ブログ記事1,832件
で、熱原(あつわら)の法難(ほうなん)と申しますると弘安(こうあん)2年の事ばかりと思いますけれどそうではないんですね。実はその始まりはもう建(けん)治(じ)元年(がんねん)から始まっております。この時に、滝(りゅう)泉(せん)寺(じ)における日(にっ)秀(しゅう)、日弁(にちべん)等が追放(ついほう)されるとか様々な事があって、それを日興(にっこう)上(しょう)人(にん)が指揮(しき)を執(と)られ、そして、上(うえ)野(の)殿(どの)がやはり庇(かば)われてるというような事があって
本日、近(きん)畿(き)地(ち)方(ほう)の滋(し)賀(が)県(けん)に立派な彦(ひこ)根(ね)事(じ)務(む)所(しょ)が開所(かいしょ)され、感(かん)激(げき)でいっぱいであります。ここにお出ましの御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)は日蓮(にちれん)大(だい)聖(しょう)人(にん)の御生命、そのお悟りの全体を文字をもって顕わし奉(たてまつ)ったものであれば、この御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)を即(そく)富士大石寺にまします戒壇の大(だい)御(ご)本(ほん)尊(ぞん)、即(
ここに、謹(つつし)んで一筋(ひとすじ)の忠誠(ちゅうせい)を貫(つらぬ)かれた先(せん)生(せい)の激闘における大(だい)事(じ)を改(あらた)めて挙(あ)げさせて頂(いただ)けば1、第六天の魔王が広(こう)布(ふ)前夜の正系門家に打ち下り、御(ご)本(ほん)仏(ぶつ)一期の御(ご)遺命(ゆいめい)を破壊せんとした時、日寛(にっかん)上人(しょうにん)の御(ご)指(し)南(なん)を基にただお一人身を捨てて諌(かん)暁(ぎょう)に立たれ、ついに偽(にせ)戒壇(かいだん)正本堂(しょうほんどう