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舟木さん21歳。当時のファンからの呼び名の愛称は「ヤエちゃん」日活映画の仲間たちは「舟木くん」と今でも呼んでいます。雅子ちゃんもチーちゃんも西尾さんも。同年代の女優さんたちと共演の多かった舟木さん。ガールフレンドになりたかったのは、一体誰だったのでしょうね。「ヤエちゃんの女性交友録」楽しみにお読みください。高田美和1947年1月1日生まれ1962年デビュー京都出身。京都女子高から転校し、日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業大映映画では「大魔神」「座頭市シリーズ」「
「舟木一夫シアターコンサート2025in新橋演舞場」の4日間がスタートしました。新橋演舞場の入り口には、「本日初日」と「満員御礼」の看板が、何か美しく飾れれています。舟木さんご自身が「一番好きな小屋は新橋演舞場」と仰る通り、舟木さんの演舞場での公演は、いつもどっしりと構えられた舟木さんにえ会える場所です。そうした期待も大きく入場します。初日だけは、開演時間が遅く15:00からです。通常コンサートであれば、1時間40分程度の公演時間ですが、シアターコンサートの新橋演舞
非行少女-1963-日活によるアンコール無料配信で観ました1963年3月17日公開解説森山啓の『青い靴』(雑誌発表時のタイトルは『三郎と若枝』)を石堂淑朗と浦山桐郎が脚色し映画化。浦山桐郎にとっては「キューポラのある街」に続く第2作で、主演の和泉雅子の演技が高い評価を受けた作品、1963年第3回モスクワ国際映画祭金賞受賞、同年9第37回キネマ旬報賞日本映画ベスト・テン10位、主演の和泉雅子はその演技力が認められ、エランドール新人賞を受賞、またモスクワ映画祭の審査員を務めたフランスの俳優
映画タイトル案:『修学旅行』企画者:さすらい【豪華キャスト陣】舟木一夫:クラスリーダー。合唱部。詰襟の学生服を着こなし、旅先で歌声を披露。松原智恵子:穏やかなマドンナ。セーラー服が眩しい図書委員。和泉雅子:おてんばで活発な女子。舟木の幼馴染で、クラスのムードメーカー。西尾三枝子:少し内気で繊細な女子。密かな恋心を日記に綴る文学少女。三田明:舟木の良きライバル。爽やかな秀才タイプで、女子からの人気も二分する。山内賢:スポーツ万能な熱血漢。和泉雅子といつも言い
1963年制作の白黒映画である。今は亡き日活映画のスター和泉雅子が15歳の時に、浜田光夫と共に主演した映画である。映画を観た私は、単なる若い男女の恋愛ものとみていたのだが、アフタートークをお聞きし作品の深さを知りました。昨日午後、JRウォークで疲れた体に鞭打って、札幌エルプラザで札幌映画サークルが主催する映画「非行少女」を観賞しました。足を運んだ理由は、和泉雅子さんが後年、北極探検家となり北極点に到達したお話を直接伺った際の、女優らしくない一種豪快な人柄に魅せられたことで
吉永小百合主演「キューポラのある街」が監督デビュー作品だった浦山桐郎監督の次の作品が、和泉雅子主演の「非行少女」でした。新人監督による「キューポラのある町」は、その年のキネマ旬報ベストテン第2位になるなど、辛口のキネマ旬報の選定者を唸らせるものでした。日活アクション映画や青春映画からは、一線を画していた浦山桐郎監督の社会派映画で、この作品では、モスクワ国際映画祭では金賞を獲得しています。浦山監督は、この後「私を棄てた女」「青春の門」などを話題の作品が続いたが、生涯10本の映画
雅子さんは東京・高輪の高野山東京別院の圓融塔の中で眠っています舟木一夫2026年7月9日は和泉雅子さんの一周忌「舟木クン」💛「マコちゃん」舟木一夫さんは自らを「舟木クン」と呼んでくれる最後の盟友・和泉雅子さんを2025年7月9日、原発不明がんで突然失いました。あの日から早くも一周忌を迎えました。雅子さんは現在、東京・高輪の「高野山真言宗高野山東京別院」の圓融塔の中で眠っています。東京別院によると、雅子さんの墓は「施主が途絶えた後も、寺院が代わりに管理・供養の全てを永代にわたって