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人混みを避けるために今年も早朝から加藤神社に初詣です。「KKRホテル熊本」の前にある棒庵坂を登ります。本丸の北側にある急坂で、二ノ丸,本丸北大手門へ通ずる要衝だったため、坂の途中に番所が置かれていたということです。坂の名前は、加藤清正の家臣である下津棒庵の屋敷が坂の下にあったことに由来します。境内には参拝客はまだ少なかったものの、既に拝殿内ではどこかのスポーツチームが必勝祈願の最中でした。令和八年の干支「丙午(ひのえうま)」の正月限定御朱印「躍進」をいただきました。
愛知県・名古屋市本日は、最後の休みですが曇りです。正月三が日+1日、天候に恵まれない圭那です。と言うことで・・・名古屋城に設置のもうひとつの加藤清正公の像の紹介です!以前の、記事はこちら。。。同じ、名古屋城に2つも有るって珍しい気がします?設置場所は、名古屋城正門前の駐車場+能楽堂のそば。立派な像なのに、見落とされそうな場所です。藤堂高虎や黒田孝高と並ぶ築城の名手として知られ、熊本城や名護屋城、蔚山倭城、江戸城、名古屋城など数々の城の築城に携わ
熊本を代表する城、熊本城。訪れるのは、実に3年ぶり。熊本城へ向かう行幸坂(みゆきざか)の近く、坪井川沿いに鎮座する加藤清正公像。戦国時代から江戸時代を駆け抜けた言わずと知れた武将。賤ケ岳の七本槍の一人。熊本城徘徊。。いやいや散策の始まりは長塀(ながべい)から。長塀という名のとおり長さ252.7mもある塀は圧巻で石垣が美しい。長塀の石垣をちょこちょこ動き回るキセキレイ。名前のとおり、黄色が美しいセキレイという鳥。備前堀熊本城で唯一、水のある堀。家臣、佐々備
今回は愛知県名古屋市中村区に地下鉄の中村公園駅にやってきたぁ~まずは中村公園駅から1キロ弱の豊国神社からスタート豊国神社【とよくにじんじゃ】本神社は、戦国一の大出世を果たした豊臣秀吉にちなんで、出世開運や仕事成就の他、茶道や「墨俣の一夜城」などの建設に関する逸話から文化の神としても親しまれ、ご利益を授かるために歴女をはじめ日々多くの参拝者が訪れています。豊國神社(豊国神社)が創建されたのは、1885年(明治18年)。地元の有志が、当時の県令(県知事)「国定廉平」(くにさだれんぺい
明治神宮初詣は明治神宮へ行きました。本殿までなが〜い道のりをひたすら歩く。ブーツで行ったの失敗だった。両端は石畳になっていたけど、ほとんどじゃり道なので砂ぼこりが立って真っ白に。洗えるスニーカーの方が良かったな。初詣はいつも三が日を過ぎた後、午前中か夕方に行けばそこまで混んでいないので、その辺りに行くようにしています。明治神宮のおみくじは吉凶ではなく大御心になっていて、御祭神である明治天皇の御製、昭憲皇太后の御歌から30首選ばれています。占いに行くとよく言われることが書いて
家紋印めぐりと名古屋ヒストリカルウォークふたつのスタンプラリー朝9時半自宅出発市バス→近鉄と乗り継いで近鉄伏屋駅に案内図があると期待したも全くなし駅で地図見て固まってる女性に遭遇、同じスタンプラリー仲間らしい。お声かけして一緒に前田速念寺を探しました。あ〜だこうだ迷いながらも無事到着。心強かったです✌前田利家公ゆかりの●前田速念寺(前田城跡)大河ドラマ利家とまつ当時は賑わってたと思われます。スタンプを頂き前田速念寺を後にし近鉄→地下鉄を乗り継いで●名
第3章歴史に生きる名馬伝説日本の歴史を彩る武将や英雄たちの足元には、常に馬の姿がありました。戦国の戦場、街道を駆ける使者、そして儀式や祭礼の場──。名馬の伝説は、人の物語と切り離せない形で語り継がれています。ここでは代表的なものをさらに詳しく見ていきます。源義経と「青海波(せいがいは)」源義経を象徴する名馬が「青海波」です。一の谷の合戦で、鵯越の断崖を駆け下りて平家を奇襲した伝説は、日本人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。そのとき義経を支えたのが、まさにこの馬だったと伝えられ
徳川美術館では、現在、徳川美術館・蓬左(ほうさ)文庫開館90周年記念秋季特別展「尾張徳川家名品のすべて」が開催されています。開催期間:2025.9.13(土)〜11.9(日)上記の期間のうち前期:9.13(土)〜10.13(月・祝)後期:10.15(水)〜11.9(日)※開催期間中、展示品の入替があります。展示作品リストを含め、詳しいことは、徳川美術館の公式ホームページなどで、ご確認をお願いいたします。同展では、甲冑・刀剣・火縄銃・屏風・
ワビスケ(侘助)花言葉【静かなおもむき・控えめ】侘助椿とも呼ばれます。茶道の茶室に飾られる、「茶花」の代表的な存在として古くから栽培されています。花びらを開ききらず、筒型に咲くことや、おしべがツバキにくらべ退化していることなどが特徴です。ワビスケという名前の由来については、江戸時代の茶人・千利休の下男(使用人)の庭男の名前「侘助」にちなむという説。彼はこの花を丹精こめて育てていた庭師で、千利休はこの花を茶室に飾って愛でたと言われています。また、加藤清正が朝鮮出兵のとき持ち帰った・・
このご時世に、熊の話を気楽にするのは憚られますが。歴史の話題ということで、お許し下さい。熊本には、熊はいないそうですが。では、なぜ熊本という地名なのか?「隈」というのは、川が湾曲している地形のことを指します。川が湾曲した内側の土地だから「隈本」、三方を川に囲まれているのだから、これを天然の堀にすれば、築城に有利な土地ですよね。それを加藤清正が、熊本という文字に改めたというのは、記録があって確かな話です。なんで熊なんてケダモノの名前が、戦国武将の城の名前に相応しいんだ、とか思います
第1話微笑みと刃◯【壱】:受け取る【弐】:礼を言う【壱】:いえ、違います◯【弐】:そうかもしれません恋の試練(2800)第2話裏と表◯【壱】:相槌をうつ【弐】:無言を保つ◯【壱】:時間稼ぎをする【弐】:断る第3話膨らむつぼみ◯【壱】:確認する【弐】:無視する【壱】:共感する◯【弐】:応援する恋の試練(アバターミッション)第4話運命が変わる時【壱】:無理しないで◯【弐
名古屋市北区の伯母の家に滞在中、伯母の代わりに古いお札を納めようと1月10日に妻とお参りに行きました。残念ながら、お札を受け取っていただく日ではありませんでした。。。名古屋で初雪の朝でしたが、昼過ぎにはすっかり溶け良く晴れて気持ちがいい天気になりました。【味鋺神社(あじまじんじゃ)】式内の由緒略記、webによると創立年月日は不明第60代醍醐天皇時代(901-930年)の延喜式神名帳に記載がある物部氏の祖ウマシマジ父子を祀る所在地:愛知県名古屋市北区楠味鋺2-736