!蝦夷討伐の歴史、有名な話らしいが征夷大将軍坂上田村麻呂くらいしか記憶がない。というか、自分が不勉強なだけ。今さらながら、おふたりの話に引き込まれて、アテルイとモレに関する書籍を読んでみた。安倍派の裏金問題でガタガタしている昨今、安倍内閣の良し悪しは、横に置いておく。安倍総理と蝦夷の関係にも、とにかくビックリな
何となくホッとした日々を過ごしているとまるで見張られていたかのように天から仕事が降って来ます。今回は福島県へ。夜明けと共に出発。ビックリするほど大きな太陽が昇ってきました!!桓武天皇から蝦夷平定の勅令を受けた坂上田村麻呂が向かった田村市へ。Missionを遂行しながらも、満開の桜の素晴らしさに感動!益子神社は丁度お祭り。宮司さんは天狗の面をつけるようです。ちょっと寄り道。「じょーもぴあ宮畑」で土偶にご挨拶。仕事に戻ります。今日は会津若松の湊町で終了。翌日は棚倉
滋賀県と三重県の県境にそびえる鈴鹿(すずか)山脈は日本を「東」「西」にわける境界線とされていたようです。鈴鹿山脈の北にある関ヶ原(せきがはら)は天下分け目の決戦の地として知られいまでも、関東風の関西風の出汁の分かれ目ともいわれています。「関」というようにかつては、不破関(ふわのせき)という関所が置かれたようです。飛鳥時代のおわりごろ大化の改新(たいかのかいしん)という政治改革のひとつとして各地に関所が置かれたといいます。改革では、ひとび
#名前の由来は今は余り由来言われてないですが、確か元々は「純情烈将伝」で「純烈」なんですよね。将なんですよ、皆様。で、純烈コンサート、ラウンド曲は君の瞳は1万ボルト私祈ってます心凍らせてあれ・・・岩永さんだけ書いてなかった。他の方のを見たら「酒と泪と男と女」・・・ですか?この時握手出来たのはゴガミンと白川さん!有難うございました。私、良い席過ぎて写真が撮れなかったです・・・逆に後ろだと進んでくる皆さんを録り易かったんだろう
どもども(・∀・)ノ☆りおたん@歩く歩行者です!今回の凸りおは、、、西目屋村村市にある鹿嶋神社に行ってみたいと思います(^ω^)※この辺。えー。コチラは津軽大北斗七星伝説の七社のウチの一社です!まー。この伝説も坂上田村麻呂伝説の一つで信憑性に欠けているワケですが。ロマンがある方がいいですしwそんな伝説を感じつつ行ってみます!そんなワケで。早速凸していきましょう!レッツゴー👊ダム湖の
「大正浪漫」結構ききますね。大正デモクラシーに似てるなと個人的に思います。今回は大正に発行された〈大正兌換銀行券〉を3つご紹介致します。①大正兌換銀行券10円(左和気)左和気を言われている紙幣です。理由は左に和気清麻呂が描かれているからです。日本貨幣カタログ2024では価値が下がっていました、、、残念。柄を見ればわかりますが洋風なんですよね。大正浪漫はここも影響があったのでしょう。②大正兌換銀行券5円(大正武内)大正兌換銀行券の中で一番小さいです。肖像画は武内大臣。元々は坂上田村麻
山形県の置賜地方、赤湯温泉~白鷹町までをつなぐ山形鉄道フラワー長井線沿線の桜名所をつなぐ約43Kmの観光ルートです。桜の名木が連なっているということなので、初めて行ってみました。初めに訪れたのは、伊佐沢の久保桜、推定樹齢1200年のエドヒガンザクラ、高さ13m、枝張り約20m、大正13年に国指定天然記念物となっています。坂上田村麻呂と土地の豪族久保氏の娘との悲恋の伝説が残っています。現在桜の中心部は朽ちて空洞化していますが、手厚い保護で毎年立派な花を咲かせています。かつて、枝
青森県平川市に鎮座しています猿賀神社です。昨年の八月中旬に参拝しました。あかい堂(水天宮)です。御祭神水波能女神、龍神様胸肩神社です。御祭神市杵島姫命由緒創建年等の詳細は不明です。日吉神社です。御祭神事代主神境内の句碑より『代馬は大きく津軽富士小さし』高浜虚子『たゞ佳句を志すのみ老の秋』増田手古奈胸肩神社にて。
近くなりましたので宣伝。埼玉県東松山市岩殿にある巌殿観音正法寺にて6月4日14時より「しりあぶり柴燈護摩」が開かれます。坂上田村麻呂の故事によりお尻をあぶりながらお饅頭を食べます。先立って柴燈護摩が修されます。祈祷料2,000円よりしりあぶり証とお饅頭付。5,000円は御札付。見学のみ無料。観音堂お寺独特の行事みたいなのでお時間がある方は参列してみてください。
皆さんこんにちは。今回は「清水の舞台から飛び降りる」ということわざでお馴染みの清水寺のお話をしたいと思います。清水寺の歴史は古く、778年奈良時代まで遡ります。「清水寺縁起」によると、奈良で修行を積んだ賢心(けんしん)という僧が夢で「北へ清泉を求めて行け」というお告げを受けました。賢心はお告げ通りに北へと歩き、やがて京都の音羽山で清らかな水が湧出する滝を見つけました。そして、その滝のほとりで草庵を結び修行をする老仙人・行叡居士(ぎょうえいこじ)と出会いました。行叡居士は賢心に観音様の力が込