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飯乞ふとわが来しかども春の野に菫摘みつつ時を経にけり良寛久しぶりの小雨の中、「童話工房ぴあの」同人の斎藤恵子さんのお祝いに。玉島へ良寛文学賞の授賞式に行ってきました。彼女は現代詩分野で数多くの受賞があり、詩の講演会、高校生の文芸道場などでも活動されています。受賞者の記念講演で「良寛和歌と現代詩」について語られました。良寛さんの手まり歌の深みについて改めて感じることができてとても良かったです。もう一人の受賞者は、八島和子さん。玉島テレビの郷土史の番組を通して地元玉島
「高津宮」横に併設される花の公園と呼ばれる「高津公園」にある梅林でたくさんの梅を眺めながら散歩をすることができます。(^∇^)毎年2月11日に行われる「献梅祭(けんばいさい)」では、「仁徳天皇」が皇位につかれたことを喜び、「王仁博士」が詠んだ和歌にちなんで、梅の花を神前に奉献しています。都心だし公園なので静謐とは言い難いですが、境内参道ともあって喧騒感もなくのんびりと花をめでることができます。.....続く
111124日《新古今和歌集・巻第十二・恋歌二》1111入道前関白、右大臣に侍りける時、百首の歌の中に、忍ぶ恋散らすなよ篠(しの)の葉草(はぐさ)のかりにても露かかるべき袖(そで)の上かは☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆入道前関白が右大臣でありました時、百首の歌の中で、「忍ぶ恋」涙の露を散らすなよ。篠の葉草を刈る時と同じように、仮にも、露がかかるはずの袖の上であろうか
(神社のおみくじの和歌より)冬かれて休みしときに深山木は花咲く春の待たれけるかな何事も心を正直に強く持ち物事に退屈せず信神怠らず勉めれば時到りて後には大いに仕合せよくなります騒がず時を待ちなさい《しあわせって何だっけ?》このおみくじの運勢は大吉でしたが、まだ幸運は来ていなくて、その時を待っている状態です。ところで説明文の「しあわせ」を表す漢字が、ここでは「仕合せ」になっています。調べたところ、「倖せ」は「幸せ」と同じ意味で、運が良い事や
池袋の自由学園明日館を見学した日の午後は山手線に乗り駒込の六義園を訪ねました。竹門の先に大泉水を巡る庭園が広がります広い庭園には眺めのよい四阿が残されており、歩き疲れた足を癒してくれます。滝見茶屋渓流の水音に静寂さを一層感じます。つつじ茶屋つつじの古木材を用いて建てられた四阿、晩秋にはモミジの紅葉が美しい美しい橋を渡り池泉回遊式庭園を巡ります田鶴橋中の島に架かる田鶴橋は眺めるだけ渡月橋重量感のある2枚の大岩を渡ります。藤波橋深い緑の渓谷に架かる鄙びた土橋白鴎橋大
歴史ある博物館「東京国立博物館」は、私が足しげく通う大好きな場所です。「東博」には、国宝、重要文化財をはじめ、たくさんの収蔵品があり、展示替えも度々おこなわれているため、いつ行っても、何度行っても新たな感動に出会えます。魅力的な特別展も開催されていて、気になるものは観に行っていますが、私がお勧めしたいのは、常設展です。中でも、本館と東洋館には、必ず足を運んでいます。国宝や重要文化財なども、数多く展示されていますが、それほど混雑することもなく、落ち着いて、ゆっくり、じっくり
3月のお稽古にそなえて、昨日から3月の季語、「誰が袖」について書いているが、「誰が袖」が3月の季語となっている理由は?昨日は、なんだろうなと思いながら書いていたが、何のことはない(古今和歌集・詠人知らず)「色よりも香こそあはれと思ほゆれ誰が袖ふれし宿の梅ぞも」という和歌があることを、うっかり忘れていた平安時代には男女とも衣に香を薫きしめ、その芳香が教養であり魅力のもとになっていたが、この和歌は、(着物の)色彩よりも、そこに焚き染められた香の香りにこそ、しみじみ
🌸新古今和歌集ってなに?後鳥羽院の熱い思いが生んだ歌の本👑1.主役は後鳥羽院!「新古今和歌集(しんこきんわかしゅう)」は、鎌倉時代に作られた有名な歌集(和歌を集めた本)です。これを作らせたのが、後鳥羽院(ごとばいん)という天皇。この人、とにかく多才で、武芸も蹴鞠(けまり)も工芸もできたんですが、一番ハマっていたのが和歌でした。🏯2.歌のスペシャリストが集まった「和歌所」和歌を盛り上げるため、後鳥羽院は「和歌所(わかどころ)」という場を作ります。ここで歌会(歌を詠んで競うイベン
ひきしおの引くはみちくるあしたあり心しずかにときをまつべし今は人の知らぬ胸の苦しみがありますが、騒がず信神して時の来るのをまち身を慎んで行いを正しくすれば必ず幸いを得る時が来ます。(神社のおみくじの和歌より)海の和歌人生行路において引き潮のような状況に置かれて人知れず苦しんでいる時、必ず満ちてくる明日があることを信じて、心しずかに時を待つ。そうですよね。慌てて騒いでみても、すぐにはどうにも好転しない時には、静かに時を待つこと。悪い時もあれば良い時もある。辛
義姉のえいこ先生からいただいたお年賀のひとつ百人一首カレンダー素敵なお年賀💓😆にテンション上がりました我らが在原業平のちはやぶるはもちろんのこと四季ごとに選ばれている和歌がとても良いのです!今月の授業でも紹介している紀貫之の句土佐日記で有名ですが古今和歌集を編纂したひとり古今和歌集で仮名序を残し【やまとうたは人の心を種として萬のことのはとなりにけり】と和歌や日本語の大切さを後世に伝えていますそして、持統天皇もまた万葉集でもお馴染みのこの和歌天武天
菅原道真公を祀る天神様では、毎月25日を天神さんの日としていますが、これは道真公のお誕生日が6月25日であることと、薨去されたのが2月25日であることに由来しています。延喜三年(903年)二月二十五日、菅原道真は大宰府にて亡くなりました。本日は道真公の命日として(新暦ですが)、各地の天神様で祭典が行われています。菅原道真公は、学問の神様として著名ですが、その神様の始まりは怨霊として恐れられ祀られたことから始まります。ではなぜ、怨霊とされたのか?といえば、学者の家系に生まれた菅
今回は「おみくじ」についてのお話です神社参拝で直接神様のお声を耳で聞くことはできなくても、おみくじを引くことで目に見える形で神様を実感することができますまた、おみくじによっては「神の教」を学ぶこともできますおみくじを単なる“運試しゲーム”感覚で引くだけではもったいないので、おみくじから学び、神様を感じられるようにポイントをお伝えしていきます目次〇神社参拝〜おみくじを引くまでの流れ〇おみくじの見方・ポイント〇おみくじから学べる「神の教」〇神社参拝〜おみくじを引くまでの流れ・鳥居の
「すべて」という言葉は、日常的にも文章でも頻繁に使われる便利な表現です。しかし、「全て」と「総て」では、意味合いや使われる場面に微妙な違いが存在します。この記事では、「総て」と「全て」の違いを中心に、それぞれの適切な使い方や使い分けのポイントを丁寧に解説します。古風な文体を美しく彩る「総て」、そして現代的で実用的な「全て」——どちらも使いこなせれば、日本語表現が一層豊かになります。\日本語学習に役立つ一冊!/日本語教員試験応用試験問題集[志賀玲子]「総
こんばんは。もぐひろです3回同じものが来たら「運命のお知らせ」としてその言葉を調べてみるといいと、katsuさんから教えていただいてます。昨年は短期間に太宰府天満宮へ3回行っていたことから「菅原道真公」を調べる流れに。学問の神様日本三大怨霊というイメージが強かったのですが怨霊とは程遠く謙虚で感性が豊かな優しいお人柄を感じられ代々学者の家に生まれたことで賢くて和歌や漢詩も得意だったとのこと。有名な「飛梅」のエピソードは以前もどこかで目にしたことがあったと思うけど
>オジロワシさま、その他コメント下さった方々ブログが消されたので反映する事が出来ませんでした。すみませんでした。決して悪い事を書いたつもりはありませんし、事実を述べただけですが、まるで戦前の検閲のようにぱさっと「ダメ」と勝手に消すんだな・・・と思います。ヤフコメとか、雑誌とか本当に事実ではない事を散々書くのにそれは「お咎めなし」なんだと思うと。悲しいですよね。まさしく葦原やしげらばしげれおのがままとても道ある世とは思はずです。和歌というのは、こういう風に風景とか場面に自分
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮(藤原定家)(大意)見渡してみると、春の美しい花も秋の紅葉もない。海辺の苫ぶきの粗末な小屋のあたりの秋の夕暮れ。文法の主な点「なかりけり」「なかり」終助詞「なし」の連用形->「無い」「けり」終助詞「けり」の終止形詠嘆を表す->「、、なぁ」花をのみ待つらん人に山里の雪間の草の春を見せばや(藤原家隆)(大意)花が咲くことを待ち望む人々に、山里の雪間から芽吹く若草の春を見せたい文法の主な点「(待つ)らむ」助動詞の現在推量(、、だろう
浄土真宗を厳しく弾圧した歴史があった旧薩摩藩主の島津家と西本願寺が、400年余りの時を経て、2026年、交流を始めることになりました。専門家は「弾圧と対立の歴史を越えて新しい関係を作っていく歴史的な出来事だ」と評価しています。戦国武将の島津義弘が安土桃山時代の1597年に、一向宗とも呼ばれた浄土真宗を禁制として以来、薩摩藩は、これを弾圧した歴史があり、禁制は明治の廃藩置県後の1876年まで続きました。西本願寺と島津家によりますと、2025年から西本願寺の別院の本願寺鹿児島別院の輪番
読める書で書く百人一首100番目の和歌生徒さんには今まで百人一首を課題としてかな書道を学んでいただきました平安時代に出来上がった美しい流れの「かな」です変体仮名を交えて文字の大小や墨使いでの強弱そして空間の美まで考えて?解らなくても難しくてもとにかくたくさんたくさん書いてただただおけいこを続けていただきましたそうしていよいよ百人一首100番目の歌になりました感動ですね1番(あきのたの~)からお付き合いくださった方は特に感慨もひとしおのことでし
【祈りの夕べ。朔日に大國魂神社さんと、ご縁のある府中市。】昨年に引き続き、マドモアゼル愛さん主催の『祈りの夕べ』に伺いました。会場は、府中市です。東京競馬場の最寄り駅、府中本町駅で下車して、府中駅に徒歩で向かう途中に、武蔵国総社、大國魂神社さまがあります。ああ、そういえば、私が上京して初めて住んだのは、親戚の住まいがあるここ府中市だったなぁと思い出しました。調布市に学校があったので、はじめの3年間は、府中市から通っていたのです。その頃、何も
《新古今和歌集・巻第十二・恋歌二》1123入道前関白太政大臣家歌合に道因法師(だういんほふし)紅(くれなゐ)に涙の色のなりゆくを幾(いく)しほまでと君に問はばや☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆入道前関白太政大臣の家の歌合に道因法師涙の色が紅になっていくが、どのくらい深い色になるまで悲しめというのかと、君に尋ねたいものだ。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
《新古今和歌集・巻第十二・恋歌二》1112題知らず藤原元真(もとざね)白玉(しらたま)か露かと問はん人もがなもの思ふ袖をさして答へん☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆題知らず藤原元真草の上に光っているのは、白玉か、露か、と問うてくれる人がほしいものです。そうしたら、あなたを恋い慕う嘆きの涙で濡れた袖をさして、答えましょう。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さ~て、先日、ある資料を読んでいましたら、ほ~お、と言う事に出会いました。敷島製パン(Pasco)の創業家・盛田氏、ソニー創業者のひとり盛田昭夫氏は本家筋であり、ミツカンの創業家(中埜氏)も親戚筋だとの事。盛田家って、実業家の血が流れているのですね。上記の事から、敷島製パン(Pasco)に関して、興味を持ちましたため、少し調べて見る事にしました。以下、同社の公式ホームページに掲載されていた内容を転載させて頂きます。尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。
願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ西行(山家集)意味願わくば、春の満開の桜の下で死にたいものだ。それも(釈迦が入滅したとされている)陰暦の2月15日あたりの満月の頃に今日は3月14日ホワイトデーです。そして、今日は陰暦では2月15日。釈迦入滅の日です。そしてそして、満月です。きさらぎの望月です。いつも、釈迦入滅の日と満月がこのように一致するということではありま
桜の写真見せて!▼本日限定!ブログスタンプあなたもスタンプをGETしようデュッセルドルフの桜で〜す先週から今週頭にかけて満開でした〜🌸ドイツ人も写真撮って楽しんでますよ📸が、昨日辺りからだんだん散りはじめておりますひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむあまりに有名な紀友則の歌ですが暖かくて柔らかい陽射しの中ではらはら散っていく桜を目にするとあぁ無常儚いよの〜とドイツにいてもこの歌の心境になりますけだし名歌!けど昔、この歌を習った時光のどけきをな
今日宮地嶽神社からこちらが届きまして、中身は、こちらでした。↓↓↓娘にピンク、私にブルーを頂きました。宮地嶽神社は、遠いので、ネットで買おうかと思ってタロットしたら、NOで、残念に思っていたら、すでに注文してくたざっていた方がいらっしゃったからだったんですね。感謝です。この記事に載せたPPお守りです。『詐欺メールと詐欺電話と詐欺なみに税金を遣うあのカタカタ/PP守り』年末から迷惑メールが止まりません。しつこくて、しつこくてセキュリティつけてるのに、なんで?昨日から
やっぱり、書かないと終わらないようです…繋がってきたので、書くことにします。これまた、長くなるのでね、相当、善知鳥も詰まってますよ~。青森市内に有名な神社がたくさんありますが、青森の原点といえる神社といえば「善知鳥」です。「うとう」と読むのですが、鳥です。しかし、謎多き伝説を残すだけ。青森市内の朝さんぽにて、善知鳥神社へ。アイヌ語では、突起orあばら骨の意味。島の先端(岬)を指していると思われます。アイヌ語の「烏頭ウトウu-toのuは、名詞の接頭語として場
ほととぎすには、20を超える漢字表記があることを前回も記しました。その中に、「子規」「不如帰」というなじみのあるものもあります。「子規」とくれば、俳句、短歌の革新運動を推進した正岡子規の名が浮かびます。ほととぎすが鳴いて血を吐くという中国故事由来の言い伝えから、結核を病み、喀血した正岡は、雅号を「子規」としたということはよく知られています。「不如帰」も同様に中国故事に由来する名です。その中国故事についてお知りになりたい方は、ウィキペディアの「ホトトギス」の項をご覧ください。前回、ご紹介した林
山田流箏曲「菊水」に加えて、1月の演奏会に向けて自分でひとまず取り組んでおくように先生にご指示いただいたのは「花三題」中能島欣一(1904-1984、東京芸術大学名誉教授)作曲。古今和歌集から花にまつわる和歌を3つ並べて箏曲にしたもの。大正時代に編纂された「山田流箏歌八葉集」には掲載されていない昭和の曲。古今和歌集とは、言わずと知れた平安時代前期の歌集。全二十巻。醍醐天皇の命令により編纂され、905年(延喜5年)に奏上。日本史上で最初の勅撰和歌集で、後世の勅撰和歌集の
前回、結びに「次回は天王寺の記事に「臨終」を読むことから始めます。はたして日想観にいたるやら?」で結びました。この「日想観にいたるやら」の問いかけに対する答えは容易そうです。*大阪市のHPに次の記事があります。*大阪市のHP:https://www.city.osaka.lg.jp/kensetsu/page/0000009742.html◆72.伝藤原家隆(ふじわらいえたか)墓大阪府史跡2009年3月16日ページ番号:9742天王寺区夕陽丘町5オオサカメトロ谷町線「四天