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家紋印めぐりと名古屋ヒストリカルウォークふたつのスタンプラリー朝9時半自宅出発市バス→近鉄と乗り継いで近鉄伏屋駅に案内図があると期待したも全くなし駅で地図見て固まってる女性に遭遇、同じスタンプラリー仲間らしい。お声かけして一緒に前田速念寺を探しました。あ〜だこうだ迷いながらも無事到着。心強かったです✌前田利家公ゆかりの●前田速念寺(前田城跡)大河ドラマ利家とまつ当時は賑わってたと思われます。スタンプを頂き前田速念寺を後にし近鉄→地下鉄を乗り継いで●名
今回は愛知県名古屋市中村区に地下鉄の中村公園駅にやってきたぁ~まずは中村公園駅から1キロ弱の豊国神社からスタート豊国神社【とよくにじんじゃ】本神社は、戦国一の大出世を果たした豊臣秀吉にちなんで、出世開運や仕事成就の他、茶道や「墨俣の一夜城」などの建設に関する逸話から文化の神としても親しまれ、ご利益を授かるために歴女をはじめ日々多くの参拝者が訪れています。豊國神社(豊国神社)が創建されたのは、1885年(明治18年)。地元の有志が、当時の県令(県知事)「国定廉平」(くにさだれんぺい
第3章歴史に生きる名馬伝説日本の歴史を彩る武将や英雄たちの足元には、常に馬の姿がありました。戦国の戦場、街道を駆ける使者、そして儀式や祭礼の場──。名馬の伝説は、人の物語と切り離せない形で語り継がれています。ここでは代表的なものをさらに詳しく見ていきます。源義経と「青海波(せいがいは)」源義経を象徴する名馬が「青海波」です。一の谷の合戦で、鵯越の断崖を駆け下りて平家を奇襲した伝説は、日本人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。そのとき義経を支えたのが、まさにこの馬だったと伝えられ
作刀者同田貫正国(どうだぬきまさくに)後の同田貫上野介加藤清正について朝鮮出兵にも参加し実用的な切れ味の鋭い刀を作刀しました。「正」の一文字は加藤清正より賜りました。戦国時代より加藤清正のお抱え刀工として活躍しました。総長93cm刃長70.5cm反り1.4cm反りが浅く身幅は広く切先は伸びている、刃文は直刃に茎は生ぶ茎。※刀剣ワールドより引用こちらの刀は現ソフトバンクホークス会長王貞治さんが九州国立博物館に寄贈された物です。白鞘には王貞治さん自身で書いた毛筆サインが入っ
皆さま、今晩は。清正公と誕生日が同じな旅するコピーライターのふじやんです。2024年11月23日(土)〜25日(月)の2泊3日で、今回は、故郷である熊本を旅してきました。熊本は、2020年1月以来、約4年10ヶ月ぶりです。2024.11熊本編前回の投稿は、こちら。『【2024.11熊本編8】熊本城天守閣に震災後の初登城を果たして故郷のシンボルの早期復興を願う。』皆さま、今晩は。清正公と誕生日が同じな旅するコピーライターのふじやんです。2024年11月23日(土)〜25日(月)
人混みを避けるために今年も早朝から加藤神社に初詣です。「KKRホテル熊本」の前にある棒庵坂を登ります。本丸の北側にある急坂で、二ノ丸,本丸北大手門へ通ずる要衝だったため、坂の途中に番所が置かれていたということです。坂の名前は、加藤清正の家臣である下津棒庵の屋敷が坂の下にあったことに由来します。境内には参拝客はまだ少なかったものの、既に拝殿内ではどこかのスポーツチームが必勝祈願の最中でした。令和八年の干支「丙午(ひのえうま)」の正月限定御朱印「躍進」をいただきました。