ブログ記事10,041件
先日、「神様がいる神社いない神社」という内容をSNSで拝見し、ショックを受けたさくまです。豪華であろうと豪華でなかろうと神社に神様いなくたってそこで手を合わせてる私です。先人たちが暮らしてた証を無くしたくないのですよ私は。この世に生きてきた先人たちに感謝してるので、私は近所の朽ちてるこちらのお宮に月に2回ご挨拶に来てます。私は、人と眷属様がいてくれてた証に手を合わせてます。先人たちに感謝しながら。神様の想いって「人と人が優しさで支え合って愛で思い合って補い合
前回、コミュニケーションワークショップを開催したとき参加してくれたのは「コミュ力、高そうだな」と感じる人たちが多かった。(実際にそうだった!)そして私が「この人、来たらいいのにな」と思って声をかけた人には「私は間に合ってます」と言われたりした。そこで、ちょっと考えた。「コミュニケーションができている」って、いったい何なんだろう?大前提、コミュニケーションとは・・・「人と人が互いの考えや気持ち、情報を伝え合い、意味や認識を共有する行為のこと」
映画にもなっていますが人と人が出会う確率日本で考えると0.024%だそうですこれが世界まで広がると0.0004%になるそうですすごい確率ですよね先日も書いたかもしれませんがこう考えると祖父母やその前、と考えていくととんでもない確率で生まれてきてそして、とんでもない確率で今、多くの人と出会えてるということですよねほんと奇跡ですよねだから出会いには感謝ですしそれを大事にしたいですよね一期一会とはよく言ったものですもちろん、合う合わない好き嫌い、いろいろあると思います
私はアメブロで、心に響く文章に出会うと、丁寧にコメントを残すようにしています。「いいね」で終わらせるのではなく、ありきたりな定型文でもなく、自分がその言葉から受け取ったものを、そのまま相手に届けるように。けれど、正直なところ、そういう方は多くありません。ほとんどの場合、足早に通り過ぎて「素敵ですね」とだけ残して、それで終わりです。それが悪いわけではないと分かってはいても、どこか物足りなさを感じてしまうのです。これは誰のせいでもなくて、ただ今のネットの流れが速すぎるだけのことなの