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私は「いよいよその時が近づいてきたな」という事(こと)を日ごと月ごとに感じておりまするが、今の日(に)本(ほん)の政(せい)治(じ)はどうですね。自(じ)民党(みんとう)のあの猿山(さるやま)のボス合戦(がっせん)みたいに、とにかくみんな国の事(こと)を考える者は一(ひと)人(り)もいない。「今度の選挙(せんきょ)で自分は落ちるんじゃないか」その事だけで、自分の地位(ちい)と利(り)権(けん)だけで「誰を看板(かんばん)にしたら選挙(せんきょ)が有(ゆう)利(ろ)になるか」というんで、
しかし、その大(だい)事(じ)な時が近付けば、必(かなら)ず今度は魔が黙(だま)ってないわけなんですよ。「何としても、それを成(な)し遂(と)げていく正系(せいけい)門(もん)家(け)を狂わせてしまえ」という事(こと)が必(かなら)ず起(お)きてくる。そこに「破(は)邪(じゃ)」「立(りっ)正(しょう)」の大綱(たいこう)を打ち破るそういうような魔の働(はたら)きが起(お)きてきた。この正系(せいけい)門(もん)家(け)が何と国立(こくりつ)戒壇(かいだん)を捨(す)てて、謗法(ほ
今どうですか、世(よ)論(ろん)調(ちょう)査(さ)をやっても日(に)本(ほん)中(じゅう)(日(にっ)本(ぽん)人(じん)の8割以上の人達が)「将(しょう)来(らお)不(ふ)安(あん)だ」という事(こと)を言ってるでしょう。今漠然(ばくぜん)たる不(ふ)安(あん)ですね。「この国はもっと悪い事(こと)になるんじゃないか」「おそらく他(た)国(こく)から攻められて、戦争(せんそう)が起(お)こるのではないか」あるいは「年金(ねんきん)がなくなっちゃうんじゃないか」というような事(こと)。あ
『立(りっ)正(しょう)安国(あんこく)論(ろん)』に宣(の)給(たま)わく汝(なんじ)早(はや)く信仰(しんこう)の寸心(すんしん)を改(あらた)めて、速(すみやか)に実(じつ)乗(じょう)の一善(いちぜん)に帰(き)せよ。然(しか)れば則(すなわ)ち三界(さんがい)は皆(みな)仏国(ぶっこく)なり。仏国(ぶっこく)其(そ)れ衰(おとろ)えんや。十(じゅっ)方(ぽう)は悉(ことごと)く宝(ほう)土(ど)なり、宝(ほう)土(ど)何(なん)ぞ壊(やぶ)れんや。国(くに)に衰(すい)微(び)
無糖博英です。令和7年11月の日曜勤行における浅井先生指導を掲載いたします。平成21年8月9日浅井先生指導恋慕渇仰のお題目に勝劣はない日蓮大聖人の御心に叶わないお題目はいくら唱えても功徳はない御本尊は日蓮大聖人の大慈悲の結晶世間の名利はまことに儚い、日々新しい信心に立て平成21年8月2日浅井先生指導四条金吾殿の身に起きた大難の数々福運が尽きればいかなる対策も役には立たない何の兵法よりも法華経の兵法を用い給うべし令和2年11月15日日目上人御報恩勤行会浅井先生指
本日、日(にち)目(もく)上(しょう)人(にん)御(ご)報(ほう)恩(おん)勤(ごん)行(ぎょう)会(え)を謹しんで奉修させて頂(いただ)きました。只今、令和2年の御(ご)報(ほう)恩(おん)勤(ごん)行(ぎょう)会(え)における浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)の御(ご)講演(こうえん)を拝聴いたしました。先(せん)生(せい)より、久(く)遠(おん)元初(がんじょ)以来の師弟にてまします日(にち)目(もく)上(しょう)人(にん)の大聖人様への常(じょう)随(ずい)給(きゅう)仕(
第二の原点の月10月、仏(ぶつ)弟(で)子(し)にとって最(もっと)も重大な御(お)大(たい)会(え)式(しき)と浅(あさ)井(い)先生(せんせい)の三(さん)回(かい)忌(き)法要(ほうよう)に参列させて頂(いただ)いた感動(かんどう)は今だ覚めやりません。ことに、三(さん)回(かい)忌(き)法要(ほうよう)において全班長以上の幹部は浅(あさ)井(い)会長(かいちょう)の重大指(し)導(どう)と共に頂(いただ)いた記念のお数珠にむせび泣き、それよりは各所で殻を打ち破る熱い戦いが展開されて
今世界に目を転ずれば、アメリカではトランプ大統領(だいとうりょう)が独裁者のごとく憲法と法律を無視した大統領令(だいとうりょうれい)を乱発してやりたい放題の政(せい)治(じ)を行っております。先日も、アメリカ国内2.700か所で反トランプのデモに700万人が参加するなど社会の分断が深刻化し、いつ内戦状態になっても不思議(ふしぎ)ではない。このトランプの暴政の影響は同盟国にも及び、自由主義陣営の結束は揺らぎ、国(こく)際(さい)秩序は音を立てて崩れ出しております。一方、ロシア・北朝鮮
次いで、3つ目の学(がっ)会(かい)崩壊(ほうかい)。学(がっ)会(かい)・公(こう)明(めい)党(とう)は「三(さん)大(だい)政(せい)治(じ)決戦」と銘打った昨年の衆(しゅう)議(ぎ)院(いん)議(ぎ)員(いん)選(せん)挙(きょ)と本年の都議会議(ぎ)員(いん)選(せん)挙(きょ)、参(さん)議(ぎ)院(いん)議(ぎ)員(いん)選(せん)挙(きょ)において惨敗に次ぐ大惨敗を喫(きっ)しました。昨年の衆(しゅう)議(ぎ)院(いん)議(ぎ)員(いん)選(せん)挙(きょ)では当時の代
次に、2つ目の池(いけ)田(だ)大(だい)作(さく)の悪(あく)臨(りん)終(じゅう)。池(いけ)田(だ)大(だい)作(さく)は先ほど述(の)べた通り正(しょう)本(ほん)堂(どう)の大(だい)誑(おう)惑(わく)を為して御(ご)本(ほん)仏(ぶつ)の御(ご)遺命(ゆいめい)を破壊せんとし、また、平成26年には原(はら)田(だ)稔(みのる)に「弘安二年の御(ご)本(ほん)尊(ぞん)は受持の対象にはしない」と言わしめて極限の大(だい)謗(ほう)法(ぼう)を犯し、さらには、池(いけ)田(だ)大
話は変(か)わります。先月の総幹(そうかん)部(ぶ)会(かい)で池(いけ)田(だ)大(だい)作(さく)が悪師たる事(こと)を示す3つの現(げん)証(しょう)を示しましたが、ことに『五百万学(がっ)会(かい)員(いん)を救わん特集号3』の4面に掲載された写真や図表により、これまで頑(かたく)なに入会を拒んでいた学(がっ)会(かい)員(いん)が続々と断(だん)疑(ぎ)生(しょう)信(しん)してきております。正しい道理や文証を示しても分からない者には現(げん)証(しょう)を示すのが一番わかり
翻(ひるがえ)って先(せん)生(せい)の戦いを思(おも)うに、濁れる安易を捨てて末寺住職と決別し、前途多難を御覚悟の上で妙(みょう)信(しん)講(こう)を発足された事。また、死罪に等しい解散(かいさん)処分(しょぶん)や公権力による不当なる弾圧等あらゆる困難を乗(の)り越(こ)え、遥拝勤行による死(し)身(しん)弘(ぐ)法(ほう)を全国規模で展開され、ついに、三百万にならんとする仏(ぶつ)弟(で)子(し)の大集団を築かれた事。さらに、二度の一国(いっこく)諌暁(かんぎょう)の他、一億部
本年の御(お)大(たい)会(え)式(しき)を迎えるに当たって、私は、先(せん)生(せい)がどれほど富士大石寺の源流を仰ぎ、身を捨てて戦ってこられたのかを改めて思(おも)いを巡らせました。かつて先(せん)生(せい)は、日興(にっこう)上人(しょうにん)・日目(にちもく)上人(しょうにん)がいかに10月13日を大(だい)事(じ)にしておられたかについてかく指(し)導(どう)下(くだ)さいました。「日興(にっこう)上人(しょうにん)・日目(にちもく)上人(しょうにん)は10月13日を夢寐(む
本日の総幹(そうかん)部(ぶ)会(かい)も大(だい)熱(ねっ)気(き)がみなぎり、ことに、一人一人の思(おも)いの込(こ)もる登壇に胸が熱くなりました。この10月は、仏(ぶつ)弟(で)子(し)にとって最(もっと)も大(だい)事(じ)な御(お)大(たい)会(え)式(しき)と浅(あさ)井(い)先(せん)生(せい)の三(さん)回(かい)忌(き)法(ほう)要(よう)が奉(ほう)修(しゅう)された顕正会第二の原点(げんてん)の月でありました。御(お)大(たい)会(え)式(しき)と三(さん)回(か
無糖博英です。令和7年10月25日に開催された10月度総幹部会における浅井会長指導と令和7年10月27日に開催された10月度男子部班長会における行成総男子部長指導と令和7年11月15日に奉修された日目上人御報恩勤行会における浅井会長御挨拶を掲載いたします。席上浅井会長は、高市早苗新総裁誕生によって公明党が政権与党から離脱した事を指導されましたが、創価学会の「国立戒壇の御遺命破壊」「弘安二年の本門戒壇の大御本尊を『受持の対象にはしない』と否定」「日蓮大聖人を凡夫視する未曾有の邪強化」によって自
ここに、謹(つつし)んで一筋(ひとすじ)の忠誠(ちゅうせい)を貫(つらぬ)かれた先(せん)生(せい)の激闘における大(だい)事(じ)を改(あらた)めて挙(あ)げさせて頂(いただ)けば1、第六天の魔王が広(こう)布(ふ)前夜の正系門家に打ち下り、御(ご)本(ほん)仏(ぶつ)一期の御(ご)遺命(ゆいめい)を破壊せんとした時、日寛(にっかん)上人(しょうにん)の御(ご)指(し)南(なん)を基にただお一人身を捨てて諌(かん)暁(ぎょう)に立たれ、ついに偽(にせ)戒壇(かいだん)正本堂(しょうほんどう
この大(だい)現(げん)証(しょう)を御覧になった先(せん)生(せい)は紅(くれない)の涙を流され、かく御心情を吐露(とろ)されました。「大(だい)御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)が偽りの正本堂(しょうほんどう)に押し込められ奉(たてまつ)ってより26年、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)の御(おん)悲(かな)しみ、御(おん)憤(いきどお)りを拝し奉(たてまつ)れば、心安き日は一日としてなかった。『今日も大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)はあの誑惑(おうわく)不浄
(浅井昭衞先生三回忌法要特集号に掲載された阿部日顕の悪書『国立戒壇論の誤りについて』に記入された浅井先生の「此れ所破の為に持す也」の御筆記)話は少し逸(そ)れます。先(せん)生(せい)が御(ご)逝去(せいきょ)されてしばらくしたある日、私は、先(せん)生(せい)の執務室の書庫に蔵してあった阿(あ)部(べ)日(にっ)顕(けん)がものした『国立(こくりつ)戒壇(かいだん)論(ろん)の誤りについて』の冊子が目に留まり、それを手に取りページをめくりました。すると、至るページの余白には
そして先(せん)生(せい)は、昭和63年に池(いけ)田(だ)大(だい)作(さく)の本(ほん)門(もん)寺(じ)改称の大陰謀を見抜かれるや、身を捨てて本(ほん)門(もん)寺(じ)改称の陰謀粉砕の戦いに打って出られました。もし大石寺の名称を本(ほん)門(もん)寺(じ)に改称したら、大石寺の正本堂(しょうほんどう)がそのまま本(ほん)門(もん)寺(じ)の戒壇(かいだん)となり、正本堂(しょうほんどう)の誑惑(おうわく)が完結する。これ、御(ご)本(ほん)仏(ぶつ)の御(ご)遺命(ゆいめい)の
話を戻(もど)します。池(いけ)田(だ)大(だい)作(さく)による御(ご)遺命(ゆいめい)違背が顕わになるや、先(せん)生(せい)は昭和45年3月『正本堂(しょうほんどう)に就き宗務御当局に糺(ただ)し訴(うった)う』の一書をもってただお一人決然と宗(しゅう)門(もん)諌(かん)暁(ぎょう)にお立ちになりました。以降、先(せん)生(せい)の連連たる強烈なる諌(かん)暁(ぎょう)は、あの力に驕(おご)る学会を二度も文書で訂正、また、時の貫首の最高指南である訓諭をも細(ほそ)井(い)日(に
そして、不思議(ふしぎ)に思(おも)う御(ご)事(じ)績(せき)があります。それは、中島(なかじま)円妙院(えんみょういん)日彰(にっしょう)上人(しょうにん)との縁(えにし)です。先(せん)生(せい)が22,3歳の頃、中島(なかじま)円妙院(えんみょういん)日彰(にっしょう)上人(しょうにん)が妙光寺で行われた『六巻抄(ろっかんじょう)』の講(こう)義(ぎ)に参加されたのでした。この中島(なかじま)円妙院(えんみょういん)日彰(にっしょう)上人(しょうにん)は終戦直前の宗(しゅう)門
ここで、先(せん)生(せい)が日寛(にっかん)上人(しょうにん)の御(ご)指(し)南(なん)をお若き頃からいかにして学んでこられたのかについて少しく触れさせて頂(いただ)きます。まず、日寛(にっかん)上人(しょうにん)とは大(だい)聖(しょう)人(にん)御(ご)在(ざい)世(せ)と広宣(こうせん)流布(るふ)のこの中間にお生まれになって、三(さん)大(だい)秘(ひ)法(ほう)の正(しょう)義(ぎ)を余すところなく顕わされ、将来の広宣(こうせん)流布(るふ)の戦いの準備をして下(くだ)さった
さて本日は、先(せん)生(せい)の三(さん)回(かい)忌(き)法要(ほうよう)に当たり顕(けん)正(しょう)会(かい)発足より66年、大(だい)聖(しょう)人(にん)様(さま)に一筋(ひとすじ)の忠誠(ちゅうせい)を貫(つらぬ)き通された先(せん)生(せい)の仏法上(じょう)の重大なるお立場とそのお徳を改(あらた)めて拝し、もって、その御(ご)報(ほう)恩(おん)とさせて頂(いただ)きたく存じます。顕(けん)正(しょう)会(かい)の前身である妙(みょう)信(しん)講(こう)が発足したのは昭
先(せん)生(せい)が私達に常(つね)にお教え下(くだ)さった事(こと)は恋(れん)慕(ぼ)渇(かつ)仰(ごう)の信(しん)心(じん)口(く)唱(しょう)の大(だい)事(じ)であります。この信(しん)心(じん)口(く)唱(しょう)こそ御(ご)本(ほん)尊(ぞん)様(さま)の功(く)徳(どく)を頂(いただ)くただ一つの方法、末法(まっぽう)の三毒(さんどく)強盛(ごうじょう)の荒凡夫が仏にならせて頂(いただ)く唯一の修行であります。これがいかに有難(ありがた)い事(こと)か。先(せん)生
只今浅(あさ)井(い)昭(しょう)衞(え)先(せん)生(せい)の三(さん)回(かい)忌(き)法要(ほうよう)を顕(けん)正(しょう)会(かい)を代表する班長以上の幹部各位と共に謹(つつし)んで奉修(ほうしゅう)させて頂(いただ)きました。いかなる言(こと)葉(ば)をもってしても表わす事(こと)のできない悲(ひ)嘆(たん)と哀惜(あいせき)に包まれた先(せん)生(せい)御(ご)逝去(せいきょ)の日の事(こと)は、今なお鮮烈(せんれつ)なまでに脳裏に焼(や)き付(つ)いております。しかし、
(浅井昭衞先生三回忌法要特集号に掲載された浅井昭衞先生の御自宅の山桜が開花した様子)無糖博英です。10月16日に奉修された浅井昭衞先生三回忌法要における浅井会長御挨拶を掲載いたします。席上浅井会長は、浅井先生御逝去後の大折伏こそ日蓮大聖人の御守護による事を指導下さいましたが、浅井先生が残して下さった基礎教学書の広告文と遥拝勤行によって広宣流布の戦いはぐんぐん進み、顕正会が三百万の仏弟子の大集団とならんとしている事に「浅井先生の生涯かけての66年の激闘が日蓮大聖人の御心のままである事の証拠」
で「生命(せいめい)が永遠(えいえん)である」という事(こと)を知ると「本当に恐るべきは後(ご)生(しょう)の堕(だ)獄(ごく)だ」とこれを知る者を賢人(けんじん)というんです。これを知らないで現(げん)世(ぜ)の名(みょう)利(り)ばかり、金儲(かねもう)けだけに専念(せんねん)するのを愚(ぐ)者(しゃ)というんですね。今(こん)生(じょう)における苦(く)悩(のう)なんていうのは(よく自殺の原因がいろいろと言(い)われますけど)やれ「病(びょう)気(き)の苦しみ」やれ「経済(けいざい)
「仁王(にんのう)経(きょう)に云(いわ)く『人(ひと)仏(ぶっ)教(きょう)を破(やぶ)らば復(ま)た孝(こう)子(し)な(無)く、六親(ろくしん)不和(ふわ)にして天神(てんじん)も祐(たす)けず。疾疫(しつえき)悪(あっ)鬼(き)日(ひ)に来(きた)りて侵害(しんがい)し、災(さい)怪(げ)首(しゅ)尾(び)し、連(れん)過(か)縦(じゅう)横(おう)し、死(し)して地(じ)獄(ごく)・餓鬼(がき)・畜(ちく)生(しょう)に入(い)らん。若(も)し出(い)でで人(ひと)と為(な)らば兵(
そして次に、後(ご)生(しょう)の堕(だ)獄(ごく)の御(ご)警告(けいこく)であります。「若(も)し執(しゅう)心(しん)飜(ひるがえ)らず亦(また)曲(ごく)意(い)猶(なお)存(そん)せば、早(はや)く有為(うい)の郷(さと)を辞(じ)して必(かなら)ず無(む)間(げん)の獄(ごく)に堕(お)ちなん」「もし正(ただ)しい仏(ぶっ)法(ぽう)に背き続けるならば、この世を早く去って後に必(かなら)ず無(む)間(げん)地(じ)獄(ごく)に堕(お)ちるであろう」これが大(だい)聖(しょう
『立(りっ)正(しょう)安国論(あんこくろん)』に宣(の)給(たま)わく先難(せんなん)是(こ)れ明(あきら)かなり。後災(こうさい)何(なん)ぞ疑(うたが)わん。若(も)し残(のこ)る所(ところ)の難(なん)、悪法(あくほう)の科(とが)に依(よ)って並(なら)び起(おこ)り競(きそ)い来(きた)らば、其(そ)の時(とき)何(いか)んが為(せ)んや。乃(ない)至(し)、若(も)し執(しゅう)心(しん)飜(ひるがえ)らず亦(また)曲(ごく)意(い)猶(なお)存(そん)せば、早(はや)