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高野山東京別院舟木一夫~お気に入りブログ+α⑧~「和泉雅子さんの“お墓参り”」―「大人のTVナビ」1月号好評発売中―<舟木一夫連載⑩は「松原智恵子」>―「和泉雅子という人生」<第23回>20日UP―本題に入る前に―。晩秋から初冬の頃に、雪が舞うように飛び始めるところから「雪虫(ゆきむし)」と呼ばれます。体調5ミリ前後で、全身棉で包まれたように見えるトドノネオオワタムシというアブラムシの一種です。“冬の使者”と呼ばれていて、北海道や東北地方では「雪虫が飛ぶと初雪が
舟木さん21歳。当時のファンからの呼び名の愛称は「ヤエちゃん」日活映画の仲間たちは「舟木くん」と今でも呼んでいます。雅子ちゃんもチーちゃんも西尾さんも。同年代の女優さんたちと共演の多かった舟木さん。ガールフレンドになりたかったのは、一体誰だったのでしょうね。「ヤエちゃんの女性交友録」楽しみにお読みください。高田美和1947年1月1日生まれ1962年デビュー京都出身。京都女子高から転校し、日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業大映映画では「大魔神」「座頭市シリーズ」「
父親が死んで大島組を継いだ竜次(高橋英樹)が、渡世の義理から父と別れ村田組の親分となった母・(轟夕起子)との渡世の掟の中での母子の交流や、竜次と愛しあいながらも結びあえない晴子(和泉雅子)との純愛をバックにした任侠アクション。男の紋章とは背中に彫った刺青のこと。『新男の紋章・度胸一番』(1964年・日活/滝沢英輔)は、シリーズ4作目。昭和12年、軍医として出征していた大島竜次(高橋英樹)は帰国し、死んだ部下の父親(信欣三)が請け負っている工事の代人となって、工事を邪魔する悪徳ヤクザの笹原(浜
愛知学院愛知高等学校時代の舟木一夫古い資料の中には、スターの学生時代の姿が沢山残っています。舟木さんや我々ファンの同世代には、懐かしい芸能人たちがいる訳ですが、そうしたスターたちの学生時代を追ってみる事にします。吉永小百合吉永小百合さんの学生時代は、「精華学園」でも載せましたが、やはり1960年代の雑誌の中でも群を抜いて記事が多く、中学、高校、大学とその時代によっての資料があります。代々木中学時代と早稲田大学時代精華学園高校時代代々木中学卒業から都立駒場高
雅子さんは東京・高輪の高野山東京別院の圓融塔の中で眠っています舟木一夫2026年7月9日は和泉雅子さんの一周忌「舟木クン」💛「マコちゃん」舟木一夫さんは自らを「舟木クン」と呼んでくれる最後の盟友・和泉雅子さんを2025年7月9日、原発不明がんで突然失いました。あの日から早くも一周忌を迎えました。雅子さんは現在、東京・高輪の「高野山真言宗高野山東京別院」の圓融塔の中で眠っています。東京別院によると、雅子さんの墓は「施主が途絶えた後も、寺院が代わりに管理・供養の全てを永代にわたって
日活映画「絶唱」の撮影中の週刊誌の記事です。週刊誌と言えば、やはりゴシップ記事が多かった頃ですし、記事の書き方も如何に週刊誌的な書き方をしていると思います。週刊誌ならではの、撮影中の出来事などを取り上げています。このキスシーンに関しては、雅子ちゃんのお母さんが側に居たというような話をどこかで聞いています。若い二人は、やりにくかった事でしょう。さてこの記事には、ある重大の事が秘められています。それが一体どういう事であるかは、記事をお読みになった後に書いておきますのでお読みください。
<第23回>――私がお金のことをあれこれ考える人で、すべてをスポンサーに提供してもらおうなんて思ったら、きっと北極点に行くことはなかったと思います。お金を出していただくと、その方に気を使って無理してでも突っ込んでいくと思ったの。ですから、絶対自分のお金でやろうと思っていたのね。誰でもチャンスがあったのに、私が選ばれたのは神様が選んでくださったのかなと思っているんです。芸能人が本物のことをするハシリになったんじゃないでしょうか。いずれにしても、生まれて初めて裏方の仕事をすることになりまし