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「舟木一夫シアターコンサート2025in新橋演舞場」の4日間がスタートしました。新橋演舞場の入り口には、「本日初日」と「満員御礼」の看板が、何か美しく飾れれています。舟木さんご自身が「一番好きな小屋は新橋演舞場」と仰る通り、舟木さんの演舞場での公演は、いつもどっしりと構えられた舟木さんにえ会える場所です。そうした期待も大きく入場します。初日だけは、開演時間が遅く15:00からです。通常コンサートであれば、1時間40分程度の公演時間ですが、シアターコンサートの新橋演舞
今更です!すみませんずっと…お知らせしようと思いながら…気がついたら…明後日…3/22(日)までの開催でした〜北海道新聞の記事から〜和泉雅子さん追悼展2026年3/1(日)〜3/22(日)士別市西士別町2554士別市立博物館日本人女性として初めて北極点に到達した…俳優・冒険家で、昨年7月に77歳で亡くなった和泉雅子さんをしのぶ追悼展。北極遠征の訓練を士別で行った縁から、まちづくり応援大使も務めた和泉さんの歩みを、遠征中の写真など約50点とともに伝える。極地の風景写真
<第24回>――遠征隊員の重要な役割の一つにルート・ファインディングがあります。行く先々に乱氷という氷の山が立ちはだかるんですが、イヌイット隊員が一番高い乱氷によじ登って安全に通過するにはどのルートがいいか探すんです。進む時はイヌイットがアザラシ狩りの時に使うトゥという先の鋭い棒で乱氷を崩しながら行くんです。私たちが崩した中ではビルの2階建ての高さのものがありましたが、なるべく低いものを崩して平らにしながら進むのがコツなんです。氷の割れ目の所では、イヌイット隊員が経験を生かして、スピー
<第6回>――日活入社が決まった日に金語楼先生のご自宅に報告に伺いました。先生は「一番になるなよ。一番はいずれ落ちなければならない。三番にもなるな。どうせ三番なんだっていい加減になる。二番で行きなさい。二番は前に追いかけるものがあり、後から追いかけられるものがあって、非常にいいポジションだから、生涯二番で行きなさい」とおっしゃってくださいました。日活入社後の1本目が聖華学園中等部2年で出演したエイメイさん主演の「暗黒街の静かな男」(舛田利雄監督。1961年10月14日公開)です。エイメ
和泉雅子さんの過去の徹子の部屋今年も後29日になりました今年亡くなられた方々が徹子の部屋にマコちゃん33歳お話は若い頃は喜劇役者になりたくて柳家金語楼さんの弟子入りしたく門を叩いたこと初聞きで驚きましたそして36歳南極に行かれたお話とても元気はつらつのマコちゃんに再会でしたひまわりの様な人でしたね新橋演舞場でお見かけした時も笑顔いっぱいで和服に可愛いキティ模様の足袋を履かれて輝いていらした事を思い出しています舟木さんきっ
1960年代も、多くの10代の俳優さんや歌手の方達がいました。平凡・明星と言った芸能誌には、そうした若い俳優さんたちの学園風景が載っています。そんな中、今は有名な堀越学園の様な存在の学校がありました。「精華学園」と言います。さすらいの様に昔からミーハーだった方ならご存知の学校だったでしょう。(笑)古くは美空ひばりさんが卒業生で有名でしたが、当時は吉永小百合さんが通う学校だった事で有名でした。他にも、東宝の星由里子さん、日活の和泉雅子さん、田代みどりさん、歌手の中尾ミエさ
<第28回=最終回>――話は随分遡るんですが、明治の時代に熊本県八代郡出身の増住弘貴さんという方がおられたんです。彼は船員としてカナダに渡って、ゴールドラッシュに沸くイエローナイフに行ったんです。北極圏から400㌔の所なんですが、一攫千金を夢見た人たちが大勢集まっていたというんですね。増住さんはそこに住みつき、やがてカナダ北極のインディアンの娘、ルーシーさんと結婚して8人の子供をもうけ、日本人インディアンとして80数人もの子孫を増やしました。五月女次男さんに教えてもらったんですが、その
舟木さん21歳。当時のファンからの呼び名の愛称は「ヤエちゃん」日活映画の仲間たちは「舟木くん」と今でも呼んでいます。雅子ちゃんもチーちゃんも西尾さんも。同年代の女優さんたちと共演の多かった舟木さん。ガールフレンドになりたかったのは、一体誰だったのでしょうね。「ヤエちゃんの女性交友録」楽しみにお読みください。高田美和1947年1月1日生まれ1962年デビュー京都出身。京都女子高から転校し、日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業大映映画では「大魔神」「座頭市シリーズ」「
浜田光夫さんが名古屋での事故で、映画撮影から離脱します。それまでの日活の黄金コンビ、吉永小百合・浜田光夫のコンビが崩れた時でした。小百合ちゃんの相手役には日活が力を入れていた渡哲也さんとのコンビに変更になります。そして渡さんが浜田さんの代役のような形で出演したのが「愛と死の記録」で、「絶唱」との併映で5億円規模の興行成績を収めます。そして1年4か月ぶりに復帰第一作映画「君は恋人」が作られました。日活撮影所では、浜田さんの復活を喜ぶ日活のスターたちが登場したりする中での、
<第19回>――テレビでは一生懸命やったし、新境地も開けたのよ。大人の役もいただいたし、視聴率も取れたしね。そういう意味では素晴らしかったのよ。だけど、心の中でいつも日活と比べちゃうのね。どうやっても、あの日活の楽しさがないの。常に激しい競争の社会に放り出されちゃったから、なかなか付いていけない。やっと付いて行ったら、作品が終わっちゃうのね。そしてまた、次の競争が始まる。最後まで引きずっちゃって、慣れることはなかったわね。いろいろ大変だったけど、幸せなことに、その都度誰かが私を救ってく