ブログ記事21,707件
今日の東京都心は、朝はひんやり、日中は暑くはなく、この季節らしい日和となりました今日の東京都心の空です。昔は空を見て、色々な姿を見たものです。最近、空を見てますか?今日は龍。如何でしょうかお参りのあとは、法話を聞きましょう。今日のご講師は、神奈川県横須賀市専福寺の照本さおり師です。※青字は照本師の言葉の要約です。<母の心は仏の心>私たちが正しくものごとを見ることは「智慧」のはたらきですが、正しく見るには、まず
※信仰のさんぽ道より抜粋・真の親孝行を尽くそう。今、あなたは親に対して、「どうして生んだんだ・・」「生んでくれてありがとう・・」どちらの言葉を使いますか。この答えによって、現在のあなたの境涯を知ることができます。理想なら「ありがとう」といい続ける私達でいたいと思いますが、どちらにしても私達は幼い頃、親の愛情のもとに成長しました。気が付けば、その恩を忘れ、「自分一人で成長した」かのような態度で親に接し、しかもそれを恥ずかしいと思わぬまま年齢を重ねる人もいるようですが
待乳山本龍院(待乳山聖天)に行ってきました。「ここの仏様は厳しい。」そんな噂を、前から何度も聞いていました。正直、その言葉がずっと頭に残っていて、行く前から少し身構えていたのも事実です。待乳山聖天。一般的には「聖天(しょうてん)さん」と呼ばれることが多いですが、ここでは「しょうでんさん」。とても力の強い聖天さんがいらっしゃる場所だそうです。聖天さんって、どんな存在?聖天さんは、神様と仏様のちょうど中間にいる存在で、どちらかというと仏様寄り。でも、
今、比叡山延暦寺様の参詣記録をコツコツと一生懸命書いている所なのですが、不思議な事がいくつか続いたので、忘れないうちにひとつだけ書いておきます大きな木の香合が祖父→祖母→母と引き継がれて、今は私の手元にあります。その香合は香木か何かを入れてお寺の住職だった祖父が使っていたらしく、飴色の透明な漆が塗られて木目が透けてツヤツヤしており、木肌は明るい色で欅に似ているけれど材質はよく分からず、丸くて平べったくて蓋を捻るとジャムの瓶のように密閉が出来るとい
東寺では終い弘法も終わり、いよいよ年末ですね。12月は大日如来様に御真言をお唱えさせていただきますが、今日はこの光明真言の事を書いてみようと思います。真言宗のお寺様では、最もパワフルな御真言と教えてもらいました。わずか23文字という短い言葉の中に、大日如来様の広大な慈悲と智慧が凝縮されています。おんあぼきゃべいろしゃのうまかぼだらまにはんどまじんばらはらばりたやうん御真言の一語一語には深い意味があります。私の拙い意訳で申し訳ありませんが、全体の意味はこうなります
今日の東京都心は25℃くらいでしょうか。電車の中ではクーラーが付き、でも、室内ではクーラー不要の場所も多くありました。体調管理が難しい季節ですね。皆様、ご自愛下さい。本堂でお参りの後は、法話を聞きましょう今日の御講師は、奈良県吉野郡光明寺の三浦真証師です。今日もプロジェクターでご法話です。※青字は三浦師の言葉の要約です。<この世の縁の尽きるとき>今日のご讃題(テーマ)なごりをしくおもへども娑婆の縁尽き
富山県での仏教は浄土真宗(浄土真宗本願寺派と真宗大谷派)が最も盛んです。以前お寺さんの説法か何かで、「日本人は現世のことは神様に祈り、死後のことは仏様に祈る」というような俗説を聞いたことがあります。確かにそのとおりだと思います。<『いらすとや』より>調べてみるとこの俗説は、かつての「神仏習合」の時代、人々の生活の中で神道と仏教が役割分担(機能分担)されていた頃の、自然な庶民感覚でした。それが、明治の「神仏分離」を経ても今なお庶民の感覚として残っているのです。■「役割分担」として
※座談会御書解説「顕仏未来記(けんぶつみらいき)」・通解なんと幸いなことであろうか。この一生の内に無始以来(自分の命が始まって以来)積んできたところの罪業を消し果てることが出来とは。なんと悦ばしいことであろうか、未だ見聞したことのない教主釈尊にお仕え申し上げられるとは。この喜びを回向して願わくは、自分を迫害してきたところの国主等をまず最初に導こう。そして自分を助ける弟子等のことを釈尊に申し上げよう。また自分を生んでくれた父母には、自分の生命のあるうちにこの正法の大功徳を回向しよう。
今日から9月になりました。残暑厳しいですが、皆様ご自愛下さい今日はお寺の永代経法要に行ってきました。お寺の掲示板です。美しい参道と本堂。お寺の季刊誌です。本日発行ほやほやです。本日の法要予定です。お参り後は法話を聞きましょう今日の御講師は、神奈川県横須賀市専福寺の照本直樹師です。※青字が照本師の言葉の要約です。<前世・現世・後世>私たちの今、住んでいる世界、生きている世界は、現世(現生)といいます。
神社とお寺、同じお願いをしていませんか?こんにちは!知らないまま参拝している方、実はとても多いのではないでしょうか。今日は神社とお寺の違いと、正しい参拝の順番についてお伝えします✨神社とお寺、役割がまったく違います日本は神仏習合の文化ですが、神社とお寺では役割がまったく異なります。似て非なるものですね。神社は清め・祓い・リセットする場所。お寺は仏様から現世利益を授かる場所。つまり、「整える場所」と「受け取る場所」なのです。⛩️参拝には一応、順番がありますもし1日で両方を
おはようございます♪くりたまです。邪気とは、心や身体、空間に悪い影響を与えるとされる「悪い気(エネルギー)」のことです。自然界や人の心に存在する「気」のうち、ネガティブで不調和なものが邪気と呼ばれます。たとえば、なんとなく空気が重い場所に行ったときに感じる不快感、人混みのあとにぐったり疲れる感じ、悪口や怒りが充満している空間なども「邪気が多い状態」です。また、自分自身の中にも、ストレス・怒り・不安などがたまると「内なる邪気」が生まれ、体調不良や気分の落ち込みにつながります。それで
※前回の続きです。前回の記事と、次回の記事は、一番下にリンクを置いています。【根本大塔】を出て、【金剛峯寺(こんごうぶじ)】に向かいます。根本大塔から金剛峯寺までの道のり(蛇腹道辺り)を歩いていると、どうやら【空海さん】が来てくれたみたいでした。吹いてきた風とともに、見えない存在『空海さん来てくれたよ』(私についてくれてる見えない存在です。守護霊とかその辺だと思ってる)と下りてきました。そこから、空海さんと色々お喋りしました。繋がり方としては、私の霊能力だけではなく、高野山の力で
心霊現象の特集をしていたテレビ番組だったと思うんですが、ある研究者の方が「舌を上顎につけて舌と唇を動かさずに心の声で唱えれば、あの世に届く声になる」みたいなことを言っていて、それから天国に行った家族もそうですが、神社仏閣でのお参りもそのスピリチュアルな声で唱えるようになりました。でも実際の神社仏閣では神主さんやお坊さんは声を出して唱えているので声を出しても神様や仏様に届くだと思うんですが、もう癖になっていてスピリチュアルな声で唱えてます。スピリチュアルに詳しい人には鼻で笑われてしまうかもしれ
🐉こんにちは、綾乃です🥰失恋は、心に深い痛みを残します。「この先もう愛せないかもしれない」そう思う夜もあるでしょう。けれども私は、鑑定を通じて多くの方の人生を見てきました。その中で確信しているのは、失恋のあとには必ず新しい出会いが訪れるということ。それは「終わり」ではなく、「始まり」のサインなのです。私自身も失恋に涙したことがあります。でも時が経つにつれ、「あの別れがあったから今の幸せがある」と感じる瞬間が訪れました。失恋の痛みを癒すのは時間と、そして未来の新しいご縁。
おはようございます♪くりたまです。京都の醍醐寺(だいごじ)の続きです。『醍醐寺三宝院(さんぼういん)』おはようございます♪くりたまです。京都の醍醐寺(だいごじ)の続きです。『准胝(じゅんてい)観音さま』おはようございます♪くりたまです。京都の醍醐寺(だいごじ)…ameblo.jp霊宝館近代的な建物の中に、薬師如来さまと五大明王さまがいらっしゃいました。報恩院毎日午後1時から、護摩祈祷を厳修されていて、どなたでもご参加できます。護摩の灰とすすで真っ黒なお不動さまに、般若心経とご真
“霊媒体質”とは、まわりの人の感情や場所の雰囲気、見えない気配にまで敏感に反応してしまう体質です。放っておけば心身が疲れ、生活に影響することもあります。逆に“何も受けない体質”とは、鈍感になることではありません。むしろ自分の心をしっかり中心に据え、外からの影響に乱されない状態のことです。そのための道はいくつもあります。呼吸や瞑想で心を整えること。読経や真言を唱えること。自分と他者、自分と場所との境界を意識すること。布施や善行を積み、内なる光を強めること。加持や護符の力…仏様の
お読みいただきありがとうございます😊花粉が本格的に舞っていますね。今日はついうっかりして、薬も目薬もマスクの用意もせず出掛けたら、大変な思いをしました何かの記事で、秘仏の十一面観音が335年ぶりにご開帳になっていると読んで、岩倉へ行って参りました大雲寺さんです。地下鉄「国際会館」駅から京都バスで終点「岩倉実相院」で降り、歩いて3、4分。(公園を突っ切るのが近いです。)私は石座(いわくら)神社の方から回りました。万里小路家https://ja.wikipedia.or
このところ、いろいろなご真言を覚えることを趣味のようにしておりますが、そろそろ名の通っているメジャーな仏様の真言は大方マスターしてしまいました。そこで次なる挑戦としまして、陀羅尼(ダラニ)と呼ばれるより長い呪文を覚えてみようかなと思っています♪ご真言でも長いものは大咒と呼ばれておりまして、結構な文字数があるため覚えるのはそれなりに大変でした。例えば毘沙門天大咒は176文字あり、孔雀明王大咒は186文字もあります。これに対し、これから覚えようと企んでいる陀羅尼は更に更に
神社仏閣巡りのまとめのブログです(*'▽')過去から順番に書いていきたいと思ってます♪2018年10月6日回向院を後にして回向院の直ぐ南側にある大徳院へお邪魔しました(*'▽')こちらは高野山金剛峰寺の諸国末寺の総触頭として寛永年間に神田紺屋町に屋敷を拝領した後本所猿江に移転1684(貞享元)年に江戸幕府から現在地を拝領し両国に移転しましたご本尊は薬師如来俗に本所一ッ目の寅薬師といわれ眼病治癒に霊験あらたかな仏様として信仰されてるそうです!当時は江戸における高野山大
花鳥風月の会長さん(息子に)こんな事を聞かれました仏花が「こちら」を向いている、深い理由。忍辱の修行!て聞いたことありますか?忍辱の修行とは皆さんは、仏壇やお墓にお花をお供えするとき、ふと不思議に思ったことはありませんか?「仏様やご先祖様へのお供えなのに、なぜ?お花は私たちの方を向いているんだろう?」本来なら、受け取る側である仏様の方へ向けるのが正しいはず。そう思うのが自然かもしれません。しかし、そこには子供の頃に聞いた、ある深い「仏法」の教えが込められていまし