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ゴールデンウィーク最終日〜🚗💨オルトさん、現在車中泊旅行中らしく、本日は再放送回でございます📺✨……なんだけど。今回、めちゃくちゃ好きです。なぜなら、バカ話なのに世界観だけ異常に壮大。これ、最高。まずね。オルトさん、昔から本読むの好きすぎて、漢字を“雰囲気”で読んじゃうタイプらしいのよ📚その結果。「烏賊」↓「トリ族」に脳内変換。いや待て待て待て😂どんな民族だよ!!しかもそこから始まる妄想が、いちいち壮大なのよ。鷹を操る古代民族。縄文文明。司馬遼
行事や出張続きのまま突入したGW。ウチの会社はたった4日間のみの休みだったが充分な時間を過ごせた☆2日は都田の公園で下チビ2人と過ごす。何やっても干渉しない位の広大な緑地。チビ達には広すぎて、、、劇疲れ(笑)3日は恵那より嫁さん一団が来浜。R257沿いから竜ヶ岩洞立ち寄り。嫁さんと結婚前に来たっけな。改めて地元の自然の奥深さを知る事が出来た。4日は浜松祭り〜凧揚げ合戦へ何度も来てるけど、今回は過去最長の滞在時間。旅行として来た人たちのアテンドですからね、、、いつものよう
まったり過ごしたゴールデンウィークの中のとある1日。会社の先輩と司馬遼太郎記念館へ。先輩に誘われた時は、安藤忠雄建築見に行こ!という気持ちの方が強かったのですが出る頃には、すっかり、俄か司馬遼太郎ファンに変身してました。壁一面の圧巻の本棚は凄かったし坂の上の雲の企画展示も、ビデオも良かった。あと、個人的には、司馬遼太郎が使ってた虫眼鏡🔍。これだけ資料を読みこむ人。老眼になっても、このルーペでずっと読んでたんだろうなぁと実感しました。最近私も視力の衰えを感じてるんですけどすぐに
辛子明太子丼。お新香と、けんちん汁。けんちん汁は、胡椒を振っても美味しい。食後の珈琲。美味しく頂いた。ご馳走様!。ポチった物が届いたよ。司馬遼太郎の「街道をゆく42三浦半島記」。ゆっくり読もうと思っている。久しぶりに文庫本を買ったけど、760円+税か。文庫本も高くなっちゃったな。今日のさわやか画像。「
中学生になった頃、読むべき本がわからなくなった時期があった。小学生が読むような本は子供っぽいと思うが、だからと言って大人が読むような本を読むのも、何だか無理に背伸びしているようで恥ずかしかった。そんな頃に、偶々、司馬遼太郎の『新選組血風録』をラジオで放送しているのを聞いて、それを読んでみたくなった。私が大人が読む本を初めて読んだのは、司馬遼太郎の『新選組血風録』であった。新選組は創作作品の題材として、選ばれやすい存在なので、今も人気がある。しかし、興味を持つきっかけとしてはともかく、史実
今年は作家司馬遼太郎没後三十年の節目の年である。ということで文春のユーチューブチャンネルで月一、司馬の特集をやっている。四月は東出昌大とAマッソの加納愛子がそれぞれの推しの司馬作品を熱く語っていた。大変面白い回だった。私が司馬の小説をよく読んだのは十代から二十代前半にかけて。それ以降、司馬小説は全く読まなくなった。それについて何か理由があったかとは思うが、それは思いつかない。強いてあげれば私の歴史に対しての興味が司馬が書いてない時代に移ったからなのかもしれない。このことは司馬の歴史小
ちるらんに続きイクサガミも面白くて日本映画(特に時代劇もの)いいじゃん!となり、珍しく2回目を視聴しました2021年公開映画燃えよ剣ちるらんも同じ新撰組の話なのでこちらの作品の近藤さんは鈴木亮平さんか…_φ(・_・沖田さんは山田くん、と…_φ(・_・と見比べて観るのもまた楽しかったです自分、新撰組ブームだった時に何作品も小説を読んでいまして。基本的に司馬遼太郎さんのストーリーが根幹にあるためちるらんでの土方さんの立ち位置がちょっと違和感あるんですわ。あと、
國支え軍艦乗るも子を待つも
歴史と文化のまち英賀保めぐり保存版司馬遼太郎の世界・英賀城跡平成11年10月・「英賀保連合自治会」発行(3)英賀城(あがじょう)の特色姫路市飾磨区中浜町英賀城の創建は遠く平安期にあり鎌倉時代に吉川・赤松両氏が居城し、1441年(嘉吉の乱)初代三木通近が入城し4代通武により新城として築かれた。古代からの自然地形を活かし、西は夢前川、東は水尾川を限界とし、北部は湿田と豊富な湧き水を利用して深い外堀を築造し、南部は内海を利用して港とし、全国でもっとも古い「水城(みずじろ
KurashikiSuprincipalreclamoeselbarriodeBikan,unazonadeedificioshistóricosaorillasdeunviejocanalbordeadodesauces,dondeunpintorescogrupodealmacenesblancosynegroshansidoconvertidosenmuseos.Enépocafeudal,los
今回の「旅の友」は『街道をゆく夜話』(朝日文庫)です。いきなりこう書いても大方の読者はなんのこと?と思われますね。毎回の業務で必ず一冊は司馬遼太郎さんの文庫を携帯します。その他に1,2冊をスーツケースに忍ばせてツアー中の自由時間等の空き時間中に目を通します。今日は三十三間堂の開山忌でもあるので、これに関することでもまとめておけばいいのかもしれませんが、昨日の参拝だったためにmangasverdesになるだけ。今日は上記の文庫から以下の引用をさせていただきます。昨日の京都
今回はこういうお題でいきます。本記事には残酷な描写が出てくるので、そういうのがお嫌いな方はスルーされてください。まず「ひえもん」は「冷物」と漢字で書き、鹿児島の方言で「生臭いもの」という意味のようです。江戸時代の鹿児島県は薩摩藩といって、藩主は島津家。鎌倉時代からの名族です。この藩はたいへん尚武の気風が強かったと言われます。藩士の子弟は郷中教育といい、男児が集団生活をして教育を受けるというものでした。内容は剣術から武士としての心構え、体力づくりなど多岐にわたっていました
『歴史のなかの邂逅ー1』-司馬遼太郎●わが空海ー②✪中国の密教は、唐の玄宗の時、長安にいたインド僧善無畏(ぜんむい)という人物によって確立した。空海が長安に入った時より80余年前である。引き続きインドから金剛智と不空金剛智がやってきて、密教経典の翻訳をした。その不空の弟子が惠果(けいか)という唐僧で、三代の皇帝の師となり、密教界最高の位置を占めていた。空海は、その惠果に学ぶべく心に決めていたようだが、その前に彼は長安の醴泉寺(れいせんじ)において、牟尼室利(むにしり)というインド僧から
ボンジボこの前、時代小説の「三大巨匠」の話をした。トレビト一般的には司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平を指すわね。ボオレもその通りやと思うんよ。これに加えて、隆慶一郎も好きなんやけど、小説家としてのデビューが遅くて、活動期間が短いのもあって「巨匠」と言うイメージではないかもしれへんね。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』は、二十歳になるまでに読んだけど、そのころは心酔して「オレらの年代はみなが読むべきもんちゃうか」と思たよ。竜馬がゆくト日本の歴史的事実を、生き生きと知るには、司馬遼
カレンダーをめくると5月ということは、来月は、6月今年も半年終わる…速さを実感した一瞬でした…4月に七条通りにある老舗割烹いいむらさんへ行って来ました。場所はすぐにわかりました。司馬遼太郎もよく通ったそうです。今時京都駅近くでコスパ良し!うなぎ丼ときつねうどんでした。私は、フライものを期待してしていたので少し期待外れでした。それにご飯とうどんは炭水化物が多いし…う
春の雪泣くと分かつて読む漫画しのぶ海苔炙るそろそろ籍を入れるかと書き上げて詩のつまらなし春の雲せせらぎに木々の芽吹きの硬さかな悠人青空を映す泉水探梅行菜の花忌浦賀水道一望す*菜の花忌・・・司馬遼太郎の忌日。
『十六の話』-司馬遼太郎●大坂の原形-①✪大坂が草の原だったころの最後の時期が、15世紀末である。蓮如(1415~99)という僧がいた。かれの仏教は、風変わりなものであった。風変わりな教義をもつために、かれは日本仏教の既成体制からは異端で、いかがわしく思われていた。浄土真宗、もしくは単に”真宗”とよばれる体系である。ふつうの仏教僧は女性に触れることができず、むろん妻帯できないが、この宗派は僧に対して普通人の欲望を認めたために子孫をもつことができた。この宗旨は蓮如が創始したものではなく
2019年5月1日から始まった「令和」時代が、もう令和8年を迎えています。ここ数年吹き荒れたコロナ禍、集結の見通しが全く立たないウクライナ戦争、更に勃発したガザ地区の問題、緊迫する台湾海峡や南シナ海...etc、「令和」の日本はどのように国際社会を渡っていくのでしょうか。明治維新以来、明治・大正・昭和と、日本は戦争を重ねてきました。「平成」30年間に日本が戦争を経験せずに済んだことは、今の私たちにとっては当たり前に思えてしまいますが、よく考えてみると、いろいろと思い当たるこ
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟」が面白く、昔読んだ「新史太閤記(上・下)」を読み返してみたくなりました。概略は、以下の通りです。「子供の頃の藤吉郎は、貧しく食べるのもやっとで雇ってくれるという高野聖についていくと、みな殺されていた。その後、農家の奴隷になり、人間以下の扱いとなり大きくなっても二度と戻りたくないと思った。その後、木曽川のデルタ地帯で半農半士の蜂須賀小六に仕える。そこで小六より今川家に仕えるを勧められた針売りをしながら機会を狙った。そして、今川家の松下嘉兵衛に仕える。その後、井
●●鑑賞会作品(118)≪2026年鑑賞会(21)≫●●映画ブログ【NO358】≪2026年【映画】ブログ(61)≫通し❝NO537❞🔶2026年(R7年)も変わらず鑑賞会作品の中から気になった作品を独断と偏見でご紹介して行こうと思ってます。🔷今回は過去の鑑賞会で観た作品をご紹介します。🎨少しネタバレします。未鑑賞の方はご注意⚡下さいませ。あらすじ江戸時代末期🌳黒船の来航により外国から日本を守るため幕府の権力を回復させようとする佐幕派と天皇を中心にした新政権を目指す討幕派
司馬遼太郎の最後の単行本『草原の記』。司馬は大河ドラマにも取り上げられた数々の歴史小説と並行して、紀行『街道をゆく』を著してきた。この本は、騎馬民族にロマンを持ち、特別の関心を持ってきたモンゴルへの2度目の旅の紀行になる(1度目はモンゴルと国交が樹立された翌年の1973年。2度目は1990年。いづれも満州蒙古で幼時を過ごしたツェベクマという女性が案内者)。司馬のモンゴル紀行の集大成と言える。この本で、個人的に興味を惹かれたのは、最終章の「帰ってくる話」でシベリアの「チタ」という都市が出て
教科書として採用された、竹田恒泰先生の『国史』を読んでいる。今、室町時代まできた。昨日からは司馬遼太郎の『義経』も読み始めた。高校時代かな、若いころ読んだ司馬遼太郎を読み返す。内容はすっかり忘れており、十分楽しめる。司馬遼太郎を読んで熱い気持ちになった自分。また蘇らせたい。そして、リブログ↓
霧の摩周湖後は予定通りに根室です。2回目です。一回目は家族と来ています。日本で最も東で御朱印を頂ける、金比羅神社です。この石、いっぱい厄を割っているんでしょう。高田喜兵衛さんが金比羅神社の創祀者だったそうです。高田喜兵衛さんは江戸時代の蝦夷地で海運で財を成した方で、国後島に行くための航路も作った方です。司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」で知りました。ロシアにも拉致されて行っています。大変苦労した方です。神輿は金ピカです。切り絵の御朱印もポケふた前回行けなかった、納沙布岬にも行
4月に読んだ本です。ひと言感想をつけて記録します左から青姫:朝井まかて→朝井まかてさんの小説の大ファン。本作はファンタジーではあるが、まるで本当にそれが存在してような感覚で読めました。青姫[朝井まかて]楽天市場ひどらんげあおたくさシーボルトに愛されて:高田宏治→長崎出島のドイツ人医師シーボルトの妻(私は、「妾」ではなく妻だと思った)お滝さんの物語。作者の高田さんは、「極道の妻たち」などを手掛けた脚本家。脚本家ならではか?
司馬遼太郎著「真説宮本武蔵」を読みました。剣豪を題材にした短編小説集。本のタイトルにもなっている「真説宮本武蔵」。タイトル通り宮本武蔵についてのお話。宮本武蔵というと無双の剣豪という風に伝わっております。果たしてその生い立ちは?人物像は?となるとあまり知られていないように思います。生まれたのは豊臣政権の頃といいます。戦国まっただ中ですね。育ったのは今の岡山地方ですから、宇喜多家の勢力下。武蔵は西軍の一人として出陣。ですがこの時期の剣豪としての活躍はほとんど伝わっていないの
くらーいそこ?地下?穴?みたいな四角■い穴みたいな所を覗いたらキラキラと黄金色みたいな色が見えるなんだろう?なんて周りの人と言いながら覗いていたどんどんその黄金色が近づいてきて全貌が見えたそれが不動明神だった何体もいてとにかく息を飲むというか美しすぎてそしたらまた下がって行ったそんな不思議な夢を見た吉夢らしい良かった街道をゆく(16)新装版叡山の諸道(朝日文庫)[司馬遼太郎]楽天市場682円ちみどろ砂絵/くらやみ砂絵(光文社文庫
司馬遼太郎「戦雲の夢」今回は長宗我部盛親を主人公とした物語です。以前、司馬遼太郎の「夏草の賦」を読んだのですが、こちらは長宗我部元親、盛親の父の話でした。書かれた順番は「戦雲の夢」のほうが先ということを後で知りました。豊臣秀吉没後、風雲急を告げた時期、土佐長宗我部氏は藩主元親の死により、時勢を読み解けず西軍に加担し没落することになります。物語の導入部、盛親は長宗我部の御曹司として京の都にありました。司馬遼太郎の作品は男女の出会いから始まることが多いのですが、こ
例によってだいぶ間が開いてしまいましたが会津の旅の続きです。さて、向羽黒山城を後にして向かったのは会津若松城(鶴ヶ城)。比較的広そうな東側の駐車場を目指しました。↓の地図では赤い四角の場所になります。©googlemap↓駐車場から城の方へ向かうと、早速新島八重さんのお出迎えです。しっかり鉄砲をもってりりしい姿、綾瀬はるかちゃんと感じは遠くないですねまた、司馬遼太郎さんの文章から引いた碑もありましたよ↓この日の内容については別途述べますねで駐車場の向が入口です↓
おはこんばんにちハ、お気楽です。先程UPした記事では、触れませんでしたが、イランが世界でも有数の親日国になった理由は、この動画を御覧くださいね。春の18キップの旅の二日目の記事、5回になるなんて想定外ですが、今度こそ、最後の記事ですよ。お暇な方、お忙しい方、海賊と呼ばれた男に興味がある方も、ゆっくりしていってね。4月7日(火)日本で最も夕日が綺麗な下灘駅にサヨナラしてPM06:10松山駅前のホテルにチェックインしばしお部
2019年4月のブログです*10連休ということで、ボランティアもお休みなので、じーじも貧乏旅に出ることにしました。目的地は青森の三内丸山遺跡。去年、司馬遼太郎さんの『北のまほろば』(街道をゆく)を読んで、一度行きたいと思い、今回、実現しました。4月27日に新潟を出発、その日は秋田の道の駅で車中泊、そして、28日の午後、三内丸山遺跡に着きました。すごかったです。5000年前の縄文の人たちの遺跡。特に、大きくて高い物見やぐら(?)、すごいのひと言です。