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2025.11.3.北条早雲こと、伊勢新九郎盛時(伊勢宗瑞)が、将軍の命により伊豆征伐に出陣し、拠点としたのが、興国寺城です早雲は、室町幕府将軍の申次集を務めたが、駿河の守護今川氏とは、姉北川殿が今川義忠の正室というつながりがあった。文明8年(1476年)義忠が急死すると、その後の家督争いで甥の今川氏親を助けた功により、長享2年(1488年)頃、富士郡下方12郷を与えられ、興国寺城主となったとされる。明応2年(1493年)に伊豆韮山の堀越公方足利茶々丸を征伐し伊豆国を治める、そして京に
中日文化センター栄で【桶狭間の戦いゆかりの史跡巡り】シリーズを開催中ですが、4月からはいよいよクライマックスの古戦場、そしてその後に岡崎城で独立を果たす松平元康関連の史跡巡りを行います。春からあなたもマニアックに史跡巡りをしてみませんか?予定しているのは以下のとおりです。【4月】第七幕「ふたつの桶狭間」(名古屋市緑区)【5月】第八幕「大樹寺と周辺史跡」(岡崎市)【6月】第九幕「今川義元の胴塚と糟塚砦」(豊川市)毎回土曜日開催で2時間半~3時間ほど。史料をもとに現地を歩きます。参加
最近、地元の郷土史、常陸風土記のことをユーチューブとかネットで調べて、関係する史跡を訪れている。風土記は奈良時代に朝廷が各地の歴史、地理、文化、産物、伝承をまとめさせたもので、出雲国、常陸国、播磨国、豊後国、肥前国のものがのこっているとのこと。奈良時代ごろの常陸国は石岡市に国分寺があったので、その時代の地域の中心が石岡あたりにあったんだとおもう。同市に常陸風土記の丘という大きい獅子舞のモニュメントがある公園があるため、小さい頃からなんとなく風土記といえば石岡なんだろうと感じてい
笠松みなと公園からスタート石畳はコレかな?↑奥は木曽川橋↑此方の橋は名鉄木曽川橋梁以前ここで動画を撮影してた堤防から街中の史跡巡りを開始木戸から杉山家は定休日て表のみ次は笠松町歴史未来館本日主目的の石碑復元があった先週↓の久納酒造で🍶を仕入れ翌週の休みに史跡巡りを最近飲んだ中で飲む好み値打ちで近場とは申し分無し↓限定200枚一人一枚限り希望者に無料配布通りにあった蔵本日の目的地に到着↓旧名鉄東笠松駅パティスリー小菊ラム酒がたっぷり染みたサバ