ブログ記事2,963件
埴輪作りに行って来ました今回は「河内こんだハニワの里大蔵屋」さんへ。埴輪の豆知識埴輪は、今から約1700〜1300年前の古墳時代に、主に近畿地方から全国の古墳の周囲に並べられた素焼きの土器。友達と一緒に思うままに作成❣️私はミャクミャクを少し意識してみました1ヶ月程、陰干しして乾いた後焼くそうです♪今から焼き上がり楽しみです
酒巻14号墳出土埴輪(国重文)埼玉県行田市・・・・・・・・・・・・❖・・・・・・・・・・・・おそらくは乙巳の変(645)以降白村江の戦い(663)&壬申の乱(672)など倭国は内外難題を乗り越えながらヤマト王権からヤマト政権へと中央集権の律令国家づくりを急ピッチに進めていった&大宝律令(701)を骨格としてヤマト中央から列島地方へと国家体制を固めていったのであろうチョイ齧り中のシニア筆者は
今日は一時間ほどウォーキングして、古代の世界に行ってまいりました。行き先は、横浜の磯子区にある三殿台遺跡(さんとのだいいせき)。横浜市三殿台考古館三殿台遺跡は横浜市磯子区岡村にある、大岡川流域の原始・古代のムラの様子と生活の内容を知ることができる重要な国の指定史跡として、三殿台考古館において公開されています。www.rekihaku.city.yokohama.jp以前、SNSに誰かが横浜の遺跡のことを投稿していて「横浜にも遺跡があるんだ〜」と、興味がわ
古墳時代に営まれた半地下式の竪穴住居〈たてあなじゅうきょ〉を発掘すると、しばしば壁際に赤く焼けたカマドのあとが見つかります(「カマドのある風景」をご覧ください)。岡山県南部にカマドが伝わったのは5世紀前半のこと。当初は四角い住居の隅に設けられていましたが、やがて北辺や西辺の中央に移ります。これは、カマドの反対側に開いていた入口と関係しているようで、南向きや東向きの住まいを好むのは今も昔も変わりません。5世紀後半~6世紀前半のカマドは、地面を深く掘り下げた竪穴の壁につくり付けられていますが、
今日は、千葉県栄町にある「房総のむら」に行って、埴輪づくりの野焼き体験をしました。https://www.chiba-muse.or.jp/MURA/昨年11月に「房総のむら」にある「風土記の丘資料館」で開催された全2回の「埴輪づくり体験」の2回目、焼き上げ(野焼き)に参加してきました。古墳に立て並べられた日本特有の焼き物である埴輪のミニチュアを作る体験で、11月は粘土2キログラムで「形作り・文様付け」を行いました。そして今日は、その作品の「焼き上げ(野焼き
古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館のつづきです。自然科学と考古学、ふたつの観点から日本人のルーツをたどる展覧会。今回も館長の解説も参考に、弥生時代から記録です。▼本展を監修した館長による見どころ解説動画▼前回の記事『【最初の日本人から縄文人へ】古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館の覚書』3月某日、古代DNA—日本人のきた道—@国立科学博物館に行きました。今は5月です😇自然科学と考古学、ふたつの観点から日本人のルーツをたどる展覧会。各時代の…am
こんばんは~🌃今日は午後からパート午前中は用事があったので車で隣町まで出ました駐車券をもらうための買い物で本屋へいつものように新刊やベストセラー、セレクトコーナーを見ていたら新書の売れ筋コーナーにこちらの本が松木武彦先生の本じゃないですか松木先生の本はわたし5冊ほど既に持っていて過去に読ませていただいていまして記事も書いていますでも新書はなかったのでどんな感じの本かな~とパラパラ読みながらあとがきを読んだら(だいたい買う前にあとがきを読みます。概要がわかること多いの