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「ザ・コブラ金銀ハーフ」入手時期2012年ごろ入手経路いただきものタグレス84年8月最後の蔵前興行、小林戦での一枚。
「ザ・コブラ赤蛇」入手時期失念入手経路オークションタグレス84年サマーファイトシリーズ開幕戦でお目見え目の周りの赤がいいアクセントとなる。
「ザ・コブラ青金ハーフ」入手時期失念入手経路失念AIM(エイム工房タグ)85年初頭にお目見え。後年も突然使用歴あり。三つ巴デザインの口周りが通常のダッコちゃん。実物と写真を並べると一発で違いが分かるから困るね(笑)
「ザ・コブラ三つ巴」入手時期失念入手経路失念タグレス84年初頭WWFジュニア王座決定リーグ優勝戦で初お目見え「おーっと!ニューマスクだ!」の古館節が蘇ります。同点決勝の三つ巴戦からの名称がしっくりきますね。秀逸すぎるデザインだと思います!
「ザ・コブラ忍・エナメル銀ラメ」入手時期失念入手経路失念AIM(エイム工房タグ)AIM工房は80年代2代目タイガーやブラックタイガーのマスクを手掛けたプロレスマスク工房です。
「ザ・コブラ忍・金ラメ」入手時期失念入手経路失念タグレス写真の写り具合で色合いが違いますが1枚目の写真の金色です。いわゆる日本デビュー戦マスクのつもりでコレクションに加えましたがなんか微妙(笑)
「ザ・コブラこうもり」入手時期失念入手経路オークションタグレスカルガリーでのデビュー当時にPV用として使用したいた1枚。妖怪人間ベラやアシュラ男爵などを彷彿させる不気味なデザインです(笑)
「シン・カラホワイト・ゴールド」入手時期2012年頃入手経路いただきものすっぽりタイプタグレスメキシコで活躍していたカリスティコがWWEに渡り変身。なかなか活躍とはいきませんでした。
「ドスカラスメジャータイプ」入手時期失念入手経路オークションOISANタグ最初に紹介したマスカラスのOJISANタグと同じ扱いです。ドスカラスを代表するブルーカラーにレッドパーツ。サイズは少し小さめです。伸縮性のあるこの生地はスポルペス呼称でよろしいんですかね?
発売延期を経てのGSPIRITSタイガー本6月に出た『初代タイガーマスク戦記』と読み比べてみた『おまえは虎になれ』初代タイガーマスクがキッカケでプロレスファンになった者としてはやっぱり買っちゃうよね。ベースボールマガジン社刊佐山サトル・デビュー50周年初代タイガーマスク…ameblo.jp最後の2ヶ月間着用したパンタロンスタイルを表紙にするあたり、タイガー戦記との違いを打ち出して(意図したかは知らないけど)結構気に入った。率直な感想はGSPI
「ミル・マスカラスバンパイア・ファスナー式」入手時期失念入手経路オークションタグレス1977年8月25日田園コロシアムジャンボ鶴田UN戦でのオーバーマスク気持ち薄手のラメ生地です。マスカラスの所持マスクは以上5枚となります。
「ミル・マスカラストレード緑ラメ・赤パーツ・ファスナー式」入手時期失念入手経路オークションタグレス先に紹介したデザインのファスナー版緑の輝きが美しいです。
「ミル・マスカラスグルージャ」入手時期:失念入手経路:オークションタグレスオーバーマスクとして使用された通称グルージャ(鶴)と呼ばれるタイプ。写真の色使いが実際にあったのかは不明ですが同デザインマスクは現物が確認できます。見た瞬間にかっこいいわぁと思い入手してしまいました(笑)
「ミル・マスカラストレード豹柄起毛生地」入手時期:失念入手経路:オークションタグレスマスカラスのマスクを欲しい!と思う時は私の場合そのデザインに尽きます。豹柄はその内の一枚です。
いよいよタイガー企画も終わってしまったので私の(現在)所有する69枚のマスクを紹介していきます。私自身プロレスのマスクを購入したのは20年ほど前にヤフオクで1万円程度のタイガー伝説マスクでした。そのマスクはすでに売ってしまいましたがもっと辿ればやはりポニーのおもちゃマスク3000円が元祖の所有ということになりますかね。所有していたというかマスク破りごっこで何枚購入したか覚えていません(笑)どの順番で紹介していくか悩みますがタイガーは後回しにするかな。私自身マスク製作に精通
私が佐山タイガーと直接会ったことがある回数はたかだか知れていますが振り返り編のまとめとしておきます。★1983年8月1日サマーファイトシリーズ岐阜大会初めてタイガーの参加している大会を観戦リング屋さんが父親の知り合いの息子さんで色紙を預けて後日タイガーをはじめいろんな選手のサインを送ってもらいました。★友人撮影★1984年11月23日旧UWFイヤーエンドスペシャル犬山大会UWF初観戦体育館のすぐ下にある旅館に宿泊だった選手たちを取り巻いてしまいました。翌日記
2年4か月の戦歴をまとめてきましたがそれ以外の記憶から遠ざかってる?部分も振り返りましょうw1981年4月23日(新間)おい佐山、リングに上がったらすぐにマントを取れ!(佐山)・・・マスクの鼻先を引っ張る癖今なお現在進行形の癖(笑)何回引っ張ったのかカウントしてみたい。マントをファンに引っ張られるので左手でカバーしての入場1982年1月1日しっかりと写真などで見てみたい牙付き5号足のケガでタイツの上にテーピング初の長期欠場1982年
歴史的快挙であった二冠王のひとつNWA世界ジュニアタイトル戦歴です。1982年5月25日、タイガーに敗れた前王者レス・ソントンでしたが1983年11月に架空の王座決定トーナメントに優勝したと称して再び世界ジュニア王者を名乗り防衛戦を行っていました。新日本プロレスとしては自分たちが正当な王座であることを主張していましたが強固な抗議などは行わず(理由はwikiでw)国内だけの防衛戦を行っていました。WWFジュニアの防衛戦に比べてこのタイトルマッチの少なさはその辺りの政治的な話と高
※NWAミドル級戦歴ちょと修正しました。(1試合追加)タイトル歴のWWFジュニア王座編です。藤波さんの2度の載冠で52度の防衛記録には及びませんが負傷で2度の返上も見事返り咲き引退するまでチャンピオンのままでした。1982年1月1日後楽園ホールWWFジュニアヘビー級王座決定戦○タイガーマスク(8分31秒エビ固め)●ダイナマイト・キッド第6代新王者誕生!1982年1月28日東京体育館WWFジュニアヘビー級選手権○王者:タイガーマスク(12分38秒ジャーマンスー
タイガーマスクとしてのタイトルを振り返る前にメキシコ遠征時代のNWA世界ミドル級タイトルについても振り返っておきましょう。1978年6月から1980年9月まで約2年3か月のメキシコ遠征中にNWA世界ミドル級チャンピオンになり約半年タイトルを保持しました。挑戦者としての記録と合わせて羅列します。1978年9月22日アレナ・メヒコ王者:○トニー・サラザール対挑戦者:●サトル・サヤマ奪取ならず・・・1979年6月3日アレナ・コリセオ王者:○アルフォン
記録としてほぼ日本人レスラーとしかタッグを組むことが無かったタイガー。(クロネコさんは日本人扱いとする)日本・海外、4人・6人タッグ合わせて216試合の気になる記録と共に振り返ります。◆第1位星野勘太郎◆73回星野さんはあの頃38歳、キャリアは約20年でしたのでタイガーと年齢差が15歳ほど、キャリアも10年以上上でしたが常に脇役に徹していました。後ほど紹介するタッグマッチでピンを取った回数も驚愕の0回です!!◆第2位グラン浜田◆35回(メキシコ9回)浜
15日夕方、梅田の紀伊國屋書店で、発売日より1日早く『証言UWF「道場」の光と影』を購入しました『証言UWF』といえば、宝島社からずっと同名のシリーズが出ていましたが、この本、デザインがまるで一緒。担当編集者ごと「移籍」したのか?ページ数は減ってるのに、値段は高くなっていますが証言UWF「道場」の光と影Amazon(アマゾン)1,980円証言UWF完全崩壊の真実Amazon(アマゾン)500円完全版証言UWF1984-1996(宝島SUGOI文庫
対日本人レスラーを振り返ります。★第1位ブラック・キャット16回(内シングル12回)※黒猫さんは日本人扱いとします。デビューの年に対戦が続きました。キッドなどとの抗争は82年に入ってからですので81年はメキシカン多めの手探り状態といった事情からですかね。また他のキックボクシングなどの興行でも提供されています。大拳ジムチャリティ興行藤原敏男引退記念興行★第1位(同率)小林邦昭16回(内シングル7回)82年闘魂シリーズで反旗を翻してから約10か月
外国人レスラー対決、私のツボに反応したマニアック編◇クリス・アダムス◇81年デビューマスクの目回りをくり抜いた改良版82年ブラディファイトシリーズ83年ビッグファイトシリーズ第1弾81年、82年、83年と年ごとにシングルマッチを行った記録があるのはダイナマイト・キッドとこの人の2人のみです。トラースキックの印象が強く残っています。◇マイク・マスターズ◇81年6月4日の蔵前で一度だけ対戦新日本の来日はこれ一度きりでした。何が印象的かって顔つきがフレデ
こんばんは。お久しぶりでございます。なかなか安定しない天気とハンムラビ法典に嫌気が差してしまうような日々ですが、皆様はお元気に、お変わりなく過ごされているでしょうか。大西洋から供給されていた電波が滞っていたので、私の地域では通信が失われていました。復活できてよかったです。文房具診断をしたところ、私は修正テープでした。皆様もお時間があればやってみてください。気分転換も技術のうちでございます。ときには離婚間際のフナムシ一家に、パシーンと断熱性を見せてみましょう。それが食物連
外国人とのシングルマッチ戦歴を振り返ります。★第1位エル・ハルコン7811回(11勝0敗)1982年1月15日姫路市厚生会館1983年7月29日富山市体育館82年の新春黄金シリーズ、83年のサマーファイトシリーズ2回の来日での記録。並レスラーとの日々の攻防は興行にとっても大事なことです。★第2位ダイナマイト・キッド9回(おまけあり)(6勝1敗2分け)1981年4月23日蔵前国技館デビュー戦1982年1月1日後楽園ホールWWFジュニアタ
タイガーの対戦相手としてヘビー級の一流レスラーとの対戦もそれなりには記録として残っているので振り返ります。1982年1月8日後楽園ホール○タイガーマスク、藤波辰巳、アントニオ猪木①藤波(8分57秒体固め)フェイス②タイガー(4分15秒反則)ブッチャー●ベビー・フェイス、ダイナマイト・キッド、アブドーラ・ザ・ブッチャー(3回)1982年1月12日西尾市総合体育館○タイガーマスク、藤波辰巳、アントニオ猪木①日本組(9分17秒反則)外人組②猪木(3分40秒体固め)
初代タイガー外国人レスラー対決編のマスクマン編です。時系列で紹介していきます。総勢16名。★アニバル初対戦1981年5月17日メキシコ・エル・トレオ国内対戦無しアニバルは浜田さんのライバルの印象ですね。★カネック初対戦1981年5月18日メキシコ・アレナプエブラ日本での初対戦1981年11月30日愛知・岡崎市体育館ガーハッハッ!ザマーミロッ!!★ビジャノⅢ初対戦1981年5月18日メキシコ・アレナプエブラ日本での初対戦1981年6月24日
外国人レスラーとの対決を振り返ります。キッド・ブラックと言った強烈なライバル以外の外国人対決は意外な数字で見ることとなります。やはり負荷のかかる毎日強敵と対戦するわけにもいかず地方大会などはそのシリーズの中堅どころと対戦し、一枚も二枚も上手の振る舞いでやんやの喝采を受けなければなりません。という観点で見てください。シングル対決編と分けて紹介します。★第1位ダイナマイト・キッド38回(内シングル8回)名実ともに正真正銘のライバル。結果的に数字にも表れ、誰にも異論は無
ずいぶん前ですけど、週刊プロレスの告知を見て買っちゃった♪ベースボール・マガジン社佐山さんがまだヤングライオン(当時そう呼んでたか定かではない)時代からイギリスでのサミー・リーを経てタイガーマスクと活躍した時代をまとめてあります。タイガーマスクがデビューして45年を数え、ビフォー&アフターを含め多くが語られてますが、写真資料の多さでは群を抜いんじゃないでしょうか?リポートの部分も読み応えがあり、なかなか良いのですが、前作の『猪木戦記』『馬場戦記』が単行本サイズだったのにこちらは立派なB5