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桜の咲く頃訪れた京都府精華町巨石が建ち並び、万博の大屋根リングを思わせる橋もあり、有名じゃないのが不思議なくらい素晴らしい庭園があるけいはんな記念公園を散策『お花見に最高!けいはんな記念公園異次元の巨石庭園!』桜が満開の頃、ちょっと用事があって京都府の精華町へ。京都府の精…ameblo.jp帰りに付近の遺跡を少々まず、同じ道路沿いにあるこちらの公園。ここは、畑ノ前遺跡公園といって弥生、古墳、奈良時代にわたる複合遺跡で遺跡の部分を含めた公園になっています。200
所沢の滝の城城址ここは、鎌倉時代に作られたと言われているが近くには、横穴墓群が見つかっており古墳時代から栄えていたようだ。戦国時代には北條方についたため秀吉側の福島正則によって、落城その後、廃城になったようだ。城の要素は残っているが横穴は見えなかった。後日埋蔵センターで見つけた画像霧吹きの井戸とは昔、井戸に竜が住んでいて、たびたび悪さをしたことから、村人たちは竜を退治するために、柳瀬川の対岸に舞台を作り、お祭り騒ぎをして竜をおびき出し、弓で
古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館のつづきです。自然科学と考古学、ふたつの観点から日本人のルーツをたどる展覧会。今回も館長の解説も参考に、弥生時代から記録です。▼本展を監修した館長による見どころ解説動画▼前回の記事『【最初の日本人から縄文人へ】古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館の覚書』3月某日、古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館に行きました。今は5月です😇自然科学と考古学、ふたつの観点から日本人のルーツをたどる展覧会。各時代の…am
今日から数回に分けてアップするのは長野県須坂市にある鮎川(流域)古墳群。↑鮎川古墳群の案内板(前略)これらの古墳群のほとんどは、石を積んで造った「積石塚古墳」と考えられ、古墳時代(3世紀~7世紀)に造られたものです。現在、約40基の古墳が残されていますが、壊されてなくなってしまった古墳もたくさんあり、昔は今の倍近くあったと推定されます。(後略)↑鮎川古墳群の米持天神支群と言うのかな?今日アップするのは米持天神支群に属する米持天神1号墳。↑米持天神1号墳、北東側から
福岡県福津市にある須多田古墳群巡り、続きです。昨日アップした須多田天降天神社古墳から南南西へ800メートルほどの場所に墳長が100メートルほどの前方後円墳があります。↑全国Q地図の赤色立体地図全国Q地図|地図ページ前方部、長っ!↑在自剣塚古墳(須多田22号墳)、南西側から「在自(あらじ)」は地名。「剣」については神功皇后が剣を納めたという伝承から。場所はこのあたり:33.797269,130.485443↑前方部上から後円部方向後円部がハッキリ見え
こちらの記事は【第26代継体天皇】のINDEX記事です実在が確定しており現代につながる皇室の始祖とされる天皇※記事の日時=更新日時です※画像や動画の流用は固くお断りします目次概要誕生/崩御在位期間譚父母子略歴継体天皇を祀る社/創建社福井県)毛谷黒龍神社福井県)足羽神社目次を開く概要誕生/崩御450年?/531年3月10日?在位期間507年3月3日〜531年3月10日?譚男大迹(ヲホド)父彦主人王(応神天皇玄孫)母振媛(垂仁天皇7世孫)
ご無沙汰の更新になります。毎度、「続きます」と言いながら「続かない」状況が、続いてしまいました。看板に偽りあり?で、すいません!前回の記事はこちらです。『『アラハバキ』族が奉斎した「火炎の神」と「星」と「海洋民」が導く『西域』への道』前回は、日本に先行渡来した天孫族『スクナヒコナ』について、書きました。(少彦名・少名毘古那・少日古根・小日子などと表記)『鳥』が一つのキーワードになります。ス…ameblo.jp前回の記事の最後に、中国の長江上流域に栄えた『三星堆(さんせいたい)文化
今日は、千葉県栄町にある「房総のむら」に行って、埴輪づくりの野焼き体験をしました。https://www.chiba-muse.or.jp/MURA/昨年11月に「房総のむら」にある「風土記の丘資料館」で開催された全2回の「埴輪づくり体験」の2回目、焼き上げ(野焼き)に参加してきました。古墳に立て並べられた日本特有の焼き物である埴輪のミニチュアを作る体験で、11月は粘土2キログラムで「形作り・文様付け」を行いました。そして今日は、その作品の「焼き上げ(野焼き
少し前に地元枚方市て2週末連続で遺跡の発掘調査現地説明会がありました。京阪電車光前寺駅前開発に伴う中振北遺跡の発掘調査の説明会は少し前にブログに書きました。『地元枚方で遺跡の発掘調査現地説明会!その1中振北遺跡』先週、地元枚方市で発掘調査の現地説明会があり見学してきました京阪電車光前寺駅前開発に伴う発掘調査で、かれこれ3年ほど工事が行われていてビル建設前の調査が毎年行…ameblo.jpその翌週にあったのが、第二京阪道路沿いで開催された茄子作遺跡の発掘調査説明会。写真左側の
前回見学に行ったときはレプリカだったのですが、この度本物の展示がされるというので、早速行ってきました。さきたま史跡の博物館国宝金錯銘鉄剣ショーケースを新調、ケースの接着剤などから揮発する有機溶剤が、鉄剣の劣化を招くので、消失するまでレプリカを置いてたらしい。2年半ぶりとのこと。いや、そんなにかかるのか。新築の建物とか人間はどうなるんだ。新調ケースは、鉄剣の荷重を分散して設置でき、窒素はケース枠内に収納できるボンベから供給できるため、何かの時にはケースごと避難することができるそうだ。