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皆さまこんにちは!夏休みまでいよいよあと2日と迫って参りました悔いのないように一人時間を謳歌している今日この頃です笑さて、今回はずっと楽しみにしていた『空海と真言の名宝展』の感想をお届けしようと思います。初日に行ってきましたよ9時45分には着いたでしょうか。それなりに人は沢山いらっしゃいましたが、ゆったり観て回れるくらいで丁度良かったです。(大ゴッホ展はとてもじゃないが人集りでゆっくりは観れなかった)何でもそうですけれど、会期末に近付くにつれて混んでくるのですよね。何事も早め
横須賀観光続きです⚓『横須賀でハンバーガーランチ』こんばんは先週三連休の横須賀観光写真記録です…ameblo.jp世界三大記念艦「三笠」見学してきました⛴️詳しくはこちらよりみかさ世界三大記念艦「三笠」公式ホームページ|神奈川県横須賀市神奈川県横須賀市にある世界三大記念艦「三笠」の公式ホームページです。www.kinenkan-mikasa.or.jp記念撮影記録入口ボランティアの方によるガイドツアーがあります艦内を歩きながら詳しく教えてくださいま
世直しサラリーマン、テレビ局の闇に挑むどうも、世直しサラリーマンの私です。今日も今日とて、日本の未来を憂い、街を闊歩しておる。先日、ネットの片隅で、血を吐くような告白を目にした。それは、かつてテレビ局に勤めていたという人物の独り言。かつての職場が、いかにして「ある勢力」に乗っ取られていったか、その経緯を赤裸々に綴ったものだった。まるで、司馬遼太郎が描く歴史小説のように、その内容は重く、そして現代社会の病巣を炙り出すものだった。テレビ局を蝕む「獅子身中の虫」その告白によれば、事の発端は196
そうか、今週末は選挙とオリンピックが重なるから「豊臣兄弟」はお休みか。人質になって梯子を外された藤吉郎の運命やいかに、てゆうか松尾諭さんの次郎左衛門はどうなる、の話は再来週に持ち越しです。ところで、「どうして、信長の妻の帰蝶(濃姫)が一向にドラマに出てこないの?」と、界隈がザワついていますが。帰蝶は、「豊臣兄弟」には、出ないでしょう。だって、そのぶん「お市(宮崎あおいさん)」の出じろを増やせるから、です。今年のお市は、あきらかに、普通なら信長の「妻」がやるような役割を担っています。こ
「関ヶ原の戦い」と言われますが、実は戦闘は東北から九州まで、全国各地で起きています。伊達政宗も上杉景勝も黒田如水も、それぞれの場所で(それぞれの思惑で)戦っています。毛利輝元だって、関ヶ原にこそ来なかったものの、毛利軍は西国方面で結構積極的に動いています。輝元が「天下を取りに来ていた」のは事実です。王将が無闇に前線に出るのはヘボ将棋です。毛利輝元が大坂城にどっしり構えて、全国の戦闘を指揮しようと考えていたとすれば、さほど理に合わないことではないでしょう。関ヶ原が「決戦場」になるというのは、
宮崎駿が、「若い女性の声優の声は娼婦のようだ」と司馬遼太郎と話したことが話題になったことがあった。宮崎駿は自分の作品には声優を使わなくなることが多くなっていました。ごんちは、とんでもない事をいう人だとずっと思っていた。でも、そんな宮崎駿の気持ちが少し理解できる気がした出来事があった。それを記す。10月から始まった文化放送・武田砂鉄ラジオマガジンを聴いている。月~木8:00-11:00のワイド番組だ。といっても、10時台のゲストコーナーしか聴かない。
司馬遼太郎の『花妖譚』を読みました。花にまつわる怪異を描いた短編小説集です。彼の最初期の小説で、まだペンネームの司馬遼太郎を使い始める前の新聞記者時代の作品です。それだけに筆致が若いというか、小説としての完成度はそれほど高くありませんが、彼の原点は感じられます。中国の古代に仙人となった人物や、日本では役小角など、数々のエピソードを持つ人物を取り上げています。花にまつわる作品であるのは、生花の家元が発行する機関紙に掲載されたからだそうです。
【愛嬌のある人】6229斎藤一人さんの心に響く言葉より…愛嬌のある人は、軽やかな愛を配って歩いているようなもの。行く先々で人に好かれるし、その評判が広まると、遠くからわざわざ人が会いに来てくれるようになります。芸能人でも、愛嬌のある人ってすごく人気があるよね。ものすごい美人というほどでもないのに、絶大な人気を誇るタレントさん。そういう人はね、抜群に愛嬌があるんです。その人を見るとつい微笑んじゃうとか、和むとか、癒されるとか、そ
半藤さんは、司馬さんに『坂の上の雲』のあとを書いてほしかったんだろうなあと思う。そのあとを書いてほしかった、というよりは、日露戦争勝利で終わっては困るなあ、と半藤さんは思ったのではないか。半藤さんとは、ジャーナリストで歴史作家の半藤一利氏(1930〜2021)であり、司馬さんとは小説『坂の上の雲』を書いた司馬遼太郎氏(1923〜1996)のことである。周知のとおり、日露戦争に大きな犠牲を払って日本はかろうじて勝利した。開国以来、大きな産業もない、40年前までは江戸時代だった小国日本の、