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医大前から自転車で和歌浦の玉津島神社(たまつしまじんじゃ)に行きました。奈良時代の神亀(じんき)元年(724年)に聖武天皇が現在の和歌浦に行幸されてから今年で1300年という記念の年です。鳥居のそばには「玉津島行幸1300年聖武天皇」の幟がはためいていました。その時にお供した歌人・山部赤人が詠んだ歌が万葉集に収められ、都の人にとって和歌浦は憧れの地となった場所です。今回私は桜はどうかな?と思って訪れたのですが、良い感じに咲いていて来てよかった!
ようこそのお運びで。夫の命日に、夫が登場する漫画「淋しいのはアンタだけじゃない」(吉本浩二氏・小学館)の、この部分を読み返し、胸が熱くなりました。(夫の名誉のために言うと、これほど老けていません)夫は耳鼻科医ではありません。循環器と解剖が専門です。耳鳴りは専門外。それなのに、研究に着手し、医大にプロジェクトチームを結成してくれたのは、その発端は、重篤の耳鳴りに苦しむ私を助けようという一心からでした。大学時代のお仲間は「妻への愛だ」と言って下さいました。夫が九州で講演をした時、参加者が最も感
皆さん、お疲れ様です『桜咲く!』~学び応援project~キャリアカウンセラーの宮若さくらですこのブログでは法政大学通信教育部を卒業したキャリアカウンセラーの宮若さくらが、通信制大学で学ぶ学生さんに向けて情報を発信しています。お気軽に「いいね!」「フォロー」よろしくお願いします新入生の皆さんは今、『いったいどの科目からやれば』最初の関門にいらっしゃるのではないでしょうか学ぶ目的にもよりますし、私は商業学部のことしかわからないので
2020年5月22日(金)〈Eテレ〉📺️おじゃる丸▽23ー24:おじゃる丸電ボの恋ガタキになる【初回2020年5月22日(金)】▽脚本:神山修一▽絵コンテ:西田章二▽演出:佐藤真人▽作画監督・原画:ときながよしゆき▽動画:尾島ちづる・松本伊吹・おじゃる丸のおせわがかり・電ボに恋(こい)ガタキあらわる!その相手はなんと、おじゃる様(さま)~!2人が恋したのは、野に咲(さ)く花“お花”。電ボが、カラカラにしおれていたお花に水をあげたところ、みるみるうつくしい花が咲きほこった。
みなさん、こんにちは。今日は平安時代(へいあんじだい)についてお話しします。平安時代は、日本の歴史の中で約400年も続いた時代で、多くの文化や出来事がありました。わかりやすく説明するので、一緒に学びましょう!平安時代の始まり平安時代は、794年に桓武天皇(かんむてんのう)が都を奈良の平城京(へいじょうきょう)から平安京(へいあんきょう、現在の京都)に移したことから始まります。この遷都(せんと)の理由は、政治をより安定させるためでした。摂関政治と藤原氏平安時代の初めには、天皇が直接政治を行
藤原行成の和歌について。調べるだけ調べてそのままになっておりました。まとめます。極めて、マニアックな、研究メモ。***三蹟として名高い彼の「うた」(和歌)作品について勅撰集に一桁しか入集していない、というこの事実に着目し、この入集する作品についての個別の分析と解釈を行います。全く個人的な作業です。先行研究等々その他、全く未確認の状態。追々機会が許す際に確認していく予定。勅撰集それぞれの編纂立場の観点はもとよりその時代における彼の作品への評価
今三井記念美術館では、「茶の湯の美学」という展示会がやっていて、この美術館所蔵の名品といえば、国宝志野茶碗「卯花墻」(うのはながき)が第一に浮かぶ。茶道具のうち、和物の茶碗のなかでも楽茶碗以外だと、この茶碗が随一の名品じゃないかな。轆轤(ろくろ)で筒型に成形して、それを見事な箆(へら)使いで、縦横にけずり込みがあり、口にも波型に削り込み釉薬は白の釉の下に、垣を思わせる線が描かれていて、志野の釉薬の美しさが極まっていて、現代の著名陶芸家が真似ようとしても
ようこそのお運びで。命日の鬱に加え、コロナ後の鬱が治りません。さらに5年掛けた仕事が片付き、燃え尽き症候群。足もとはふらつき心身ともに絶不調。暫くブログのペースを落とします。◎京都・平野神社の椿・菜の花(3月下旬)「あやなくも隔てけるかな夜を重ねさすがに馴れし夜の衣を」(源氏物語・葵)六条御息所をめぐる歌⑨◎左大臣邸で葵の上の四十九日の喪に籠もった後、源氏は二条院へ帰る。そこには大人びて美しくなり、「ただかの心尽くしきこゆる人(=藤壺)に違うところもなりゆく」紫
前回の大河ドラマ「光る君へ」は、「放たれた矢」という題だったが、当時は関白藤原道隆が亡くなり、その弟の道兼が関白となるが、その後すぐに亡くなってしまい、七日関白といわれた。そのために朝廷権力の空白が生じ、周囲の公家たちが、関白藤原道隆の子伊周(これちか)(当時内大臣)につくか、それともまだ権大納言にすぎなかったが年長で経験のある道長につくかで様子見する様が描かれていて、本当に面白い。そのなかで前回は、藤原公任が、斉信(ただのぶ)らと将来の出世について話をしなが
釣釜の季節…茶飯釜の茶事を楽しみます♪いつもは湯を沸かし茶を喫する釜茶飯釜は前半はその釜でご飯を炊き後半は湯になり濃茶と薄茶を…本には基本の茶事を極め尽くしての侘びの茶事とあります裏千家でも作法は様々…未熟な事はお許し頂き…我が家流で皆んなでフーフー♪手製の火吹き竹…ごめんなさい、来年はもっと太く作ります!席中にいい薫りが漂い皆様にそろそろ焦げてるのでは?とご心配を頂きましたが思いの外お焦げが出来ず😅3度目にしてやっと納得のいく炊き具合に♪半東は大忙し💦本当
ちょこっと和歌のお告げ。今日の歌は「八重垣」。完全解説付き歌占カード猫づくし©2016TaeHirano/TakutoEndoPublishedbyYAKAN-HIKO,INC.八雲立つ出雲八重垣つまごみに八重垣つくるその八重垣を無数の雲がわきたち重なる様はまるで八重の垣根のようだ。妻を迎えるこの新居にそんな八重垣をつくろうじゃないか。・・今、あなたは新たな挑戦を始めるための土台を築こうとしている。
おはようございますLani代表の開運師つむぎです現代レイキ法の協会が発行している明治天皇御製の和歌を紹介しています。臼井先生が選りすぐりの125首をお弟子さん達に紹介して日々の糧にするように伝えたそうです。明治天皇はたくさんの和歌を残されており、その言霊にとてもパワーがあるので読者のみなさんにも触れていただけたら嬉しいです※明治天皇は優れた霊力もお持ちだったそうです。オラクルカード風に今日の一首を目を閉じて選びます。
三井記念美術館所蔵の名品といえば、国宝志野茶碗「卯花墻」(うのはながき)その箱書も立派で、片桐石州の筆とされ、これを見ると二番目の文字は、「花」の文字の崩し字(草書)を覚えるのに丁度いい。さて、問題は蓋裏に書きつけられた和歌なのだが、それがこれ箱裏に和歌がある箱は大分みてきたが、いずれも読むのが難しい。一行目は、最初の文字が「や」なのは簡単だが、次の文字は分かり辛い。二文字目は、いくつかの文字が頭に浮かんでちょっと分かり辛いので先に進むと、三文字目は、
ようこそのお運びで。風雅な花を見ても、なぜ一人で・・という不条理をいつも抱えている。◎二条城の白梅(2月上旬)まだ開花し始めの頃。「影をのみみたらし川のつれなきに身のうきほどぞいとど知らるる」(源氏物語・葵)六条御息所をめぐる歌①◎以前より源氏の冷淡な態度に悩んでいた六条御息所は、娘が斎宮に卜定されたのを機に、共に伊勢へ下向すべきか迷っている。思い乱れる心を慰めようと、賀茂祭の御禊の日、行列に供奉する源氏を見ようとし、お忍びで出かけた。しかし、遅
イラスト訳を初めから読む源氏物語イラスト解釈【これまでのあらすじ】天皇(桐壺帝)の御子として産まれ、容姿・才能ともすぐれていた光の君は、幼くして母(桐壺更衣)を亡くし、臣籍に降下、「源氏」姓を賜り、左大臣の娘葵(あおい)の上を正妻にもらいました。一方、帝の後妻である、亡き母によく似た藤壺宮(ふじつぼのみや)への恋慕、そして、中流の女空蝉(うつせみ)との一夜限りの情事、プライドの高い六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)との逢瀬、物の怪による夕顔の急死…。光源氏の恋は成就することなく
昨日の土曜日。久しぶりに半日の都内史跡巡りと、少人数オフ会を楽しみました。(コロナ対策を厳重にしながらね!)お会いいたしました皆さま、ありがとうございましたさて本題。「箱館新選組和歌集」の続き先日の「藤武興」に、コメントを頂きましたそのことについては後日、他の句の時にまたご紹介しますね。五首目に書かれているのが、森さん。森陳明仰見む常盤の山の松ひと木はなや紅葉にあらそわぬいろ言うまでもありませんが、「陳明」は諱。通称は森弥一左
(JR中央線)あら楽し思ひは晴るる身は捨つる浮世の月にかかる雲なし(あらたのしおもいははるるみはすつるうきよのつきにかかるくもなし)大石内蔵助(伝)今日は東京都大田区大森の「新山王句会」。欠席者1名、出席者9名、一時期、かなり人数が減ったが、少しずつ増えて来た。新しく会を運営してくれる人が、実に人当たりがよく、新規参加者を大切にしてくださっているからだろう。新規参加者が定着してくれているのが大きい。ここは上手な俳人、ユニークな俳人がいるので、どんどん発展しても
退院した日に会社に遊びに寄った時にスタッフOちゃんから20日受注分からの同梱物って・・・まだ、届いてないんですよね・・・ビ、ビョウインデ、ヤルツモリデシタガ、ソレヲ、イマカラヤリマス(・・;)・・・まあ、20日受注ということは発送日は基本21日以降ですもんね〜と、言う訳で勿論、作成しました自宅で未明までかかって・・・さてさて、6月は、半年間に溜まった邪気を払う、大祓、夏越の祓いがありますが拾遺和歌集に編纂された和歌「水無月のなごしの祓する人はちとせの命
【原文】「鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜あかずふる涙かな」えも乗りやらず。・・・・・・・・・・・・・・・今日は「靫負命婦の和歌」です☆ーーーーーーーーーーーーーーー【これまでのあらすじ】帝のご寵愛を独り占めにしていた桐壺更衣…。周囲の反感の中、彼女は幼子を1人遺してこの世を去りました。帝は、ある秋の夜、靫負命婦を更衣の実家へ遣わしました。母君のご返答を帝に伝えるため、靫負命婦は帰参の途につきます。ーーーーーーーーーーーーーーー宮中への帰路へつく靫負命婦(ゆげ
第八十三代土御門(つちみかど)天皇は、鎌倉時代の天皇です。御父、後鳥羽天皇の第一皇子、御母は源在子(ざいし)。順徳天皇は異母弟。建久六年(1195年)生。諱名は為仁(ためひと)。ご在位は建久九年(1198年)から承元四年(1210年)。後鳥羽天皇の譲位により四歳で即位され後鳥羽上皇の院政が敷かれました。皇太子になったのは占いによって三人の皇子から選ばれてのことでした。藤原定家は日記『明月記』にて、このような重事が軽率に行われたことを非難いたしましたが、これは在子の養父で
[1228]足引一山二山三山越五重山所越久方雨零敷家此夕公住里宵月清在可青丹吉平城大野雨雖零あしひきのひとやまふたやまみやまごへいほへやまこゆひさかたのあめふりしけるこのゆふにきみすむさとによひつきはさやけくあるかあをによしならのおほのにあめはふるとも反歌:[1229]久方應照月与吾背子二人之見者幾許嬉毛ひさかたのてるべくつきをわがせことふたりしみればここだうれしも
あらしのよるに(あらしのよるにシリーズ)Amazon(アマゾン)880円エルカミノって算数はもちろん、国語が結構良い塾と思っています。文章をしっかり読解し、正しく記述できるよう、低学年から少しずつ取り組んでいます。毎回渡される本や和歌や世界遺産のプリントなど、子供の理解力や関心事、その時期だから伝えられることなどをよく考えていると感じる教材が多いです。今回、新小2で渡された教材と、自宅学習中の本がお被りしてしまいました。村上先生の市販の教育本で推薦されていた本を買って
ほかでは聞けない古事記講座inTOKYO講話Ⅰ:和歌に見る皇都講師:東京古事記研究会会長池本敬子講話Ⅱ:誰が読んでも邪馬壹国は阿波だった講師:阿波古事記研究会副会長三村隆範氏参加資料費2,000円開催日時:令和6(2024)年5月25日13:30~16:00会場:としま区民センター504会議室所在地:〒170-0013東京都豊島区東池袋1丁目20−10JR池袋駅東口(北)徒歩5分Googleマップhttps://maps.app.goo.gl/9efYfjqH
こんにちは、神社伝書びと守本です。前回までご紹介していた石穴稲荷神社をあとにして、そのまま帰ろうとしました。すると、急に・・・梅が枝餅が食べたくなったのですそれで、ご参拝には遅い時間でしたが1駅先の太宰府天満宮まで行くことにしました。道真さまはいらっしゃらないだろうと思いましたので、ご参拝は考えていませんでした。しかし、参道に着いてあら、まだいらっしゃる!と感じました。せっかくなのでご参拝して、道真さまにあるコツを教えていただきたいなと思いました。珍しく、参拝者が少な
暦の上では夏になってしまいましたが、ブログ休止中に詠んだ春の歌を上げていきます記録用ですのでスルーしていただいても結構ですヨサイクリング[1116]冬隠春川路漕往者笠目梅咲初家ふゆこもりはるのかわぢをこぎゆけばかさめのうめはさきそめにけり令和5年2月21日SNS[1117]見常継語尓不念尓言問人跡詠交鴨みるつねのつなぎがたりにおもはぬにこととふひととよみかはすかもみるつねの(造語):継語に掛かる継語(造語):SNS令和5年2月22日
おはようございます。今朝の部屋の温度は14℃。今日は師弟不二の日。後継の戦いで次代を切り開く信心をやっていこう。御書根本、師弟不二こそ信心の源流。世界に生命尊厳の思想を広め。逆境を幸福へと転じる強靱な生き方を一人一人が持つことだ。人間革命運動を時代精神にしよう。今日もお元気で。「創価学会の日」「創価学会母の日」「女性部発足1周年」池田先生が全同志に記念の和歌2022年5月3日民衆凱歌へ師弟の誓いの5月3日きょう5月3日は「創価学会の日」「創価学会母の日」。女性部の発足1周年を迎
今回は「山背の久世」と謳われる京都府城陽市を訪れました。メインは正道官衙遺跡(しょうどうかんがいせき)という現在は公園になっている施設です。更に言うと、歌碑というよりはほとんどがパネルになります。また、ご紹介する和歌の数が多くなるので、分けて投稿したいと思います。それでは始めていきましょう。こちらは城陽駅前になります。銅鐸や埴輪のモニュメントが噴水の周りに点在しています。ここから歩いて正道官衙遺跡を目指しましょう。【万葉集1707】山代(やましろ)の
あまりにも有名な歌です古今和歌集での表記ですあまの原ふりさけ見れはかすかなるみかさの山にいてし月かも~安倍仲麿・古今和歌集9(羇旅)-406小倉百人一首では以下のような表記です天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも~安倍仲麿・小倉百人一首7でも「なかまろ(698~)」は奈良時代の人です恐らく原文は上代語?万葉仮名?で詠んだのでしょうね柿本人麻呂(660~)と大伴家持(718~)の間位の生まれですから伝が正しければ、ですヨ原文が残っていないのが残念です
太田記念美術館へ。5月から展示物が総入れ替え。芳年先生の作品は定期的に見ないとね。本日5/3より「月岡芳年月百姿」展の後期展示がスタートしました。全点作品を入れ替えています。芳年が描いた月の物語、ぜひお楽しみください。展覧会の詳細は太田記念美術館のホームページにて→https://t.co/gJBcPZyuhTpic.twitter.com/UUORf49cUi—太田記念美術館OtaMemorialMuseumofArt(@ukiyoeota)May3,20