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生きていたら92歳の誕生日。亡くなって今年で39年。子供の結婚式も見れず、孫も見れなかった父。国鉄の機関士でした。脳血栓してからは、事務職になりました。国鉄を大切に思って、JRには行かないで清算事業団に行きました。そのJRになった時に、父は他界しました。父がいたら孫とひ孫にメロメロだったねと、家族で言ってます。職場の野球部の監督してました。朝野球にいつも連れて行ってくれました。僕の野球の原点がこれでしたね。小学1年生から連れて行って貰いましたから。
客車を改造し北海道で活躍本日は、先日発売された鉄道コレクションのキハ08型です。実車は北海道で活躍したもので、当初は「キハ40型」を名乗っていたことも有名です。(したがって、現役のキハ40型に「0番台」はありません)キハ08は長らく、閉鎖された「加悦SL広場」で保管されていました。それもあり、今回入手することになりました。キハ22などに比べて、このような車両を入手できる機会はほとんどありません。ましてや、ディスプレイモデルではありますが1両3,300円であるなら尚更と言えます。「高い」
勾配を登ってきて110㎞/hの高速で通過する長編成のキハ181「はまかぜ」。暗い曇りや夕方はAFカメラでは、もうそのスピードについていけずブレブレ写真ばかり。この辺りで撮っていたのは小学高学年~中学時代。JR化前の国鉄時代、運転士の他助手がついていました。蒸気機関車時代の名残でした。不必要な人件費が嵩み赤字は膨らみ続け、対して国鉄労組は合理化と称する人員整理を阻止しようと…JR化は国鉄解散で国労を粉砕するためだったと。その陰で国鉄職員の自〇は頻繁に続きました。轟音
↑↓大垣電車区の153系、155系を連ねた8両編成。先頭車のみ冷房車である。1980年7月。国鉄時代は郵便、荷物、貨物といった物資の輸送にも重点が置かれていた。そうした列車に人員、ダイヤ、インフラが重点的に充てられていて、大都市圏においても旅客列車は汽車式ダイヤであることが多かった。57-11ダイヤ改正において、広島地区で旅客電車を短編成にして増発、待たずに乗れる「ひろしまシティー電車」が発足、たちまち全国に波及した。それと入れ替わる形で、郵便、荷物、ローカル貨物が衰退、旅客輸
このブログの内容、間違えてました!!ここに訂正してお詫び申し上げます!!↓訂正しました!もしくはこちらを読んで下さい!!↓↓https://ameblo.jp/honeyboss/entry-12933692465.html『パリのNavigoeasyカード続編』パリは寒い!!!まさかの12度。ダウン着てます。『不便極まりないパリのNavigoeasyカード』このブログの内容、間違えてました!!ここにパリは曇り空。…ameblo.jp以下訂正版パリは曇り空。ギリシャ
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「タキ43000黒」その➊(品番8013-1)です。この製品、katoホームページの製品検索では出てきませんでした。廃番になったんでしょうか。前回生産は2012年頃のようです。※ブログ容量の関係で2回(その➊・その❷)に分けて掲載します。タキ43000はガソリン専用のタンク車で、昭和42年から総計819両が製造されました。車体形状は側梁なしで台枠とタンクが一体化されたフレームレス構造とし、軽量化を実現しています。タンク中央部の直
24系の沼にハマって10年?ほど経った酸化鉄です。「テープ銀帯折戸洗面所窓埋めのオハネ25」って製品化されていたっけ?とふと思い、コレまでのTOMIXの製品化の流れを振り返ります。目次はじめに●折戸車●調査対象外の面白い車両●結論・最後に目次を開くはじめにハシゴパーツ装着後からの製品のオハネフ25とオハネ25をまとめます(引き戸を除く)さらに、オハネ15はオハネ25-100として利用可能なため、調査対象とする紹介は時系列ある順とする。ポイントとなるのはこの辺り帯:
撮影日2025/04/28所在地は秋田県秋田市下浜羽川下野ここに校舎があった建物関係で残っているのはこれだけ学園は1986年閉鎖らしいこれが当時からのものかは不明学園時代の舗装か?校舎以外にいくつかの建物があったけど、消滅している国鉄の境界標となりにある殉職者慰霊碑ここにも境界標秋田鉄道管理局長横井昌明謹書学園とつなげる通路
ヒナで昼寝出来ないんでカマまで行くんですかね?ハマ線は混色が当たり前。ウグイスのクモハ現車を見て吃驚したもんです。サハ100で2両しか居なかった冷房車。【冷房試作車はクーラーが前位によって、MGも5両給電で中央線では10両貫通扱いでした】手前の線路から大回りして、此処に落ち着きましたとさ。東京口では久しぶりのAU12。こだま型・東海形サハシ以来の筈です。急行荷物・今になって必要になってきました。湘南電車・E形投入で一部は千葉の老朽車・簡易冷房車置き換えに。
懐かしのモデルから。GM社製塗装済みキットキハ23東北地域本社色随分前に格安ジャンク品の完成状態で購入したものです。自分には縁もゆかりもない東北地域本社色ですが。何か塗り替えて使おうと思って買ったのですが結局塗り替えずに今もそのままです。緑の濃淡は昔の南海電車を思い出しますね。しかし残念なのは、前面塗装の乱れです。テールライト周りに色が入ってなく白くくり抜いたようになっています。塗装済みキットだったはずなんでメーカー塗装ですよね。当時はこのクオリティでOKでした
今回は久しぶりにタンク車の沼です。タム500は、昭和6年登場で昭和36年まで、30年間で621両が登場しました。前からちょっと欲しいなーと思って探してたら、再生産されるとのことで、早速買ってみました。KATOのタム500、待望の再生産だった方も多いのでは?我が家では初登場のタンク車です。昭和感漂う、ちっちゃいタンク車が2両入っています。大型タンク車にはない可愛らしさ。箱から出してレールに乗せてみよう。いい感じですぞ。小口輸送向けのタンク車ということでした。タム
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「455系急行「まつしま」7両セット」その➊(10-1632)です。※ブログ容量の関係で3回(その➊~❸)に分けて掲載します。急行「まつしま」(当初は「松島」と漢字表記)は昭和29年に上野~仙台間の急行列車として登場しました。昭和38年に一部が電車化、昭和39年から定期列車は451・453系列で電車化され、その後455系も運用に就きました。455系は、交直両用急行形電車451系の出力増強形として昭和40年に登場しました。勾
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「24系25形寝台特急「富士」7両基本セット」その➊(品番10-855)です。※ブログ容量の関係で2回(その➊・その❷)に分けて掲載します。寝台特急「富士」は昭和39年から東京~大分間を結ぶ列車として登場しました。翌年には西鹿児島まで延長され、日本最長の定期旅客列車となりました。昭和50年から使用車両が24系24形客車に、昭和51年からは24系25形客車が使用されました。その後、運転区間の短縮や寝台特急「はやぶさ」との併結運行等
こんにちは。オケタ模型です。本日の入線はkatoの、「キユニ28首都圏色」その①(品番6168)です。※ブログ容量の関係で2回(その➊・その❷)に分けて掲載します。キハ58系は昭和36年から製造された急行形気動車です。合計1800両余りが製造され、全国各地で活躍しました。キユニ28は余剰のキロ28形の改造により昭和53年より登場した郵便荷物車で、経年劣化していたキハ17・キハ55系改造の郵便荷物車を取替え用途で登場しました。走行機器等は種車流用ですが車体はキハ40系列と同等の設
数日前に御福餅の包装に4個入が出来た事を知る。まだJRの前だった国鉄時代は名古屋駅ホーム売店には赤福餅の販売が無く、不思議と御福餅が並び間違えて買ってしまう人も居た。鉄道弘済会の売店はかなり国鉄の影響力も在って、赤福餅が駅売店では置いて居る店舗が少なかった。そんな昭和の時代から伊勢の名物赤福餅が、名古屋駅の新幹線ホーム売店で売って居ない時代を知る小僧から見ると令和時代になって逆に御福餅が名古屋駅新幹線ホーム売店で買え無いが時代に。知ら無い方も居る
ゆるいネタですみません。ヨーロッパ各地をうろうろすると各地の交通アプリを利用する機会が多いです。もういらないものも記念だからと残していたら10画面になってしまい。ちょっとどんなものを利用してきたかを紹介したいと思います。この辺は日本にいたときから使っているアプリもあるので日本物が多いです。それらは省略して、・FlyDelta-デルタ航空のアプリですがマイルが失効しないので、残しています。残20,000マイル少し。いちどアライアンスの欧州フライトで使おうとしたらとんでもないスケジュ
ホテルグランドセントラルヘルシンキをチェックアウト。朝早くから指定席制の国鉄に乗り込み、ユバスキュラ駅に向かいます。途中乗り継いで、3時間ほど乗ったと思います。旅も明日で終わり。疲れが溜まってきつつも、無事ユバスキュラ駅に到着しました。この日はユバスキュラ駅からバスで30分ほど行くセイナッツァロ役場に宿泊します。その前に、駅のロッカーに荷物を預けアアルトミュージアムに寄ることに。コインロッカーを探してうろうろ。見つけましたが、ひとつしか空いておらず他のロッカーは全ての扉が閉まってました
美深町の美深駅2階にあります、美幸線(びこうせん)資料館へ美深町は、〇の辺りで、路線は赤線です。1階は、JR美深駅、宗谷本線のジオラマがあったり、普通の駅美深観光協会を兼ねたお土産やさんもあります。美幸線資料館のある2階へほぼほぼ、切符の展示になってますね(^-^)<美幸線の生い立ち>1957年に工事が始まり、内陸地の美深からオホーツク海の枝幸まで約80キロ繋ぐ予定だった美幸線(びこうせん)1964年に美深駅~仁宇布駅間の21.2kmが部分開通したのは、いいのですが・・100円
修学旅行輸送用の車両として造られた167系、この車両は165系をベースに作られています。晩年は「快速メルヘン舞浜」「ホリデー快速むさしの」など、休日の臨時列車に使われていました。この他にも「40年前の鉄道」をちょっとだけyoutubeにて紹介しています。※みなさまが「懐かしいなぁー」と感じていただければ幸いです。是非ともお立ち寄りくださいませ。ただ今、ネガスキャンを進めてますので今後もどうぞよろしくお願いいたします。もしよろしければご登録お願い致します。(いち早く更新の情
国鉄終焉前、1980年代に加速した、地方ローカル線の廃止。国鉄の処理を早くしたいが余り、百年の計でみた精査をせず、先人の汗と先見性で築き上げ、国民の財産であった鉄道を、その時点の採算と旅客数だけで切り捨てていった時期でした当別荘で度々訪ねる兵庫県でも、そんな路線が多数姿を消しました。今作で取上げる旧高砂線もその一つです。夏恒例の"帰省がてら作"、今年は高砂線の廃線跡を歩き、その痕跡を辿るとともに、なぜこんな重要な経路の路線をバッサリ無くしたのか?当地の現状はどうなっているのか?を
2026年がスタートしました。山口エリアの鉄道は、JR山陽本線の新しい車両「kizashi」のデビューや115系近郊形電車の置き換え開始が予定されるなど、国鉄形の去就が注目される1年になりそうです。同エリアで今のうちに見ておきたい車両をまとめました。JR下関駅で並ぶ国鉄形の(左から)105系、115系3000番台、415系1500番台、キハ40系。(※2026年3月ダイヤ改正以降、6番線の115系は1000番台T編成に変わりました)◾️置き換えが始まる115系3000番台1
私が遥かむかしに手に入れた、国鉄時代の交番検査票?と思われる紙切れの続編をご紹介しています。国鉄で連結手をしていた時代、希少な車両などから記念に持ち帰ったもので、今となっては貴重なものです。鉄道部品というのは、大体が鉄やアルミなどの金属製又はブラ製で、サボ類で紙製のものを集めている方と言うのはまずいないと思います。まして、全体の大きな貨車にこのような検査票を取り付けていること自体が鉄道ファンでも知られていない筈ですので、これを持っている方と言うのは全国を探してもあまりいないと思われま
こんばんは!本日は海の日の祝日にふさわしい快晴の猛暑日となりました。こんな時に海水浴に行くといいのかもしれませんが、ずっと海に浸かっていないとカンカン照りの太陽の元で砂浜に寝そべるのは自殺行為になりそうです・・・程良い夏日が遠い昔になってしまいました・・・大相撲は昨日の中日で折り返し、9日目に突入しました。アサヒのジョッキ缶を片手に大相撲観戦を楽しみました。本日は一山本が一人、1敗で勝ち越しを決め、2敗組は横綱の大の里を筆頭に7人が追う展開となり、ますます盛り上がりを見せる7月場所と
國鐵特急形の中でも嗜好の485系1500番代。白鳥を冠して大阪にも顔を出していました。雷鳥でも。模型では、4年ほど前にトミーさんから発車していたんですな。98795国鉄4851500系特急電車(はつかり)基本セット27,610円2022年09月発売98796国鉄4851500系特急電車(はつかり)増結セット11,220円2022年09月発売485系は国鉄を代表する交直流両用の特急型電車です。1500番代は1974年に製造された北海道向けの特別耐寒耐雪型の番代区分
当ブログをご訪問頂き、ありがとうございます。○中小企業福祉事業団セミナーもしものミスにも慌てない!助成金、『提案~クローズ』トータル講座はこちら『雇用関係助成金、その本質に迫る!-2025改正情報と「助成金教育」「助成金マネジメント』=雇用の多様化に備える助成金実務はこちら○助成金の無料診断、最新状況はこちら○メルマガ「新労社が贈る、人事のツボ!」(無料)はこちら=======================================
おはようございます今日は趣を変えまして、今回はヤクルト・スワローズのマスコットキャラクター、「つば九郎」について。野球ファンでなくても大人気のつば九郎プロ野球の人気が落ち始めた時期がどうか分かりませんが、ファンとチームを結びつけるために対策を考えた結果なのかもしれませんが、ヤクルト・スワローズからも、そのキャラクタを出すことにしました。1994年(平成6年)のことです。もう、30年も前のことです。このつば九郎は、他のマスコットキャラクターと違ってやりたい放題の「ツバメ」で、悪態をつく、
皆さんこんにちは。この旅の最大の目的は、去り行くキハ82系の記録でした。札幌を中心に夜行急行で道北道東などと行き来して乗りつぶしをしながら札幌でキハ82を撮影するという行程を組んでいました。特急おおとり網走行です。15時45分に函館駅から到着しました。札幌駅では5分間の休憩。15時50分紫煙を吹き上げて元来た道を折り返すように発車しました。前から4両目のキハ82の後が5両目が食堂車キシ80です。前3両が途中北見駅までの付属編成、その3両を含
C58という蒸気機関車がある。秩父鉄道で走っている形式だ。蒸気機関車ファンの僕は若い頃はスマートで流麗なC57が好きだった。長じてからはバランスのとれた重厚感があるC59がいいなぁと思うようになった。そのうちに、その2形式を足して2で割ったようなC57四次型が最も好みになった。「だった」とか「なった」と過去形で書いたのは、今ではもっと好みの機関車があるからで、それがC58である。C58は地味な機関車である。C57がC51の、D51がD50の後継であるような華やかな系譜はない。旅客用8620(ハ
このところ気動車の仕掛品を見つけて、完成に持ち込む事を始めましたが、今回は珊瑚模型製のキハ07型のキットを、北海道形のキハ07型にすることにしていた仕掛品の組立を再開することしました~の5回目です、前回のプロセスはこちらです・・・窓周りをマスキングしてから、朱色4号を塗ります・・・・マスキングを外すと、美しい気動車色が現れます・・・・この色本当に素敵です・・・・そして前面下部の黒を吹くためのマスキングです・・・・おお~良い感じ・・・黒はPCPブラックです・・・・屋根板を乗せて、完成
廃線跡巡りの旅第一弾「道南エリア廃線跡巡りの旅」を終えて、先ほど無事に帰宅しました。初の長距離ツーリング、はっきり言って疲れました。そうも言ってられませんので、今日は初日2本目の廃線跡「寿都鉄道線」です。経験が活かされますまずは昨日1日の予定スケジュールです。【5/17(土)】この旅のシリーズは「元国鉄」「元JR北海道」を主として巡っていますが、たまたま路線間を結ぶ道中「寿都鉄道線」の廃線跡があったために巡ることにしました。寿都鉄道線は1972年5月11