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「ザ・コブラ赤蛇」入手時期失念入手経路オークションタグレス84年サマーファイトシリーズ開幕戦でお目見え目の周りの赤がいいアクセントとなる。
「ザ・コブラ青金ハーフ」入手時期失念入手経路失念AIM(エイム工房タグ)85年初頭にお目見え。後年も突然使用歴あり。三つ巴デザインの口周りが通常のダッコちゃん。実物と写真を並べると一発で違いが分かるから困るね(笑)
私の中の「あの頃マスクマン」のひとりザ・コブラ。語り尽くされた感はありますが少し振り返ります。初代タイガーの引退と重なってしまい、急遽、後釜後継者早くも登場!かと持ち上げられてしまう。そしてファンに求められた完成度のレベルが上がってしまうも達してないぞと残念な受け入れられ方となり、悲劇のマスクマンの裏愛称が。実際は6月26日のメキシコ・エルトレオでのジョージ高野、グラン浜田、マノ・ネグラ対アブドーラ・タンバ、ドクトル・ワグナー、スコルピオとの試合を最後に、先に4月からカ
日本定期参戦と共に1983年7月から1985年12月までカナダのスタンピード・レスリングも主戦場にしていた記録と1985年春のWWFサーキット参戦の試合記録が184試合確認できますが、実際はもう少し数があったかと思われます。この外国戦線を数字化して振り返ります。1983年77試合7月・8月・9月・11月・12月シングル19勝12敗3分け2無効試合タッグ26勝9敗4分け1不明(6人・HCマッチ含む)BT1試合1984年64試合2月・3月・4月・
著者の鈴木健氏曰く「これは追悼本ではない」『さらば虎ハンター』初代タイガーマスクのライバルだった小林邦昭さんが亡くなった。“虎ハンター”小林邦昭さん死去初代タイガーマスクの最大のライバル「また昭和のプロレスの灯が」フ…ameblo.jp小林邦昭の自伝といっても差し支えない内容で、生い立ち~入門~若手時代~海外遠征~タイガーマスクとの抗争・タイガー引退~維新軍からジャパンプロレス・全日参戦~新日Uターン~誠心会館との決闘~反選手会同盟・平成維震軍~引退ガ