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【一日の学問を励む】6312渡部昇一氏の心に響く言葉より…《凡そ人一日この世にあれば、一日の食を喰らい、一日の衣を着、一日の家に居る。なんぞ一日の学問、一日の事業を励まざらんや》(吉田松陰)(幕末憂国の志士。名は寅次郎。禁を犯して海外渡航を企て、獄に下る。のちに松下村塾を開き、子弟を教育する。安政の大獄で刑死。/1860~59)安政元年3月28日、吉田松陰が牢番に呼びかけた。その前夜、松陰は金子重輔と共
2017年に書いた記事が上がって来ました。拝啓吉田松陰様1853年、あなた23歳のとき浦賀に黒船が来ました。100年後の1953年12月に私は生まれました。そしてあなたの終焉の地、江戸小伝馬町に住んでいます。この世の最期の夜に書き上げた「留魂録」の冒頭の句が公園の碑に刻まれています。「身はたとい武蔵野の野に朽ちるとも留めおかまし大和魂」これを見る度に魂が揺さぶられます。そして己の生き方に恥ずべきところは無しや今日の命を、食べるためだけの仕事にしてはいないかと問いかけられ
実は新政府軍の「専用」施設だった!靖国神社が生まれた瞬間と切り捨てられた旧幕府軍坂本龍馬も祀られてる!?靖国神社の意外すぎるルーツ右寄りの方々は読まないでね♡文章はすべてエーアイが書いています。それゆえに間違いを含んでいる場合もあります。この文章は誹謗中傷が目的ではありません。純粋に学術的な探究の為の文章です。靖国神社(創設当初の東京招魂社)1.創基(創建)に関する情報靖国神社は、当初「東京招魂社(とうきょうしょうこんしゃ)」として創建されました。A.いつ(時期)
本日は、最初から暇だと思っておりましたので、勝敗はつかずでございます。一勝一敗のまま。そんな中で、今日は中学時代の同級生が集まってくれましたね。ありがたいことです。しかし、凄いなって思ったのは、ドラムやってる友人が福島から来てくれたもんで、つい会津だとか、鶴ヶ城とかって幕末の話になるんですけど、誰も薩摩とか、長州とか、新撰組とかって言わないことだよね。ほとんど、奥羽越列藩同盟だよ。これね。最高にカッコいいね。いや、明治新政府嫌いなもので。。。しかしながら、今現在、令和の世の中に
山口県萩市に行ってきました。誕生日のあとのリトリートという気分でした。江戸時代の末期から明治時代の半ば頃までの歴史に少し興味を持ったわたしにとって、吉田松陰という人物と彼を取り巻くいろいろな人たち、その環境、その爆発的なエネルギーと真正直な一途な生き方には圧倒的な興味を持たざるを得ない「事件」のような重さのある内容でした。有名な松下村塾の建学について松陰はこう語っています。『一世の奇士を得てこれと交わりを結び、吾の頑鈍を磨かんとするにあり』松蔭自身がこの塾の教授ではな