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結婚後は、一年に詠む和歌のお題が示された「月次御兼題」が届くようになり、和歌を詠み、短冊にしたためる詠進が生活の一部となりました。いただいたお題から自分の思いが自然にまとまることもあれば、そうでなく時間がかかるときが今でもあります。そのときどきに感じたことを筆に託し、気持ちを表現していく時間を、生活の中に持ち続けることができればと思っております。今も毎月歌を詠んでいらっしゃるのですね。素晴らしいです。両陛下はお正月も歌を詠まなくなりました。この36年をふり返ると、家族とすごしてきた日々
《新古今和歌集・巻第十七・雑歌中》1665百首歌奉りしに、山家(さんか)の心を式子内親王今はわれ松の柱の杉の庵(いほ)に閉(と)づべきものを苔(こけ)深き袖(そで)☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆百首の歌をさしあげた時に、「山家」の趣を式子内親王今は、わたしは、松の柱の杉葺の庵に、身を閉じ込めて籠るのがよいのになあ。僧衣の袖に包んで。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
🌿茨城県土浦市在住のベリーダンサーYUNG(ゆん)です。食べ歩き・お出かけ・ナチュラルライフ・日本文化など、暮らしが少し楽しくなることを綴っています。百人一首のこと、やまとことばのこと、平安時代の男女のことなどに興味があり、調べることが好きです。調べたことをせっかくなのでブログでシェアさせて頂きます!⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆平安時代の恋について調べているうちに、ふと気になったことがあります。和歌を贈り合い、夜の闇に守られながら、愛する人のもとへ通う平安の男女。けれど、御
根津美術館で開催中の「企画展はじめての古美術鑑賞美術のなかの文字」展でこれは、と思う作品、《吉野龍田図屏風》(江戸時代17世紀)根津美術館蔵の主観レビューをお届けします。本作は、六曲一双からなる華麗な名所絵で、日本美術における「和歌」と「風景」の結び付きを象徴する作品として知られています。左隻には、龍田川に散る楓の葉を、右隻には、吉野山を象徴する春景色である満開の桜を描いています。画面をよく見ると、枝には吉野や龍田、桜や紅葉を詠んだ和歌が書かれた短冊が翻っています。右隻の
以下、『大鏡』(『新編日本古典文学全集34』、橘健二/加藤静子:校注・訳、小学館、1996年)より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー太政大臣[だいじやうだいじん]道長[みちなが]〔164〕兼家の五男母は時姫長徳元年左大将p.293このおとどは、法興院[ほこゐん]のおとどの御五男、御母、従四位上[じゆしゐじやう]摂津守[つのかみ]右京大夫[うきやうのだいぶ]藤原中正[ふぢはらのなかまさ]朝臣[あそん]の女なり。その朝臣は従二位中納言山蔭[やまかげ]卿の七
この度は、熊本地震で被災された方お見舞い申し上げますまだ見つかっていない方早く見つかりますように🙏阿部部屋の皆様です♫武豊町から会社の同期でご来店して頂きました〜♫最近は男子が女子に勝つシーンをよく見ますが今回も⁉️時代は変わりました〜♫皆様、横綱パフェに超驚いて頂き嬉しゅうございました〜♫くす玉は「愛さんドイツ🇩🇪でと頑張ってね」でした〜♫ドイツ🇩🇪凄いね‼️ご予約も質問もお気軽にどうぞ😊まずはお気軽にLINE登録!https://lin.ee/t5l629A力士料理すもう
10月22日は水曜稽古先週の水曜10/15稽古中みぞおちに射し込みあり苦しむ座っているのもできず横になったそのうち冷や汗脂汗がでてどうしょうもなくタクシーでいつものクリニックへ行くとエコーを見て胆管が詰まってるかもといつもの大きな病院に救急車で運ばれ検査あれこれ腸閉塞心筋梗塞胆管のつまりなどレントゲン心電図造影剤を入れてのCTあれこれ色々したものの結果ドコモ悪くない問題の点はなしゆえ多分胃だろうと言われ呆気なく放免痛み止めのカロナール500㎎10錠を
「まなでる」という言葉。ふだんの会話ではあまり登場しないかもしれませんが、昔の文学や和歌にはよく出てくる情緒ある表現なんです。今回は、この「まなでる」の意味、正しい読み方、そして現代での使い方までをやさしく解説します。読み終わるころには、「まなでる」を自信をもって使えるようになりますよ。「まなでる」ってどんな言葉?語源は?古語で使われた歴史的な背景「まなでる」は、もともと古語(昔の日本語)から来た言葉です。昔は「愛でる(めでる
今日の古典メモ。平忠度(たいらのただのり)平安末期の平家の武将で、歌人でもあり藤原俊成の弟子。一ノ谷の戦いで源氏方の岡部忠澄と戦い41歳で討死。平家物語『忠度の都落ち』題:故郷花(ふるさとのはな)さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かなさざなみやしがのみやこはあれにしをむかしながらのやまざくらかな〜千載和歌集六十六、読み人知らずさざなみや=「滋賀」に係る枕詞志賀=
《新古今和歌集・巻第十六・雑歌上》1563五十首歌人々によませ侍りけるに、述懐(じゆつくわい)の心をよみ侍りける守覚法親王風そよぐ篠(しの)の小笹(をざさ)の仮の世を思ふ寝覚(ねざ)めに露ぞこぼるる☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆五十首の歌を人々によませました時に、述懐の趣を詠みました歌守覚法親王風がそよそよと音をたてて吹く篠の小笹から、露がはらはらとこぼれて、無常の
読める書で書く百人一首100番目の和歌生徒さんには今まで百人一首を課題としてかな書道を学んでいただきました平安時代に出来上がった美しい流れの「かな」です変体仮名を交えて文字の大小や墨使いでの強弱そして空間の美まで考えて?解らなくても難しくてもとにかくたくさんたくさん書いてただただおけいこを続けていただきましたそうしていよいよ百人一首100番目の歌になりました感動ですね1番(あきのたの~)からお付き合いくださった方は特に感慨もひとしおのことでし
☆鏡山(和歌の浦)紀伊国名草郡和歌山市和歌浦中3-4-26(P有、登拝口は玉津島神社境内の向かい側より)日本遺産に登録される名勝「和歌浦」に面した標高30mほどの岩山。「妹背山・鏡山・奠供山・運蓋山・妙見山・船頭山」の海に囲まれ6山が並び、玉を連ねたように並んだ島々であったことから、総称して「玉津島山」と歌われました。この地に行幸した聖武天皇があまりの美しさ景観に感動、「弱浜(わかはま)」であった名を「明光浦(あかのうら)」と改め、景観を守るために管理者を置くよう命じ、「玉津島と
今日宮地嶽神社からこちらが届きまして、中身は、こちらでした。↓↓↓娘にピンク、私にブルーを頂きました。宮地嶽神社は、遠いので、ネットで買おうかと思ってタロットしたら、NOで、残念に思っていたら、すでに注文してくたざっていた方がいらっしゃったからだったんですね。感謝です。この記事に載せたPPお守りです。『詐欺メールと詐欺電話と詐欺なみに税金を遣うあのカタカタ/PP守り』年末から迷惑メールが止まりません。しつこくて、しつこくてセキュリティつけてるのに、なんで?昨日から
【祈りの夕べ。朔日に大國魂神社さんと、ご縁のある府中市。】昨年に引き続き、マドモアゼル愛さん主催の『祈りの夕べ』に伺いました。会場は、府中市です。東京競馬場の最寄り駅、府中本町駅で下車して、府中駅に徒歩で向かう途中に、武蔵国総社、大國魂神社さまがあります。ああ、そういえば、私が上京して初めて住んだのは、親戚の住まいがあるここ府中市だったなぁと思い出しました。調布市に学校があったので、はじめの3年間は、府中市から通っていたのです。その頃、何も
本日もご訪問いただきありがとうございます。今日は、朝から、留守中に溜まっていた仕事をこなしました。お昼は、グッチ祐三さんのジャコピーうどん。途中で、書のお仲間を我が家にいらして・・・一緒に写真。そして、ジャコピーうどんを食べていただいて・・・なんと、彼女からこんな素晴しい葡萄をたくさんいただきました。京都は、線状降水帯の影響で土砂振りでした。その土砂振りの中、吉田山荘に書のお稽古に・・・この2週間は、私たちは、この2週間は、和泉式部の「あらざらむこの世のほか
「ささやき竹」という室町時代の作品からになります。大阪大学で2012年、立教大学で2010年、福岡教育大学で2016年に出題されています。ネットで調べてみると「あらすじ」がたくさんあってどれがオリジナルなのかが分からないほど書き加えられたり話が変えられていたりします。入試の部分でいえば「よそにのみ見てややみなん葛城の高間の山の峰の白雲」という和歌がポイントになります。大阪大学では「恋の歌」として解釈するように出題されています。恋の歌なんですね。素人なのですが、個人的には「の」が多すぎるよう
南手水舎(明治神宮)重要文化財指定2020年12月23日設置1920年構造木造、建築面積22.20㎡、銅板葺、手水舟付手水舎の由来は神話の中の「禊祓」『古事記』には、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が死者の国である黄泉の国から帰って来られた際に水に浸かって、禊祓(穢れを祓い、身を清めること)を行ったことが記されています。「水に浸かり、穢れを落とす」、この禊祓などを簡略化しものが、手水といわれています。(参照:神社本庁HP、他)手水舎(南手水舎)正参道の桝形
本日もご訪問いただきありがとうございます。午前中は、知人の付き添いで、大学病院へ行きました。お昼は、海苔を巻いた塩鮭にぎり・ウインナー焼・竹輪胡瓜・卵焼きを食べました。数年前に、貴船の書のお仲間からいただいたいろはもみじの苔玉が、土の部分がバラバラと落ちてなくなってしまったので、また苔玉を直していただくことになりました。彼女の机の上に置いてある、ビニール袋に入った紅葉が私がお願いした苔玉です。この二週間は、私たちは、藤原道信の「あけぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めし