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私は、5月を迎える度に2年前の愛媛会館御入仏式を思(おも)い出し、粛然(しゅくぜん)たる気持ちに包まれます。御逝去の5か月前、その時すでに先(せん)生(せい)は体力の衰えがうかがわれていたにもかかわらず「何としても西日本(にしにっぽん)広(こう)布(ふ)の楔(くさび)を打ち込まん」と、そして「先(せん)生(せい)をお迎えせん」と真剣勝負の気(き)魄(はく)で寝食を忘れて戦ってきた弟子の真心に応(こた)えんと、御(ご)難(なん)儀(ぎ)を承知の上で敢(あ)えて愛媛行きを決行(けっこう)されま
しかし、その大(だい)事(じ)な時が近付けば、必(かなら)ず今度は魔が黙(だま)ってないわけなんですよ。「何としても、それを成(な)し遂(と)げていく正系(せいけい)門(もん)家(け)を狂わせてしまえ」という事(こと)が必(かなら)ず起(お)きてくる。そこに「破(は)邪(じゃ)」「立(りっ)正(しょう)」の大綱(たいこう)を打ち破るそういうような魔の働(はたら)きが起(お)きてきた。この正系(せいけい)門(もん)家(け)が何と国立(こくりつ)戒壇(かいだん)を捨(す)てて、謗法(ほ
この御(ご)文(もん)、私は今『顕正会員に下(くだ)さっているんだ』と思(おも)っておりまする。広宣(こうせん)流布(るふ)の前夜に、戒壇(かいだん)の大(だい)御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)を遠く遙拝(ようはい)申(もう)し上(あ)げて、恋(れん)慕(ぼ)渇仰(かつごう)のお題目(だいもく)を唱えながら広宣(こうせん)流布(るふ)を健気(けなげ)に進(すす)めている。『この顕正会員をお励まし下(くだ)さる有難(ありがた)い御(ご)書(しょ)なんだ』という事(こと)を私は常(つね)
本日、奥州(おうしゅう)登米(とめ)の地に顕正会の登米(とめ)事(じ)務(む)所(しょ)が開設(かいせつ)された喜びは言(こと)葉(ば)に尽くし難く、また、その意(い)義(ぎ)はまことに計(はか)り難(がた)きものであります。何より、登米(とめ)事(じ)務(む)所(しょ)の開設(かいせつ)を先生がいかにお喜び下(くだ)さるかと思えば、胸に熱き物が込(こ)み上(あ)げてまいります。ここにお出ましの御(ご)本尊(ほんぞん)様(さま)を即(そく)本門(ほんもん)戒壇(かいだん)の大(だい)御
『四(し)条(じょう)金(きん)吾(ご)殿(どの)御(ご)返(へん)事(じ)』に宣(の)給(たま)わく此(こ)れにつけても、いよいよ強(ごう)盛(じょう)に大(だい)信(しん)力(りき)をい(出)だし給(たま)え。我(わ)が運(うん)命(めい)つ(尽)きて諸(しょ)天(てん)守(しゅ)護(ご)なしとうら(怨)むる事(こと)あるべからず。将(まさ)門(かど)はつわ(強)もの(もの)の名(な)をと(と)り兵(ひょう)法(ほう)の大(だい)事(じ)をきわ(極)めたり。されども王(おう)命(めい
今世界に目を転ずれば、アメリカではトランプ大統領(だいとうりょう)が独裁者のごとく憲法と法律を無視した大統領令(だいとうりょうれい)を乱発してやりたい放題の政(せい)治(じ)を行っております。先日も、アメリカ国内2.700か所で反トランプのデモに700万人が参加するなど社会の分断が深刻化し、いつ内戦状態になっても不思議(ふしぎ)ではない。このトランプの暴政の影響は同盟国にも及び、自由主義陣営の結束は揺らぎ、国(こく)際(さい)秩序は音を立てて崩れ出しております。一方、ロシア・北朝鮮
そして「いかなる男(おとこ)をせさせ給(たま)うとも、法華(ほけ)経(きょう)のかたき(敵)ならば随(したが)ひ給(たま)うべからず」と。これは、もう全編を流れる大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の大(だい)慈(じ)大(だい)悲(ひ)です。『幼(おさな)子(ご)を連れて、はるばると佐渡(さど)まで命かけての求道心で参詣(さんけい)したこの日(にち)妙(みょう)殿(どの)の信心(しんじん)を、何としても生涯貫(つらぬ)き通(とお)させて、一(いっ)生(しょう)成(じょう)仏(ぶ
一方、当時教学部長だった阿部(あべ)日顕(にっけん)は池(いけ)田(だ)大作(だいさく)に指示されるまま『国立(こくりつ)戒壇(かいだん)論(ろん)の誤(あやま)りについて』と『本(ほん)門(もん)事(じ)の戒壇(かいだん)の本義』との2冊の悪書(あくしょ)をものした。これは、の諌暁(かんぎょう)に対する反論で、御(ご)遺(ゆい)命(めい)の国立(こくりつ)戒壇(かいだん)を否定して「正本堂(しょうほんどう)こそが御(ご)遺(ゆい)命(めい)の戒壇(かいだん)に当たるものとする」ため『三(
久々の御(ご)書(しょ)講(こう)義(ぎ)であります。大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の直接の御(ご)指(し)導(どう)を拝させて頂(いただ)けるという事(こと)はまことに有難(ありがた)い事(こと)ですね。本日のこの御(ご)書(しょ)は、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)が御年(おんとし)56歳の建治3年の秋、身延の山の中から鎌倉の四(し)条(じょう)金(きん)吾(ご)殿(どの)に賜わった大(だい)事(じ)な御(ご)書(しょ)であります。で、この御(ご)書(
次に、広(こう)布(ふ)御(ご)供(く)養(よう)について。広宣(こうせん)流布(るふ)を進めるうえでどうしても必要な経費が生じてまいります。それを支えているのが年に一度の広(こう)布(ふ)御(ご)供(く)養(よう)であります。顕正会が妙信講として活動していたころ、講の運営経費は初代講頭先(せん)生(せい)が人にも言(い)わずに黙ってその全(すべ)てを負担しておられました。次第にその事(こと)を知り及んだ有志の幹部が「それでは申し訳ない」と協力するようになり、それが現在の広(こ
「受(う)けがたき人(にん)身(しん)を得(え)て適(たまた)ま出(しゅっ)家(け)せる者(もの)も仏(ぶっ)法(ぽう)を学(がく)し謗(ほう)法(ぼう)の者(もの)を責(せ)めずして徒(いたず)らに遊(ゆ)戯(げ)雑(ぞう)談(だん)のみして明(あ)かし暮(く)らさん者(もの)は法(ほっ)師(し)の皮(かわ)を著(き)たる畜(ちく)生(しょう)なり。法(ほっ)師(し)の名(な)を借(か)りて世(よ)を渡(わた)り身(み)を養(やしな)うといへど(雖)も法(ほっ)師(し)となる義(
『御(おん)義(ぎ)口(く)伝(でん)』に宣(の)給(たま)わく四(し)面(めん)とは生(しょう)老(ろう)病(びょう)死(し)なり、四(し)相(そう)を以(もっ)て我(われ)等(ら)が一身(いっしん)の塔(とう)を荘(しょう)厳(ごん)するなり。我(われ)等(ら)が生(しょう)老(ろう)病(びょう)死(し)に南無(なむ)妙(みょう)法(ほう)蓮(れん)華(げ)経(きょう)と唱(とな)え奉(たてまつ)るは、併(しか)しながら四(し)徳(とく)の香(かおり)を吹(ふ)くなり。南無(なむ
『立(りっ)正(しょう)安国(あんこく)論(ろん)』に宣(の)給(たま)わく汝(なんじ)早(はや)く信仰(しんこう)の寸心(すんしん)を改(あらた)めて、速(すみやか)に実(じつ)乗(じょう)の一善(いちぜん)に帰(き)せよ。然(しか)れば則(すなわ)ち三界(さんがい)は皆(みな)仏国(ぶっこく)なり。仏国(ぶっこく)其(そ)れ衰(おとろ)えんや。十(じゅっ)方(ぽう)は悉(ことごと)く宝(ほう)土(ど)なり、宝(ほう)土(ど)何(なん)ぞ壊(やぶ)れんや。国(くに)に衰(すい)微(び)
『立(りっ)正(しょう)安国論(あんこくろん)』に宣(の)給(たま)わく先難(せんなん)是(こ)れ明(あきら)かなり。後災(こうさい)何(なん)ぞ疑(うたが)わん。若(も)し残(のこ)る所(ところ)の難(なん)、悪法(あくほう)の科(とが)に依(よ)って並(なら)び起(おこ)り競(きそ)い来(きた)らば、其(そ)の時(とき)何(いか)んが為(せ)んや。乃(ない)至(し)、若(も)し執(しゅう)心(しん)飜(ひるがえ)らず亦(また)曲(ごく)意(い)猶(なお)存(そん)せば、早(はや)