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邪馬台国論争のように資料の少ないテーマは素人でも参入できて、想像力を働かせてストーリーを構築できる。歴史推理小説にはもってこいの材料であることは間違いない。しかも数少ない文献の「魏志倭人伝」(「魏書」烏丸鮮卑東夷伝倭人条)の情報が邪馬台国の位置を特定できないが、主として大和説と北部九州説に分かれる。下手に首を突っ込むと自分の無知が恥ずかしくなってしまうので、あまり深入りすることはやめておこうと思っていたのだが、基本的なところから勉強してみようとしたのがこのブログだ。還暦過ぎの手習い
本日は、ヒマ友K氏を誘って午後から県立図書館へ行きました。目的は本読みではなく、発掘報告会です。報告中は、撮影禁止なので画像は無し。報告会の内容は、七尾市の国分山遺跡、金沢市の南新保ゴマジマチ遺跡、小松市の那谷寺遺跡、白山市の白山町(しらやままち)遺跡、金沢市の金沢城跡の各発掘調査の成果についての報告です。それぞれ興味深い内容だったが、その中でも古墳探訪好きの自分が最も気になったのが、金沢市の南新保ゴマジマチ遺跡調査で発見された古墳時代前期の2ヶ所の前方後方墳です
基本情報場所:千葉県館山市沼字大和田東電話:開館:休館:無休料金:無料特記:総持院の駐車場に止めさせて頂きました。総持院住所千葉県館山市沼1139番地宗派真言宗智山派本尊不動明王縁起当山は平安時代末期、永長二年(1097年)安房の国司、源朝臣親元公により創建されたお寺である。真言宗智山派、本尊は不動明王。獅子吼山慈眼寺總持院と号する。中世には真言密教の道場として栄え、往時は坊舎が十六棟あり「沼の大寺」と言われていた。十六世紀、中興・
枚方市議会議員ばんしょう映仁です。2025年11月1日は、中振北遺跡第8次調査現地説明会に行ってきました。中振北遺跡第8次調査現地説明会光善寺駅近隣の市街地の足元に、こんな歴史が眠っていたなんて🙀光善寺駅の西側で再開発が進んでいることは、地元の方ならご存じの方も多いと思います。実はその工事の合間に、枚方の“昔”を物語るような遺跡が見つかっています。名前は「中振北遺跡」。私も最初は「遺跡って、そんなにすごいものが?」と思っていたんですが、調べてみると、これがなかなか興
所沢の滝の城城址ここは、鎌倉時代に作られたと言われているが近くには、横穴墓群が見つかっており古墳時代から栄えていたようだ。戦国時代には北條方についたため秀吉側の福島正則によって、落城その後、廃城になったようだ。城の要素は残っているが横穴は見えなかった。後日埋蔵センターで見つけた画像霧吹きの井戸とは昔、井戸に竜が住んでいて、たびたび悪さをしたことから、村人たちは竜を退治するために、柳瀬川の対岸に舞台を作り、お祭り騒ぎをして竜をおびき出し、弓で
週末に、下の娘家族が来たので、久しぶりにトトロをBlu-ray版で鑑賞。メイ、サツキのお父さんが、考古学者ということは前から分かっていましたが、下の画面に、考古学系書籍のタイトルが見えます。ビデオを写真撮影して拡大すると、纏向遺跡、とあります。纏向遺跡(まきむくいせき)は、卑弥呼の墓ではないかと言われている箸墓古墳などを含む遺跡群。弥生時代末期、古墳時代初期の遺跡として知られていますが、フツーの人は知らないですよね。学者っぽい。この本は、おそらく1981年に桜井市教育委員会が出版
こんにちは私が意図している海人族・海洋民族ですが、その大元は、ラピタ人(Lapitapeople)と呼ばれる古代の人だと思っています。ラピタ文化LapitaCulture今から3300年ぐらい前の新石器文化で、東南アジアの島々を起源とする。ラピタ土器の発見をきっかけに、その存在が知られることとなった。イモ類を中心とした根菜栽培や家畜飼育をおこない、刺青や航海術など文化の総体で、ポリネシア文化へとつながる。一次移動今から5万年前の海面は現在よりも低く、多くが陸続き
●古墳フェスはにコット2025に行きました。まいどです。田渕です。古墳フェスはにコット2025に行きました。公式サイトは、こちらです。会場は、今年も、同じです。今城塚古墳公園(いましろ大王の杜)大阪府高槻市郡家新町48−8駐車場が少ないですから、車で行くのは、おすすめできません。車の場合は、少し離れた駐車場に止めて、少し歩く方が良いです。臨時駐車場も用意されていますが、台数に限りがあります。会場近くまでバスもありますから、バスで行くのもいいですね。JR富田駅の1番乗り場