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水頭症の手術から2日後、未だICUで過ごしていたるケー君でしたが、頭痛から解放されたお陰でスッカリ良くなった気でいました。ICUの看護師さんにも・・・ケー君ボク今年、受験生なんですよぉこれから冬休みが終われば、いつも通り学校に通って受験を受けて4月には高校生になる気でいました。そんな我が子に・・・「あなたは”小児がん”で、今年の受験は諦めて辛い闘病生活が始まるんだよ」この時点では、ケー君に伝えることが出来ませんでした。『混合性胚細胞腫瘍(ジャーミノ
2024年6月25日(火)、脳腫瘍摘出手術に向けて脳神経外科病棟へ再入院することになったケー君。この頃のケー君は、脳腫瘍の影響で・・・目は自由に動かせない(左瞼は閉じたまま)1日ほとんど寝ているそんな状態になっていました。そのせいもあると思うけど「脳を開いて腫瘍を取り除く」という、これから自分の身に起こる、常軌を逸するような手術を前に緊張して、表情は硬く笑顔はありませんでした。『闘病日記-14-:手術までの恐怖の日々』2024年6月、これまで続けてきた抗がん剤に耐性を
2024年5月、新しく留置したCVポートで、4回目の投薬が終わった頃、この時期のことを思い出すのは今でも辛い・・・入院当初8000ng/mLもあったAFP(腫瘍マーカー)が、10台まで下がっていて“このまま腫瘍が消えるんじゃないか”と、ひそかな期待を裏切られた時のお話しです。これまで投薬をするたびに、AFPが半分もしくは10ng/mLくらい下がっていたのに、4回目の投薬以降、1ng/mLから0.5ng/mLくらいしか下がらなくなったんです。『闘病日記-12-:新しい命綱CV
闘病生活中に見たブログで励まされて、「自分の経験も誰かの役に立てば」と思い始めた息子の闘病日記。最近は、過去の治療を振り返りながら1ヶ月1、2記事ペースで更新していました。今回は、ケー君の近況を報告しようと思います。抗がん剤再開今年の5月のブログで報告しましたが、治療が終わって3ヶ月くらいでAFP(腫瘍マーカー)が再上昇しました。細かく外来フォローをしていただき、AFPが300を超えた時点で“再発”と判断され6月から抗がん剤の投薬が再開しました。ケー君の胚細