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今日はご報告があります。長らく続けてきた修験道・恵印七壇法の修法が無事すべて終わり、正式に「伝法灌頂」を授けていただきました。伝法灌頂は、師から弟子へ法を継ぐ儀式でその始まりは約1200年前、弘法大師空海が伝教大師最澄に授けたことに由来します。私が今回ご縁をいただいた恵印法流は、醍醐寺の聖宝尊師から続く修験道の本流。重くもありがたい節目となりました。これからは、日々の鑑定や祈りの中でより深く、丁寧に向き合っていきたいと思います。引き続きどうぞよろしくお願いいたし
天河奥宮弥山神社登拝①~行者還トンネル西口~弁天の森天河大辨財天社に登拝のご挨拶を済ませた後、車で行者還トンネル西口まで移動しました。で、ここに来るまで二転三転ありました。4月にトンネル西口手前で法面崩落があり、通行止めになっていたのです。当初は通行再開の目途が立たない、と言われていました。そこで参加者の皆さんに様々な計画をご提案しました、最初は7名の参加でしたが、その内お2人がキャンセルされました。そして、上北山村方面から西口まで来れることが判明し、計画もそのように変更しま
こんにちわ~少し前になるのですが、奈良県吉野に向け、近鉄観光特急の『青の交響曲(シンフォニー)』に乗車してきました。すでにデビューから数年が経過し、いろいろな方々がレビューしている列車にはなりますが、これから乗ろうかなぁって、思っている方へ、今の『青の交響曲(シンフォニー)』をお届け致します。っと、言う事で、『青の交響曲(シンフォニー)』の運行情報から・・・現在は水曜日を除き、1日4便が運航されており、【第1便】大阪阿部野橋10:10発⇨吉野11:28着【第2便】吉野
初めまして!こんにちは!ブログを見て下さり、ありがとうございます!フリーランスのネイチャートレッキングガイドのアメツキです。鳥取県大山山麓のトレッキングガイド、島根~京都にかけての山陰エリアから隠岐の島自分自身が旅をして気に入ったエリア、静岡、長野県東信エリアなどでの自然をめぐる旅のガイドをしています。NatureGuideAmetsuki山陰の鳥取県・大山の森から。自然とつながり、かかわりあいながら自然と共に生きる力、感性を育むことをテーマに。五感を使ったネイチャーインタ
記事にリンクさせてありますので、リストの神社名をクリック(またはタップ)いただければ御朱印の画像が見られます。登山(登拝)または長い参道や階段でお参りする神社の御朱印リスト交通手段により楽に行ける所も含まれます。標高の高い頂上への登山の場合は殆どが期間限定です。おみやさんcom山頂神社も参照してください。■青森県岩木山神社奥宮里宮で拝受可能■岩手県駒形神社奥宮里宮で拝受可能■秋田県太平山三吉神社奥宮登山■宮城県蔵王刈田嶺神社奥宮■福島県飯豊山神社奥宮
【10月25日放送分】ブラタモリ、今回は蔵王です。私は4年間山形に赴任していたことがありますので、蔵王には何回か行ったことがあります。山形側も宮城側も。もちろん御釜も見ましたよ。確か宮城交通の専用道路を通って行ったなあ。山形側からは樹氷も見たよ。さて、今回は宮城県と山形県に跨る蔵王連峰の頂上近くから始まりました。タモリさん一行は雪のない季節に見られる絶景を見に歩き出しました。やがて見えてきたのはエメラルドグリーンの御釜の風景。ちょうど霧が晴れてきれいに見えます。いつもいつもこん
塩沼亮潤さんの「認知症観」先日ブログで塩沼亮潤大阿闍梨の著書を紹介しました。「人生でいちばん大切な三つのことば」2025-07-25同ブログをアップしたあと、3年前のブログを思い出しました。塩沼亮潤さんの「認知症観、認知症に関連する言葉」を書いたブログです。勝手ながら再度アップさせていただきます。NHKの番組「大峯千日回峰行の道を行く」修験道・塩沼亮潤の世界(NHKBS放送)を見てブログを書きました。NHKの当該番組より(以下同じ)Part-1
おはようございます♪くりたまです。三重県にある玉置龍神水に参拝させていただきました。木をくり抜いて作られた水桶に、修験道の歴史を感じます大きな磐座(いわくら)には、白蛇さまが宿っておられました。ありがたく霊水をいただくと、まろやかで甘い味で、聖地玉置山の高波動がぎゅーっと詰まっていました。ゴクゴク飲むと、身体が軽やかになっていくのがわかります。水の恵みに感謝🙏今日も一日、皆様に神様の御加護が降り注ぎますように✨くりたま公式LINEでは、日本全国の霊山や神社仏閣の四季折々の風景を
2025/02/21鳥取県三朝町三徳山は三佛寺へ冬季は修験道に入山できませんが三佛寺の寺内や宝物殿までは入ることができます冬季に投入堂を見るにはバス停駐車場から徒歩で3分ほどに所にある遥拝所から双眼鏡や肉眼で見ることができますということで雪の中でも投入堂は雪が積もってないか雪で白くなっていないかを自分の目で確認してきました写真では暗すぎて見えなくて双眼鏡にタブレットのカメラレンズ当てて撮ってみたよ今日は午後から出かけたのとお天気が暗すぎてわかりにくかった
雑誌「歴史街道」の今月号。特集は「川中島合戦の謎」ということで、早速、購入。歴史街道2025年10月号(特集1「川中島合戦の謎」)Amazon(アマゾン)さて、「川中島の合戦」については、また、改めて、まとめるとして、気になる話が、一つ。それは、「川中島の合戦」の一方の主役である「上杉謙信」について。近年、この「上杉謙信」という戦国大名に関して、そのイメージが、大きく変化をしているそうですね。かつて、「上杉謙信」といえば、「領土欲が無く、他人に頼まれると、嫌
標高858m和泉葛城山(山頂)・八大竜王社・・高龗(たかおがみ)神社・役行者開祖・葛城修験道地お参りしてきました(撮影日2025・1・17)和泉葛城山(いずみかつらぎさん)大阪府と和歌山県の境にある標高858mの山頂にある神社にお参りしました和泉山脈を構成する一峰。葛城連峰の中心として昔から親しまれている山です。金剛生駒紀泉国定公園周辺を見渡すと・・遠くの山並みは霞んでいます!山水画・・それでは、神社にお参りします・・八大竜王社の付近を山頂・標高858m登って行き
小野龍海’s歴史塾このホームページでは歴史研究の成果を資料化して公表しています。ono-no-tatsumi.amebaownd.com↑岩蔵寺上図は拡大しているので入り口が分かりますが、車のナビでは岩蔵寺が表示されず、かつ道も無く、一回通り過ぎて回れ右して戻った時に初めて道に気づけました。(※会社が手前にあり、会社への入り口にしか見えなかった為!)道を奥まで入ると参道が見えたので、その下へ駐め岩蔵寺へと登りました、この岩蔵寺は修験道系のお寺らしく、手前に見える大
今日は朝起きたら激しめの雨が降っていました仕事行くのに難儀やなぁ~って思っていたけど外に出るころには止んだので良かった育てているハーブさん達も雨粒がキラキラ光って嬉しそうでした雨も大事ねそして・・私事ですがスロットの吉宗が初代仕様で出てしまったので気になって仕方ない。。(この情報、意味あるのだろうか・・・)あっこんばんわ味醂です{今日も元気よさて、前回の続き★瀧谷不動尊★『瀧谷不動尊その壱』朝起きて急にお不動様に会いたくなりましたお外も過ごしやすい天気やし今
明けましておめでとうございます!みっちゃん先生です!元旦の猫さん達は仲良く添い寝していました。初日の出を見に行こうかとも考えていましたが、寒いし1人で行っても寂しいので朝はゆっくり過ごしました。¦¦¦¦¦家でダラダラしてもしょうがないので少し歩くことに。賎機山を歩き静岡浅間神社を目指すことに。山初めは1人で賎機山かぁ。ちなみに2025年山納めは妻と一緒に篠井山(山梨県南部町)へ行く予定でしたが、当日の朝妻が風邪症状有りで諦めることに…。実はつい先日、静岡市内某所のイベントで
半僧坊は建長寺の方丈裏に造られた優美な庭園の奥山に位置しています。パンフレットを見る限りかなりの距離と階段があり、どうやら半僧坊は建長寺境内でありながらハイキングコースのルート上にあるようです。半僧坊にはトイレが無いとの看板を見てお借りすると、確かに周囲にはハイカーらしき服装の人々が下山して休憩しているところでした。還暦を過ぎて、山岳寺院の奥の院は敢えて避けて来た私と美月です。しかしここは鎌倉・・せいぜい源実朝が公暁に襲われた鶴岡八幡宮の石段程度と安易に決めつけて山道を登り始めました。
埼玉再発見その㉔~埼玉唯一の観光鍾乳洞、「橋立鍾乳洞」へ~あまり知られていませんが、埼玉県の西側には沢山の洞窟や鍾乳洞があります。そのなかで、観光地化されているのは、秩父市の浦山ダムの近くにある「橋立鍾乳洞」ただ一つです。それ以外は全て、自己責任洞窟か、立ち入り禁止洞窟になっています。現在、一般人でも入れる鍾乳洞や洞窟は、埼玉県内では主に4箇所あります。●尾須沢鍾乳洞(飯能市下名栗)『埼玉再発見その⑭~奥武蔵にあるダンジョン、尾須沢鍾乳洞へゆく~』埼玉再発見その⑭
おはようございます♪くりたまです。昭和23年生まれの柳澤眞悟(やなぎさわしんご)大行満は、若くして大峯山百日回峰行(おおみねさんひゃくにちかいほうぎょう)に二回挑戦されています。大峯山百日回峰行とは、吉野金峯山寺の蔵王堂から大峯山頂の本堂まで片道24キロ、標高差1350mの道のりを百日間の期間、毎日往復する、という山岳修行です。肉体の限界を超えて、1回目の百日回峰行を満行された結果、「仏の境地に入ることもできず、ただ自信を失っただけだった」と振り返っておられます。そして、ま
「鎌倉殿の13人」でも登場する伊豆山神社頼朝と政子の逢瀬の場所だと言われています。どこから上ってきたのかわかりませんが当時の草鞋のような履物で整備されてない道を上がってくるのは大変だったと思いますが身体も生活の中で鍛えられていたんでしょうね。同時にまた激しい情熱だと思います。日本人って控えめで大人しいのかな、というイメージをある時点まで私も持っていたのですが田辺聖子さんや岡本太郎さんが著書の中で言及されていたとおり(私の記憶が確かなら笑)、万葉集や平安時代のに読まれた歌をみると恋愛に対してか