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魏志倭人伝を素直に読めば、魏の使者は朝鮮半島から対馬、壱岐と渡ってきて、末盧国(ほぼ間違いなく北九州の松浦半島)に上陸し、そこからチョコチョコといろんな国を訪ね、最期に邪馬台国に行き着いています。もし邪馬台国が畿内だとしても、北九州の諸国が邪馬台国の支配下にないなら、少なくとも同盟・従属関係にないなら、魏の使節は北九州に上陸できませんし、する理由もありません。そもそも北九州の衛星国をひとつづつ丁寧に訪問していた使節団が、そのあとドーンとトバシていきなり奈良まで行っちゃうのは、おかしかないか?
『祖先の旅特別編Ⅱ:データから読み解く弓月の記憶』2025年。一つの科学論文が発表された。それは「弓月」という言葉を一度も使っていない。だが、そのデータを読み解くうちに、ひとつの確信が芽生えた——**「これは、あの旅の続きを示している」**と。ストロンチウム同位体、DNAハプログループ、出土地点。一見冷たい数字と地名の羅列の中に、確かに人々の足跡と決断の痕跡があった。それは、イリ盆地から河西回廊、そして新羅を経て倭国へと至る技術者たちの軌跡——弓月の記憶が、
イの国探検隊ファンの皆様こんにちは今日も妄想でかつてあったとされるイの国を探検だ!すまん、今日は手抜きで・・・ホトトギスは夏バテか?東かがわ市に鎮座の主祭神倭迹迹日百襲姫命、後ろの正面には孝霊天皇を祭る「正一位水主神社」屋島の戦い前に源義経さんは休憩も取らず先勝祈願に訪れたとのこと。前回は、なんとなく葛=花は万葉の昔から秋の七草の一つ。蔓(つる)=蔓柏紋=エビスさん=夷、恵比寿、戎、胡、蛭子、恵美酒、ヱビス、ゑびす、夷子、蛯子=蔦