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先週の土曜に行って参りました、戊辰戦争史跡訪問記録です。訪れましたのは。安塚駅。慶応4年(1868年)、戊辰戦争の際。小山の戦いに勝利し、宇都宮城をも奪取した旧幕府軍は。新政府軍の救援軍の北上を知り、新政府軍側として小山で戦った壬生藩の本拠地・壬生城を攻略するため進軍。姿川の淀橋付近で戦闘になりました。これが「安塚の戦い」と呼ばれています。駅前から歩きまして、5分程。戊辰戦争戦士者の墓碑。
織田信長から「友であり兄弟」と信頼された織田四天王の一人で、柴田勝家と並び信長の片腕の一人です柴田勝家のお墓の近くに、丹羽長秀のお墓もあります右側が長秀の墓で、左は次男の丹羽長正の墓。柴田勝家が亡くなった後、北ノ庄に入ったのが丹羽長秀でした天正13年(1585年)4月16日、長秀は寄生虫病のために死去したと伝わる享年51。現代では考えられない死因だ!跡目は嫡男の長重が継いだ。丹羽家は、その後孫の光重の代から二本松藩にて続いていきます。総光寺は丹羽家菩提寺とし