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高校時代からの友人M子ちゃんのお誘いで綿業会館ランチに行って来ました╰(*´︶`*)╯♡綿業会館についてはこちらから💁♀️✳︎画像はHPよりお借りしております⤵︎レトロな洋館大好きっ子のワタクシbatakoは(全然詳しくはないんですけど…ただ、好き♡😊)テンション上がる上がるwおお〜!なんとも重厚な外観♡国指定重要文化財のプレートが眩しい✨・・・何処から入るん⁈何処にも「レストラン」の文字が見当たらない。場所は合ってるはずなのに…ドアっぽい物はある
こんばんはほんと涼しくならないねー今日も安定の暑さ月末で忙しいのでヘロヘロです今週もよろしくお願いしますさぁ岩屋神社さんの続きです階段をテクテク右側琴平宮左側へ大きな一枚岩です岩屋の馬の首根岩と洞門岩屋坊良辧がタガネを使って掘ったらしい洞門をくぐり左下にグネグネの木気になって撮ってみた国指定重要文化財の碑岩屋神社本殿境内社熊野神社見上げると階段の上にチラリくぐって来た洞門鳥居の向こうには階段御本殿の屋根が見えてます階段をテクテクもう少し到着で
昨年書きそびれたシリーズ第三弾。昨年の11月のとある日。旧朝香宮邸で始まり、旧前田家本邸で〆ました。◆旧前田家本邸洋館◆(国指定重要文化財)スクラッチタイルと石川県小松市産の黄色い大華石による外観は、まるで、中世ヨーロッパのお城。昭和4年(1929)、第16代当主の侯爵・前田利為が建てたもので、設計は東大名誉教授の建築家、塚本靖。*入館無料アーチ玄関から中へ吸い込まれていきます。階段広間真紅の絨毯に蛇紋石の柱。舞踏会でも始まりそうな
◆大乗山正福寺◆今から1250年前、聖武天皇の勅願所として、良弁大僧正が開基されました。本尊胎蔵界大日如来は、金粛大菩薩一刀三礼の彫刻になる秘仏であり、当時は七堂伽藍を完備して、僧坊18、公衆12人を属し、官符を賜わりし後、弘仁8年檀林皇后の綸命により、願安大師貞観10年伽藍を再建されました。聖武帝以来800有余年の間、永く寺門の隆盛を極めてきましたが、元亀年間織田信長の兵火に遭い一山諸堂僧坊ことごとく焼失しました。しかし本尊大日如来、薬師如来、十一面観世音菩薩、子安地蔵菩薩(い
今年(2025年)の2月8日のことです。わーい、朝ごはんだぁ佐賀県のほどんどの宿の味付け海苔は、高級黒くてツヤツヤしてる、有明海産の海苔ですダブル卵だ大きな卵焼きには、とろけるチーズが入ってて、加熱すると、とろーりと溶けて美味ホテルの駐車場に車を置いてたら、、、雪が降ったので、その汚れがすごいです雪って、ものすごくホコリが混じってるんですねこの日の一番目は、佐賀県多久市多久町1642の多
令和6年10月赤岩山赤岩寺御本尊聖観世音菩薩御由緒寺伝によれば、聖武天皇の勅願により行基が神亀3(726)年に創建。赤岩山法言寺と称した。天安元(857)年、弘法大師の10大弟子のひとりである杲隣(ごうりん)上人が中興し、真言宗に改めたと伝わる。鎌倉時代には源義経の命により、三河守護の安達氏により堂宇が整えられ三河七宇堂として一山十二坊を擁していたが、応仁の乱後に衰退。後に今川・戸田・徳川家等から庇護を受け、山内中腹の愛宕社が吉田城歴代城主の祈願所となり再び復興した。所蔵の木造愛
ふるーつふぁーむさんが開店するまでの間何をしていたかというと・・・紀の川市の「三船神社」へ行きましたこの時はまだ早かったけれど参道の桜がきれいな神社です参道の坂道を上がるとさらに階段があります三船神社の社殿が素晴らしいので近くまで行ってみました本殿は桃山時代のもので「三船神社三棟」が国指定重要文化財になっている素晴しい神社です隙間から遠めにしか見られないけれど彩色や彫刻が華麗で豪華なのがわかります
【岡山】【備中国分寺春季限定御朱印】令和7年3月21日よりいただけます【備中国分寺春季切り絵御朱印】桜の五重塔【こうもり塚古墳】【山門】備中国分寺跡は聖武天皇が天平13年(741年)仏教の力を借りて天災や飢饉から人々と国を守ること(鎮護国家)を目的に建てられた官寺のひとつ。当時の境内は東西160m、南北178mと推定されていますが南門・中門以外の建物の位置は明